第118話 バタフライ

「この野郎、人がちょっと目を離した隙に」

「ダーリン、そいつ桜井! コネクトで顔をかえてるって!」

「なにぃ? お前鼻なのか?」

「はぁ、めんどくさいブサイクだ」

「お前だって人の事言えた顔じゃなかっただろうが!」


 お前が俺の顔面を侮辱するのは許さないからな!

 桜井はヤレヤレと肩をすくめると、眼鏡のつるを持ち上げ、鋭い視線を向ける。


「全部お前が元凶なんだよ、梶勇咲。お前さえいなかったら俺と揚羽は」

「俺がいなくてもお前と揚羽がどうこうなってたとは思えんね」

「俺の揚羽をたぶらかしやがって」

「やだ、あいつ気持ち悪い」

「だ、そうだぞ。ウザくて気持ち悪くてストーカーな鼻め」


 揚羽はそっと俺の後ろに隠れ、鼻はビキビキと額に青筋をたてている。


「揚羽、お前はあとで俺の鼻オイルでゆっくり調教してやる」


 なにそれ怖っ。今まで聞いた拷問方法の中で一番怖そう。

 鼻は目を血走らせながら俺のことを睨むと、突如消えたと思うスピードで背後に回り込んできた。

 そして後頭部を掴むと、そのまま壁に無理やり打ちつけられる。

 あまりにも動きが一瞬すぎてとらえられなかった。

 壁に放射線状のヒビが入り、一瞬意識を失いかける。


「なんだ、こいつ!?」

「あいつコネクトの力で魔法みたいなの使えるって!」

「やっぱコネクトは害悪だな。絶対破壊してやる!」


 俺は飛びずさりながらスターダストドライバーを展開し、右腕にガントレットを纏わせる。


「えっ、なにそれ!?」

「戦う為の力だ! ファーストイグニッション!」


 驚く揚羽をよそに一瞬で鼻の懐まで飛び込み、顔面に拳を叩きこむ。

 拳から深紅の衝撃波が放出され、鼻の体は二階のVIP席からバウンドしながらプールへと落ちていく。

 俺はそれを追いかける為に二階から跳ぶ。


「なにそれ、ダーリンマジやばくない」

「揚羽、お前は隠れてろ!」


 吹っ飛んだはずの鼻が見つからなくて辺りを見渡すと、プールサイドで顔面を押さえている鼻の姿が見つかる。 


「ぐぅぅぅぅっ…………くそがぁ、梶のくせに梶のくせに、お前みたいな奴に俺の揚羽をとられてたまるか! 揚羽、揚羽、あいつは俺のもんだ! 絶対誰にも渡さねぇ!」


 鼻は咆哮するが、俺は顔から手を離した奴の顔を見て愕然とする。


「鼻……お前、顔が……」


 鼻がぶん殴られた頬から手を離すと、まるで頬が陶器のようにバラバラと崩れ落ち、その顔の下から0と1のデジタル数字が表示されている。

 怒り狂った鼻はそんなことを気にしてはおらず、憎悪の瞳で俺を睨み付ける。


「絶対にお前だけは殺してやる!! 力を寄越せ! あいつをぶっ殺せる力を!」


 鼻の握りしめていたスマホから黒い霧が立ち上り、鼻の姿を変貌させていく。

 俺への憎しみと、コネクトの魔力が入り混じったその姿は、人の体に巨大な羽と鋭い嘴、猛禽類と人間を合体させたリアル鳥人間であり、ゴキゴキと嫌な音をたてて奴の体は二回りも巨大化していく。

