第117話 フェイスチェンジ

「次のニュースです。全世界に突如発生した雲は世界的に異常気象を巻き起こし、干ばつ地域が豪雪に見舞われるなど、各地で被害が発生しています。また、この雲は気象衛星ひまわり13号では観測することができず、専門家による調査が進められています。日本でも場所によって濃霧が発生しており、玉つき事故が多発しています。この霧により交通機関に乱れが出ており、航空各社は運行を見合わせています」


 駅前に設置された巨大なモニターが不穏なニュースを報じている。

 真昼間だというのに街にはうっすらと白い霧がかかっており、これってまさか異世界の力が強くなってるせいじゃないだろうなと、恐らく正解を言い当てる。

 嫌な予感を感じつつも、俺は目的地である駅前商店街を超えた先にある巨大なビルの地下へと降りていく。


 世界的に広がった雲だが、所詮はただの雲であり、気象情報の有識者と呼ばれる人間や交通に関する仕事をしている人以外には大きな影響もなく、誰もがそのうち晴れるだろうとさして危機感を感じてはいない。

 その為日曜の昼間、キャッキャ、ウフフフと響き渡る家族連れや、カップルたちの声を危機感が足りないなどと言って咎めることはできない。


 エレベーターを降りて綺麗なお姉さんの立つカウンターを抜けて、中へと入ると、そこには寄せてはかえすさざ波に、鼻をつく塩素の臭いが広がる。

 外のどんよりとした天気なんて関係なく、軽快なBGMと共に水着姿の少年少女達が楽しそうにプールサイドを走り回り、監視員がそろそろ注意するかと目を光らせている。


「なんでこんなとこに呼び出されたんだろうな」


 許嫁会議の翌日、俺は揚羽から主語がない「マジやばたんだから、今すぐ来て」とメールを受け取り、この大型スポーツセンタービルに来ていた。

 どうやらここも白銀の子会社が経営しているらしく、ところどころに白銀カンパニーの社名が見える。

 さて、問題なのだが、俺は唐突に何もわからないまま呼び出されたので水着を持ち合わせていない。

 俺を呼び出した本人は、どうやら既に屋内プールにいるようだが、水着に着替えていない俺はそこに入場することはできない。まさかいいから来いと言われて、冬場に泳がされるとは誰も思わないだろう。

