第108話 駒
俺は右手を突き出し、指を一本ずつ握り込む。
「スターダストドライバー!!」
以前学校で揚羽を救うために叫んだが、何も起こらなかった謎のキーワード。
その謎はこの世界では有効な言葉の意味を持ち、右腕のブレスレットが金属製のガントレットへと姿を変える。
手の甲には六角形の装甲に十字が刻まれ、腕にはIIIの文字が刻印されている。
ガントレットで地面を殴りつけると、衝撃で体は易々と空を舞う。
そして宙に浮いた少年の剣に狙いを定める。
「ファーストイグニッション!」
二つ目の叫びは攻撃を発動するトリガーとなり、スターダストドライバーの肩に表示された数字がⅢからⅡに切り替わると拳から深紅の衝撃が巻き起こり、浮遊する剣を全て破壊する。
なんなんだこれは。
初めて見るものなのに使い方がわかっているところがまた気持ち悪い。
腕が鋼のガントレットに覆われ、掌から衝撃波が出たと言うのに、全く驚きもなく冷静でいる。
つまりはそういうことだ。
少年の言う通り、恐らく俺は現実側の人間じゃなくて異世界側の人間なのだ。
違うな、正確には現実側の人間だったが、いつのまにか異世界側の人間になったと言った方が正しいか。
「魔兵装か、ちんけな能力だ。それでよく二週目に入れたものだ」
「勝手に彼女をいじめないでください。グーで殴りますよ」
「その慣れてない言葉遣いもイラつくね。凡人のくせに」
「あなたのチートを試したいとかそんなこと知ったことじゃないんですよ。彼女は……僕の大事な人ですから」
「くくく、君”前回”はよっぽど容姿に恵まれなかったんでしょ? それだけ容姿にステータス振るってことは」
「なんだとこの野郎」
いかん素が出た。
「大変だよね、元が悲惨だとせっかくの二週目を容姿に振らなきゃいけないなんて」
「二週目とかわけがわかりません。ループものは好みじゃないんですよ」
「そうか君が鍵か……だから」
少年は何かに納得するとクツクツと笑い始めた。
正直俺からしたら何言ってんだコイツって感じで、ははーんこいつ適当に意味深なこと言ってるけど中身なんもない奴だなと勝手に確信する。
「鍵が扉を開こうとしてるってわけか」
何言ってんだコイツ。包茎で中二病まで患ってるとか勘弁してほしい。
「正直あなたと話していると頭が痛くなってきます。さっきも言いましたけど僕の目的は一条さんを助けて、感謝してもらうことなので、それ以外に他意はありませんよ」
「下等で愚劣な考えだ」
「だからこそ人間なんですよ」
「興がそがれたな。まぁいいさ君とはまた今度ゆっくりと遊ぼう。それまで駒は大事にしてるといい」
「あんまり簡単に逃げられると思わないでください」
せめてお前の顔だけは確認しておく。
俺はガントレットを握り込み、地面を殴りつけると一気に少年へと距離を詰める。
「あなたの言動から大体察しはついてるんですよ」
リアルチート使い、天地眞一。
絶対にお前だ。そんな確信があった。
だが、俺は目を見開いた。
スターダストドライバーは少年の頬をかすめると、見事にフェイスマスクを引き裂いたのだ。しかしその下から出てきた顔は襲われた山田弘子だったのだ。
「待ってください。さっきまであなたは確かに男で……」
「顔なんてものは僕には無意味だよ」
少年が自身の顔を撫でると、中年の男になり、もう一度なでると美しい女性に変貌する。
そんなのありか。なんだそのインチキみたいな能力は。
俺は続けざまに手のひらから炎を出し、少年に投げつけるが、まるでそよ風をかわすように炎の玉を避ける。
すると避けた拍子に少年の懐から透明な何かが落ちる。
「なんだ、駒?」
それまで無表情だった少年は珍しく苛立ちをおさえた顔になり、指をパチンと鳴らすと背後から見えない何かが俺を吹き飛ばす。
奴の後ろに何かいる。恐らく人型の見えない何かが。
「あんまり歯向かうなよ。殺したくなるでしょ?」
少年は透明に輝く何かの駒を拾い上げると、闇に溶けるようにして消えていく。
なんだよこの世界から抜け出す方法あるのかよ。俺にも教えてくれよと思うのだが。
「あの人最後まで意味深なこと言って消えていきましたね」
どうせ鍵とか駒とか言ってるけど、大して意味ないんだぜ。
そう思いつつ倒れた一条を抱き起す。
「大丈夫ですか?」
一条は唐突に目を見開く。例えマイエンジェルでも三白眼気味の目をいきなり見開かれると怖い。
一条はこちらを確認するが何も言葉を発しない。
なんとなくだが、この一条は俺の知ってる一条ではない気がする。あの包茎もアルファエゴとか言ってたしな。
一条はすっと手を伸ばすと突然自分の胸を突き刺した。
「えっ、何してるの!?」
一条はビチャビチャと血を飛び散らしながら胸の中から何かを引きずり出す。
怖い怖い! てかグロイ!
