第106話 潜む悪魔

「まさかあいつが美少年になるとは」

「ほんまやね、びっくりした」


 女子寮前でパー君(梶)を見送り、茂木と真凛は二人で帰宅する。

 その途中、学校近くの商店街を通りかかった。

 時刻は午後七時過ぎ。帰宅するサラリーマンや塾帰りの少年少女たちが疲れた顔をして足早に歩き、自転車に乗った主婦たちが通行人を避けながら器用に進んでいく。


「あっ、ちょっとウチ買い物あるから。こっち寄ってくね」

「いいよいいよ全然付き合うよ」

「いや、でも」

「いいっていいって、百目鬼さんの荷物持ちでもなんでもやるよ~」


 茂木はやたらと張り切って、商店街へと入って行く。

 彼は勝手に真凛の好感度が上がったと思っているが、実際男女の仲というものは知りあい、友達、恋人でそれぞれ上限値が設定されており、真凛にとって友人に設定されている茂木の好感度は頭打ちであった。

 しかしその頭打ちを積み重ねることによっていつかは友達の壁を打ち破れる。そう思っているのは男だけである。女の友達の壁は男が思っている以上に分厚く、アンチマテリアルライフルや戦車砲でも貫くことはできない。最強のATフィールドでもある。それは真凛も例外ではない。


「ごめんね」

「いいっていいって、気にしないで役得だから」

「えっ?」

「なんでもないよぉぅ」


 茂木は下心丸出しで真凛に付き合う。日も暮れて商店街には帰宅するリーマンや学生、主婦があふれており、未だ賑やかだった。

 二人はドラッグストアに入り、買い物をする。


「ママにトイレットペーパー買ってきてって」

「うんうん、俺全部持っちゃうよ。これもいる?」


  茂木が嬉しそうに差し出したのは女性用生理用品だった。茂木は素でアホだった。


「こ、これはいらんかなぁ」


 真凛は顔を引きつらせながらも、やんわりと断る。


「だよねぇ、百目鬼さんはタンポン派かな」

「茂木君!!」


 真凛は顔を引きつらせ、目は笑っているが、頭に怒りマークをつけて怒る。


「うひ、すみません」

「もぉ、そんなことしてたら女の子に嫌われるよ」


 買い物が終わり二人でドラッグストアを出ると、不意に真凛の足が止まる。

 ほんの小さな違和感を感じ顔が自然と上がる。


「あれ、どしたの? 買い忘れ?」

「あれ……川島さんと違う?」


 指さす先には、派手な髪色をした女子高生が雑踏に紛れて歩いている。

 スマホを操作していた少女がふと振り返った時、目と目があった。真凛は川島だと確信する。


「ちょっと追いかけてくる!」

「俺も行くよ」


 二人は走って追いかけるが、人が多くてなかなか追いつけない。

 そして川島もクラスメイトらしき人間が追いかけてきていることに気づき走り出した。


「逃げた!」


 川島は人にぶつかりながらも無理やり押し通り、商店街の外れへと走っていく。

 足の速さには自信のある茂木だったが、それをはるかに上回る速さだ。


「確かこっちの方に」


 二人も商店街を外れるが、そこに川島の姿はない。


「川島、マスクつけてたね」

「風邪なんやろか」

「風邪でこんなに全力ダッシュはしないんじゃないだろうか」

「そやね……」


 二人が薄暗い袋小路を歩くと何か光るものが見えた。


「なんやろこれ?」


 真凛が拾い上げたのは、まだ画面が光ったままのスマホだった。

 アプリがたちあがっており、高校生ならほぼ確実に入っているコミュニケーションアプリ、コネクトだった。

 そこには美沙と書かれた吹き出しと、0000と書かれた吹き出しがあり、その二人が会話している履歴が残されていた。

 真凛はその履歴を遡っていく、そこには


[山田弘子を■■■マシタ。あなたの願いを達成しマシタ]


 と不穏な文が残されていた。


「なに……これ……」

「もしかしてこれ川島のスマホなのか?」

「わかれへんけど。でも美沙って川島さんの名前やんね」

「そうだね。山田を襲ったのは川島か?」

「正確にはこの0000って人なんちゃうかな?」

「0000って誰だ……まぁそんなわかりやすい手がかり残すわけ……」


 もう少し履歴を遡ろうとして、二人はふと気配を感じて顔を上げる。

 するとそこにはさきほどまでいなかったはずの川島の姿があった。

 その目は虚ろで、自分が生きているのか認識しているのか怪しく、顔色も青白い。


「川島……さん?」

「ちがうの……」


 川島はか細い声で何かを呪詛のように呟いている。


「あたしは……願っただけで、本当に殺したい……んて。思ってなかった」

「川島、お前が山田を襲ったのか?」

「ちがうちがうちがうちがう……ただ願っただけ、あたしは悪くない悪くない」


 茂木は今の川島が何かを言って聞く精神状態じゃないと察する。


「助けて天地君。あたし死んじゃう……死にたくない死にたくない」

「ダメだなこりゃ」


 茂木は川島に近づいていく。だが、嫌なものを感じ取った真凛は無理やり茂木の制服を後ろから引っ張り引き倒した。


「あだぁっ! なにすんの百目鬼さ……」

「うああああああああああああああああっ!!」


 川島が恐ろしい叫び声をあげた瞬間衝撃が波のように襲い、二人の体は大きく吹き飛ばされた。


「なんだぁ!?」


 ゴミ箱に突き刺さった茂木がボコッと頭を引き抜くと、その場を見て絶句する。


「なん……だこりゃ」


 袋小路だった場所に巨大なクレーターが出来上がっており、隕石でも降って来たのかと言いたくなるような惨状は女子高生一人が引き起こしたとは到底考えられない。


「川島がやったのか……」

「大丈夫、茂木君?」


 真凛が肩を押さえながらゆっくりと立ち上がる。


「百目鬼さんこそ大丈夫?」

「うん、ちょっと眼鏡が割れたくらい」

「それならいつものことだね」

「茂木君、最後川島さん見た?」

「あの叫び声を上げる?」

「うん、その後」

「俺の気のせいでなければ、背中になんか怖いものが見えてたけど」

「ウチも見えた。多分、モンスターじゃないかな」

「モンスター……ってそんなゲームじゃあるまいし」


 と言って、茂木はついさっき梶の変身を見たり、ファンタジーシフトというわけのわからないアプリを知っている。


「……これ、もしかして想像以上にやばいことになってる?」


 真凛はコクリと頷いた。

 この戦う力のない状態で、どうやって立ち向かえばいいのか。そう思って真凛は気づく。なぜ戦うことが前提なのかと。本来ならあんな怪物見た瞬間に逃げるのが当たり前だ。しかし自身は対等に戦えることが前提で事を考えている。


「力が……いる」



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インフルエンザなんとか治りました。

ご心配おかけしました。

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