第143話 その男、茂木剣Ⅱ

「もっさん、逃げてください!」

「梶! すまねぇ、俺が今助けてやるからな!」

「ダメ、茂木君来ちゃ!」

「もっちゃん! ダメ!」


 茂木は警戒し、上を見るとドーム状の天井に八本の首を持つオロチがへばりついていた。

 オロチは隠れていたのがバレ、下へと落下する。


「今ので死んでいれば楽になっていたのに」

「誰だこの女、完全に声だけおっさんだぞ」

「もっさん、そいつが全ての黒幕です! そいつが全て仕組んだんです!」

「なに!?」

「なぁ茂木君、もしかしたらあの少年は嘘をついているかもしれないぞ。本当はこっちの蛇が君の親友かもしれない」

「うるせぇクソババァ、二度も間違えてたまるか!」


 茂木は両手に持ったキセルを打ち鳴らす。


「俺の音撃で目を覚まさせてやる!」


 茂木はドンっと大きな音をたて音撃を放つ。

 音の衝撃波はオロチに命中するが、向こうはピクリともしていない。


「弱いな……よしゲームをしよう」

「ゲームだと」

「君一人でこのオロチを倒せたら、全員解放し、私は引き下がろう。だが、駒を置いてここから立ち去るなら君だけは助けよう」

「ふざけんじゃねぇ! 何回もダチを見捨てる俺じゃねぇ!」

「よろしい、では始めるといい」

「ダメだもっさん、その女はあなたのステータスを書き換えることができるんです! 例え勝ちそうになってもあなたのステータスを書き換えて負けにするつもりです!」

「いやだな。わりかしゲームはフェアに楽しむ方だから、そんなことしないさ。言い忘れた茂木君、さっきの話いつでも受け付けている。戦って無理だと思ったら降参して自分だけ助かるといい」

「ふざけんじゃねぇ、そんなリタイアシステムいるか!」


 茂木は先手必勝と音撃を打ち鳴らす。

 だが、オロチには全くきいていない。


「これならどうだ! 五右衛門インパクト!」


 茂木は二本のキセルを大上段から振りかぶり、一気に振り下ろす。

 すると天井が落ちて来たかのような大出力の音の衝撃波がオロチを襲う。

 何本も伸びていた小さい蛇頭が潰れ、体の各所で気味の悪い血飛沫が上がる。


「どうだ!」


 だが、オロチの太い八本の首は無傷で、そのうちの一本が茂木に襲い掛かる。


「なめんじゃねぇ!」


 茂木はキセルを盾にしながら一本目をかわすが、すぐさま次の蛇頭が迫る。

 直接身体能力が上がっているわけではない茂木には、その攻撃一つ一つが致命傷となる攻撃で、まるで高速新幹線が次々に往来する線路のど真ん中に立たされている気分になるだろう。


「くっ……」


 かわしたはずの太首から小さな蛇頭がのび、茂木の全身に喰らいつく。

 態勢が崩れた直後、太首が茂木の体に命中する。

 本当に新幹線との衝突を見ているようで、茂木の体は凄まじい勢いで壁に打ち付けられる。

 一発命中すると後はダメージが尾を引き、全くかわせなくなってしまう。

 音撃の反動を使って、なんとか致命傷は避けているが、次第に茂木の体は鮮血にまみれていく。


「もっさん、もういいです!」

「いいことあるか! 俺は! お前を! 裏切った! 長年のツレなのに! 百目鬼さんが違和感をもってお前のことに気づいたのに、俺は押しとどめた。そんなことないって! 悪いのは全部俺だ!」

「そんなことない! 皆操られていただけなんです! 自分を責める必要なんてありません!」

「いや、それだけじゃねぇ! 俺は卑怯者だ! 百目鬼さん達が戦いに行ったってのに、俺は怖くてその場から動けなかったんだ! 敵が怖いんじゃねぇ、梶、お前が怖かったんだ!」

「なんでなんですか……」

「お前から絶望されるのが怖かった。お前から使えない奴と思われるのが怖かった。お前から卑怯者と言われるのが怖かった! でも、それは全部事実だ! 受け入れなきゃいけねぇことだった」

