第137話 白銀岩男
「病室の前、警官立ってるじゃん」
「姉さんは駒に入っててください」
「ユウ君はどうするの?」
「大丈夫です」
晶の体が王の駒に吸い込まれるのを確認すると、俺は転移魔法フラッシュムーブを使い警官の目をかいくぐって病室の中へと侵入する。実は記憶を取り戻したおかげで、以前習得したスキルがかえってきているのだ。
「やるじゃない」
晶が駒からランプの魔人のように出てくる。
ベッドには以前とかわらないまま、顔に布をかけられた山田弘子の姿がある。
だが、これがまやかしというのは既にわかっている。
問題はこれをどうやって解くかというところだが、俺には大分昔に手に入れたスキル、スペルリリースという解呪スキルを習得している。
「コネクトみたいな世界改変クラスの呪いを解くことはできないですが、個人にかけられた幻影くらいなら……」
山田弘子に向けてスペルリリースを使用すると、彼女の体が淡く輝きだし、体が女子高生から中年の女性へと変化する。
これが彼女の元の姿ということなのだろう。
顔にかけられた白い布をとると俺ははっとする。どこかであったのか、この女性に対する既視感が凄い。
しかしながら友人の母や、近所のおばさん、いとこなど自身のデータベースを漁ってもこの女性の詳細は出てこない。
気のせいか? と首をかしげていると、女性が目を覚ます。
「ん…………ここは……?」
女性の視線がこちらに向くと、どなた? と視線で語っている。
俺は女性に自己紹介を踏まえ、かいつまんで現在の状況を説明する。
「梶……さん。うっ……頭が……」
「大丈夫ですか? 長く眠らされていたので、脳に一気に負担がかかってるのかもしれません」
「大丈夫よ。でも、自分の名前が思い出せないの……確か……涼子、だったかしら……」
「多分しばらくしたらはっきりすると思います。涼子さんと呼ばせてもらいますね」
「ええ」
彼女から話を聞くと、俺の予想していた通り彼女は異世界からの帰還者であり、俺と同じくエデンから帰って来たらしい。
驚くべきことに、あのエロ爺と同じチャリオットだったそうだ。
「その、急で申し訳ありません。今事態は非常に良くないことになっていて、あなたの力が必要なんです。異世界の門を開こうとする悪い奴がいて、どうかそれを防ぐために協力してほしいんです」
「…………まさか、戻ってきてもあの世界のことに巻き込まれるとは。いいでしょう、あなたが嘘をついているとは思えませんし、霧から魔力を感じることも確かです。協力しましょう」
「ありがとうございます!」
「私の能力はドッペルゲンガー。手を貸してね」
涼子さんは俺の手をしばらく握った後、自身の顔を掌で覆い隠し、もう一度手を離すと、そこには俺を鏡で映したかのような姿になっていた。
右手の火傷まで完全に再現されており、気づけば体も一回り小さくなってる。
服装だけが違う俺がベッドに横たわっているのだった。
「凄い」
「一瞬で姿をかえられるんですね」
「体のコピーだけならすぐよ」
「コピーした人間の能力などは使えるんですか?」
「そこまではね」
しかし妙だな。神ドラゴンがやりすぎたスキルと言っていたが、一瞬で姿をかえられる程度ならやりすぎには入らないのではないだろうか?
