第107話 なんか意味深なこと言ってるけど中身ない奴

「不安だ。せめてもの救いは揚羽さんがいることですが……」


 日は既に落ちかけ、もうじきオレンジの光もみえなくなるだろう。

 揚羽と女子寮の三階まで上がると一条とネームプレートが出されたドアのインターホンを鳴らす。

 だが、中から反応は何もない。


「あれ、黒乃いないのかな?」


 揚羽がドアノブに手を着けようとした瞬間だった。

 突如目の前がぐにゃりと歪むと、景色が灰色の世界へと切り替わる。


「なに、これ……」


 見ると今しがた目の前でドアノブを回していたはずの揚羽の姿がない。

 街の光が完全に消え、唐突に暗闇の世界へと迷い込んだようだ。

 異常な光景に驚くと、スマホがいきなり音声を発する。


[アストラルフィールドの展開を確認。全スキルの使用が可能、スターダストドライバーの変形機構を解除します]


「えっ、今何か音声が……」


 勝手に音声を発し始めたスマホの画面を見ると、案の定ファンタジーシフトのアプリが勝手にアクティブ状態になっている。

 目の前の灰色空間から世界に光が戻る。だがあいかわらず揚羽の姿はなく人の気配が完全に消えている。

 一条宅のインターホンを押しても音が鳴らず、扉をノックしてみても一条が出てくることはない。恐らく直感的なものだが、ここに、いやこの世界に一条はいないのではないだろうかと悟る。


「人の姿が……まったく……ない」


 あまりにも静かすぎる。人も車も通らず、生きているものの姿が見つからない。

 まるで世界が完全に静止しているようにも思える。

 ハッとして、俺は近くにある時計台を見やる。

 嫌な予想は当たり、時計の針は全く動いていない。


「不気味ですね……」


 何か嫌な感じがする。背中がぞわっとし、産毛が逆立つような嫌な気配。

 それと同時に変に力がみなぎるような感触も気持ちが悪い。


「なにか、いる」


 なぜだろうか、脚が自然と動く。何かに誘われていることはわかる。

 心臓が早鐘を打ちながらも脚は学校へと向かっていくのだった。


 学校へと到着した俺は息を飲む。

 いつもとかわらないはずの学校だったが、校庭に巨大な穴が開いているのだ。

 穴のすぐ近くで膝をつき覗き込んでみるが、穴は真っ暗で底は見えない。まるで地獄にでも続いているのではないかと思うような薄気味悪いものだ。


「なんなんですか、ここは」


 あまりの意味不明さに焦燥を感じながらも校舎を見上げると、そこには今しがたまでなかったものが突如として現れる。

 それは巨大な雄牛の形をしたロボット。ついこの間メタルビーストで対戦したランカーが使っていた機体だ。背中に巨大なランチャー砲を背負い、頭部には雄々しいヒートホーンが装備されている。

 しかしながら当然あれはゲームでの話であり、現実世界とはなんら関係がない。当たり前だが現実世界に巨大ロボットが突如現れたらパニック以外の何物でもないだろう。


「嘘でしょ。ランド……バイソン」


 もし仮に現実世界にランドバイソンが現れたら、俺は走って乗りに行く。そして謎の博士から、この機体はお前にしか乗りこなすことができない。地球の命運は頼んだぞと巨大ロボットを作れるくらいの知識があるのに会って間もない高校生に地球の命運を託してしまうギャンブラーな博士の言うことを聞いて、世界を救ったりするのもやぶさかではないのだが、今はこの不気味な世界だ、とてもロボットだヒャッホイと言う気にはなれない。

 唐突に殺気を感じ、後ろを振り返る。

 するとそこにはタートルネックを無理やり鼻くらいまであげたようなフェイスマスクにフードを被ったパーカー姿の少年がこちらを見据えている。

 肩には大きな布袋を担いで立っていて、この場にいる違和感が凄い。

 なんだこの一歩先の男は。

 直感的にわかる。包茎みたいな格好をしているが、こいつはなにか悪いものだ。微かに血の臭いと冷徹で冷め切った瞳。あれはわかる、もう一線超えてしまった人殺しの目だ。


「誰、君?」


 フェイスマスクの少年が俺を頭からつま先まで見やる。完全に目に光がないのだが、言葉遣いは柔らかく、声音は優しい。それがまた余計に不気味さを感じさせるのだった。


「僕はパーシヴァルと言います。ここはどこなのでしょうか?」


 俺は自身の外見を利用し、とにかくこの世界から脱出する糸口をつかむために聞いてみる。


「…………君、一条黒乃の知り合いなんだろ?」

「え、えぇ、まぁ」


 フェイスマスクの少年はこちらの質問には答えず逆に質問を重ねる。


「彼女に君みたいな美形の知り合いがいたとはね。意外だよ」

「あなたも知り合いなんですか?」

「…………」


 少年はあまりこちらの質問には答える気がないらしい。


「そんなことより、君もあっち側の人間なんだろ?」

「あっち側とは?」

「とぼけてるのか? それとも記憶がないのか?」


 フェイスマスクの少年はスマホを取り出し、こちらに見せる。

 そこにはファンタジーシフトのアプリが立ち上がっている。


「”異世界(エデン)”だよ」


 こともなげに少年は俺の中にある禁止ワードの一つを解錠する。


「エデン……?」

「異世界なんて言葉で表現されたりもするけどね。その実態はゲーム世界さ。君もノベルやゲームで体験したことあるんじゃないのかい? 異世界で魔王を倒す物語を」

「…………」

「エデンはその中の一つさ。王と呼ばれる人間たちが殺し合い、世界統一する。そんな物語(シナリオ)。しかし世界はエデンだけじゃない。あそこに見えるようなロボットが存在するSF世界もあれば、戦国時代、ゾンビが闊歩するホラー、パズルで敵を倒すなんて世界も存在する。ファンタジーシフトはたまたまエデンに繋がる鍵なだけ」


