第132話 開く異界門

「ん、どしたの眞一? ご香典なら今からでも受け取るよ」

「それを言うなら……ご祝儀」

「天地……いや、今は梶になってるのか。お前は何がしたいんだ? 白銀の乗っ取りか? お前は嫉妬に狂って世界を書き換えるような奴でもないだろう」

「ちょ、眞一いきなり何? 超感じ悪い」

「俺と入れ替わった理由はなんだ、答えろ!」


 俺の存在を乗っ取り、揚羽たちと結婚なんてふざけたことをしようとしている天地の胸ぐらを掴み上げる。

 だが、その直後俺の側頭部に強烈な蹴りがめり込み、吹っ飛んだところを腕を掴まれ投げ飛ばされた。

 揚羽のハイキックからの黒乃の一本背負いのツープラトンがさく裂したらしい。


「眞一、いい加減にしないと怒るよ」

「……お願い、やめて」


 教室内がしんと静まり返る。

 倒れ伏した俺をまるで虫けらを見るような目で天地が見下す。


「別に彼女達の心が欲しいわけではないが、君はこう言えば納得するのか? お前の分まで幸せにしてやるよ」


 その一言で俺はキレた。

 この野郎確信犯だ。間違いない、誰かが入れ替えたんじゃない。天地自身が俺と立場を入れ替えたのは確定だ。


「この野郎! 俺を返せ!」


 俺は黒乃をはねのけ、天地に組み付く。

 だが、一瞬で態勢がいれかわり、俺の腕は天地にねじりあげられていた。


「いででででで、この野郎……」


 天地は顔を近づけ、他には聞こえない声量で囁く。


「お前が俺に勝てるわけないだろ」

「どこぞの寝取り系ガンニョム主人公みたいなこと言いやがって……」

「入れ替わった理由なんて言わなくたってわかるだろ」


 俺の背中に何か硬いものが当たっている。

 この感触は……。


「駒……」

「正解」

「やっぱりお前があの灰色世界のクソ野郎だったか」

「隠す必要もなくなった。駒集めご苦労様」

「くっ、てめぇ……」

「君と入れ替わると駒だけでなく、白銀家とクロノまで手に入る」

「人をお徳用セットみたいに言ってんじゃねぇ」

「君は有能だよ。揚羽と黒乃を懐柔し、四つの駒を覚醒させた。一つは結晶石だが、駒の代用には十分だろう。お前のおかげでこの世界は終わる」


「ありがとう」と囁かれ理性が限界をきたす。

「うおおおおおっ!!」


 俺は脳の血管が千切れそうな思いで天地を弾き飛ばし、奴に殴りかかる。

 だが


「やめろ!」

「あかんで!」


 背後に回り込んだ茂木が俺の背中を羽交い絞めにして、無理やり引き倒す。

 すぐさま立ち上がり、もう一度ぶん殴ってやろうと迫るが、俺の拳は振り上げたままおろすことになった。

 なぜなら天地を守るようにして揚羽、黒乃、茂木、真凛が立ちふさがっていたのだ。

 その目は、これ以上やるつもりなら許さないと語っている。


「やめてくれ……そんな目で見ないでくれ」


 親友や、大切な仲間、好意を抱いている女性に敵として見られることがどれだけ辛いのか初めて知った。

 見知らぬ人物に殴られるのは耐えられる。だが、これは精神が耐えられない。


「泣くぐらいなら最初から喧嘩なんかしかけんな」

「天地君、暴力は最低なことやで」

「手を出したら……許さない」


 やめろ、やめてくれ……。

 視界が歪む。殴られたわけでもないのに膝に来る。立っているのが辛い。今すぐ泣きわめきたい。

 自分を奪われた苛立ち、誰も信じてくれない悲しみ、真実を叫べば叫ぶほど頭のおかしい奴と思われる焦燥。いろいろな感情がごちゃまぜになって、声を荒げずにはいられない。


「そいつは天地で、俺が梶なんだ! 信じてくれもっさん、真凛、黒乃、揚羽!! 奴こそが俺たちの敵なんだ!」


 言いかけて、俺は揚羽のハイキックに打ちのめされた。


「眞一、おふざけなら付き合ってあげてもいいけど、ダーリンでふざけるのは許さないよ」

「揚羽……違うんだ……本当にそいつは天地なんだ……。そいつはお前たちを騙してコネクトで俺と入れ替わってる」

「まだ言う!」

「頼む、わかってくれ。そいつの目的は俺たちと白銀家を乗っ取ることなんだ」


 怒った揚羽が無理やり俺の胸ぐらを掴み上げる。


「いいかげんにして!」

「揚羽、頼む思い出してくれ。俺が梶勇咲なんだ。いつもダーリンって呼んでくれてただろ」

「キモっ、なんなのほんと頭おかしくなったんじゃないの?」

「カラオケで写真撮っただろ、ほら」


 俺はスマホを取り出し画像を見せようとするが、そこに天地が割って入り、俺を押し倒す。


「聞くだけ無駄だ。彼は霧によって幻覚を見ているんだ」

「俺ネットニュースで見た。長時間霧の中にいて、気がおかしくなった奴をミストブレイクっていうらしい」

