第138話 違和感
時刻は昼を過ぎた頃合いだというのに薄暗い霧のせいで時間の感覚を失ってしまう。
到着した場所は、視界の悪い遊園地だった。
茂木、真凛、ザマス姉さんたちはバスを下車し中央にそびえる城を見て、感嘆の息をつく。
そびえ立つ石造の城門は中世の城を彷彿とさせ、スケールの大きさが並の遊園地の比ではなかった。
「うわぁ、城だよ城……すげぇな」
「ここどこなんやろ? ネズミーランドちゃうよね?」
近くの看板を見やるとNEWプラチナランド揚羽&黒乃&勇咲愛のテーマパーク、来月開園予定と書かれており、どうやら新築の遊園地のようだった。
「サプライズって新しい遊園地のお披露目かよ」
「これ、もしかして三人の結婚式の為に作ったんかな……」
「あの爺さんのことだからな……やりかねん」
「ヨホホホホ、お金持ちってホント凄いわね」
全員が、うわ、金持ちこわっ……。と白銀家の財力に畏怖していると、巨大な鎖付きの城門が開き、中からちんちくりんの爺がはしゃぎながら飛び出してきた。
「皆の者、よく来たの~。ここは揚羽ちゃんと黒乃ちゃんと勇咲君の為に造った遊園地じゃ。来月開園予定じゃが、結婚式にあわせてお前らに特別に解放してやる。ありがたく思えよ。ウハハハハハ」
茂木は相変わらずだなと思いながら、今更この爺のネジのぶっ飛んだ金の使い道には呆れる以外ない。
バスから降りた親族縁者含めた約1000人を超える出席者がテーマパークの中へと入っていく。
「意外だな、あの爺さんのことだから1000人と言わず10万人くらい呼んでてもおかしくなさそうだったのに」
「それでも1000人って多いよ? それに霧が出てるし、来られへん人も多いんちゃう?」
「確か最初の式にはほとんど親族縁者でやるって言ってたわよ」
「なんか白銀でそういう決まりがあるのかもしれねぇな」
無駄に広い城の中庭にあたる場所を歩いていると、茂木と真凛は目を見開く。
なんとそこには出席者に紛れて堂々と天地が歩いていたからだ。
「天地の野郎、普通に来てやがる!」
「嘘!?」
「まさかこの式をぶっ壊しに来たんじゃ!?」
二人は走って近寄ると、最近顔があやふやになってきた天地がゆっくりと振り返る。
「おい、天地! お前何しに来やがったんだ!」
「あぁ茂木君に百目鬼さん、こんにちは」
「こんにちはじゃねぇ! 何しに来たんだ!」
「あまり怒鳴らないでくれ。俺がここにいることの何がおかしいって言うんだ? 俺は揚羽の義理の兄にあたるんだ、出席するのは当然だろう? むしろ縁者しか出席できず、マスコミすら出られないはずの式に君たちが出席している方が俺は違和感を感じるよ」
「ぐ、ぬぬぬ。お、俺たちクラスメイトは白銀家からじきじきに招待状が来てるんだよ」
「だろうね」
真凛は天地の腕や顔にたくさんの傷ができていることに気づく。
「眞一、早く来なさい」
天地は父岩男に呼ばれ、それじゃあと余裕綽々で二人の前を立ち去る。
「あの野郎、昨日も俺たちとやりあってたのに……」
「えっ、昨日も?」
真凛たちは梶の命令で何度も天地の持つ王の駒を狙い攻撃を仕掛けていたのだ。
「あぁ、もうちょっとでやれそうだったんだけどな。でも、多分あいつ今ガタガタだと思う。俺の音撃をまともに受けたから。これ、もしかしたら今日で決着つけられるかもしれねぇ」
「……天地君昨日も逃げたん?」
「ああ、もう全力逃げ。隣街軽く超えて逃げたから帰るの大変だったよ」
「天地君、ウチらと会うと絶対戦わへんよね?」
「今まで一回も向こうから仕掛けてきたことはないな。ありゃ相当なめられてるぜ。梶のやつもかなりイラついてる」
「彼は何してたんやろうね」
「多分霧のせいで怪物化した人間を倒してたと思う。いつも会う時は怪物の亡骸に手を合わせてるときばっかりだったし」
「式は夕方17時よりこちらの教会で行われます! それまでは自由に施設をお使いください! また出席者の方はお早めに集合してください!」
白銀のスタッフが大声を張り上げている。
「少し時間があくな」
「ちょっと教会の中見てみたいわ」
「じゃあ行ってみようか」
茂木たちは城の中に造られた巨大な教会へと向かう。
