第139話 こいつは頂いていく

 結婚式が始まり、祭壇の前には胡散臭い外人神父が立つと、教会内の明かりが消えて真っ暗になる。

 用意されたキャンドルに火が灯されていくと、蝋燭の淡い光が揺れ、ロマンチックなムードを作り出す。

 その後パイプオルガンと楽団で演奏されるオーケストラ風のウェディングマーチが流れながら、式場にスモークが焚かれる。

 そしてスポットライトが花嫁と新郎の入場する扉に当てられる。


「参列者の皆さま、拍手で新郎新婦をお迎えください」


 司会のその言葉と共に1000人を超える参列者が起立し一斉に拍手を送る。

 入場扉が開くと、そこから新郎である現在の梶勇咲が歩き、たくさんのカメラフラッシュが彼に向けられる。

 彼が祭壇の前につくと、次は新婦である揚羽と黒乃が、父岩男と鉄男に付き添われてバージンロードを歩いてくる。

 凄まじいカメラフラッシュが照らし出し、暗くしている意味がないほどの光で溢れる。

 揚羽はカメラに向かってダブルピース、黒乃は恥ずかし気に手で顔を隠しながら歩いていく。

 祭壇前につくと、父親から新婦が引き渡され、異例の新郎一人に新婦が二人並ぶ。


「ソレデハハジメマース。汝勇咲は、揚羽、黒乃を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が三人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみ添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

「はい、誓います」


「汝揚羽は、この男、勇咲を夫とし、良き時も悪き時も、ウンタ~ラカンタ~ラ、死が三人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

「……んー……多分」


「汝黒乃は、この男、勇咲を夫とし、良き時も悪き時も、ウンタ~ラカンタ~ラ、誓いますか?」

「…………ん」


 新婦がまともに返事せず神父困惑状態。しかし司会から巻の指示が入り、神父は大きく咳払いし強引に進めるのだった。

 三人は指輪の交換を行い、いよいよ式はクライマックスにはいる。


「皆さん、三人の上に神の祝福を願い、結婚の絆によって結ばれた この三人を神が慈しみ深く守り、助けてくださるよう祈りましょう。それでは誓いのキスを」


 神父に促され、現在の勇咲と揚羽、黒乃はお互いを見据える。

 偽物は二人のヴェールを持ち上ると、素顔が露わになる。

 親族たちはキスの瞬間をカメラにおさめようと、じりじりと三人に寄っていく。

 勇咲が特になにか言うこともなく揚羽に口づけしようとした瞬間だった。

 バージンロード一番奥の出口がバーンと音をたてて開く。


「ちょっと待ったーーーーーー!!」

「う、嘘やろ……」

「このタイミングで?」

「ヨホホホ、あら天地君ってあんな美少年だったかしら?」


 茂木たちがマジかよと扉の前を見ると、そこに立っていたのは現在の天地眞一こと本物の勇咲である。

 正確には剣神解放した美少年のパー君状態である。


「その結婚ちょっと待ったーーーー!」


 親族一同がざわざわとどよめく。

 美少年の勇咲はそのままカツカツと足音を響かせながら祭壇へと歩いていく。

 その様子を眞一は忌々し気な表情で見ている。


「なんのつもりだ……」

「あなたに揚羽さんも黒乃さんもやらんと言っているんです」

「何を言い出すかと思えば。天地、ここはお前にとって敵地だ。仕掛けてくるとは思っていたが、こんな堂々と式を潰しにくるとはヤケになったのか?」

「ヤケじゃない、僕は正気だ」


 警備がとりおさえようとするが偽物は手をあげてそれを制する。


「ふん、どっちにしろ無駄なあがきだ。例えここで駒を手に入れたところで学校まで逃げきることは不可能」


 偽物の余裕はそのことが大きかった。

 異界門は学校の校庭にあり、そこから遠く離れた地で駒を取り戻したところで逃げ切ることは不可能だと。


「それがそうでもないんですよね。実はここ僕たちの通ってる赤城高校のすぐ近くなんだって知ってました?」

「……何をバカなことを言っている?」

「高速走って勘違いしたかもしれませんが、グルグル回って同じところに帰って来ただけなんですよ」

「バカなことを言うな! この教会や、この設備は一体なんだと言うんだ!」

「バカだなお前は、造ったに決まってるじゃないですか」

「ふざけるな、お前がまともに動けたのは俺たちと校庭で接触してからの一週間程度。その間でこんなものが造れるわけないだろう!」

「まぁ一から資材の搬入とかしてたら間に合わないでしょうが」


 そう、俺は晶の能力タイムイズマネーを使って、無理やり資材を搬入し、それを白銀の財力を使って一週間で組み上げたのだ。

 突貫工事ながらよくできてると思う。


「僕がなんの考えもなく、この一週間あなたたちの前をちょろちょろしてたと思ってたんですか? 全ては工事中のこの場所に近づけない為ですよ」


 霧が濃く、工事しているのが見えづらいと言ってもどうしても音は出るので、俺はこの一週間怪物化した人間を倒し、魂を集めながら茂木たちをこの街から引き離していたのだった。