「残念だけど彼はそれになってしまったんだろう。誰か彼を保健室に連れて行ってくれ」

「畜生!」


 俺は手を貸そうとしてくれたザマス姉さんを払いのけ、教室を飛び出した。


「くそ、どうしたらいいんだ」


 俺という存在を奪われてしまったら、もう何を言っても無駄じゃないか。

 奴は戦わずして全てを俺から奪った。

 このままだと奴は異世界の門を開く、そうなればこの世界は異世界に飲み込まれてなくなってしまう。

 だが、今の俺に何ができる? 仲間を失い、駒を失った俺に。




 天地がおかしくなったというのは一瞬で学校中に知れ渡り、学校から彼の居場所がなくなるのは時間の問題だった。


「ほんと天地君どうしたんやろ」

「だからミストブレイクだって、頭がブレイクしちゃったんだよ」


 おぉ恐いと茂木は自身の体を抱いて大げさに震えてみせる。


「あんまり人の事悪く言うたらあかんで。もし仮にそうやとしたら悪いのは天地君じゃなくて、この霧なんやから」


 二人が話していると勇咲から存在を奪った天地が声をかける。


「今晩学校に集まってくれないか? 一度駒の力を使って異界の門を閉じられないか試してみたい」

「せやね、もう深刻な影響を及ぼしてるもんね」

「この霧さえ消えれば元通りになるよな!」


 仲間は頷き、偽物は笑みを浮かべる。




 その夜、天地、揚羽、黒乃、茂木、真凛の五人は人のいなくなった学校に忍び込み、校庭の真ん中に立っていた。


「結局天地の奴、最後まで帰ってこなかったな」

「あれだけ大騒ぎしちゃったしね……」

「いいの、あんな奴。俺はダーリンだとかキモイこと言ってるし、ほんとに頭おかしくなったんだよ」

「皆集まってくれてありがとう。駒を」


 何食わぬ顔をした天地が駒を取り出すと、全員が同じように駒を取り出す。


「いよいよやるんだな梶」

「あぁ、異世界の門をこのままにしておくことはできない。揚羽、黒乃、茂木の駒、そして百目鬼の持つ結晶石を使って門を閉じる」

「白銀の爺さんは呼ばなくて良かったのか?」

「彼はあれでいて忙しい身だからね」

「そうか、しょうがねぇな。でも、梶本当にいいのか?」


 茂木はそっと天地に耳打ちする。


「お前、この門を閉じたら異世界に連れて行かれるかもしれないんだろ?」

「大丈夫だ。その事は既に解決済みだ」

「ほんとかよ!? すげーな今日の梶はなんかちげぇ、なんつーか自信にあふれてる感じがする」

「では始めよう」


 全員が頷き、校庭に駒を等間隔でセットする。


「異界の門よ!」


 天地が叫びをあげると、五つの駒が光り輝き校庭に五芒星を描き出す。

 光は天高くのび、濃い霧を弾き飛ばし眩い光が周囲を照らし出す。


「なんか超やばくない?」

「お、おぉ、よくわかんねぇけどすげぇ……」

「嫌な気がするんやけど、大丈夫かな」


「やはり門は開くな……」


 天地はニヤリと笑みを浮かべると、五芒星が描き出した中心に巨大な穴が出来上がる。

 穴の中は真っ暗で、誤って足を踏み外せば奈落の底へと落ちてしまいそうでもある。


「この穴が異世界の門なのか?」

「そ、そうなんちゃう? なんか凄く禍々しい感じがするね……」


 校庭に出来た巨大な穴からは瘴気のような気味の悪い霧がとめどなく流れ込んでいる。


「……後は源三のスキルを手に入れれば、目的は全て満たせる」


 天地の試みは見事に成功し、異界の門は現世に具現化した。

 天地は巨大な穴にしゃがみこんで手をかざしてみると、バチっと電流が流れた。


「なんだ……」


 穴に手をかざすたびにバチバチと電流が流れ、まるで彼の侵入を拒んでいるようだった。


「完全に門が開いていないのか? どういうことだ」


 天地はスマホを取り出しファンタジーシフトのアプリを起動させると、そこには

 [エデンへの入場資格がありません]と表記されている。


「どういうことだ!」


 唐突に大声を張り上げた天地に全員が驚く。


「黒乃、門は開いているんじゃないのか!?」

「えっ、えっ?」


 天地は凄い剣幕で黒乃に詰め寄る。


「門は……閉じたんじゃ?」

「五つの駒によって、今は門が開いているはずだ! それなのになぜ入ることができない!?」

「わ、わからない。門は閉じる……んじゃ?」


 天地の言っていることとやっていることが違い、全員が困惑する。


「今日って門を閉じるんじゃないのか?」

「わ、わかれへんどけ? 閉じる前に一回開くん……かな?」

「ダーリン、そんな異世界の門のことなんて黒乃に聞いたってわかるわけないじゃん」


 全員を無視して、天地は深く考え込む。