すると教会の前で、エロ爺こと先ほどはしゃぎまくっていた白銀源三が立っていたのだ。
「あれ、爺さんこんなところにいていいのか?」
「茂木、真凛、お前たち、この式に天地眞一が出席していることに気づいているか?」
「今会ったところだよ」
「奴は恐らくこの式に乗じてお前たちの駒を奪うつもりじゃ」
「確かに、そうだと思う」
「そこでじゃ、お主たちの駒をワシに渡せ。ワシに渡しておけば、万が一天地がお前たちを襲ってきたとしても駒を奪われる心配はない。何、この人の多さじゃ、奴も迂闊に駒の力は使って来んじゃろう」
「なるほど、わかりました」
「そういうことなら」
茂木と真凛は自身の持つ駒と結晶石を源三に手渡す。
その時、真凛の持つ水の結晶石が一瞬だけ輝く。
「あれ?」
「どうかしたの百目鬼さん?」
「いや、今お爺さんに渡した時光った気が……」
「気のせいでしょ」
「う、うん……」
「奴の動向に注意するんじゃぞ」
「わかった」
「わかりました」
源三は珍しく真面目なことだけを言って去っていく。
「見てみて百目鬼さん、中凄いわよ!」
ザマス姉さんの、あらやだ奥さん中凄いのよとおばさんくさい動きで呼ばれ、二人は教会の中へと入る。
教会の中はザマス姉さんの言った通り凄かった。
天井一面にステンドグラスが張られ、外の天気が悪く光が少ないせいかスポットライトの光が当てられており、ブルーの光がまるで万華鏡のように煌めいている。
「うわ、凄い……」
「娘の為に造ったんだな。親バカってレベルじゃねぇな」
「ウチ昔モンサンなんとかっていうフランスにある教会に行ったことあるけど、それみたい……」
一番奥にある祭壇も、まるでコンサート会場のように広く十字架がステンドグラスの光で美しい光を反射している。
大規模な挙式を想定しているようで、二階席まであるのだった。
「そうそう、これクラスの皆でお花買ったんだけど、どこに届けたらいいのかしら?」
ザマス姉さんが、さっきまで持ってなかったはずの花束を取り出す。
「新郎新婦の控室ってウチら入っていいんかな?」
「いいだろ、俺たち関係者みたいなもんだしな。それに梶たちなら怒んないだろ」
「それもそうかな」
真凛は揚羽にメールで花を渡したい旨を伝えると、すぐに返信があり関係者用の扉を使って控室に入って来いと言われる。
「ちょっと私お友達に呼ばれてるから、お花お願いしていいかしら?」
「ああ、大丈夫だ」
茂木はザマス姉さんから花を受け取り、真凛と二人で言われた通り、新郎新婦控室へと入る。
「ヤッホー」
「おぉ、揚羽ちゃん、黒乃ちゃん可愛い!」
「こりゃすごいな」
二人の前に純白のウェディングドレス姿の二人があった。
一方は誇らしげに、一方は恥ずかし気に肌の露出を気にしている。
「……マサムネとかわりたい」
「いやいや、黒乃さん凄い似合ってるよ!」
「…………そう」
真凛たちは恥ずかし気にする黒乃たちをスマホでパシャパシャと撮影する。
「二人ともほんまにおめでとう!」
「これ、クラスの皆で買った花だから」
茂木は揚羽に花束を手渡す。
「ありがとー、マジ嬉しい」
「二人とも今が幸せの絶頂やから、後は落ちていくだけやで」
「百目鬼さん酷いな」
真凛と茂木は冗談を交えて話すが、新婦の二人はどことなく面持ちが硬い。
「二人ともどしたん? こんないいところで、凄く高そうなドレスまで着てるのに」
「なんか元気ないね」
「んー、なんていうかダーリンが結婚式どころじゃなくてさ」
「梶の奴が?」
「……天地君のこと……ばっかり」
「なんか焦ってるのよ。何としても天地を探し出して駒を奪わなければって。ぶっちゃけ結婚式とかあんま眼中にない感じでさ……」
「おかしいな、俺の知る梶ならはしゃぎ回って、これが俺の嫁だ! って俺にぐぬぬぬぬぬって言わせるのがデフォなんだけどな」
「そういえば真凛ちゃんも地味に冷静だよね? カラオケとかであんだけ張り合ってる感じだったのに」
「私も……思ってた……諦めたって感じでも……ないし」
「なんでやろ……ウチも小田切さんとおんなじであんまり梶君とられたって感じがせーへんのよ」