天地に対抗するにはいささかインパクトに欠けると言えるだろう。
晶も同じことを思ったのか、少し首をかしげている。
涼子さんは晶にも化けようと彼女の手を握るが、あれ? と首を傾げる。
「あなた、もしかして人間じゃない?」
「ええ、もう死んでるわ。ゴーストって奴?」
「ごめんなさいね、私の力は人にしか化けられないのよ」
そういう制限もあるのか。確かに何にでも化けられたら、もはやその能力はドラえもんの領分だろう。
「涼子さんの能力はわかりましたし、後は場所ですね……確かあの神ドラゴン場所が重要と言ってましたし」
駒を入手するには揚羽たちの結婚式が絶好のチャンス。恐らく一人一人を回って回収する時間はない。
駒を奪って即時離脱するのが基本になる。だが、どこで結婚式をするかは知らないが結婚式場から逃げている最中に捕まってもアウト。
転移魔法のフラッシュムーブがあるが、移動距離は限られている。
「異界門は学校だと思ってたんですけど、もしかして違うのかな」
「違うわよ。そこじゃないわよ」
「どの位置にあったか覚えてますか?」
俺はスマホを取り出しgoogleマップでこの周辺の地図を表示させる。
「えっと、ここじゃないかしら。転移した人間は大体ここに帰ってきてるみたいよ」
「ここは……」
「ゲーセンね」
晶がマップを覗き込む。
そう、確かに彼女が指さしたのは
「…………五星館ですね」
「五個の駒を集めると門が閉じたり開いたりするんだっけ」
「そう、そしてここのオーナーは揚羽のお爺さんです」
あの爺、異世界から帰ってきて記憶は失ってたけど、門の場所だけはおさえてやがったってわけか。
そしておあつらえ向きに五星館なんて名前つけやがって。灯台下暗しもいいとこである。
ってことは、あの爺の協力が絶対に必要になるわけか。
できることなら五星館で揚羽たちの結婚式をやってほしいところではあるが、それはさすがに無理があるか。
「能力と場所は揃いましたね」
「ユウ君、これで勝てるの?」
「…………いけますね」
「嘘でしょ?」
「あのエロ爺の力にもよりますが」
様々な能力や条件を組み合わせていくと、徐々に相手への勝ちが見えてきた。
「異世界の門を開くなら、依代となる人はいるの?」
「依代?」
「ええ、門の起点となる人物よ」
「確か黒乃が門の役割を持っていると」
「そう、ならその子の感情を昂らせてあげて、嬉しいや、楽しい、悲しいでもいいんだけど、そういった感情の爆発が門を具現化させる鍵になるわ」
「感情の……昂り」
そうか、だから天地の奴は刑部を殺したり、灰色世界で黒乃を襲ったりしたわけか。
「わかりました」
条件は全て把握した。
ここからは速度が問われる準備フェーズだ。
一週間後、白銀揚羽、黒乃、天地眞一の結婚式当日。
「なんで源三様は急に式をはやめられたんだ?」
「あれでしょ? 最近霧の化け物ってのが流行ってるから」
「あんなもの噂だろう。まともにするなんてどうかしてるよ」
白銀親族を乗せた三十台を超える貸し切り大型バス群は高速道路を降りていく。
そのバスの中の一台に、茂木と真凛、ザマス姉さんたち学友の姿があった。
「梶の野郎結婚か、早すぎる気はするけど逆玉だしな、文句はないだろ。っていうか重婚とかいいよな、男の夢じゃん」
周りの男子生徒がうんうんと頷く。
その様子を女子たちは白い目で見ている。
「ネットでも物議をかもしてるよね」
「と言っても、ちょっと頭のネジが外れた金持ちのわがままとして通ってるけどな。俺も梶に頼んでなんとかハーレム作ってほしい」
「そんなん言うてたら彼女の一人もできひんよ」
「どう百目鬼さん俺なんて? 梶結婚しちゃったし、俺が暖かく慰めて、おごふ」
真凛のショートエルボ―が茂木のレバーに突き刺さる。
「ヨホホホホ、随分と走ってるけど、これどこに向かってるのかしらね?」
茂木たちは窓を見やるがガラスに濃いスモークがかかっており、外を見ることができない。
しかもご丁寧に運転席は黒い仕切り板で仕切られており、前を見ることもできなかった。
「さぁサプライズって言ってたしな」
「さすがにバスで行けるところやと思うけど」
「ベタなところだとネズミーランドよねぇ?」
「まぁ確かにその辺がベタだわな。でもネズミーランドだとサプライズじゃないよな?」
「確かに」
その頃勇咲は揚羽の実父である岩男と、その妻芳美の乗る別の高速バスの中にいた。
親族だけでかためられたバスの中で騒ぐ人間は一人もいない。
