第136話 お姉ちゃん
矢代の魂が完全に消滅したことを確認し、俺は隣に控える剣影を見やる。
すると、先ほどまでいかつい甲冑を装備していたのだが、みるみるうちにその姿が縮み、元の落書きみたいなドクロに戻ってしまった。
「力を使いすぎましたか……」
矢代相手に完全にオーバーキルだったようで、吸収した魂を完全に放出してしまったらしい。
試しに一度だけロードをしてみる。魂の残量は元に戻らないはずだが、もしかしたらもしかするかもしれないと思う。
[ReLOAD]
だが、ポンっと軽い音をたてるが剣影の姿はかわらない。
「そんなうまくはいきませんね」
魂は元に戻るどころか、逆に剣影の体が薄くなって消えかかっている。
「やばい、魂がなくなりかかってる……。ロード使うとそこそこの魂を消費するんですね……」
確か神ドラゴンもこの力はチートじゃないって言ってたし、この剣影もルールには縛られているのだろう。
「ちょっと誰か殺していい人いないかな……」
物騒なことを呟きながら、魂はないので魔力の霧だけを食べさせることにした。
剣影とはパスがつながっているようで、どこぞの星のカーピィみたいに口を広げて霧を吸い込んでもいまいち満たされることがない。
「なんか美味しくない野菜をずっと食べさせられてるみたいですね……」
心なしか剣影の顔も苦い。いやドクロだから、よくわかんないんだけど。
俺はそろそろ黒川の再構成も終わってるのかなと思い、女子寮へと戻る。
すると壊された彼女の部屋には姿がない。
「やばい……もしかして意識を取り戻してパニック起こしたとか」
黒川の魂を再構成するときこちらの記憶も流れていくみたいなので、ある程度の記憶共有はしていると思うのだが、何分初めてのキャプチャースキルである。何かしらあってもおかしくはない。
「探さなきゃ、でもその前に部屋に戻ろう。雨に濡れて気持ち悪いですからね」
そう思い俺は同じ階の自室に入ると、目の前でバスタオルで頭を拭いている黒川と遭遇する。
「…………」
したたる雫と湯気、大きな曲線とくびれをなぞりながら水滴が流れ落ちる。
どうしてヤンキー系の女子はこうも発育が良いものなのか。
ヘソにつけられた金色のピアスがキラリと光っている。
「あぁカジ、お風呂借りてるわよ」
「…………」
「なに、人の裸見ておいて。ギャーとか、ここは俺の部屋だーとか、何でお前がーとか、服を着ろーとか言うとこじゃないの?」
「すみませんでした」
俺は深く、深く頭を下げた。
俺の慢心により矢代を取り逃がしたのは事実であり、彼女を殺した責任は俺にあると言って間違いないだろう。
「あぁ、やっぱりあれ、あんたの記憶だったんだ。夢かなって思ってたけど」
黒川は体を拭いて、黒いパンツを履いて上にTシャツを着る。
「あれはあんたのせいじゃないでしょ。別に矢代を産み出したわけでもないし、抵抗したのはこっちだし。黙ってあいつに犯されてたら多分死ななくて済んだしね」
黒川はそのまま冷蔵庫をあけ、パックのコーヒー牛乳を煽りソファーの上に座り込んだ。
「あぁ美味しい。またこの味を楽しめるとは」
「あの現状を説明します」
「いいわよ、大体把握してるし。魔法に異世界ね。そんなファンタジーな言葉を本気で聞くことになるとは。おまけに今の自分は幽霊みたいなもん。オカルトってバカに出来ないわね」
彼女がテレビをつけると現在の霧とムー帝国の関係が! とタイミングよくオカルト番組をやっていた。
「…………」
「そんな死にそうな顔しないでよカジ。今のあんた超可愛いわよ。どうする、雨に濡れてるならお姉さんと一緒にお風呂入る?」
「か、からかわないで下さい……って、あれ今カジって言いました?」
「言ったわよ、最初にも言ってるわよ」
「僕が梶勇咲だってわかるんですか!?」
「わかるわよ。なんか皆勘違いしてるみたいだけど」
俺は走って黒川の手を握りしめる。
「ありがとう! ありがとうございます! 僕って気づいてくれて本当にありがとうございます!」
「お、おぉ……」
気づけば俺の目からは涙がこぼれ出ていた。それほどまでに嬉しい。自分と認めてくれる人がいる。それがこんなにも嬉しいことだなんて夢にも思わなかった。
黒川は察してかゆっくりと頭を撫でてくる。
「でも、どうして?」
「さぁ、死んだからじゃない?」
「あ……あぁ……身もふたもない」
「嘘。アタシあんたが今日学校で出ていくの見てたけど、あの時既にあんただって気づいてたし」
「黒川さん、確かこの格好でも僕の正体言い当ててましたよね?」
「そうね。なんかわかんないんだけど、昔から隠されてるもの探したり、嘘ってすぐわかるのよね」
「特殊能力……かな?」
