18章 ロスト
第130話 奪われた存在
真っ白な霧が出ている中、揚羽と義理の兄弟である天地眞一は白銀家が運営する遊園地へと来ていた。
貸し切りにされた遊園地はどのアトラクションも並ぶことなく乗ることが出来る。
しかしながら誰もいないのにグルグル回り続けるメリーゴーランドや、搭乗者のいないジェットコースターを見ると、もの悲しい気持ちになって来る。
「なんでこんな無駄な事しようとするかな」
揚羽のぼやきはもっともで、霧によるトラブル解決のめどが立っていないが、このまま見合いを先延ばしにするわけにも行かず、揚羽の父岩男が見合いを強行したのだった。
その上気をきかせたつもりなのか、二人で遊園地に行きなさいと、この貸し切りプラチナランドへと招待されたのだ。
「貸し切り遊園地って夢があるけど、こういうのは好きな人と来るとこっしょ」
「義父さんのはからいじゃないか。一応見合いの場所としては間違ってないと思うよ。俺たちの年齢をかんがみても」
「霧で客が全く来ないから揚羽たちの見合いに使ったようにしか見えない」
「遊園地も動かすのはタダじゃないんだ。その辺りのコストは払ってると思うよ」
「パパこの遊園地早く切りたいってずっと言ってたけどね」
「使えるものは使う。君が心情的に気に食わないだけで、厚意に種類はないよ」
「揚羽、眞一のその裏を見て反対の意見ぶつけてくるの凄く嫌い」
二人は遊園地の中を歩くが特に話すこともない。見合いと言っても、同じ両親、まして義兄弟間の見合いである。
そこそこの年月を共に暮らしている為、揚羽にとっても眞一にとっても特に聞きたいこともなければ別段二人にとって新しい情報がこの見合いで見つかるわけでもなかった。
「これいつまで続けなきゃいけないのかな?」
「結婚するまでじゃない?」
「それウケル。つっても笑ってもらんないよね、ほんとにそうかもしれないし」
「何にせよ結果は出さないといけないんじゃない?」
「じゃあうまくいきませんでした終了でいいじゃん。揚羽今、無理やりカップリングさせられてるパンダの気分」
父岩男は会社の方が忙しいらしく、後で顔を出すとは言っていたがこんなところまで子供に丸投げしているのだった。
「司会進行不在のクイズ番組とかグッダグダになるに決まってんじゃん」
「揚羽はどのみち俺と結婚するでしょ?」
「はっ? 揚羽あんたからそんな自惚れた言葉初めて聞いたかも」
「いや、自惚れじゃなくて、揚羽が俺と結婚しなきゃ義父さん今の社長職おろされて多分何もやらせてもらえないポジションに降格だよ」
「…………」
「それにお爺さんが言っていたのを聞いたけど、もし黒乃が後継ぎになるなら義父さん俺たちと引き離されるよ」
「なんで!?」
「跡取り争いに負ければ、当然俺を推している義父さんは発言力が0になる。力のないものは飛ばす。お爺さんはそれが自分の息子でもやる。そしてお爺さんは一から義父さんを鍛えなおす為に海外へと飛ばす気だ」
「揚羽も行く。海外とかやばそうじゃん」
「ダメだよ、君は一度虐待されてるから二度とお爺さんの目のとどかないところで二人一緒にはされない」
「はっ、そんなの勝手じゃん!」
「だから家族離散を避けるには俺と結婚するしかないんだよ」
眞一は別段そのことを喜んでいるわけでも、揚羽に嫌がらせで言っているわけでもなく、ただ淡々と事実を話すのだった。
「なにそれ、揚羽意外と逃げ道ない?」
「梶勇咲を君の結婚相手にするっていう方法があるけど、彼は黒乃サイドにとられてるからね。これは君が悪いんじゃなくて最後まで俺に固執した義父さんが悪い」
「固執しないわけないじゃん。父さん眞一のこと本当に自分の子供だと思ってるもん」
揚羽は自分の親が義理の息子である眞一の方に比重を置いていることに気づいているが、それを口にすることはなかった。
「直談判してみる手もあるけど、結局悪いのは今までの義父さんの行いだからね。揚羽がどうこうするより君のお父さんがどうにかならないと問題は解決しないだろう。それこそ黒乃のお父さんみたいに」
