第142話 バグ
「異界門がちっとも見えない!」
「ダーリン、これなんかおかしくない!?」
爆音を轟かせながらバイクは疾走する。恐らく先ほど俺が走っていた時と比にならないほどのスピードで走っているはずなのに未だに門の影すら見えない。
「何かを見落として……」
その時迫っていた蛇の頭に気づかず、安易に後ろを向いてしまった。
蛇が口を開け喰らいつこうとした瞬間、その頭に手裏剣が突き刺さる。
「なにボサッとしとるんじゃ、このバカもんが!」
「爺さん!」
見ると、蛇の頭を踏みつけながら忍者装束を身にまとったエロ爺が走っているのだ。
「年寄りをこんなアホ程走らせよって! 門を開くには黒乃ちゃんの力が必要じゃ!」
俺は爺の言葉で涼子さんが言っていたことを思い出す。
「門の依代……そうか!」
「なに!?」
「黒乃、アストラルフィールドを展開できますか!? 灰色空間と呼んでいた奴です!」
「あれは黒乃の無意識だ。自分で展開できるものじゃない!」
「確か、感情の昂りが異界門を具現化させるカギだと聞いています」
「なんだ、お姉さんに刀でも刺してみるか!?」
「そんなことしたらワシが許さんぞー!」
爺が器用に空中を回転しながら手裏剣を投げつける。
「そんなことしません。感情は別に悲哀じゃなくていいんです!」
「この状況で喜べって言っても無理があんぞハニー!」
後ろからは大量の大蛇が襲い掛かってきているのだ。悠長なことをしている暇はない。
だが、その時迫っていた蛇の頭が水の塊によって木端微塵にされる。
見ると、そこには変身した真凛の姿があった。
「真凛!」
「ごめん、ほんまごめん! 全部思い出した!」
「良かった、本当に!」
「ほんまに、ほんまにごめん! 許してなんて言われへんけど、裏切った罪滅ぼしはする!」
真凛は空を舞いながら、自身の周囲に水球を作り出す。
水球はガドリング砲の如く圧縮した水の弾丸を撃ち放ち、迫りくる蛇たちを迎撃する。
「真凛、揚羽、爺さん、異界門を具現化させます。天地の足止めを!」
「うん」
「任せてんか!」
「承知!」
よし、後これで残る問題は異界門を開くためのアストラルフィールドを展開する。
「政宗、黒乃に戻して、スピード落としてください! 多分事故りますよ」
「何する気だ!?」
「いいから早く! 時間がありません!」
政宗はバイクのアクセルを緩めてから、鋼のアイマスクを外し、人格を黒乃へと入れ替える。
「すみません、黒乃!」
俺は運転中の黒乃を後ろに向かせて、そのままキスをした。
感情の爆発。これが不快であっても結果的には門は開くはず。
打算でしていいことではないが、それでも今はこれ以外に思いつかなかった。
「えっ……あっ……」
一瞬黒乃は呆けてしまい、バイクが階段の端に寄っていく。
「前、前!」
「あっ!」
慌てて態勢を立て直す。
それと同時に、黒乃の心臓はバクバクとエンジンに負けないほど速い鼓動を打っていた。
「今のって……」
「キスしました」
「……そう……揚羽にもしてたもんね……」
「み、見てましたか」
確かに逃げる時揚羽が剣神解放しないようにキスした。
黒乃からアストラルフィールドが展開される感じがなく、もしかしてこれじゃダメだったのかと思う。
彼女は再び鋼鉄のアイマスクを被り、人格を政宗と入れ替える。
「政宗、プラスにしろマイナスにしろ感情は昂りませんでしたか?」
「今のあいつの気分を教えてやるよハニー」
まさか死にたいとか言って、このまま階段からダイブする気では。
そう思ったが、マサムネはショットガンを頭上に向ける。
「アッハッハッハッハッハッハッハッハ! サイッコウにクレイジーーーーー!! アがって来たーーーーーー!!」
ショットガンをバンバンと撃ち鳴らす。
「ちょ、テンション上がり過ぎでしょ!」
「来るぞハニーとびっきりなのが!」
「えっ!?」
突如世界の色が反転し、灰色の世界へと入り込む。
