第135話 死神
ゼェゼェと息を切らしながら、俺は消えていった矢代を追いかける。
「なんで俺だけ強力な呪いデバフついてんだよ……」
ふとポケットの中に手を入れると、そこには餞別と言って神が手渡した錠剤が入っていた。
「くそ、絶対あいつ神じゃねぇよ」
俺は錠剤を口の中に含むと、しばらくして体が楽になった。
どうやらこうなることも織り込み済みだったらしい。
「今度会ったら絶対文句言ってやる」
そう固く決意して霧の煙る街並みを走っていく。
「確か学校の方に行ったように見えたけど……」
暗い闇の中、かすかな魔力を感じながら俺がたどり着いたのは女子寮だった。
なんだろうか、猛烈にこの中から嫌な感じがするのだ。
魔力に敏感になっている気がする。矢代の生臭い魔力が女子寮から漂っている。
中へと入ると、俺の嫌な予感は当たっていたようで、いつもは明るいエントランスの光が落ちており、天井を見ると照明が砕かれている。
奥へと進むと、寮生の女子が倒れている。
呼吸を確認すると生きている。どうやら矢代に生気を抜き取られているようだ。
俺は階段を上って一番臭いの酷い三階へとやってくる。
閉じた扉の中一つだけ扉がぶち破られた部屋を見つける。
「…………」
ネームプレートに一瞬だけ視線を向け、扉を潜り抜ける。
中へと入ると真っ暗で、スイッチを入れても電気はつかなかった。
物はあまり多くない部屋だ。彼女の私生活からして、もっとごちゃごちゃしてだらしないものを想像していたが、玄関にブランドもののバッグとコートがあった以外は、質素倹約でも心掛けているのか綺麗に片付いている。
廊下を進み、もみ合った形跡のあるリビングを抜け、彼女の私室へと入る。
「…………はぁっ…………」
俺は大きくため息をつき、顔を押さえてその場にへたりこんだ。
周囲には壊された金庫があり、小銭やお札が散乱している。
部屋の主は私室で壁を背にこと切れていた。
胸を一突き、俺は少女の開いていた瞼を閉じた。
「……完全に俺のせいだな」
少女がもたれかかっている壁が少しだけ開いており、実はそこが隠し収納になっているのだと気づく。
俺は少しだけその収納を開くと、そこには女子高生とは思えないほどのお金の山が眠っていたのだ。
どうやら金庫はフェイクで、本物はこっちらしい。彼女らしい用心深さだろう。
お金の上に一冊の手帳があり、それを手に取りページを開き、ほんの少しだけ読み進める。
手帳の内容は要約すると、高校を出たらすぐに日本を出て、生き別れた弟を探し、もう一度一緒に暮らしたいという旨のものだった。
チャラく見えて意外と苦労人のようで、親は幼少期に借金により離婚、弟と引き離され、弟は母親とともに海外へ、自分は父と日本で暮らすことになったが、父はアルコール依存症による肝硬変の悪化により死去。その後はずっと弟と再会することだけを考えて生きてきたようだ。
弟の写真が入っていた。姉によく似て、見た目はなかなかのイケメンだろう。さぞかし姉は再会を楽しみにしていたことだろう。
「お前に似て金にがめつくないといいな……黒川」
夢とは努力や才能で叶うものもあれば、お金で叶うものもある。
この年齢でこれだけお金を集めるには相当な苦労があったことだろう。
このお金にはきっといろいろな想いがこめられていたに違いない。
揚羽グループ最後の将である黒川晶の無惨な最後だ。
それもこれも、全て俺が矢代を逃がしたのが悪い。
「すまん……」
俺はゆっくりと立ち上がると、不意に王の駒が光出す。
それは総司がかわれと言っているように思えた。
「黙ってろバーサーカー」
だが、俺の意思を無視して、総司の剣影はゆっくりと具現化してくる。
このまま勝手に出て来られる方が迷惑なので、俺は総司の魂を呼び寄せることにした。
「…………剣神解放 総司」
俺の体は美少年形態へと変化する。すると、黒川の死体から薄く輝く魂のようなものが見えるのだ。
その魂からは慙愧の念が感じられ、この世に対する未練、死への恐怖が強く感じられる。
「魂が騒いだ理由はこれですか……」
俺は黒鉄を鞘から抜き、まだ死にきれていない魂をあの世に送るため、介錯してやる為に刀を握る。
すると、黒川の魂は強く光り輝くのだった。それと同時に王の駒も光り輝く。
[魂縛の使用が可能です]
スマホから機械音声が響く。
俺はそのスキルが何かわかっていた。
強い未練のある魂を現世に留め使役する、魂の束縛である。
しかしこれは魂を無理やり戦わせる、仲間というより奴隷に近いニュアンスのスキルだ。