「違う! もっさんは悪くない!」

「いーや悪い! 俺はなツレを見捨てた最低野郎だ。だからな、今度は絶対に見捨てねぇ! 絶対に見捨てねぇぞ!」


 オロチの攻撃は苛烈さを極め、フラフラの茂木がかわせるようなものではなかった。

 蛇の口に体を挟まれ、そのまま地面に殴打され、強力な締め上げによって腕の骨を砕かれていた。


「あがああああああああっ」

「もういい、もうやめてください!」

「茂木君、それ以上やったら死ぬで!」


「死んでもいい、もう一度卑怯者になるくらいなら俺は死んだ方がマシだ!」


「なら死ね」


 芳美の声が響くと、オロチはハンマーのような巨大な蛇腹を振り下ろし、茂木の体を踏みつぶす。


「もっさん!」

「茂木君!」

「もっちゃん!」

「茂木……君!」


 オロチが腹をどけると、そこには凄まじい質量を叩きつけられ倒れた茂木の姿があった。


「全身粉砕骨折というところか? 例え生きてても死ぬだけだな」

「もっさん!」

「ほら言ったでしょ? アセンブラの力なんて必要ないって」


 芳美はクスクスと笑みを浮かべる。


「茂木君!」

「…………」

「さてゲームオーバー。彼の駒を貰って、この世界は終わる」


 茂木はもう動けない。誰もがそう思った。

 絶望に歪む顔を見ようと芳美は俺たちの顔を見やる。

 だが、俺を含め揚羽や真凛たちがしている顔は絶望ではなく驚愕だった。


「なんだ?」


 芳美は振り返る。

 するとそこにはキセルを杖の代わりにして立ち上がろうとする少年の姿があった。


「なっ!!? 生きているだと!?」


 誰も口を開けない。

 耳をすますと小さな声が聞こえる。


「…………立て……立て、立て、立て、立て、死んでも……立ち上がれ」


 床に伏せながら、折れて力の入らない腕に無理やり力を入れ少年は立とうとする。


「茂木君あかんで、それ以上やったらほんまに死ぬで!」


 だが、俺は男が強大な敵に立ち向かう為、立ち上がろうとしている時に水を差すようなことは言わない。

 だから


「立て、もっさん! 立ち上がれ! 死んでも立ち上がれ! 立て、立て、立て、立て!!」

「梶君、なんでそんなこと言うん! 茂木君はもう限か------」


 真凛は俺の顔を見て泣いた。

 立ち上がれと叫ぶ俺の顔が一番号泣していたからだと思う。


「……なんなん、男の子ってほんまなんなん!」


 真凛の涙は止まらない。


「立て! 立ち上がれ! 今すぐ立ち上がれ! もっさん! 男なら立ち上がれ! 他の奴とは違うってところを見せつけろ!」


 そして茂木は立ち上がった。

 ズタズタな体をもう一度奮い立たせて。

 芳美は立ち上がったことに驚愕するが、だが所詮は立ちあがっただけの死人である。

 こいつが立ったところで、戦うことはおろか一歩も前に進むこともできない。

 そう思った。

 しかし、少年は一歩前に進む。

 その光景を見守る人間は言葉が出ない。

 ほんの少し押しただけで倒れそうなボロボロの体は、一歩、また一歩と前進する。


「ねぇ、なんで……動けてんの?」


 茂木が立っているのはもはや理屈などではないだろう。

 強いて理由をあげるなら。


「男だからだろう」


 彼の体が一瞬よろけ、こけそうになる。その時一番近くにいた俺の肩を掴んだ。

 茂木の顔は、血にまみれてわからなかったが、こう呟いた。


[お前の技、借りるぜ]と


 茂木はカンとキセルを打ち鳴らし、レンズの割れた眼鏡のつるを持ち上げる。


「俺の名は茂木剣、俺は強くねぇが俺の音はちょっと響くぜ」

「死にぞこないめ。片付けろ」


 茂木に死の蛇頭が迫る。

 しかし、突如音が巨大な蛇頭の一つを押し潰す。


「!」

「なんだ、今全く別の方向から……」


 見やると、血まみれの茂木が二人いるのだ。

 どういう原理なんだと困惑するが、俺は茂木のあの言葉でピンときた。


「ドッペルゲンガー」


 俺が涼子さんから天剣で習得したスキルを、茂木が盗賊の腕のスキルでスティールしたのだ。

 本来自分より格下の相手にしか使えないはずのスティールが成功したのは、俺のステータスが全て1にされているからだった。


「死にぞこないが二人に増えたところで」


 二人の茂木はカンカンとキセルを同時に打ち鳴らす。


「知ってるか? 音ってのはな密閉された空間で双方向で出力すると威力が増幅するんだぜ?」

「!!?」

「セッションと行こうか、俺とな」


 二人の茂木はオロチを挟んで特大の音撃を打ち放つ。