「そんな大そうなもんじゃないわよ。人の顔って何も喋らなくても語るの。眉や唇の動き、鼻を動かしたり手でどこを触ってるかとかで心理状態が読めるの」
「凄い。一応説明だけします。あなたの魂は今、僕のスキル魂縛で繋ぎとめられてます。その魂縛は魔力のあるところじゃないと使えません。現状魔力が使えるのは」
「異世界の門が開いて、霧状の魔力が満ちてるからと」
「はい、そうです。僕は今からこの門を閉じに行きます」
「それで異世界行くんでしょ?」
「はい、まだあの世界ではやり残したことがたくさんありますので。ですので……」
「いいわよ、行くわ。カジなしでアタシは生きていけないってことなんでしょ?」
「正確には死んでいるので、少し違いますが」
「弟に会えないのは残念だけど、こうやっていられるならまたチャンスはあるかもしれないし」
「はい、いつか異世界とこの世界を行き来できるようになったとき弟さんに会えるよう努力します」
「真面目ね、あんた」
黒川は自分の股の間に俺を乗っけるとタオルで頭をがしがしと拭いてくる。
「な、なんですか?」
「いいからじっとしてなさい」
「あの、見た目に騙されてるかもしれませんが僕梶勇咲ですからね?」
「ほんとあのナリからは想像できない姿になってるわね。髪なんかアタシよりツヤツヤ」
一通り濡れた髪を拭きおわると、今度はブラッシングである。
なんとなくこの辺りは姉らしさを感じるところで、本当は弟にそうしてあげたかったんだろうなと思う。
すると後ろからついてきていた剣影がソファーの下で背伸びして、頑張って登ろうとしている。
「なにこの縫いぐるみの死神みたいなの?」
黒川が拾い上げると、剣影は目の前でシャドーボクシングをしている。
どうやら敵対心をむき出しにしているようだ。
「なんで怒ってんの?」
「さぁ……」
「さては妬いてるなコイツ」
「まさか」
黒川は剣影を俺の膝の上に乗せると大人しくなった。
「やっぱり」
ふんすと膝の上で剣影はふんぞり返っていた。
「この子に自我があるとは思いませんでした」
なんとなく家族っぽい動きで、少しだけ和んでしまう。
すると黒川の目がとても優しいものになる。
「……ねぇカジさ、あんたアタシを殺した責任くらいとってくれるんだよね?」
「は、はい……できうることであれば」
「じゃあさ、アタシのことお姉ちゃんって呼んでよ」
「それは、その……年齢的にもおかしなことですし、先ほども言いましたが僕は梶勇咲ですので」
「いいじゃん、そういうプレイってことで」
「プレイ……」
「それで殺した責任チャラにしてやるって言ってるんだからちょろいもんでしょ?」
「あの、黒川さん、もしかしてブラコンとか……」
「アタシの記憶も少し流れてるから知ってるんでしょ?」
「それは、まぁ、その、はい」
「アタシはユウ君って呼んだげるからさ」
「あの、……お金とりませんか?」
そう聞くと、黒川はハスキーな声でアハハと大きく笑う。
「とらないわよ、こっちからのお願いなんだから。お姉ちゃんプレイ無料」
「いかがわしくなるんでプレイってつけるのやめてください」
「ほーら、言ってみなさいよ。言えないならお金よ」
「それは……困ります」
俺は意を決し、蚊の鳴くような声で囁く。
「お、お姉……ちゃ……」
「聞こえなーい」
「お姉ちゃん!」
きっと今耳まで真っ赤になってることだろう。
「あぁ、良いすっごく可愛いじゃん。こんな美少年のお姉ちゃんとか少女漫画でもないわよ」
「あの何度も言いますが……」
「あぁ、嬉しい……な」
俺は黒川の目じりに涙がたまっていることに気づき、彼女がもう本物の弟からそう呼ばれることがないと理解したのだなと気づいた。
ならば俺ごときの言葉で彼女の心が救われるなら、何度でも姉と慕おう。
それが俺のできる贖罪でもあるだろう。
「それより、これからどうするの?」
「あっ、そうでした。僕の記憶でわかってるとは思うんですが、これから揚羽さん、黒乃さん、茂木君、真凛さんの駒を入手して、本物の天地眞一を倒さなければいけません」
「できるの? 相当強いんでしょ?」
「はい、でもやるしかないです。一応もうやる日は決めていて天地、白銀家の結婚式の日にやる予定です。恐らくその時なら全員集まってると思いますし、それを一気に奪い門を閉じたいと思います。黒川……姉さんはその時まで駒の中にいてもらえればきっと一緒に吸い込まれると思います」
「アタシが何にもしないでいけるの?」
「多分……姉さん、転生したときに何か変化はありませんでしたか? 僕の能力も相まって、恐らく何かしら違う生命、モンスターや霊と呼ばれるものに変異したと思うのですが」
「あぁ、もしかしてこれ?」
後ろを振り返ると、そこにはこめかみと腰にコウモリの羽、お尻からは悪魔の尻尾が覗いている。
