第116話 エンディング分岐

 一条の墓参りの翌日、久々の休みだというのになぜか俺は白銀家総本山である白銀邸宅に呼ばれ、宴会でもするのか言いたくなるくらい巨大な広間で正座させられていた。

 周りを取り囲むのは奇異の目で見る白銀家の親族たちである。


「鉄男さんが決めたらしいですわ」

「隠し子って開き直ったんですね」

「でも、それだとまずいですわ。あの子がもし、万が一にでも跡取りになったら私たち皆首をはねられますわよ」

「わたしは隠し子なんて言ってませんよ、言っていたのは奥様でしょう。それにあの特徴的な目も、よく見れば凛々しいですし」

「あらいやらしい、奥さんも似たようなことを言ってらしたじゃないですか、今更良い子ぶらないでほしいですわ」

「こら、喧嘩するんじゃない。岩男さんと鉄男さん、どちらにつくのが賢いんだ……」


 ざわざわと辺りは騒がしく、ここに連れて来られるとき、執事から源三の息子である長男の岩男派と、次男の鉄男派に分かれて、派閥争いがはじまりそうだとかなんとか。

 というか、俺はなんでそんな場所に呼ばれたのか。

 金持ちの派閥争いとか勝手にやってくれと思うのだが。

 一番最前列でやたらと汗をふきまくっている冴えないサラリーマン風の男が岩男さんで、その隣にいる和服姿の厳ついおっさんが鉄男さん。

 岩男さんの真後ろに天地の姿も見える。

 父親の隣でめんどくさそうにスマホをいじっている揚羽と目を閉じて正座している黒乃の姿がある。

 二人もなぜ急に呼び出されたかはわかっていないようだった。

 不意に黒乃と目が合うと、彼女は柔らかくほほ笑んだ。

 あぁ最初に比べれば随分好感度が上がったのではないだろうか、そろそろチューくらいいけるのではないだろうか? いや、まだ早いか、下着ドロからいきなりチューはまずいだろう。まず段階を踏んで……。

 チューの前段階ってなんだろうかと考えていると、奥の襖が開き、ドンドンドンっと低い太鼓の音とほら貝のブオーーーっという戦でも始まるのかと思う和楽器の音と共に、股間に朱色の棒を挟んだエロ爺がやってくる。

 エロ爺は親族の前に立つと、ウォッホンと咳払いをした後に股に挟んだ棒を卑猥な手つきでさすり始めた。


「ニョキニョキ~如意棒~~!」


 腰をカクカクと振りながら、男のアレを連想させる動きで棒を振り続けるエロ爺。

 ほんとこの爺ブレないな。


「こすると大きくな~る、如意棒ーーー!!」


 爺が棒を押さえると棒は小さくなり、こすると太く大きくなる。どういう原理かはわからないが無駄に凝っている。

 下ネタ全開なのだが、爺を取り囲む100人近い親族はしんと静まり返って誰も何も言わない。なんだこの光景。


「女の子も大好き、如意棒ーーー!!」


 腰を大きくのけぞらせて、ビクンビクンと震えるエロ爺、いや下ネタ爺。

 なんだこれ我慢大会でもしてるのか? 誰が一番突っ込まずにいられるかみたいな大会を親族間でやってるのか?