 俺はこいつの姿を記憶の底で思い出す。


「……ガルーダ」


 昔一度****と一緒にやりあったことのある鳥の怪物ガルーダ。

 その速度は人に追える限界を超えており、****ですら追いつけず、成すすべなくやられてしまったことがある。


「鼻、何人間やめてやがるんだよ!!」

「死ネェェェェェェェ!!」


 もはや何を言っても無駄と悟り、俺はガントレットを構える。

 上空に一度舞い上がってから、急降下してくるガルーダにカウンターをあわせる。


「セカンドインパクトォ!!」


 スターダストドライバーの二撃目が落雷の如く急降下してくるガルーダの顔面をロックし、的確にカウンターがヒットする。

 だが、確かに命中したと思ったカウンターに手ごたえはなく、逆に俺の体は軽々と吹き飛ばされる。


「がはっ……くっ……なんでだ、確かに決まったはずなのに……」


 あの野郎ギリギリで拳をすり抜けて、こちらに攻撃を当ててきやがった。

 タイミングをずらされたというより、あのスピードで接近しながらこちらの軌道を読まれたと言った方が正しい。


「クソが、ふざけんなよ!」

「遅イ! 遅スギル! 俺ハ速イ!」

「あぁイクのも早いってバカにされてんぞ鼻ぁ!」

「黙レェェェ!!」


 もう一度ガルーダは天井付近まで舞い上がると狙いを定め、大鷲の如く翼をはためかせながら突っ込んでくる。


「くっそ、見えねぇ!」


 あまりにも速すぎる攻撃に全く対応できない。

 ガルーダは縦横無尽に飛び回り、速くて重い攻撃を繰り返してくる。


「ぐあああぁぁぁ!!」


 衝撃により吹き飛ばされ、巨大なスライダーに体を打ちつける。


「揚羽、揚羽、揚羽ァァァァァァァ!! 揚羽ァァ愛シテルゾオオオオオオオ!!」


 ガルーダは揚羽への愛を叫びながら突っ込んでくる。

 貴様の腹に風穴を空けてやると、鋭い嘴を前に出し突撃してくるのが見え、俺は即座に迎撃に入る。


「ファイナルスターダス……」

「遅インダヨォォ!!!」


 あっ、ダメだ一瞬先のことが見える。俺の迎撃は間に合わず、奴の嘴は俺の腹に穴をあける。そんなビジョンが見えたその瞬間だった。

 突如ガルーダの軌道がそれ、奴は方向転換できずそのまま壁へと激突した。


「何……が?」


 驚き目をしばたたかせると、俺の目の前には肩に散弾銃を担いだ黒乃の姿があった。

 ブルーの水着姿で、格好は場違いではないが、彼女の性格からしてプールに一人でやってくるとは到底考えられなかった。


「えっ……黒……乃?」

「うん……」

「なんでここに……」

「許嫁……だから」


 黒乃は頬を染めて、小さく頷く。

 果たしてそれは理由になっているのだろうか?

 黒乃は自身の顔をなぞると金属製のアイマスクが彼女の目を覆い隠す。

 すると小さくうめき声を上げながら、ゆっくりと首を回す。


「あ゛あ゛ぁぁぁ…………」


 明らかに彼女の声のトーンがかわった。


「昨日の今日だってのにお姉さんを無視して蝶々女とイチャこいてるって聞いてな。それで嫉妬に狂ってとんできたら、変な鳥野郎とやりあってるわけだ。許嫁としては心中複雑だが助けないわけにはいかないだろ、あぁぁん?」

「いきなりマサムネに切りかわったな」


 てか蝶々女って揚羽のことだろうか。


「てなわけで、愛しのハニーの為に今からあの鳥野郎をフライドチキンにしてやるから、楽しみに待ってろ。お姉さんがすぐにぶっ殺してきてやる」


 黒乃改めマサムネは飛び上がったガルーダに向けて、片手持ちの散弾銃を連射する。


「まずそうだがハニーの頼みだ、カラっと揚げさせてもらうぜ!」


 ヒャッハーとどこぞの世紀末映画に出てくるようなキャラに性格がかわった黒乃は、ソードオフショットガンと呼ばれる銃身の短い散弾銃をバンバンと撃ち鳴らしながらガルーダへと接近していく。