「ちなみにこれを造るのに莫大なお金が必要だったのですが、そのお金は……」


 俺は自身の顔をなぞると、ちんちくりんな爺に変身する。

 この能力は総司のスキルの一つ、天剣によって習得したものだ。


「うはははははは、おぉスィート!! なんてね。爺の姿を借りてお金を借りることにしました。彼も世界が滅びるよりかはマシでしょう」

「その能力は……」

「ドッペルゲンガー。あなたが口を封じた第一の被害者と見せかけた女性の能力です。そして既にもっさんと真凛の駒はいただきました」


 俺は先ほど口車に乗せていただいた二人の駒と結晶石を見せる。


「この式、全てが貴様の仕組みだったというわけか」

「その通り。今頃本物の爺はNASUかどっかで新婚旅行の計画でもたててるんじゃないですか?」

「ふん……くだらん。奴の言い分に惑わされるな。揚羽、黒乃、天地を捕らえろ」


 バカバカしいと偽の勇咲は揚羽たちをけしかける。だが、その瞬間俺は大きく指を鳴らすと、次の瞬間式場内に真っ黒いスモークがあふれ出す。

 教会の地下で待機していた晶が、タイムイズマネーを使って煙幕を錬成したのだった。


「あははは、花嫁は頂いていきますよ!」


 ルパンよろしく俺は揚羽を抱え、天井に影となって隠れていた弐式形態の剣影が黒乃を抱き抱え、全力で教会から逃げ出す。


「花嫁が連れて行かれた、追え!」


 花嫁を盗まれた惨めな新郎が大声を張り上げて白銀の黒服たちに命令する。

 黒服たちはいたるところからうじゃうじゃと現れ、逃走した花嫁泥棒を追いかける。




「離してよ! なにすんのよ!」

「離しません!」

「ちょっとイケメンだからって調子にのるんじゃないわよ眞一!」

「そもそも顔がかわってるところに気づいていただきたいところですが、コネクトの刷り込み機能は強力ってことですかね」


 俺は全力で走りながら、揚羽のスカートをまさぐる。


「ちょっ、どこ触ってんのよね変態! エッチ! スケベ野郎!」

「駒はどこですか! それを渡してください! 渡したらすぐに解放します!」

「絶対渡さない!」

「わがまま言わないで下さい!」

「眞一が異世界の門を開く悪い奴だって揚羽知ってるんだから、絶対に渡さない!」

「本当にあなたは頑固ですね! その辺りは父親譲りじゃないですか」

「なんでパパのそんなとこ知ってんのよ!?」

「ただの不器用な父親ということしか知りませんよ! 総司! もうこのまま担いで上がります!」


 剣影は頷くと、俺は城の中へと二人の花嫁を担いで駆けあがっていく。

 城の中は巨大なシャンデリアが並び、真っ赤な絨毯が敷かれた豪華なものだ。

 現代に蘇った中世と言ってもおかしくはなく、その再現率の高さに本来は感動を覚えてもいいくらいだろう。

 白銀が雇った建築家たちは無茶ぶりだったのにも関わらず、いい仕事をしている。

 だが、今は後ろを大量の黒スーツの男に追われるリアル逃亡中で、じっくり鑑賞している暇はない。


「暴れないでください!」

「もうあったま来た。剣神解---」


 まずい、彼女にそれをされるわけにはいかない。

 俺は腕の中にいる揚羽に無理やりキスをして唇を奪う。


「いった!」


 揚羽は容赦なく俺の唇に噛みつくと、涙目になりながら唇をゴシゴシと拭う。


「ほんとサイッテー! 何してくれてんの!? 揚羽今日結婚式だよ!? なんであんたなんかに唇奪われなきゃいけないの!? 殺す絶対殺す!」

「黙ってて下さい! 今度剣神解放しようとしたら、またちゅーしますよ!」

「こいつ最悪! 顔はいいくせにやること最悪! ファ〇ク! ファ〇ク!」

「ああもうほんと口悪いですねあなたは! 黙ってて下さい!」


 顔はよくなっても中身は俺である。

 俺は黒乃の方も暴れてるんじゃないだろうかと思ったが、あっちは剣影が黒乃のスマホを取り上げていた。


「あいつ僕より賢いですね」


「待てコラァ!! お嬢様を返せ!」

「生きて帰れると思うなよワレ!」



 うわ、後ろから超こえぇ黒服の人たちが迫って来てる。

 俺は全力で階段を駆け上がり、城の最上階まで一気に上がる。そして最上階にある天窓から屋根の上に上がると、上がって来れないように登って来た梯子を刀で破壊する。


「ついた!」


 屋根の上は美しい夜景が見え、空の上には星と月が煌めいている。

 城へと改装されたが、ここが五星館の屋上にあたる場所であり、ここまで来れば揚羽、黒乃の意思は関係なく駒は揃った。


「異界門!」


 俺が大声を張り上げると、持っていた王の駒、茂木の盗賊の駒、真凛の水の結晶石が輝きだす。

 それと同時に揚羽の持つ翼の駒、黒乃の持つ車輪の駒が輝きだす。


「やばい、光んないで!」

「門が……開いちゃう」


 二人は慌てるが、駒は強い光を放ち城の屋根から天を突きさす光の柱となる。

 駒の輝きはやがて透明な階段を作り出し、階段は月へと続いている。


「ガラスの階段ってところですか。なんとも乙女チックですね。嫌いではないですよ」


 城の上から続くガラスの階段は童話の世界を彷彿とさせ、シンデレラやかぐや姫のような話を思い起こさせる。


「……異界門は……空にあったってわけですね」




 その頃、城の下では異常なことが起きていた。

 花嫁を奪われた天地が真の異界門への道が姿を現したことにより、一刻の猶予もないと判断したのだ。


(お前は本当に使えないな)

「申し訳ありません」


 天地は脳内に響く声に必死に謝罪する。

 だが脳内の声はもうお前に何の期待もしていないと言いたげに言葉を繋ぐ。


(奴を食い止めろ。例え貴様という存在が消えてなくなったとしても、それが創造主たる私への義務だ)

「かしこまりました……」


 天地は自身の黒い駒を抜くと、スマホへと突き刺す。


「剣神解放 六天魔王」


 天地の体は漆黒の闇に飲まれ、かわりに闇から巨大な八つの頭を持つ大蛇が姿を現す。

 大蛇は城を突き破りながら天へと昇っていく。

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