「おぉスィーーートォォォォ!!!」


  棒をしごくと、如意棒の先っぽから白い紙テープが放射線状に放出される。


「まだまだイくぞ!」


 爺は更に素早い動きで棒をこすり始める。


「やめんか!! このエロ爺!!」


 俺は近くにあったスリッパを爺に投げつける。

 スリッパは見事爺の額に直撃する。


「なんだこれ地獄か!!」

「なにすんじゃいこの青二才が!! ワシの高尚なギャグの邪魔しおって!」

「低俗な下ネタなだけだろうが!! てか、なんでこれだけ人数がいてこの地獄に突っ込まないんだよ!」

「ツッコむ突っ込まんとかお主の方がいやらし……」


 俺はスリッパで爺の頭をパーンっとはたいた。


「こら、源三様に何をする!」


 四方八方の襖から黒スーツにサングラスの怖そうな人たちが飛び出してくる。

 だが爺は手を振って追い返す。


「ええ、下がっとれ」

「しかし!」

「うるさい、下がっとれと言っとるじゃろうが、ボケのわからん奴め」

「す、すみません」


 黒スーツたちはすごすごと引き下がる。

 爺は殿様みたいに高く積まれた座布団の上にどかっと座ると、ひじ掛けに肘をかけながらキセルに火をつける。


「さて、今日ワシがお前らを呼び出した理由じゃが、既に連絡はいっていると思うが、跡取りを岩男の娘揚羽ちゃんと鉄男の娘黒乃ちゃんに絞った。黒乃ちゃんに関しては昨日鉄男から正式に白銀籍へと移すように願いがあり、ワシはそれを受け入れた。様々な異論があるじゃろうが、もうワシがそう決めたことじゃ、今更私あの子にバカ娘とか生まれのことで酷いこと言っちゃったの~、どうしましょう奥さん。と戦々恐々しているものもいるじゃろうが、そんなものは己の身から出た錆じゃ、諦めろ。むしろワシの孫に向かってよくそんななめた口叩けたもんじゃなと思っておる」


 一部の親族が気まずそうに視線を落とす。

 爺は白い煙を吐くと続ける。

 

「しかしながら二人はまだ若い上に、はなも恥じらう乙女じゃ。白銀家なんて興味ないわーっと思っておるじゃろうし、ワシもサポートをつけねば不安じゃ。勿論そのサポートというのは婚約者を兼ねたものにしたいと思っておる」


 親族は来たと話に集中する。

 黒乃が跡取りに選ばれたことは意外であったが、源三の孫煩悩ぶりから揚羽を後継者に選ぶのは大方の予想通りであり、あのバカ娘を一人にさせるわけがないと察しはついていたのだ。