「ここまで来たというのに、最後に何かが足りていない……。結晶石での代用がきかなかったのか? いや、魔力は機能している。現に門は具現化している」


 天地は五つの駒と入場資格がないという文を見てピンと来る。


「入場資格……そうか王の資格がいるのか。……ということは奴の駒が必要」


 天地は忌々しいと舌打ちをする。

 しかし、どのみち異世界に入るのは源三のスキルをいただいてからになる。

 全ては揚羽と黒乃の結婚式までになんとかすればいいだけの話。

 それに、奴の駒を奪うのならちょうどいい人間が目の前にいるのだ。


「今回は一旦中止にする。門を閉じるには天地が持っている駒が必要だ」

「えっ、天地君駒持ってるん!?」


 天地はしまった迂闊だったと顔をしかめる。

 こいつらは天地はただの無関係な生徒としか認識していなかったはずなのに、いきなり駒を持っていると知らされれば驚くのは当然だ。

 彼が今まで単独行動しかしたことがないことによる詰めの甘さだった。


「ああ……実は奴はアストラルフィールドで出会った男だ」

「なっ!? あいつが!?」


 天地は多くは語らず、全員に駒を回収させる。

 校庭にできた異世界の門は駒の力が消えると、うっすらと見えなくなっていった。


「まさかあの天地君が……」

「それより、霧の量明らか増えてないか?」

「濃度が、なんか凄くなった気がするよね……」

「…………」


 黒乃はじっと天地を見据え続ける。

 そして他の面々も声には出さないが、先ほど黒乃に詰め寄ったときの言動と、この増えた霧の量からして彼が本当に門を閉じたのか? と懐疑的な視線を送る。


「なんだ?」

「……別に」


 誤算だ、勘の良い奴には既にほころびが生じ始めている。

 何か手を考えなくては。天地がそう思っていると、丁度いい役者が校庭に姿を現したのだ。

 それは制服姿の梶勇咲、いや今は天地眞一であった。


「門を開こうとしたな……。魔力の濃度がはね上がってる」

「……何をしに来た”天地”」

「俺をそんな名前で呼ぶんじゃねー。駒を渡せ」

「やはりな、奴は危険な男だ。門を開こうとしている」

「どの口が言うんだよ!」


 本物の梶が怒りを露わにすると、全員が駒を手に取り戦闘態勢をとる。


「もっさん、真凛、黒乃、揚羽……俺はお前たちと戦いたくない。駒を……渡してくれ。俺を……信じてくれ」


 差し出された火傷だらけの右手に全員が動揺する。

 プレッシャーや力強さなんてものは全く感じない。だが、その目からは圧倒的な覚悟が感じられる。

 笑顔で民の為に自害する王や侍のような、底知れぬ慈悲と強さを持った目だ。


「ありゃ同年代がする目じゃねぇぞ……」

「ああいうのが一番タチ悪いねん。自己犠牲でなんとかなるなら迷わず自爆するタイプやわ」


 茂木たちが得体のしれないプレッシャーに一歩、二歩と後ずさる。

 彼らが攻撃をしかけることが出来ないのは本能的に敵と認知できていないのだと天地は悟る。


「ならこいつを敵にするまでだ」


 天地は片手にナイフを持ち、突如勇咲に走り寄る。


「梶君危ないで!」

「梶!」


 いきなり走り込んできた天地に、勇咲も困惑する。

 仕掛けてくるのかと思い、スターダストドライバーを装備しようとするが、何を思ったのか天地は組み付いたと同時に、そのまま体にしがみつきながらずるずると倒れたのだ。


「な、なんだ? なにしてるんだ……お前?」

「キャアッ!!」


 真凛たちから悲鳴が上がる。下を見ると天地の腹から血が流れでているのだ。

 当然勇咲は何もしていない。だが、その手には血の付いたナイフが握らされていたのだった。


「おめでとう殺人鬼」

「この野郎はかったな!」


 天地は組み付いた瞬間自分で自分の腹を刺し、そしてそのナイフをこちらに握らせたのだ。

 あまりにもベタすぎる冤罪殺人鬼のできあがりである。


「みんな、こいつは危険だ……」

「いやぁっ! ダーリン!」

「先に病院に運ぶよ!」


 全員に動揺が走る中、怒りに燃える茂木が 駒の力を使い立ちはだかる。


「許さねぇぞ天地! 剣神解放、五右衛門!」

「違う、俺じゃない!」

「聞く耳持つかよ!」


 勇咲は現状では誤解を解くことは不可能と判断し、背を向けて逃げ出す。


「逃がすかよ!」


 茂木はカンとキセルを打ち鳴らし、音撃を連続で放つ。何発かは命中したが、勇咲の逃亡を許してしまったのだった。


「茂木君、それより今は病院!」

「あ、ああ、わかった救急車か!」


 茂木は慌てて手伝うが、最後に逃げる”天地”の悲し気な表情が気にかかった。

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