「アストラルフィールド!」
直後目の前に巨大なドームが現れ、マサムネはその中へと突っ込んでいく。
ドームの中をギャリギャリとブレーキ音を響かせながら滑る。
中はあまり広くないが、十分に戦えるスペースと、なにより地面となる足場がある。
足場はステンドグラスのような淡いブルーの光を放ち、幻想的な雰囲気が漂う。
「見ろ!」
政宗が目の前を指すと、そこには巨大な門が大きく開かれていた。
アストラルフィールドを使用しなければ中に入れないとか、ゲームギミックみたいなの作りやがって。
まさか空の上にこんなバカでかい建造物があったとは。
「これが異界門」
俺はバイクを飛び下りる。
遅れて揚羽、真凛、爺がドームの中へと入ってくる。
「門を閉じる!」
揚羽、黒乃、真凛は駒をかざす。
俺は茂木の駒と、自身の王の駒をかざす。
駒が淡く輝いた瞬間だった。
ドームが大きく揺れ、俺たちが入って来た入り口から蛇が侵入してきている。
「しつんこいんですよ!」
「ワシの猛虎爆炎陣で灰にしてくれるわ!」
爺がダイナマイトみたいな竹筒から垂れた導線に火をつけ、大蛇に向かってなげつける。
直後大きな爆発が巻き起こり、オロチの体が一瞬怯む。
「ウハハハハハ見たか! ワシの猛虎爆炎じ---」
言いかけて、爆炎の中から飛び出してきた蛇の頭を爺はかわせず、その小さな体を貫かれる。
「爺さん!」
「お爺ちゃん!」
爺の体は二度バウンドすると、血を流してその場に倒れた。
すぐさま俺と揚羽が駆けつけると、爺はもう動けそうにないほど出血していた。
「……すまん、しくじった」
爺はまるで他人事のように、目をパチクリとさせる。
「しっかりしてください!」
「お爺ちゃん! お爺ちゃん!」
「すまんのぉ青二才……お前のこと覚えといてやるっていったのに、すっかり忘れてしもーて」
「いいです! いいですから! もう喋らないで下さい」
「もうワシはダメじゃ」
「そんなこと言わないで!」
「のぉ青二才……ワシの人生波乱万丈、楽しかった。たくさんの人間と出会い、別れ、孫にも恵まれた」
「お爺ちゃん、もういいから! 黙って!」
「心残りは揚羽ちゃんと、バカ息子が喧嘩しとることじゃが……」
「大丈夫! 大丈夫だから! もうパパとは仲良くなったよ!」
「そうか……それは良かった。青二才……眼鏡のことを許してやれ。あ奴はしでかしたことに恐れ、もう戦えなくなっておる……臆病な男じゃ……だが、お前と同じで優しい男じゃ……」
「許すもなにもないです! ただ皆操られていただけなんですから!」
「そうか……良かった……」
源三の死を前にして、盗賊の駒が元の主に戻るように源三の元へと導かれる。
「……駒よ……主人はワシではない……今の主の元に帰るんじゃ」
そう言うと駒は理解したのか、ドームを突き破り、凄まじい勢いで下へと落下していく。
「これで、憂いはない。青二才……後は……頼んだ……ぞ」
「爺さん! 爺さん!」
「いやああああ、お爺ちゃん! お爺ちゃん!」
大蛇はこちらに悲しませる暇もなく攻撃を仕掛ける。
「うああああああああああっ! この蛇野郎! ぶっ殺してやる!」
揚羽は発狂に近い声を上げ、鋼鉄の車輪から火花を散らせながら大蛇に突撃していく。
「揚羽! 無茶です!」
俺はすぐさま追いかけるが、足元に真っ黒な影が現れると、そこから無数の蛇が現れ、俺たち全員の体を拘束する。
「バインド……」
「動け……ない」
「離して! 離せ、離せ! 殺す! 殺してやる! 絶対殺してやる!」
揚羽の
「手こずらせてくれた……」
「なんで、なんであんたがここにいんの!?」
大蛇の影から出てきた人物を見て、揚羽たちは驚愕する。
そう、彼女こそが全ての黒幕となった人物。
「天地芳美」
天地の母親だ。
俺はこのことは既にわかっていた。
実はバスの中で彼女に触れた時、ドッペルゲンガーの機能が作用しなかった。