「悪魔になったみたい」
「悪魔じゃないですよ、多分それ」
「違うの?」
「多分、サキュバスです」
「おぉいいじゃん、メジャーな奴」
「そ、そうですか? 僕はてっきりゴールドスライムとか、ダンシングジュエルとかミミックになるものかと思ってました」
「全部金関係じゃない」
「す、すみません」
「まぁサキュバスはそういう意味ではアタシに一番ふさわしいかもしんないわね。一応能力は、ユウ君お金」
「はい」
俺は千円札を渡すと、そのお札は突如現れた口のでかい、というか口しかないコウモリがパクリと食べてしまう。
すると目の部分に1000円と、今食べた金額が表示される。
「なんですかこれ?」
「これでいいか」
黒川はボールペンを手に取る。
「まさか、あなたも……」
頭の中に、あの軽快なBGMが流れヒヤリとする。
「何想像してんのか知らないけど、ほい」
黒川は手品のように握っていたボールペンを二つにしてこちらに手渡す。
「あれ、二本もってましたっけ?」
「コピーした」
「えっ、さくっと言いましたけど凄いじゃないですか。なんでもコピーできるんですか?」
「目で見たものは大体なんでもできるっぽいけど、生ものとか生きてるものは無理。それと」
黒川はさっきのコウモリを指さす。すると、表示されていた金額が0になっている。
「お金使うのよね」
「ボールペン一本1000円は高くないですか?」
「そりゃ原価プラス技術料と、作成時間がかかってるから」
「あぁ、なるほど……姉さんの能力はお金を払って時間を買う能力ですか……」
「そっ、タイムイズマネーとでも呼んで」
「面白い力だと思います。お金かかるんで、安易に試せないですけど」
本来彼女に物のコピーなんて高等な複製魔法能力はない。だが、お金を媒介にすることによって、無から有を産み出している。ある意味不等価交換ではあるが、それを時間という概念をふっとばすことによって等価交換にしている。これは錬金術に近いものを感じる。
「何かに使えるかもしれません」
「あのさ、曖昧なんだけどコネクトで記憶が書き換えられたんでしょ? じゃあこっちも同じこと願えばいいんじゃない?」
「難しいですね。恐らく僕一人を世界中からはじき出してますから、その効力はかなり広範囲になります。姉さんも知ってると思いますが、コネクトでは強い願いを叶えさせるのって難しいんですよ」
「じゃあなんで天地は成功したわけ?」
「恐らく相当魔力濃度が高いところで行った。もしくは天地自身になにか特殊な能力があったかですね」
「物は試しじゃん、やってみたら?」
「わかりました」
俺はコネクトに[天地により改竄された記憶が元に戻る]と送信する。すると数秒後にエラーメッセージが返信されてきた。
「やっぱりダメですね」
「じゃあ特定の人物だけは?」
「それならいけるかもしれませんね」
今度は揚羽、黒乃、茂木、真凛に分けてコネクトに送信する。だが、今度もエラーメッセージが返ってきた。
「エラーですね……でもエラーの内容が少し違う」
先ほどのエラーは意味不明な数字の羅列であったが、今度はエラーが具体的だ。
[対象者が存在しません]
「対象がいない……」
「どういうこと?」
「天地が警戒して駒を持っている人物に対して、何か対策を打ったのかもしれません」
確かに普通に考えれば俺が揚羽たちを取り返す為に、彼女達に何かしかける可能性が高いのはわかっているはずだ。と、なればそれに何かしらの対策を打っておくのは優等生らしい当然の結果だろう。
一応ダメ元で、異世界の仲間、オリオンやディーたちを召喚する、などの願いを送ってみたが全てエラーメッセージで弾かれてしまった。
「困ったな」
「なんかこう歯がゆいわね、嘘って見えてんのにそれが証明できないなんて」
「嘘……。そうだ、何かが引っかかってたんですよ。少し出てきます!」
「今から?」
時間を見て、既に深夜ということに気づく。
「うっ、明日にします……どうせもう開いてないので」
「どこ行く気?」
「それは……」
白銀総合病院である。翌日朝、俺と黒川は病院内に入ると、毎度のこと具合の悪そうな人間であふれかえっていた。
あのドラゴンに言われたことを思い出す。あいつは山田のことに関してはいい線をいっていると言っていた。
つまり山田が別人ということは恐らくあっている。そしてあの女のスキルはやりすぎたと思っていると言っていた。
つまりスキル持ち。
ということは異世界の住人、もしくは異世界からの帰還者で間違いない。
さらに言えばそのスキルは天地にとって切り札になりえるものだ。
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