 やはり異界から流れ込んでいる魔力量が多くなっているのか、マサムネの力が強くなっている気がする。

 しかしそれはガルーダにも同じことが言える。

 急接近してきたガルーダをショットガンの銃身で殴り飛ばすと、そのまま頭部を踏みつけ散弾の雨を降らせる。


「頭はいらねーんだよ!!」


 バスンバスンと重い銃声が響きガルーダの頭が砕け落ちる。

 しかし、頭部を失ったというのにガルーダはマサムネの足から抜け出すと突風を巻き起こし、彼女の体を吹き飛ばす。


「キャァッ!!」


 吹っ飛んできたマサムネを、落下するギリギリでキャッチする。


「鼻が頭部無しでも生きてたことより、マサムネがキャアって叫んだことの方が衝撃的だわ」

「うるせー、離せ顔面B級め」

「うっそ、酷くないその言いぐさ?」

「安心しろ、お姉さんはちょっと腐り気味の方が好みだ」

「なんの慰めにもなってねぇよ!」


 直後頭がなかったはずのガルーダの首が復活し、怒りに燃えている。


「フザケンジャネェブッ殺ス、オ前モ」


 どうやらマサムネも、鼻の殺すリストに載ったようだ。

 だが、そのリストのトップページに載っているのは俺のようで、奴のあまりにも速すぎる攻撃に対応できなかった。

 バカの一つ覚えみたいに突進ばっかりしてくるが、これは物理的に反応できる速度を越している。

 俺とマサムネは分断され、奴が高速で飛行した後に起こるソニックブームで吹き飛ばされる。


「カァジィィィィ!!」

「テメーに積年のライバルみたいな呼ばれ方される筋合いはねーんだよ!!」


 もう一度カウンターをあわせるが、傷つくのはこちらだけだ。

 気づけば右手のガントレットはズタズタにされている。

 目で追うだけじゃ、どうやっても振り遅れる。

 絶対に殺してやると憎悪を漲らせ、ガルーダは全身を弾丸のようにして突っ込んでくる。

 カウンター、いや無理だ、かわすしかない。そう思い横っ跳びするが、奴に接触してしまったようで、まるで突風に巻き上げられる木の葉のように俺の体は吹き飛ばされる。

 中空をしばらく舞い、ダンっと嫌な音ともに地面へと落ちる。

 背中を強打し、口から鮮血が吐き漏れた。

 せめて水の中に落としてくれりゃいいのに、プールサイド転がしやがって……。

 恨み言を吐きながら立ち上がろうとするが、ズキンと嫌な痛みが走り足に力が入らない。


「くそっ、次がくるってのに!」

「カァァァァァジィィィィィィ!!」


 今度こそ殺してやると狙いを定め、急降下する死の塊に割って入って来たものがいる。

 大きく手を広げて前に立つのは、怯えもせず敵を睨み付ける揚羽だった。


「揚羽! どけ、死ぬぞ!」

「やだ」

「こんな時にわがまま言うな!」

「大丈夫、揚羽コネクトに願ったから! あいつを倒すって! 揚羽が揚羽が守るからって!」


 嫌な風切り音が聞こえ、ガルーダが迫る。

 奴も突如目の前に現れた揚羽を避けようとしたみたいで体をそらすが、弾丸のような速度を急に転進させることはできず、そのまま揚羽へと突っ込む。

 ズドンと嫌な音がして、ガルーダがコンクリートのプールサイドを抉る。

 突風がすぎ、揚羽の姿を確認すると、彼女はガルーダの体当たりを受け、遙か遠くに吹き飛び横たわっていた。


「揚羽!」


 急いで駆けよると、あまりにも無惨な彼女の姿に俺は歯を食いしばる。


「大丈夫だった……?」

「ああ、大丈夫だ。お前のおかげだ!」

「そぅ……良かった……。揚羽も大丈夫だよ」

「大丈夫じゃ、大丈夫じゃねぇよ……! バカやろう」


 何も大丈夫なんかじゃない。何も……。

 彼女の足元に出来た血だまりは今も大きくなり続けている。

 彼女が履いていたはずのローラーブーツはない。いや、それだけではなく彼女の足自体が存在しなかったのだ。

 ガルーダの突進は揚羽の体をそれた。しかし、奴のカッターのような翼が彼女のとても美しく、大事な脚を切断したのだ。


「揚羽ぁぁっ……」

「泣くなよ……足くらいまた生えてくるし」

「生えるかバカやろう……」

「ほんと、揚羽ってなんか怒られてばっかりな気がする……」

「俺は可愛い子ほど怒るんだよ」

「揚羽、もうちょっと甘やかされたいな……」

「すまん」

「黒乃だけずるいよ。揚羽も許嫁に、なりたかっ……たな」

「揚羽、揚羽!!」


 揚羽はゆっくりと目を閉じた。

 まだ命はある。急いで医者に見せないと!