だが、どの親族も今から新たな頭首となる揚羽たちへの売り込みに余念がない。
分厚いご祝儀の袋を確認したり、身だしなみをチェックしている。
歳のいったおじさんがこれから娘くらいの少女に話すとは思えないほど緊張しており、嫁から言葉遣いの注意を受けている。
まるで王様の結婚式に出席するような雰囲気である。
本来揚羽の父である岩男におめでとうの一言があっても良さそうなはずなのに、親族は誰一人として岩男に声をかけてくることはない。
まるで視界に映っていないかのような無視のされっぷりは、見ていて気の毒になるほどだ。
しかしながらそれは当然であり、最後の最後まで義理の息子眞一を婚約相手にと推し続けた岩男は既に選挙に敗れた議員の如く、何の発言権もなく、そしてこれから永遠に発言権はない。
これがせめて揚羽と仲の良い関係を築けていれば、親族たちの対応はかわったであろうが、岩男の推している眞一を無視して偽の勇咲と結婚に走ってしまうくらい、揚羽と岩男の中に信頼関係というものはない。
そして、そのことは岩男自身が一番理解しいてることだった。
岩男はスモークのかかった窓ガラスに、リストラされ、生きる道を見失ったみじめなサラリーマンのような姿を映しながらボソボソと呟く。
「すまんな眞一……お前を跡取りにしてやれなくて」
勇咲自身岩男と揚羽の確執については聞いている。
過去の揚羽への虐待は決して許されるものではないし、未だに和解できていない父と娘はそのまま引き離されることになるだろう。
勇咲が堂々と揚羽の結婚式へ正面から乗り込んできたのは、最後の懸念点である黒幕探しをしたかったからだ。
神ドラゴンが言ったヒント。天地眞一は造られしものであり、それを造ったものがいると。
恐らくそれはほぼ確実に天地と距離の近いものであると予測していた。
そして一番疑わしい人間というのが、この揚羽の父岩男である。
異常な天地の推しっぷり、揚羽との人間関係の不出来さ。
どの点から見てもこの男が怪しいのだ。
「俺は父さん母さんと一緒にいられるだけで嬉しいよ」
「……そうか」
「それより俺は揚羽と仲直りしてほしいです」
「…………情けないことに娘とどう接していいかわからないんだよ。過去にいろいろあったから、自分といるとあの子を傷つけるだけだから遠ざけたい。父さんがお前に固執しているのはもしかしたら、揚羽で犯した失敗をお前を成功させることによって償いと思ってるのかもしれない」
「…………父さん。子供はゲームじゃないんだ。一人目の育て方を間違えたから、一人目はなかったことにして二人目はうまく育てようなんて考えあんまりだよ」
「…………そうだな。全て失ってから間違ったと気づいても、もう遅すぎるだろう。あの子はもう父さんのことを許してはくれないだろう。あんなに尖って言うことも聞かなくなってしまった」
「父さん、子供の話は聞かないけど親の言うことだけは聞かせようっていうのは間違ってる。子供は父さんの玩具じゃないんだ」
「…………」
「でも……子供は親を裏切らないよ。いや、裏切れない。親はたった一人しかいないんだから」
「…………」
岩男は頭をかき、目じりをぬぐう。
「ほんとぉに! 私はどうしたらいいんだろうな!」
突如怒鳴り出した岩男に、親族全員の視線が向く。
「それを揚羽に伝えてあげて。あいつは父さんのことを何も知らない。父さんが揚羽のことをどう思っているのか。彼女も父さんも不器用だから」
「私は……私はやりなおせるのかなぁ!」
震える声を隠す為に、岩男は無理やり語尾を強く言う。
勇咲は思う。多分この人は黒幕なんかじゃない。
ここにいるのはただただ不器用な父親だけだ。
「大丈夫、やり直せるよ。だって家族なんだから」
岩男は眼鏡をはずし目を拭う。
「…………お前は、いや君は本当に眞一なのか?」
あまりにも普段の眞一とは違う返答をしすぎて、岩男はつい不審に思ってしまう。
「そう思っていただければ、俺は嬉しいです。彼女を……揚羽を大事にしてあげてください。これからずっと……」
そう言った彼の声は寂しげであり、悲し気でもあった。
まるで、自分はもうこの場にはいなくなってしまうけど。
そんな去る者の別れの言葉を漂わせている。
バスは長い移動を終え、最終目的地である結婚式場へと到着する。
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