 何言ってるかわけがわからないはずなのに、なぜか理解できてるのはなんでなんだ。

 つまりこのファンタジーシフトってのは、ただのアプリではなく、いくつもあるゲーム世界の中でエデンという王達が殺し合う世界に入り込むチケットのようなもので、他にも別のゲーム世界に入り込むチケットが存在してるってことじゃないか。


「君のそのあまりにも人間離れした美形さと、持っている魔力からしてステータスを全部外見に割り振った……二週目ってところかな?」

「何を言ってるんですか?」

「まぁ邪魔さえしなければどうでもいい」


 フェイスマスクの少年は隣まで来ると、担いでいた巨大な布袋を下ろし、そのまま穴の中へと布袋を蹴り落とした。


「今のは一体……」

「人だよ」

「なっ!?」


 あっけらかんと言ってのける少年に驚きを隠せない。


「君は一体何をしてるんですか? ここは一体なんなんです!?」

「ここは一条黒乃が使っているアストラルフィールドさ。俺はこの穴を広げて異世界(エデン)に行くんだよ」

「ア、アストラル?」

「異世界からの魔力を受けとり、自身の無意識下でアストラルフィールドを展開する。彼女は異世界とこの世界のゲートみたいなものさ。だけどその穴はあまりにも小さすぎて人一人が通れるような穴じゃない。だから俺はこの穴を広げてるんだよ」

「それは大丈夫なんですか? 広げてしまっても」

「さぁ?」

「さぁって、そんな無責任な」

「彼女にはゲートの役割以外には何もない。俺は早く行って使ってみたいんだ。この自分のチート能力を。神様から与えてもらったって言うのにこの世界じゃ何の役にも立たない。やってみたいんだよ強くてニューゲームってやつを」


 段々喋っているうちに少年は興奮してきたのか、目を血走らせている。こいつまじやべぇと思いながら一歩二歩と後ずさる。


「チート能力も敵や魔力がなければただの持ち腐れじゃないか、そうは思わないか? チートで無双、良い響きじゃないか。チープではあるが誰もが惹かれる、誰もがやってみたいと思える事柄だ。そうだろ? 人より変わったことをしたい、人より優れていたい。だがそんな欲はこの世界では満たせない。所詮他者より優れていたとしても、この世界では成績が優れているか、給料が人より高い、その程度の物差ししか存在しない。あまりにもそれではつまらなさすぎる。人を跪かせ、王として君臨し、自分がどこまでやれるか見たいのさ!」


 少年が叫ぶと同時に、頭上に何十本もの剣が浮かび上がる。

 そして剣は凄まじい勢いで穴を刺し貫く。

 直後、世界に響き渡るような音が聞こえる。

 それは苦悶の声で、苦しんでいる少女の声だ。しかもこの声には聞き覚えがある。


「一条!?」

「さぁ、穴を広げろ!!」


 再び少年が頭上に無数の剣を召喚する。


「悲鳴を上げろ、異世界への道をつなげ、お前にはその役割しかないんだから!」


 少年が腕を振り下ろすと、頭上の剣が一気に急降下してくる。

 その瞬間目の前に一人の少女が割り込んでくる。

 それは見間違うはずもないマイエンジェル一条黒乃だった。

 マントをたなびかせ、右目にはいかつい照準器を装備し両手に銃を持った姿は近未来のアウトローのようにも見える。


「アルファエゴ」


 アルファエゴと呼ばれた一条は、無機質な目で少年を見据える。


「お前さえ殺せば俺は異世界に行ける!」


 血走った目で少年は剣を両手に持ち、一条(アルファエゴ)に斬りかかる。


「駒を寄越せ!」


 しかし一条は両手の拳銃で全ての剣をはじき返す。

 一瞬で少年に詰め寄ると顔面に至近距離で銃弾を発射するが、少年は間一髪で避けると一条の腹に鋭い蹴りを見舞う。一条の体はたやすく吹き飛び、校舎に激突する。

 土煙の舞う中、少年は壁を背に膝をつく一条に向け剣を矢のように何十本も飛ばす。

 発射された剣はどれも的確に彼女の体を刺し貫かんと弾丸の如く迫る。

 不快な金属音が鳴り響いた。


「邪魔だよ……君」


 少年は苛立ちのこもった声をあげる。

 だがそんなこと知った事ではない。俺のエンジェルになにしてくれてんだお前は。

 俺は一条の体を抱え、横っ飛びで転がりこみ、剣の山を回避したのだった。


「ふざけるなよ、テンプレートラスボスめ。とりあえずあなたは僕の敵です」

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