第131話 奪われた者
「霧がもうシャレにならんくなってきたな」
朝一番、俺は外の様子を眺め、ほんとやばいなと思いながら制服に着替えていた。
昨日学校から連絡網が回ってきて、学校を再開するという旨が伝えられたのだった。
遠方から学校に来ている生徒に関しては白銀家が送迎することでなんとかするらしく、時として金持ちは余計なことをしてくれると思わずにはいられないが、このまま授業をせずに進級させるわけにもいかず、ゆとり世代ならぬ霧世代として、頭の中も霧がかかってるなんてバカにされ方するのも癪である。
それに今日辺りエロ爺のところに行って、駒は足らないが門を閉じてはどうかと提案するつもりだった。
「もっさんとかと話すには丁度いいだろう」
俺は自身の王の駒を見つめながらも何気なくテレビをつけてみる。
どのみち霧以外のニュースはやっていないだろうと思っていたのだが、つけたテレビからは軽快な音楽とともにアナウンサーがニコニコ顔で何かのリポートを行っている。
「今世紀、いえ日本初、皆さんお馴染みの白銀カンパニー直後継者が決定したのと同時に、後継者である梶勇咲さんと白銀揚羽さん、白銀黒乃さんの多重婚が行われることになりました!!」
「はっ?」
霧でボケたとしか思えない内容に俺はテレビの音量を上げる。
「世間的な批判にも負けず、白銀カンパニー創始者である白銀源三さんが内閣府より多重婚特別許可令状を取得することができた為、直白銀カンパニー後継者である梶勇咲さんの多重結婚が今後行われることになっています。式の方はまだ少し先なのですが、源三さんは世界一の結婚式にすると意気込んでおり、この大きなニュースには海外メディアも非常に関心をもっており--」
なにそれ、俺いつ結婚することになったの? っていうか同姓同名? でも白銀揚羽って言ってたもんな。
顔をしかめながらテレビを見ていると、あのエロ爺が画面に写り、アナウンサーのインタビューを受けている。
「この度はお孫さんのご結婚おめでとうございます」
「ウハハハハハ、おぉ姉ちゃんパンティくれ」
「いや、えっと、あの重婚を認めさせるというのは並々ならぬお力が必要だったと思うのですが」
「ワシの力をもってすれば重婚を認めさせることなんて簡単なもんじゃ」
「法律を曲げるような内容で、世界的に波紋が広がっていますが、どのようにして国に認めさせたのでしょうか」
「そんなもん金でビンタすれば首を縦に振らん奴なんかおらんのじゃー。おっと今のは秘密にしてくれ言われとったんじゃ、忘れてくれウハハハハハー。議員の山中、福井、田中感謝しとるぞー!」
「だ、大丈夫なんですか、今お名前を……」
間違いない。この下品な物言い、同姓同名やそっくりさんなどではなく正真正銘のエロ爺、白銀源三で間違いないだろう。
「新郎は一般家庭出身の同級生とのことですが、特別家柄などは重視しなかったのでしょうか?」
「娘がこいつがいいっていっとるんじゃ。それをなんとかするのが親の務め。むしろ家柄で差別するようなクソどもと同じにするんじゃない」
「し、失礼しました」
「そんじゃワシまだ用事あるから。ネズミーランド買い取って、新婚旅行の月面一周の打ち合わせをNASUとしてこんとならんからの~」
エロ爺は大笑いを残して画面からフェードアウトしていく。
さすがぶれない爺である。
「新郎新婦にもお話を聞きたかったのですが、マスコミ陣は近づけないようにされています。新郎である梶勇咲さんの顔写真を入手していますのでご覧ください」
まさか俺の写真が使われるのかと思い、食い入るように画面を見ると、映し出されたのは見ているだけで腹が立ってくるくらいのイケメン天地の顔写真である。
ニュースのスタジオゲストからはもの凄い美少年だと賛辞が送られている。
「ちょ、ちょっと待て! どうなってんだこれ!?」
なんで俺が天地になってるんだよ!?