「五右衛門インパクト! 大花火!!」


 増幅された巨大な音撃がオロチの頭上から襲い掛かる。

 先ほどと比にならないほどの音圧に、オロチの首は次々に血しぶきを上げて砕け散っていく。


「す、すごい」


 茂木は音をより強く当てる為に接近していく。


「爺、後は頼むぜ!」

「でかした小僧!」


 茂木が叫ぶと、死んだふりをしていたエロ爺が飛び起き、懐から巨大な竹筒を取り出す。


「爺さん!」

「お爺ちゃん!」


 爺は血まみれになりながらもオロチの体に組み付き、竹筒についた導線に火をつける。


「小僧、そのまま押さえておれ!」

「任せろ!」

「まずい!」


 控えていた芳美が走りだし、源三と茂木のステータスを即座に書き換える。

 だが、そんなことをしても無駄だ。茂木の音撃は彼のステータスに依存しているわけではなく武器の攻撃力に依存している。その為書き換えるなら武器のステータスを書き換えなければならなかった。

 そして爆弾に火は入った。

 源三は振り落とされぬようオロチにしがみつき、茂木は敵が動けないように至近距離で音撃を放ち続ける。


「ウハハハハハハハハ、梶勇咲! 冥途の土産にこいつは連れて行ってやる! 感謝せーよ!」

「梶! 俺にできることはこんぐらいしかねぇから先行くわ! ほんと、お前のこと信じてやれなくてごめんな!」


 二人の男はにこやかに笑みを浮かべながら、もがき続けるオロチと共に大爆発を起こした。

 爆風とオロチの肉片が飛び散る。

 熱い風が過ぎ去ると、そこには砕け落ちたドームの床があり、茂木の姿もエロ爺の姿もそこにはなくオロチの肉片が散らばっているだけだ。


「くっ、死にぞこないどもめ!」


 芳美は相当予定外だったらしく、顔を歪ませ憎悪を浮かべている。


 だが、そんなことは知ったことではない。

 二人の男が命を賭けてつくった道を穢すわけにはいかない。


「剣影、具現化」

[SWORDSILHOUETTE MATERIALIZE START]


 俺の真横に、落書きのようなドクロが浮かび上がる。


「まだ何かしようと言うのか? 梶勇咲、お前のステータスは1、それにお前のスキルは魂依存だとわかっている。そんな玩具を出して何をしたいと言う」

「わかってるじゃないですか、僕の能力が魂依存だって」

「ふん、だからどうした? ここにはお前に必要な魂など---」


 いいかけて芳美は気づく。


「あるでしょ、そこに、とびきり大きいのが」


 俺はオロチの体から出た巨大な魂を指さす。


「しまっ!?」

「もう遅い! 総司喰らえ!」


 ぬいぐるみのようなドクロは口を大きくあけ、どす黒い魂を一気に丸飲みにしてしまう。


[剣影魂魄残量ブレードソウル120%OVER]

「黒鉄リミッター解除、剣影壱式、弐式、参式連続解放! 纏衣百式甲冑、六天魔王装甲! 五行方陣展開! 金剛両断刀大蛇、抜刀!」

 

 俺の音声を聞き、次々に術式コマンドが実行され、剣影が巨大化し甲冑を身にまとう。

 長い角が伸びた真っ赤な兜を身に着けた侍は、まさしく鬼武者と呼ぶに相応しかった。


「くっ、お前のステータスを書き換えて……」


 芳美はすぐさま剣影のステータスを書き換えようとする。だが


「キャラクターアドレスエラーだと!? お前何を使っている!?」

「知りませんよ! ガチャから出てきた奴ですからね」

「エルドラゴンめ。中立と言いはりながら、このような対策を!」

「はああああああっ!!」


 剣影の刀は芳美を完全にとらえ、その体を真っ二つに両断する。


「なめるな、私のチートが誰が一つだと言った。フルリザレクション!」


 芳美が叫んだ瞬間、彼女の体が完全に再生する。


「私に死はない! HPを1にしたのを忘れたか! 貴様など一撃当てればそれで終わり!」


 芳美は中空に剣の山を浮かび上がらせ、それを次々に放つ。

 だが、その剣は全て紅蓮の炎と、ショットガンの散弾により撃ち落とされた。


「あのさぁ……完全にウチらアウトオブ眼中だったよね」

「お姉さんマジでキレたわ」


 二人の女子高生が、その目に怒りの炎を灯らせ立っていた。

 俺の目の前には真凛が辺り一面を覆う水のシールドを張っている。


「梶君には指一本触れさせへんで」

「みんな……」

「お爺ちゃんともっちゃん殺されて黙ってらんないから」


「なめるな。貴様らのステータスなら書き換えられるんだよ!」

「やれるもんならやってみろ!」

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