「黒乃のお父さん、なんかよくわかんないけどいい人になったしね。断酒して、今また普通に患者見て手術できるようになったんだって」
「人はかわろうと思えばかわれるんだよ」
「思ってないくせに。すんごい棒読みじゃん……揚羽のパパかわれんのかな……」
「そろそろ何か食べるかい?」
時間は霧で薄暗くなっていてわからないが、時計を見ると既に正午を回っていた。
「食べる」
「じゃあレストランでいいよね?」
眞一は自然な動きで遊園地内にあるレストランへと入ろうとする。
「あれでいい」
揚羽が指さした先にあるのは、フードトラックで販売しているホットドックだった。
「高いしあんまりおいしくないよ?」
「揚羽はあれがいいの」
客がいないとわかっているのに店を出し続けなければならないことを不憫に思ったのか、ただ単純にホットドックの気分なのかはわからないが、揚羽はトラックの前に並べられているテーブルについた。
眞一がホットドックを二つ受け取り、同じくテーブルにつく。
「率直な疑問なんだけど、眞一って揚羽と結婚する気あんの?」
揚羽はホットドックを受け取り、包装紙を外しながらやる気なさげに問う。
「俺はあるよ」
「えっ、そうなの?」
「結婚なんてただの儀式だからね。家と家がくっつく打算と、資産共有によるマイナスをどこまで許容できるかでしょ」
「うわ、相変わらずドライ」
ホットドックを一口かじって顔をしかめる揚羽。それは別にホットドックがまずかったからではない。
「その点君とくっつけば、資産共有によるマイナスはなしどころか巨額の富が手に入ると言ってもいい」
「揚羽そういう人が避ける話を包み隠さないところはあんたの好きなとこだよ。好感度上がるかって言ったら話は別だけど」
ホットドックをガブリガブリと食べ進め、揚羽は自身の指についたケチャップをなめる。
「揚羽との結婚云々よりさ、あんたが好きな人って黒乃じゃん」
そう言うと眞一は押し黙った。
「揚羽、眞一が闇で黒乃にメール送ってるの知ってるし」
「あれはそういうのじゃないよ。彼女不安定な時期があったからね」
「手、差し伸べてあげたら良かったのに。多分あの子もあんたに助けてもらうの待ってたよ」
「…………」
「なんでメールだけで実際に行動を起こさなかったかあてたげよっか? 揚羽が後継者になると思ってたから揚羽から離れられなかったからでしょ?」
「…………」
「揚羽、打算で助ける人と助けない人決める奴って大嫌い。揚羽後継者なんかにならないよ。黒乃に全部あげる」
「それは困るんだけど。君の義父さんも」
「パパは一からやり直した方がいいよ……揚羽いくらでもつきあうから。お爺ちゃんが偉くなって社長職なんて良いところにいさせてもらったけど、実際パパが偉いわけじゃないもん。きっとお爺ちゃんもちゃんと頼めば家族バラバラになんてしないよ……」
義兄弟を結婚させて無理やり自身の保身をはかる父は、もはや手遅れであると揚羽は気づいていた。
「きっと揚羽じゃなくて、黒乃や黒乃のお父さんに任せた方がうまくいくよ」
「本当に白銀の後継者になる気はないのか?」
「さっきまで揺れてたけど、決めた。やらない」
揚羽はきっぱりと言い切った。
「ダーリンが興味あるならやるかもだけど、多分ダーリンも興味ないって言うと思うし」
「梶、勇咲。どこがいいんだい?」
「優しいとこ……あと、おバカなところ」
「お似合いだよ」
「えっ、やっぱり? 結婚するときは呼んだげるね」
「バカ同士お似合いって意味だよ」
トゲのある言い方に揚羽はムッとする。
「なに、その言い方。揚羽は別にバカでいいけど、ダーリンまでバカ呼ばわりしたら怒るし」
「だってそうだろ。白銀源三はユニークスキル幸運の鐘を取得してこの世界に帰って来たんだ。彼がいる限り白銀は無限にお金を手に入れることができるんだ。そしてそのスキルは後継者に引き継がれる。あのスキルだけは絶対にほしいんだよ」
「いきなりなに言ってんの?」
「金策スキルは必要でしょ?」