慌てて女子寮を飛び出すと、寮のエントランスで女子数名と出会う。
「あれ、天地君どうしたの?」
「天地君ならいつでも女子寮に来ていいか……あれ、天地君顔かわった?」
「かわってねーよ!」
やばい、これは気のせいとかテレビがおかしいとかそういう問題じゃないぞ。
急いで学校へと向かうと、数日ぶりに出会う級友たちは楽し気に談笑しながら登校している。
俺は片っ端から見知った友人に声をかけてみた。だが、結果は全て同じだった。
「天地君どしたの?」
「ちっす、天地さん、どしたんですか?」
「天地、霧が晴れたらまた部活の助っ人入ってくれよ」
「天地君合コン人数たらないから来てよー」
全員が全員示し合わせたかのように俺のことを天地と呼ぶ。
その目は疑いようもなく、演技をしているわけでもなく、壮大なドッキリというわけでもない。
「なんなんだよこれ……」
登校してきている連中の中で俺は救世主を見つける。
「もっさん!!」
気だるそうに登校してきた友人に急いでつめよる。
すると茂木は面食らっているようで、どうリアクションしていいか困っているようにも見えた。
「えっ、えっと、どうかしたのか? 天地……君」
「違うって、俺だよ梶! 梶勇咲。どうしたんだよ皆、なんで俺のこと天地って勘違いしてるんだ!?」
「え、えっ?」
茂木は本気でわけがわからんと困惑している。
茂木から少し遅れて真凛が登校してきた。同じ異世界知識を共有している彼女ならば。そう思い今度は真凛につめよる。
「真凛!」
「えっ、あ、天地君? ど、どうかしたん?」
茂木と全く同じ反応だ。彼女の見る目はいきなり詰め寄って来た俺に怯えているようにも見えた。
当然だろう、唐突に至近距離までやってきて肩を掴まれたら、いくら”知り合い”でも驚いてしまう。
「お前もか……」
「ど、どうかしたん?」
「真凛、本当に俺がわからないのか!? 俺だよ、梶勇咲だよ! 異世界の話とかしてただろ!?」
「!?」
異世界という言葉に真凛は驚いて目を白黒させる。
「あ、天地君その話誰から聞いたん?」
「だから俺は天地じゃないって!」
「い、いたっ」
つい興奮して肩を掴む力が強くなってしまった。
「おい、やめとけよ。百目鬼さん困ってるだろ」
茂木が鞄を差し入れて、俺と真凛の間に割って入る。
「いくら顔がいいからって……いくら百目鬼さんが可愛いからって」
なんで言い直したんだこいつ。
「強引に関係を迫るのはよくないと思うぞ」
「ちが、俺はそんなんじゃなくて」
「あ、天地君、そ、その保健室行った方がいいんちゃうかな? 霧で、その疲れておかしくなっちゃう人がいるってニュースで見たことあるし」
「俺はそんなんじゃ」
「行こう百目鬼さん」
「う、うん」
「待ってくれ! 真凛、もっさん!」
「百目鬼さんのこと気安く下の名前で呼んでんじゃねーよ」
必死に手を伸ばすが、駆け足で昇降口に入ってしまった彼らを見送るしかなかった。
「天地、霧で頭イカレてんじゃねーか」
「うん……でも、なんか凄い必死やったね」
「イケメンなんて一皮めくればあんな……もん。あれ、天地ってイケメンだったような気がするけど、そうでもないよね? っていうかどっちかっていうと俺の方がイケメ」
「それはないと思うけど」
「はい、そうですね」
言い切る前に否定されてしょぼんとする茂木。
「もう、どうなってんだこれ……」
俺は教室に入り席についていた。当然その席は本来天地が座るはずの天地の席だ。
今の状態で俺が自分の席に座りに行ったら、完全に頭のおかしいやつ認定されてしまうのは目に見えたからだ。
現状を考える前に一つ呼吸を整えようと思ったのだが、次から次に女子が挨拶をしてくるので心が休まる暇がない。
そして毎回おはよーと挨拶した後に、全員自分から声をかけときながら「えっ、誰?」みたいな顔するのやめてくれ。
ほぼ確実なことは梶勇咲という存在が、立ち位置はかえぬまま天地眞一と入れ替わっている。これは疑うべきのない事実だ。
更にこの現象は今のところ俺以外に認識できていない。
つまり俺以外の全員の記憶が書き換わっている。
そして、俺はこの現象に心当たりがある。そうカラオケボックスでの出来事だ。
ザマス姉さんが俺と茂木にした記憶操作。あれは感情操作に近かったが他者の意思を無理やりねじまげるという点では同じだろう。
ということは、手段はほぼ間違いなくコネクトで決まりだ。
そうなると問題は原因だ。
この状況を作り出した原因なんて、考えなくてもわかる。そんなもの天地本人以外にはありえないだろう。
だが、それによるメリットはなんだ? 天地が俺と入れ替わりたい理由。
奴ぐらいパーフェクトな男が俺と入れ替わるメリット。
頭の中に朝のニュースが思い浮かぶ。
「揚羽、黒乃と結婚したかった?」
それ以外に考えられるところがない。
だが疑問が残る。もし仮に天地がコネクトを利用して俺と存在を入れ替えたのなら、なぜそんなまどろっこしいことをした?
そんな面倒なことをせず揚羽と黒乃が自分を好きになると二人の感情を操作する方がよっぽど手っ取り早い。
彼女達の記憶を書き換えるだけだと目立つと思ったからか?
いや、形はどうあれ天地、揚羽、黒乃はもとは同グループで距離は近かった。違和感を感じてもそれを不審に思うことはないだろう。
そのことを考えていると教室の扉が開き、入って来た人物を見て息を飲んだ。
それは揚羽、黒乃、天地の三人組である。
最近まであの三人が同時に登校しているところを見たことがなかった。
奇しくも最も初めの光景に戻ったとも言える。
彼らが入ってくると、教室全体が拍手をする。
「ヨホホホ、おめでとう三人とも~、まさか三人で結婚しちゃうなんて驚いたわ~」
「うちのお爺ちゃん最強だから」
「結婚って……恥ずかしい」
「凄いわ~、その年で結婚して白銀家を継ぐんでしょ?」
「うん、ダーリンがやってみたいって言ったからね」
「私たちは……後ろで見てる……」
「妻だもんね。JK妻、響きなんかやらしくない?」
「私ほんとは梶君のこと好きだったのよ~。でも、なぜか今はとられちゃったって気が全然しなくて素直に祝福したいわ~」
相変わらずけたたましく話すザマス姉さん。彼女の言っていることは現状の的を射ている。
俺は立ち上がり俺と入れ替わっている天地へと近づく。
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