 一旦水着取りにかえるか~? と、寮に引き返す面倒さに肩を落とす。

 すると後ろから誰かに肩を叩かれ振り返る。


「あれ、カジじゃん。何してんの?」

「ん?」


 そこには揚羽の側近である黒川の姿があった。

 黒の三角ビキニ姿で、上にボーダー柄のパーカーを羽織っている。

 空調がきいているので少し暑いくらいなのだが、黒川はアイスを口にくわえており、アイスの雫が胸元にこぼれ胸の膨らみにそって、大きく弧を描いていく。

 いや、ほんと良い体してんな。出るとこ出てるし、引っ込むとこ引っ込む。てか、その腹の薄さは本当に内蔵入ってんのかと思ってしまう。


「いや、揚羽に呼び出されてな」

「あれ、あんたも?」

「黒川もか?」

「うん、多分目的は違うけど」

「どういうこと?」

「なんか揚羽、男紹介してくれるんだって」

「なぜお前は男紹介してくれるで指を丸くしている」


 人差し指と親指で作られた丸は完全に金を意味している。

 男を金ヅルとしか思ってないな、こいつは。


「恋愛なんて目に見えないものより、お金っていう目に見えた契約の方がよっぽど安心できるわよ」

「さいでっか、寂しい女め」


 スれるにはまだ早いだろうにと思う。

 黒川はまだ金のジェスチャーのまま俺をみやる。


「なんだよ」

「水着持ってきてないんでしょ?」

「う、まぁそうなんだが」


 こいつにトラブル相談すると高くつきそうなんだよな。

 黒川は笑顔のままお金チョーダイの姿勢を崩さない。

 俺は渋い顔で500円玉を黒川に向かって弾く。


「まいど。反対側の入口で水着レンタルやってるわよ」

「くそ、だよなぁ。これだけでかかったらレンタルくらいやってるよな」


 少し考えればすぐわかるような情報に500円も払ってしまったことが悔しい。


「なんなら中で恋人のフリしてあげてもいいわよ」

「分刻みで金を要求されそうだからいい」


 ここ出た時には一体いくらになってることやら。


「あら失礼ね、さっきの分でしてあげるわよ。アフターサービス」

「いい、こっからは別料金とかでオプションとる気だろう」

「あら、よくわかったわね。1アトラクション500円、写真は1枚1000円」

「高い、どこぞのアイドルか」

「アイドル集団の商売方法リスペクトしてるから」

「あれ、そのうちファンに後ろから刺されるからやめたほうがいいぞ」

「ウチはお得意様しか相手にしませんから」


 黒川はケラケラと笑いながら、屋内プールへと入って行く。


「じゃあ中でまた会いましょう。気がかわったら言ってね、理想の彼女やってあげるわ」

「間に合ってます」


 守銭奴と別れて、俺はレンタルした水着を着てプールへと入る。


 オープンしてそんなに日が経っていないようで、客の数はそこそこ入っている。運動不足解消も兼ねているのかメタボ気味のおじ様たちも多く、インストラクターのお姉さんが、それをしごいている。

 大変だなと思いながら、辺りを見渡すと、ある一角だけおかしい。

 プールに似合わない上だけ黒いスーツ姿のおじさんたちが周囲を警戒している。

 下はちゃんとトランクス水着を着ているあたり、一体何がしたいんだと思う。

 その中心にいるのは俺を呼び出した張本人揚羽で、不機嫌そうにビーチチェア―に寝ころびながら脚組している。

 俺が前にあげた警察帽に、はちきれんばかりの深紅の水着姿で、俺が監視員なら業務を忘れてガン見していることだろう。相変わらずローラースケートは履きっぱなしでよく怒られなかったなと思うのだが、親会社の社長娘を注意する根性ある従業員がいなかっただけだろう。

 彼女がふて腐れている原因はあれだろう。

 彼女の周りを取り囲むイケメンの群れである。

 ワイルド、インテリ、ウェーイ系なんでもござれと言わんばかりの、ありとあらゆるイケメン雑誌に載ってるイケメン全員を集めてきたって感じだ。歳の幅も広く十代から三十代後半くらいまで女性の好きそうなもの全部集めましたって感じのイケメンパラダイスと化している。

 しかし当の揚羽から立ち上っているのは、近づくな殺すぞオーラだけである。

 ああなった揚羽をなだめるのは相当困難である。

 と言ってる傍から空気を読まずに近づいた、ウェーイ系の兄ちゃんがプールに突き落とされた。


「触んな! 死ね!!」


 激怒する揚羽に集まったイケメンズもたじたじである。


「荒れてんな、あいつ……」


 なんか近寄りがたいオーラを発しているので、俺はメールで今お前を遠巻きに見てると伝える。

 すると揚羽はキョロキョロと辺りを見渡すと俺を発見し、ぱっと笑顔になる。

 ぴょんと飛び上がってこちらに来ようとするが、黒スーツの男たちがそれを遮る。しかし怒った揚羽は次々に黒スーツたちをプールの中に沈めていく。

 黒スーツがなぜ水着を着ているかわかった気がする。


「上も脱げばいいのにな……。ありゃ合流するのは無理だな」


 そう思い、俺はメールで揚羽に何があったと聞くと、高速で返信が返って来る。


[聞いて! いきなりお前にはこれから昨日立候補があった親族たちと形だけ見合いをしてもらって、後から眞一を選んでもらうって言われたの、超信じらんない! 逃げようとしたら捕まるし、マジ無茶苦茶!]