ドッペルゲンガーが機能しないもの、それは即ち
「奴は人じゃないです」
「なっ!?」
「ご明察だ。ドッペルゲンガーを手に入れたと聞いたから、私のことは既にバレていると思っていたよ」
「えっ、声が男?」
唐突に声が低い男のものとなり全員が困惑する。
「私に性別というものは存在しなくてね。君たちの中で何人か既にあったものもいるかもしれないが、エルドラゴン……神と言った方がわかりやすいか。それの同族のようなものだ」
「……つまり神ってことですか?」
「神? 全く違う。神とは世界を創造し、世界を運営するものだ。だが、私は破壊するだけ。
「なぜ天地を作って異世界に行くなんて面倒なことをしているんですか」
「破壊者や侵食者と言っても、私には並行世界を移動するような力なんてない。なのでこの
芳美だったものは自身の腕をオロチの体に突き刺し、肉を引きちぎって捨てる。
「酷い……」
あまりにも残酷な行動に真凛たちは目を背ける。
「マニュアル操作にするのが面倒だからって思考能力を与えたのが間違いだった。まさかこんな水際まで追い込まれるとは。ただそれなりには楽しめた。しかし結果は何も変わらず」
「ここまで来て負けてられないんですよ!」
俺は残った力を振り絞り、蛇の拘束を引きちぎる。
「MP切れを起こした魔法剣士なんて、ただの剣士だろ。いや
芳美はククっと笑みを浮かべる。
「剣影がなくとも、刀がある!」
俺は黒鉄を引き抜き、一気に間合いをつめる。
芳美はおろか、後ろのオロチすら何も行動しない。
バリアでも張っているのかと思ったが、そんな気配はない。
「お前さえ落とせば!」
渾身の力で刀を振り払い、奴の首を落とす。
だが、見ていた全員がその光景に目を見開く。
芳美の首を狙った刀を、奴はわずか二本の指で受け止めたのだ。
「なっ……」
なんだ、こいつの力なのか? 怪力? いや、魔力によるステータスアップ? いや実はフィールド系でエネルギーを消す力?
「不思議そうな顔をしている」
芳美の顔が不気味な笑みに引きつる。
「何を……」
「以前言ったでしょう、私はチート能力を楽しみたいって」
「……それがチート能力だと?」
「ええ、スキル名はアセンブラ。お前のステータスを書き換えることができる。今のお前のステータスはオール1だ」
「なっ……バカな!」
俺は刀を振るうが、確かに全く速度がでない。それどころか刀を重いとすら感じている。
刀が全く使いこなせなくなっている。
「私の力はキャラクターアドレスからレジストリにアクセスし、任意にキャラデータを書き換えられる。無敵だと思わない?」
「…………」
「ただ、私自身この能力は問題あるなと思っているし、チート能力っていうのはエルドラゴンの監視に引っかかるのだよ。居場所がバレるとすぐに君みたいなのをけしかけてくるから、こういう時くらいしか使えないんだ」
「ふざけるなよ!」
「やめた方がいい、君のHPも1だからね。蛇に小突かれたくらいで死ぬ」
「さて……ん? 駒が一つ足りない。さっき下に落ちて行ったやつか。面倒なことをして。……いや、どうやら彼の方から駒を持って来てくれるみたいだ」
「させてたまるか!」
芳美がパチンと指を弾くと、再び漆黒の蛇がまとわりつき、俺の体を拘束する。
今度は全く力が入らず、抜け出すことができない。
「久々に面白いゲームができたお礼だ。そこで見ておくといい」
そしてほどなくしてドームに茂木が現れる。
「すまねぇ梶! やっぱ、俺バカだから騙されちまった! 許してくれとは言えねぇ! 好きなだけ俺の事ぶん殴って---」
言いかけて茂木は止まる。ドームの中で全員が拘束され、身動きがとれず、さらに血まみれの源三が横たわっていることに。
「……俺、クライマックスのとこに来ちまったようだな」
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