「なんかのゲームの話してんの?」
揚羽は話がかみ合わずイライラする。
「揚羽、少し誤解しているから訂正するが、俺は一条黒乃が好きなのではなくて、彼女の固有スキル、門の形成に執着しているんだよ」
「は、はぁ?」
「力はある、だけど二週目に進むには金策スキルがあった方がいいだろ? そして門の存在は絶対だ。それがなければ二週目は始まらない」
「ちょ、ちょっとマジで大丈夫? あんたそんなゲーム趣味あったの?」
「そして門が開けばこの世界に用はない」
眞一は立ち上がると、手を差し出す。
「揚羽、君の駒を渡して」
揚羽はその瞬間飛びずさる。
ぞわっと産毛が逆立つような嫌な殺気を感じたからだ。
「あんた、まさかダーリンが言ってた灰色世界のイカレた少年だったってわけ?」
「彼は本能的に気づいていたみたいだけどね。まるで野生児だよ」
眞一は自身の顔を撫でると、フェイスマスクが現れ、雰囲気が一変する。
「せっかく正体を隠してたってのに無意味だよ。これじゃ何のために偽りの高校生を演じたのか。まぁ現実世界で強くてニューゲームというのも面白かったけどね。味わったことのない感覚だったよ」
「あんたの目的はなんなの?」
「だから言ってるじゃん、異世界に行くことだよ。たださっきも言ったけど、君のお爺さんのスキルがほしくてね。それで仮初の兄弟として君たちの記憶の中に入り込んだ。何年も一緒にいたと錯覚しているかもしれないが、俺と君の兄弟関係は実は一年程度しかないんだよ」
「道理で集合写真にあんたが写ってなかったってわけ。……天地眞一なんて最初からいなかったってこと?」
「その通りだ。天地眞一というのはただ単純に作り上げられたキャラクター、アバターなんて呼ばれるものだ。これだけ見事なステータスだと言うのに、計算外なのは君と黒乃だ。君はもっと理性に乏しいタイプの人間だと思ってたからね」
「何、イケメンに弱いって言いたいの」
「そっ、この天地眞一っていうのは君を懐柔する為のものだったんだよ」
「記憶がいじれるなら、そのまま後継者になっちゃえば良かったじゃん。それか直接そのスキルを奪うか」
「君のお爺さんのスキルの存在に気づいたのは随分と後でね。記憶改竄もそんなに万能じゃなくて、条件が整わないと使えないんだよ。スキルに関してはシステムで守られていてね、特殊なスキルスティールでもない限り、奪うということはできない。と言ってもついてこれないか、この領域の話は」
眞一は遊園地を見渡す。
「ここには異界の力を集める集積装置があるんだ。これだけの魔力があれば願いを一つ叶えられる」
そう言って眞一だったものはスマホを出すと、コネクトを起動させる。
「世界征服でも願う気?」
「こんな世界手に入れて一体なんの価値があるっていうんだい。それに全世界の人間の思考を書き換えるには魔力が足りず、願いは届かない。だからせいぜいこの程度なら確実に叶う」
眞一は素早くコネクトに文字を打ち込むと揚羽に見せる。
[世界は天地眞一を梶勇咲として認識する]
「これで駒も白銀も門も全て手に入る」
「あんたダーリンとなりかわる気!?」
眞一のスマホに表示されたその文を見た瞬間、揚羽は自身の持つ駒を抜く。
「
「遅いよ」
眞一は送信ボタンを押すと、遊園地内に満ちた霧が薄くなる。その瞬間世界が改竄されたのだった。
「あっ……えっ? 揚羽なにしてたっけ?」
「何って結婚前に遊びたいって言ったのはそっちだろ?」
「えっ? 結婚? 揚羽が?」
「そう、大丈夫? 俺の名前わかる?」
「何言ってんの、ダーリンはダーリンでしょ?」
「ちゃんと名前」
揚羽は天地眞一を見据え、何当たり前のこと聞いてんの? と首を傾げながら。
「梶勇咲」
と答えた。こうして天地眞一の梶勇咲乗っ取りは成功した。
眞一が半月のような邪悪な笑みを浮かべていることに、揚羽は気づいていない。
「これで全て手に入った」
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