 よってこの婚約者に選ばれたものが白銀を得ると言っても過言ではない。

 誰もがその婚約者に立候補しようと、発言の機会を伺う。


「して、その婚約者じゃが鉄男側は既に誰にするか決めておる」

「!」


 一同がざわつく。まさか既にその役が決められているとは思わなかったからだ。

 そうなると親族は立候補の機会を失う。更に黒乃が白銀家の頭首になれば、ほぼ確実に親族の立場が悪くなるのは目に見えていた。

 そのことを恐れ親族は源三の話を遮って声を上げる。


「待ってください源三様、後継者の婚約に関しては親族から選ばれると……」

「誰がワシの許可なく喋っていいと言ったぁっ!!」


 源三がキセルを放り投げると、見事に声をあげた親族に命中する。


「ワシの話を最後まで聞かぬ奴は出て行け!」


 源三の怒鳴りとともに、キセルをぶつけられた親族は黒スーツの男に連れて行かれる。


「邪魔が入ったが続けるぞ。黒乃ちゃんのサポート、つまりは生涯を支える許嫁となるのはそこの男じゃ」


 俺は爺に指を指される。


「……はっ?」

「えっ?」


 俺、黒乃、揚羽は全員眉を寄せる。何言ってんだこの爺と。


「鉄男が黒乃ちゃんを預けるならお前しかないと言っておる。正直ワシはその青二才はどうかと思うんじゃが、本人と親がそう言うなら仕方あるまい」

「なっ、爺、ちょっと待……」


 俺が立ち上がろうとするよりも早く、揚羽と黒乃が立ち上がり爺に詰め寄る。


「お爺ちゃん、揚羽そんなの聞いてないし!」

「わたしも……」

「言っとらんからね~、ウハハハハハハ」

「ちょっと!」

「して黒乃ちゃんは嫌なんかい? 嫌ならやめよう」

「……嫌……ではないけど、困る」

「嫌ではないならええいうことじゃな」

「……うっ……うぅ……?」


 黒乃は困惑の方が強いようで、なんと言っていいかわからないようだ。


「お爺ちゃん! 揚羽もダーリンがいい! 別に一緒でもいいでしょ!」

「そっかそっか、揚羽ちゃんもあの青二才がええか~。……この青二才、ワシの孫を二人ともたぶらかしおって! ブチ転がしてやる!」


 笑顔だったのに突如キレた爺が襲い掛かってきたので、俺は跳びかかって来た爺の頭を踏んづける。


「サイコパスかクソ爺、いきなり許嫁とかわけがわらんこと言いやがって」


 俺は倒れた爺に顔を寄せ、小声で話す。


「おい爺、俺はいなくなる可能性が高いんだぞ。そんな奴許嫁に選んでどうする気だ」

「既にいなくなる前提で話を進めるな。悪いがワシの親族の中でまともに揚羽ちゃんと黒乃ちゃんを幸せにしてやろうというもんはおらん。お前を傘にさせてもらうぞ」

「勝手に話を進めるな」

「では良いのか? お主が許嫁にならんかったら二人は政略結婚で誰とも知らんアホの元に嫁ぐことになるんじゃぞ」

「そ、それは……」

「そこでまごつくんじゃない。ワシこういうシーンでウジウジしながら、だって~僕ちんは好きだけど、向こうの気持ちが~とかなめくさったこと言うマンガ主人公は最高に嫌いじゃぞ」

「ぐっ……」

「二人が好きなら受け入れろ。お前が許嫁になれば、その間はワシも大義名分を振りかざして二人を守ってやれる」

「くそ、白銀のお家事に巻き込みやがって」

「頭で考えるな股間についとるちんこで考えろ」

「下品な爺だ。……好きにしてくれ」

「よし、お前を丸め込むのは簡単だと思っておった」

「そういうのは本人に聞こえないように言ってくれ」


 話が終わると揚羽が飛び込んでくる。


「お爺ちゃん聞いてる!?」

「聞いとる聞いとる、揚羽ちゃんもこんな青二才がええか? ええのんか? 最高か!?」


 言ってて段々イラついてきたのか語尾が荒々しい。マジこの爺更年期だろ。


「うん、ダーリンがいい。他じゃ嫌」

「しかたないのー、特例じゃが二人ともこの青二才に……」


「ちょっと待ってください!」


 そう言って立ち上がったのは揚羽の父、岩男だった。


「なんじゃ、お前に話しなんか聞いとらんぞ座っとれ」

「父さん、それはあまりにも横暴です。大事な後継者を何の相談もなく決めてしまうなんて!」

「お前に相談して何がかわるというんじゃ?」


 爺は鼻をほじりながら、何言ってんだコイツ? と言わんばかりの目で見ている。


「最初に後継者は親族の中から選出すると言っていたじゃないですか!?」

「じゃから揚羽ちゃんと黒乃ちゃんを選んだ。ずれとるのはお前の方じゃろう。ワシの後継者はあくまでこの二人のどちらかであって、婚約者はあくまでサポートにすぎん。それをお前たちは婚約者の方が後継者になると決め込んで進めとるな」

「そ、それは……」

「どうせ揚羽ちゃんも黒乃ちゃんもまだまだ子供、適当な婚約者をあてがって裏から操ってしまえば白銀は自分のもじゃーと思っておるんじゃろうが、ワシそこまで甘くないから」

「それにしてもやり方が横暴だと言っているのです。これでは納得しない親族も多いでしょう! それに鉄男の言い分は通して僕の言い分を通してくれないのは不公平だと思いませんか!?」