「黒川さん……あなたはもう死んだんです。弟さんにももう会えません。しかし、ただ一つだけあなたをこの世界に残らせることができます。ですがその方法は魂の束縛であり、生き返るわけではありません。そして恐らくですが魔力のない世界では存在できず、ここではない異世界に行くことが条件になります。どのみち弟さんには会えず、更に戦う運命が待っています。……死んでた方が良かったと思うかもしれません。あなたはそれでもこの世界に残り続けることを望みますか?」
魂はわけがわかっていないようで、ただボォッと淡い光を灯しているだけだ。
もう自我は完全になくなってしまっているのかもしれないなと思い、俺は刀を持ち上げる。
「すみません。僕のせいです……」
今は彷徨わずにいかせてあげたい。それが俺の責任だろう。
だが、不意に人魂が強く光り出したのだ。
その光は消えてしまうことへの反発、このまま終わりたくないという意思表示に思えた。
「あなたは怨霊や悪霊、またはモンスターと呼ばれる類のものに転生します。それでも構いませんか?」
魂はゆっくりと上下に移動する。
「では……共にいきましょう」
俺はスキル魂縛を使用し、黒川の人魂に刀を刺し入れる。
炎はボボボっと音をたて、青白かった魂は汚染され黒い魂へと変化する。
俺の一番最初の兵はどうやら同級生の女子のようだった。
人魂は黒い光を増幅し、その炎を大きくして、拳大の大きさから人間とかわらないくらい巨大な炎となる。
すると、その炎が人の型を形作ると、元の黒川の姿を形作る。
やがて炎が完全に消えると、そこには全裸の黒川の姿があり、元の彼女の死体は消えていた。
だが、彼女の目は虚ろで、一言も発することがない。
それは魂の
「あなたが元に戻る前に、僕はやるべきことをやってきます」
「はぁ、はぁ、これだけ喰えば、天地ぃの野郎にも負けることはねぇだろう」
失った馬頭が再生し、筋肉が異常なまでに膨張したその姿は、先ほどまでは馬頭の怪物と恐れられたが、今は筋肉の怪物と思われてしまうほど体は大きくなっていた。
ここに到着するまでに一体何人の生気を吸ってきたのか、数えるのもバカらしくなるくらいの人間を糧にして強力なパワーアップを成し遂げた矢代は、素手で電柱を握りつぶす。
「俺は……強い。もうあの頃の俺には戻らねぇ」
矢代はふと嫌な気配を感じて後ろを振り返る。
するとそこには美しい少年が刀を携えて立っていた。
「よぉ、天地ぃ。この通り俺は完全復活して、力を手に入れた」
矢代は拳を強く振るうと、拳圧で周囲の家が倒壊する。
「見ろ、この圧倒的なパワーを。誰にも俺をバカにさせない。勿論お前にもだぁ」
美少年は雨露に濡れた顔をあげると、そのあまりにも美しい顔に思わず敵ですら息を飲む。
「なぜ黒川さんを殺したのですか?」
「あん? 事故だよ事故。少しだけ強い力を感じて追いかけてみたら黒川だったってわけだ。ただ、あの女俺を見ても怯みもしなくてな。挙句血で汚れるから早く出て行けなんて言い出しやがった。ついカッときてな。俺が部屋の奥に進もうとしたら必死で止めやがるからなんだと思ったら、あの女必死こいて金を守ってやがったんだよ。どんだけ守銭奴なんだって呆れたぜ」
矢代はやれやれとため息をつく。
「前々から飄々として俺たちのことを上から目線で見てたからイラついてたんだよ。無理やり犯してやろうかと思ったが、あいつの持ってる金をぶんどってやった方が面白そうだから、金庫をぶち壊してやったんだ。そしたらあいつ泣きながらお願いやめて! なんて言い出してよ。最高に滑稽だったぜ。ただあんまりにも暴れるもんだから、つい殺しちまったんだよ」
仕方ないよな? と同意を求めてくるのに対し、美しい少年は腰を少しだけ落とし刀に手をかける。
「おっと、怒りましたか? 僕ちゃんの大事な黒川をよくも殺ちたなぁ~って。ブッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ! なんだよ、お前正義の味方かよ!」
手を打ちながら大笑いする矢代に向かい、美少年は低い声で言い放つ。
「黙れ……、ドブネズミが」
「あ? なんだと、今の俺はお前なんか目じゃないほどの力を手に入れたんだぞ。見ろ、この結界を!」
矢代が両手をあげると、地面が赤く輝き幾何学的な模様が浮かび上がる。
「この結界にいるものの生気を吸い上げる、地獄の呪い、テンプルドレイン。この場にいる限りお前の力は半分も出せない! さっき俺を殺さなかったことを後悔するんだな!」