「それなんかわかる。揚羽もなんか、こう、やったぜっていうウチからくるリビドー? 的なものが全然なくて、あっ結婚するんだって感じ」
「なんかおかしいんだよな」
四人はずっとつきまとう違和感に頭を悩ませていた。
「あっ、天地の野郎来てるぜ」
「ほんと?」
「ああ、堂々と正面からやって来やがった」
「変に豪胆になったよねあいつ……なんかもう大事なものは全部捨ててきたって感じで」
「それウチも思ってた。天地君変やで絶対……諦めじゃないけど……自分の大事なものは全部落としてきたのに、一番最後のものだけは守り通す信念みたいなんを感じるんよ」
「黒川も連絡取れないし、もうどうなってんだか」
「あの、皆一つだけ仮定の話していい?」
真凛が声のボリュームを落とし、真剣な眼差しで全員に話す。
「もし……もし仮にやけど、天地君が梶君やったら?」
「…………」
全員に沈黙が訪れる。
この霧が世界を覆う異常な事態。天地眞一の突然の暴走。今も耳に残っている言葉[信じてくれ。俺は梶勇咲なんだ]その後の梶の性格の変化。全員につきまとう違和感。
だが茂木がそれを振り払うように否定する。
「ないない! そんなわけないよ百目鬼さん。あいつは殴られて逃げ回るような性格じゃない」
「ほんまに? ほんまにそう思う?」
「ああ、絶対そうだ。長年付き合ってる俺が言うんだから間違いない。今の梶が本物だ」
「迷うと……今度こそ……異界の門……開いちゃう」
「黒乃のいう通りだよ。これだけ皆でフルボッコにしたのに、今更間違いでしたとか、揚羽たち全員自殺して詫びなきゃいけないレベルっしょ」
「そうそう、百目鬼さんだって今の今まであいつと戦ってきたじゃないか」
「それは……そうやねんけど……」
「第一白銀の爺さんもあいつが天地で間違いないって言ってたんだろ?」
「うん、でもお爺ちゃんあんまりちゃんと見てないからな」
「……普通偽物なら……もっと早く気づくはず」
違和感はあるが、今の勇咲の声が慣れ親しんだ彼の声にしか聞こえず、真凛の実は中身が入れ替わっているのでは? という推論は、完全に何の根拠もないただの憶測にすぎないのだ。
全員で話していると控室が開き、現在の梶勇咲が入って来る。
「全員揃っているのか、丁度いい話がある」
現在の梶はタキシードで式の準備は出来ているが、あまりにも冷静でちっとも浮かれている様子も緊張している様子もない。
「気づいているかもしれないが、ここに天地眞一が来ている。まさか正面からやってくるとは思わなかったが好都合だ。式が終わり次第奴を拘束する」
「そんな式が終わったらすぐ披露宴だよ!?」
「奴を逃がすわけにはいかない。本当なら式を中止して今すぐにでも取り押さえてやりたいところだ」
「梶君女の子には一生に一回しかないかもしれへん大きな舞台やねんで!」
「必要なことだ。式と世界どちらが大事か天秤にかけるまでもない。奴が抵抗したとき止められるのはお前たちだけだ。準備しておけ。それと今回は逃がすわけにはいかない。確実に殺せ」
「…………」
不安になる揚羽と黒乃の肩を梶は叩く。
「大丈夫だ二人とも。これさえ片付けば幸せな日々が待ってるんだ。後少しだけ俺を信じて辛抱してくれ」
「……うん」
「わかった。そうだよね、世界救ってからラブコメすればいいんだもんね」
「すまない。わかってくれてありがとう。皆も後少しの辛抱だ。奴さえ倒せば全て終わる」
「そ、そうやね……もうちょっとで終わりやもんね」
「ああ、ラストきっちり決めようぜ」
そうすりゃこの違和感も晴れると。茂木はパンと頬を叩く。
実際のところ今の梶勇咲が偽物ではないかと内心で疑っているのは長年の付き合いがある茂木だった。
彼が否定するのには、彼自身が迷わないようにするためのものでもあった。
梶は作り物のような笑みを浮かべて、控室を出て行った。
「これでラストなんだ。これが済めば世界は救われて、このわけのわかんねぇ違和感も消えるはずだ」
「……そう……やね」
「うん……」
「弓は引いちまったんだ。今更後には引けねぇさ」
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