「あ~ん鉄男だけずるい~、僕のいう事も聞いてくんなきゃやだ~ってことじゃろう。アホらしい」


 しかしながら親族の目は岩男に同調しているようで、口にはださないが顔には不満があると書かれている者ばかりだった。


「いいじゃろう岩男、なら貴様の言う公平な決め方を聞いてやる」

「ま、まず各親族から有力な婚約者候補を選出して、多数決で……」

「却下、もう最初の有力な婚約者候補の意味が分からん。有力とはなんじゃ、地位か? 名誉か? 資産力か? 多数決とはそれは一体誰に公平なルールを作っとるんじゃお前は? 相変わらず娘を自分の使える駒の一つ程度にしか考えておらん男じゃ。婚約者は親が買ってくるダッサいチェックシャツじゃないんじゃぞ。親は最高と思ってるかもしれんが、子供からしたら誰が着るんじゃと思っておるわ」

「それは……」

「そんな住民投票みたいな方法で決めた後継者に何の意味がある。もしその婚約者が失態を犯したらそいつを推した人間は一族まとめて、皆腹を切ってくれるのか? 貴様のアホなところは何にでも民主主義を適用したがるところじゃ。それはつまるところ自分は責任を負いたくないということに他ならない。岩男だけの話ではない、親族全員聞いておけ、もしワシに不満を持ち意見をするのならば、死ぬ気でかかってこい。ワシは孫の為ならば全世界を敵に回しても勝ってみせる。このワシの意思より弱い意見など不要。もし仮に別の婚約者を推すというのなら、その婚約者と共に死ぬ覚悟でこの青二才に挑め!」


 爺のあまりにも響く言葉に親族は気圧される。だが、その傲慢さに引っ張られよう、ついていこうという気になるのも事実だった。


「おい、ちょっと待て、なんで俺が死ぬ気でかかってこられなきゃならないんだよ」


 死ぬ気でかかってくる奴相手にするんなんてヤだよ。


「そりゃワシの孫を手に入れるなら命くらい差し出してもらわんとな」


 こりゃ黒乃や揚羽と付き合うのは骨が折れそうだ。


「鉄男は既に青二才に賭けたのじゃ。お前ら責任のなすりつけあいをする者どもが選んだ婚約者なんぞに負けるわけがない。さぁお主ら白銀が欲しいのじゃろう、俯いとらんでその婚約者をワシに紹介せんか」


 爺の力強い眼力に睨まれると親族は皆気まずそうに俯いてしまう。

 だが、その中でめげない男がいた。


「父さん、僕の推す婚約者を見て下さい」

「ほぉ、岩男お前はその者と死ぬ覚悟があると」

「はい! 彼です!」


 岩男は後ろに控えていた天地眞一を前に呼ぶ。

 爺は上から下まで天地を見据えると、天地は居心地悪そうにしている。

 そりゃあんな厳しい眼力で見られたら誰だっていづらいだろう。


「彼を、揚羽の婚約者にしたい!」

「えっ?」


 揚羽はマジで? と眉を寄せる。


「お前も眞一なら文句ないだろう?」

「でも眞一とは兄弟じゃん」

「まぁ兄弟でも、こっちのジャリガキは連れ子じゃからな、結婚できんことはないぞ」

「えー……」


 揚羽はもう一度眞一を見るが、俺と比べるべくもなく顔面偏差値は圧倒的に向こうの勝利である。

 どこに出しても恥ずかしくないイケメンであり、マスコミも大企業の社長娘が結婚し後を引き継ぐとなれば盛大に取り上げるだろうし、その時天地が夫であればさぞかし紙面に栄えることは間違いないだろう。


「良かろう、テストしてやろう。ワシではなく揚羽ちゃんがじゃがな」

「えっ、揚羽が?」

「そうじゃ」


 ひとまず天地が受け入れられたとわかり、様子を伺っていた親族たちが一斉に立ち上がる。


「源三様、私の紹介する婚約者を見て下さい!」

「いえ、源三様私の紹介するものをぜひ!」

「私の紹介する婚約者は様々な分野で活躍しており!」


 親族たちの婚約者のプレゼンテーションは白熱しており、爺は萎縮させて心を折ってしまうつもりだったみたいだが、逆に親族たちは背水の覚悟となり死ぬ気で攻めてきたのだった。