 しかし、それを邪魔するものが。


「揚羽ァァァ!!」


 不快な羽音を響かせるガルーダの姿が見える。


「引っ込んでやがれ! ファイナルスターダストォォォォ!!」


 ガキンとシリンダーが回転する音が響き、スターダストドライバー最後の弾頭が発射される。

 金色の拳はガルーダにめり込み、力強く吹き飛ばす。

 しかし、致命には至らなかったようで、崩れた壁の中から嘴が欠けたガルーダが再び立ち上がる。


「ヨクモ揚羽ヲ!」

「テメーがやったんだろうが、ブチ転がすぞ、このクソ鳥野郎が!!」


 スターダストドライバーの弾頭を全て打ち切り、ここからは殴り合いをするしかない。

 ガルーダはまたふわりと飛び上がると、俺に狙いを定める。




 揚羽は薄れゆく意識の中、真っ暗な世界へと落ちていく。

 その中で、彼女を繋ぎとめるものの姿があった。

 それは、お世辞にも可愛いとは言えないドラゴンであり、眠くて仕方がない揚羽をじっと見つめている。


「誰?」

「有体に言えば神、かな?」

「なんで、こんなところに?」

「君の体はもう死ぬ。だから迎えに来た」

「揚羽、死んだの?」

「そうだね。もってあと30分くらいかな。助からないよ。もう死の線を超えちゃったから」

「……そっか」


 死を宣言されたというのに、揚羽の顔はどこか誇らしげだった。


「あまり悲しくなさそうだね」

「うん、最後ダーリンを守れたから。揚羽なんにもできないけど、最後の最後に……」

「エゴだね」

「む……。感じ悪っ」

「君が助けたと思っている王だけど、多分あの子も死ぬよ。君は彼の命を数分間この世界にとどめただけ」

「そんな……」

「本当なら君をこのまま連れて行くところなんだけどさ。君の命は最後の最後でこの世界にひっかかってる。君は願っただろ。あいつをやっつけたい、彼を守りたいと」

「うん……」


 揚羽はコネクトに自身の願いを送ったことを思い出す。


「その気持ちに嘘偽りはないかい?」


 ドラゴンを力強く見据え、頷く。


「……ない」

「ならば……力を得る対価を支払う覚悟はあるか?」

「……揚羽、バカだからよくわかんないし……。でも、彼氏のピンチに死んでるのは揚羽らしくないっしょ」

「今までで聞いた答えの中で一番軽い答えだ」

「黒乃にいいとことられっぱなしなのも癪だし」

「恋に生きるか」

「恋じゃないよ」


 揚羽はもう一度力強くドラゴンの姿を見据える。

 その大きな瞳はマスカラで黒々としており、潤った唇はふわりと息を吐くように笑みと共に決意を一言に集約する。


「愛だ」


 力強く言い切った後、一瞬の静寂。

 しかしドラゴンはニヤリと口元を歪め目を細める。


「いいだろう、君にこれを預けよう。彼の持ち物だ」


 揚羽はドラゴンから風が渦巻く結晶石を手渡される。

 揚羽が振れた瞬間、結晶石にひびが入り砕け散る。

 すると風は彼女の中へと流れ込んでくる。

 

「なに、これ……」

「EXレアリティ……ユキムラだ」


 揚羽は風の結晶石から出現した、透き通るガラス細工のような駒を手に握っていた。

 風の力を感じる駒は驚くほど揚羽の体に馴染んでいる。


「こちらとしても世界が交わることを望んでいない。彼の者にそのことを伝えよ」

「オッケー言っとく」


 揚羽軽く人差し指と親指で丸を返す。


「忘れものだ」


 ドラゴンは揚羽の大事な帽子を手渡すと、揚羽は帽子を被りなおす。


「サンキュー優しいトカゲさん」

「さぁ行け、乙女よ」

「乙女とか初めて言われた。ビッチって言われた方が、全然揚羽っぽいのに」


 真っ暗な空間に光が差すと、揚羽の意識は現実世界へと引き戻されていく。

 今さっきまでいた空間が、異世界と現実世界の狭間であったことを彼女は知らない。

 だが、そんなことは彼女には関係のないことだ。

 彼女が失ったはずの脚が淡く輝き、元の色を取り戻す。

 頭の中に声が響く[さぁ風を纏い、嵐となれ。この力は走り抜ければ炎となってみせよう。貴様が望むのであれば、たとえダイヤであろうと削りとってみせる。これより貴様は人の道をそれ、暴風紅蓮の蝶ストームサイクロンと成る]

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る