「あの後そんなことになったわけね……」


 どうやらエロ爺でも熱烈に揚羽の許嫁を希望する親族を弾き切れなかったらしい。

 揚羽のオヤジさんは、恐らく形だけ見合いをして一応審査はしたよという体で、最終的には天地を選んでもらう段取りにしたいのだろう。

 ほんと子供のことなんだと思ってるんだろうな。

 そう思っていると、少し離れた位置で彼女を見つめていたインテリ眼鏡のイケメンが立ち上がる。

 どうやら揚羽と目と目があったようだ。




 急な見合い話に腹の中をマグマのように煮えたぎらせている揚羽だったが、勇咲が来た為幾分か持ち直していた。

 しかしながら見知らぬイケメンに囲まれている状況はかわらず。

 友人の黒川も召喚してみたが、どうやら黒スーツに遮られているようで合流することができない。

 そんな中、一人外れた位置にいたインテリ眼鏡のイケメンと目と目があう。

 するとイケメンはニコリとほほ笑むとこちらに近づいてくる。


「よかった効いたみたいだね」

「はっ、何が?」


 揚羽のつんけんとした態度にもハニースマイルを崩さず、イケメンは続ける。


「君に魔法をかけたんだ」

「魔法?」

「そう、君がこっちを向くって魔法と、君が僕のことを好きになるっていうね」

「さっぶ、きっしょ、うっざ」

「はは、二つ目はまだ叶いそうもないけど、一つ目は叶ったと思うよ」

「たまたまっしょ」

「この世にたまたまなんてないんだよ。全ては神様がくれた必然なんだ」


 揚羽は、うわ、なんでこんな歯が浮くようなセリフ並べられんのと二の腕に鳥肌がたっていた。


「こっちにおいでよ。ここは少し騒がしい」


 確かにこんな大量のイケメンと黒服どもに囲まれるのは嫌だったし、一般客の目も引いている。

 それならばこのいけ好かない奴でも一人に数が減るならそっちの方がマシかと思う。

 揚羽は後ろにいる勇咲にブロックサインで移動することを伝える。

 しかし


「なに? は ら い た い ト イ レ? 別に言わなくてもいいんだがな……」


 全く伝わっていなかった。



 揚羽はインテリイケメンに連れられて、VIPルームと書かれた扉を抜け、プール全体を見渡せる二階へと移動し、二つ並んだビーチチェアにそれぞれ腰かける。

 プライベートに指定されているのか、周りに他の客の姿はなく、正装の従業員がソフトドリンクを運んでくる。

 インテリイケメンはグラスを受け取ると、従業員は退室していく。


「大変ね。こんな子供におべっかつかわなきゃいけないんだから。でも揚羽好きな人いるから誰が来たって無駄。それに白銀家目当てでやって来てるってわかってるから、揚羽に何言ったって響かないよ」

「意外だよ。君みたいなと言ったら失礼だけど、もっとオープンな子かと思った。とっても気に入ったよ」

「あーそう、死ね」


 山のようなイケメンより、こいつ一人の方がうざいかもしれないと思いだしてきた揚羽だった。


「僕の家柄は白銀家と比べるまでもないくらいちっぽけなものだし、白銀家目当てと思われても否定できない。でも、僕は君の人間性に惹かれているよ」

「よくまぁ会って一時間も経たない揚羽にそんなこと言えるよね」

「愛している」

「薄い、愛がペラい。説得力皆無、死ね、5回死ね」


 揚羽は辛辣な言葉を並べるがインテリ眼鏡は笑顔のままだ。


「よくこんなこと言われてヘラヘラしてられるよね」

「僕が怒ったところで君に悪印象を与えるだけだろ?」

「それ内心怒ってますって言ってるのと一緒。ダーリンならすぐキレるけどね」


 勇咲なら五回死ねって言った直後に、それは言いすぎだろ! とキレてる姿が思い浮かび若干頬がほころぶ。

 自分のことで本気に感情をだしてくるのはやはり勇咲だけだと思い、揚羽は彼の姿が恋しくなり上から見えないかと眼下のプールを見渡す。


「本当に見た目と中身がちぐはぐなお嬢さんだ。そうだ、僕と勝負しないかい?」

「勝負?」

「ああ、僕が負けたら素直に引き下がるよ」

「あんたが勝ったら?」

「君は僕のことを好きになる」

「そんなの無理っしょ」

「いや、それができるんだよ」


 インテリ眼鏡はスマホを取り出しコネクトの画面を表示させる。


「コネクトってアプリを知ってるかい?」


 揚羽は猛烈に嫌な予感に駆られる。


「このアプリ、今噂になっている都市伝説みたいなのがあってね」


 そして嫌な予感の通り、インテリ眼鏡はコネクトの宛先画面にID0000を入力する。


「ここにね、願いを書いて送るとその願いが叶うってものなんだ。少しロマンがあると思わないかい?」

「全然」

「つれないな」


 インテリ眼鏡はハニーフェイスのまま願いを入力する。

 [白銀揚羽は僕のことを好きになる]と画面に表示されている。


「願いが叶う確率は低いらしいが、どうだろう?」


 揚羽の頬に一筋の汗が流れる。

 それは動揺によるものだった。勇咲がこのID0000のことを調べていて、本当に願いが叶ってしまうこともあると聞いている。

 ただ願いが叶う確率は高くても10分の1程度、それも大きい願いはかなえてくれないと調べはついている。

 しかし、もし万が一、いや10分の1の確率でこの願いが叶ってしまったときどうなるのかがわからないし、実際10分の1は絶対外れる確率とは言い難い。運が悪ければ当たってしまう確率だ。