 だが爺の表情はどことなく嬉しそうでもある。俯いているより活気のある方が爺は好きなのだろう。




「なんかすげーことになってんな……」


 俺はドタバタとした大広間を抜けて、広い庭園が見渡せる廊下に出て座り込んでいた。

 中のいざこざなど知った事かと、鹿威しがカコーンと良い音をたてる。

 

「隣……いい?」

「ん?」


 顔を上げると、マイエンジェルが俺を見下ろしていた。

 あぁ可愛い、正しく天使。前世は大天使クロエルとして美しい神話を作っていたに違いない。


「あ、あぁいいよ。ここは一条……じゃなくて、えぇっと……なんて呼んだらいい? 白銀っていうとややこしいし」

「黒乃……でいいよ」

「うん、わかったよエンジェル」

「えっ?」

「なんでもない」


 黒乃は隣に座ると、二人で廊下から庭園側に足を放り出してプラプラと揺らす。


「なんか、いきなりだったな、許嫁とか」

「うん……でも、お父さんから話聞いてたから。揚羽ちゃんは知らなかったと思うけど」

「そっか、心の準備はできてたわけか。でも、いいのか? 黒乃は、その、いきなり許嫁とか」

「父さん……説得してくれたんだよね」

「ん……まぁ、結果的にな。ほとんど自分の境遇重ねちまっただけだから、あんまどうこうしてくれたって思わなくていいぞ」

「優しいね……。わたしはこんな人殺しみたいな目をしてるから……正直誰かとつき合ったりするってのは考えられなくて……」

「それでも好きな人くらいいたんだろ?」


 黒乃は何も答えず、庭園を見やる。


「天地……君」

「……意外だな」

「彼も境遇が似てて……でも一生懸命頑張ってる。わたしみたいにすぐ折れたりしない……」

「リアルチート人間だからな。メンタルまでチートだったか」

「ごめんね。こんな気持ちで許嫁になろうとして……」

「天地が好きなら断ったらどうだ? さっきも言ったけど、黒乃のお父さんきっと話せばわかってくれると思うぞ」


 恐らくこの許嫁の話、ほとんど黒乃のおやじさんの勘違いだろう。

 それに黒乃が今俺に感じてるのは恐らく恩で、そこに愛情の観念は入り込んでいない。


「……コスプレ……好き」

「あ、あぁ、あれにはびびった。今度機会があれば着てるとこ見せてくれ」

「ゲーム好き」

「おぉ、俺も結構やる方だからな。今度対戦でもできればいいな」

「駒……持ってる」

「…………」


 黒乃はポケットからガラス細工のような透き通った駒を取り出す。


「……梶君も持ってるよね?」

「……あぁ」


 俺は王の駒をコトリと廊下に置く。


「じゃあ、多分もう一人のわたしも見えてるよね」

「…………ゲーセンで出てきた奴だな」

「うん、名前はマサムネ。なんでマサムネっていうかはわからない。でも、彼女がわたしの心の中に産まれた時マサムネって聞こえたの」

「心の中に……」

「うん……レッツパーリィって……」

「……黒乃、多分……そいつマサムネじゃない」


 えっ、何カフコンの独眼竜なのあれ? 見た目完全に黒乃とかわんなかったけど。確かに眼帯というか、アイマスクはしてたけどさ。


「冗談……」

「黒乃。お前のテンポで話されると、マジでほんとか嘘かわかんないから」

「でも、マサムネっていうのは本当だから」

「もうレッツパーリィが頭から離れねーよ」

「違うLet's party」

「黒乃、その発音のこだわりいる?」


 なんかスローテンポコントやらされてる気分になってきた。


「梶君はわたしのことほとんど全部知ってる。でも、天地君はわたしのこと全然知らない……話してこなかったから当然なんだけど」

「黒乃の精神防壁はATフィールドか天岩戸レベルだからな」

「それは、ちょっと……言い過ぎ?」

「じゃあこれから知り合っていけばいいんじゃないか? 知らないってことは今からどんどん仲良くなれるってことだしな」

「……梶君はなんでそんなに良い人であろうとするの? さっきも今度一緒にやろうとか、機会があればとか、線引きしてるよね?」


 言われてみれば確かにそうかもしれない。積極的な交流を避けていると思われてもおかしくないものばかりだ。

 