「後悔ならもうしました。黒鉄リミッター解除」
[LIMITER RELEASE READY]
「纏衣百式甲冑、阿修羅装甲」
[ARMOR MATERIALIZE …………COMPLEATE]
「五行方陣展開 鬼門解放」
[ELEMENTAL DRIVE OVER LIMIT]
「剣影参式解放」
[THARD DRIVE IGNITION]
魔法術式をプログラム化し、詠唱という弱点を完全にショートカットした機能は、たった一つの
自身の後ろに控えていた剣影の前に具現化した百式甲冑は、巨大な鬼の頭蓋がついた六っつの手甲部分だけであり、装備しているのではなくそれぞれの腕が剣影の隣に浮かび上がっている。
鬼の装飾をされた六つの手甲は、巨大な刀を抜き放つ。
剣影の周りに六本の刀とそれを握る六本の腕が宙を舞う。
足元に浮かび上がった五角形の蜘蛛の巣のような魔法陣は西洋方陣の亜種、東洋の陰陽を基礎とした特殊術式である。
元より鬼の封印、結界を生業としてきた緻密な術式を、強力な自己強化とする五行方陣は、強く魂を活性化させると同時に、周囲の霧の魔力エネルギーを吸収するアブゾーバーでもある。
「手加減なんかしません。滅ぼしてやる」
美少年が輝けば輝くほど周囲の霧は薄くなって消えてなくなっていく。
矢代は相手がエネルギーを溜めているということに気づく、だが、その時には既に遅い。
剣影は少年の動きを完璧にトレースし腰を落とし、刀に手をかける。
全身に悪寒が走り矢代は気づく。あの刀が抜かれた瞬間恐らく俺は死ぬと。
「ふ、ふざけんじゃねぇぞ! いつまでもお前の影に怯えてられっかよ!」
「百式甲冑兵法、金剛両断刀」
剣影の目に赤い光が灯る。振るわれた刀が煌めいたのはほんの一瞬である。
だが、その一瞬で降り続いていた雨雲は縦に弾け、美しい月が垣間見える。
剣影が六本の巨大な刀を振り下ろすと同時に衝撃波が巻き起こり、視界を眩い閃光が襲う。
全魔力を込めた、まさしく一撃必殺と呼ばれる剣は並の不浄など一瞬で浄化してしまう。
戦車砲のような魔力が弾け上がり、閃光が途切れた後、その場にあったものは隕石でもぶつかったのではないかと思う剣撃の跡だけである。
美しい少年は刀を鞘に戻すと、クレーターを下りて矢代の遺体を確認しに行く。
「体はなくなってしまいましたね」
完全に奴の体を木端微塵にしてしまったようだ。
だが、剣撃の爆心地から少しだけ離れた場所にボォっと光る人魂が見える。
恐らく矢代の魂だろう。あの形になってしまえばもう消滅以外に道はない。
介錯、いや滅ぼす為にゆっくりと近づいていく。
すると、魂は炎で馬の頭を作り出したのだ。
「まだ、そんな力が」
刀を握る力を強くする。
だが、予想に反して矢代は大きく頭を振る。
「もう勘弁してくれ!」
「人魂でも喋れるんですね。初めて知りましたよ」
「お願いします! お願いします! 殺さないで下さい!」
「命乞いですか? 他者の命を奪った時点でそれは成立しませんよ」
「なんでもする! なんでもするから頼む!」
「…………どのみちあなたの魂は穢れた魔力によって消滅します」
「た、助けて! お願いします! さっきあなた様のお力で死にかけた魂を兵にすることができるって言ってたじゃないですか! お願いします助けて下さい! もうしません、友達じゃないですか」
「あなたは……」
「はい?」
「そうやって頼んだ黒川さんの大事なものを壊し命を奪ったのでしょう」
「いや、それは……そう! 事故なんですよ事故! ちょっと自分の強さを理解できてなくて、少し小突いたら死んじゃったみたいな! 情状酌量の余地はあるだろ!? 今の法律でも人間一人殺したぐらいじゃ死刑になんてなんねぇしよ。それと何か、お前は神にでもなりかわって人を裁いてもいいとでも言うのかよ! 天地ィ!」
俺は間髪入れずに刀で矢代の魂を刺し貫いた。
「黙れ」
「あっが、がががが……」
「初めてこの魂に感謝します。僕の元の優しい梶勇咲君では命乞いするあなたを殺せなかったでしょう。彼の理性には驚嘆します。だが、僕は違う。あなたを殺せる。なんの躊躇いも後悔もない」
「助……け……神……さま」
「神なんていない。いるとしたら……」
矢代は悪鬼のような剣影を見て思う。
そうだ、こいつは……死神の方だと。
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