 なら、この勝負は受けないが正しい。そんなリスクを背負わなくても、自分が嫌だと言い続ければそれでいいのだから。


「嫌、揚羽そういうオカルト嫌いだし」

「そうかい? じゃあこんなのはどうかな?」


 インテリ眼鏡は内容を書き換えて、もう一度揚羽に見せる。


[梶勇咲は死ぬ]


 画面を見て揚羽は固まる。


「なぁ揚羽、お前はかわっちまったんだよな」


 突如インテリ眼鏡の声色がかわる。

 それは揚羽がよく知ったものだった。

 男は眼鏡のつるを持ち上げると、その奥に血走った瞳が見えて、揚羽は一歩後ずさる。


「なんであんたから桜井の声がすんの?」

「コネクトに願ったんだよ。そしたらこの顔になった」


 先ほどまでのハニーフェイスを崩した桜井はニヤリとあくどい笑みを浮かべる。

 それは勇咲が毎度鼻が残念だから鼻と蔑称をつけた同級生であり、揚羽グループの一人でもある桜井だったのだ。


「この顔でお前が騙せるならそれもいいかと思ったんだけどな。お前は強情な女だ」

「あんたそれ、学校とかどうするつもり?」

「別に行かなくてもいいだろ。お前がなんとかしてくれよ」

「はっ? なんで揚羽があんたの面倒見なきゃいけないのよ」

「なんで? なんでじゃないだろ勝手に俺たちの前からいなくなって、挙句の果てにあんな奴をダーリンなんて寒い呼び方してよ」

「うざ……、揚羽がなんて呼ぼうが勝手っしょ」

「いいや、よくないね。お前は俺の気持ちに気づいてたはずだ」

「死ね、桜井も矢代もミサとヤってんじゃん、知らないとでも思ってんの? それで俺の気持ちがとかキモイんだけど」

「あれはただの遊びだってわかんだろ? 俺の本命はずっと昔から揚羽、お前だけだって」


 桜井は揚羽に手を伸ばそうとするが、ローラーブーツで地を蹴り、後ろに下がる。


「死ね、その遊びにやたら金かけてたくせに」

「揚羽、あんまり俺を失望させないでくれ」

「どっちが」


 桜井はぐっと手を握りしめると、距離が離れているはずなのに揚羽の首は見えない糸で縛られているかのように急に締まっていく。


「ぐっ、うっ……なに、これ……」

「コネクトの副産物みたいなものだ。揚羽も少年誌見るだろ。それによくある特殊能力ってやつだよ」

「揚羽ああいう、いきなり謎の力に目覚める系嫌いなんだけど」

「男の子は皆好きだぜ?」

「あぁそう! こんなことしてどうなるかわかってんの? 周りは白銀の人間だらけなんだから!」

「そりゃあ、そこで眠ってる役立たずたちのことか?」


 桜井は下を指すと、そこにはプールの中で倒れている黒服が山のようにいる。

 黒服だけではなく、一般客も皆突如倒れふしており、動いている人間は全くいない。


「なっ!?」

「ほんとすげーもんだよコネクトって。なかなか当たらないけど、当たればこんな魔法みたいなことができるようになるんだから。なぁ揚羽、ひょっとして俺は選ばれちまったのかな?」

「はっ?」

「神の意思ってやつに」

「バカじゃないの? ハッピーセットみたいな頭してないで現実見たら?」

「女はこれだから冷め切っててつまらない。でも揚羽、お前だから許すよ。俺はお前のことを愛しているし、お前も俺のことを愛している」


 近づいてくる桜井の股間がギンギンに怒張していることに気づき、揚羽は小さく悲鳴を上げる。


「揚羽、俺の可愛い蝶。いっぱい愛してあげるよ」

「嫌、嫌っ!!」

「お前は俺の女にな……」


「なるかボケェ!!」


 突如飛び込んできたのは折りたたんだビーチパラソルを持って突撃してきた勇咲だった。

 彼の一撃は桜井の股間を大きくえぐり込み、彼はくの字に折れ曲がって悶絶する。

 その拍子に絞められていた揚羽の首は解放される。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る