「わたし……経験ないから……良い人にころっと……いくよ? 線……超えたがるよ」


 俺は隣に座る黒乃の顔を見やると、その頬は少し赤らんでいる。

 デレた。黒乃がデレた。

 よし今日帰ったらカレンダーに丸つけて黒乃記念日にしよう。


「隠してたけど、わたしの部屋、乙女ゲーいっぱいあるんだよ」

「乙女ゲーってつまり、あれか女性用恋愛ゲームか」

「……うん」

「でも、お前天地が正規ルートで、俺のルートはバッドエンドかノーマルエンドの類だぞ」

「大丈夫、わたしお〇松さんで萌えられる人だから」


 あ~過去にあったやつの現代版で、六つ子の顔関係ないアニメだな。

 確か女子にすんごい人気だったとか。

 なるほど、そいつは顔関係なくていいな。


 なんでこの顔ネタ、誰もフォロー入れてくれないんだろうな。人間は顔じゃないよってあれフォローになってないからね?


「俺は黒乃の目好みだぞ。見てるとゾックゾクくる」

「嘘」

「嘘じゃないって。お前の目で見られてると異常興奮してくる」

「それ普通の性癖じゃない……てことだよね」

「俺の顔面ちとせ飴扱いしたから仕返しにな」

「……梶君、良い人だね。もっと早くに知り合いたかったかな……」

「手遅れみたいに言うな」


 二人で暗くなった庭園を見やる。


「梶君って、できないことは口にしないタイプ……だよね」

「なんでそんなことを?」

「なんとなくだけど……。その線引きしてるのって、梶君が許嫁になれないって思ってるからじゃない?」

「…………」


 俺の知り合いは鋭い子が多くて困るな。……無意識のうちにもう異世界に帰る気になって、ここでの縁をもたないようとしているみたいだ。


「そんなことは……」


 ないと言いかけた瞬間、俺の体は突如押さえつけられ、足を放り出したまま廊下に倒れる。

 何が起きたんだと思ったが、目の前に真っ赤な炎のような瞳をした黒乃が俺を押し倒していたのだ。


「オレは重い女だぞ。どこまでもお前を追いかけ回してやる」

「お前……マサムネって奴か」


 人格が入れ替わってやがる。


「随分と黒乃とキャラ違うじゃねぇか」

「オレはあいつの喜怒楽の部分を司っている」


 黒乃哀しか残ってねぇじゃねーか。


「この女も恋が多くてな。天地にお前、ゲーセンで出会った年下の子供にも恋心を抱いている」

「黒乃のプライバシーを暴露するのはやめろ」

「優しくされてこなかったから優しい男にとことん弱いんだよ。天地も言葉はかけてくれたが、心までは救えなかった。だが、お前は救ってしまった。お前がこいつから手を離すことはオレが許さない」


 言っている言葉とは裏腹に、マサムネが俺の胸に触れる手つきは優しく、なんと表現していいかわからないが、黒乃の姉のような雰囲気を感じる。

 もし彼女に姉がいたら、こんな感じなのではないだろうかと。


「お前が手を離せば、今度こそこいつはどん底だ」

「安心しろ、俺がこいつの抱えている問題は解決してやる。だから駒を渡せ」

「断る。お前一人で別世界に逃げ込む気だろうが、そうは行かない。絶対に追い回してやる」


 マサムネは俺の胸ぐらを掴むと、顔を至近距離にまで近づかせる。


「お前、異世界の話、黒乃にするなよ」

「お前次第だ」


 そう言うとマサムネは俺の唇に噛みつく。唇から血が線を引く。

 マサムネはその血を愛おしそうになめるのだった。


 変な奴に好かれたな……。

 今に始まったことではないと、この時の俺は気づいていなかったのだった。

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