「ちょ、ちょっと! やめて、怖い! どうしたの!?」
一条は自身の胸の中から何かを取り出し俺に手渡すと、光の粒子となり体が薄く透けていく。
手渡されたものは円錐状の駒で上部に王冠のデザインがされている。
「チェスの駒?」
「駒を揃えて……もう、門が開いてしまってる……向こう側から……が侵入して……きてる。お願い……を倒して……門を……閉じて」
「一条さん、一条さん!!」
そして世界は突如色と時間を取り戻し、止まっていた世界は動き出した。
目の前にはドアノブに手をかける揚羽。
背後を見ると、家族連れや帰宅を急ぐサラリーマンがマンションの下に見える。
先ほどまで学校にいたはずなのに。
「戻って……きた?」
「ダーリンどうかした?」
「揚羽さん、今さっきまで何してました?」
「何って、ダーリンと一緒にエレベーター乗ってここに来ただけじゃん」
「ですよね……」
やはり先ほどまでの時間を揚羽は経験していないようだ。
まさか夢……? そう思い俺はポケットに手を入れる。
「!」
手に触れる硬く冷たい感触。それをそっと取り出す。
「なにそれ、ガラスの駒?」
ポケットの中から出てきたのは、灰色世界の一条が俺に託した王の駒だ。
間違いない、先ほどまでの出来事は全て実際にあったことだ。
確かに揚羽はあの世界から消えていた、だから記憶がないのだろう。なら一条は? いや、あの包茎は無意識がどうのこうの言ってたから、一条があの灰色空間のことを認知しているとは思えない。
[アストラルフィールドの消滅を確認。全スキルおよびスターダストドライバーの変形機構をロックしました]
突如音声を発するスマホを取り出す。
そこにはモザイクのかかった俺のステータス画面らしきものが映し出されている。
アストラルなんとかにいる時に見ておけばよかったと後悔する。
それから何度か一条宅のインターホンを鳴らすが、中から人が出てくる様子はない。
これを最後にと決めてインターホンを鳴らそうとするとチーンと音をたててエレベーターから人が下りてくる。
それは横髪をふわりと軽く縦にロールさせ、丈の長いタートルネックのセーターに学生鞄を肩にかけた白銀グループ最後の将、黒川だった。
セーターも上着にしては丈が長いだけで、一見すると何も履いていないように見えるその露出の高い姿は揚羽の一味で間違いなかった。
「あれ、揚羽じゃん、あんたまた一条のとこ来てんの?」
「そっ、どこいったか知らない?」
「さっき、黒塗りの高級車に乗ってどっか行ったよ」
「げっ、てことは実家か……」
「つかそっちのイケメン誰?」
「あー、こっちはパー君」
だからそのアホそうなあだ名はやめてほしい。
「イギリスからの刺客」
なんかジャンレノみたいになってるぞ。
「ど、どうもパーシヴァルです」
俺は意図せず美少年オーラを放つが、不思議なことに黒川には通用していない。
それどころかこちらを怪しんでいるように見える。
「その子……梶に似てない?」
黒川の声にドキリとする。そんなバカな、この姿を見て本来の俺と結びつける人間がいるなんて。
さすが、白銀グループの参謀権ブレーキ役である。
白銀グループを船に例えるなら内訳は天地を旗にして、揚羽が船長で川島、結城が船をこぎ、鼻と前歯がお宝を確保する盗賊A、Bで黒川が海図を見ながらブレーキを踏む役割である。このブレーキ役がしっかり働いているおかげで白銀グループは座礁せずにすんでいると言っても過言ではないだろう。
「なんとなくなんだけど」
「そ、そう?」
「なんでそう思うんですか?」
「いや、最近の揚羽と梶の距離感と雰囲気が似てる。後その右手」
黒川が右手をさすと、そこには火傷の跡がある。
俺はさっと後ろに隠した。なにこいつそれだけで俺とパー君が繋がったの? こわっ。
「ま、いいんだけど。それより”梶”あんた男子寮めっちゃパトカー来てるよ。なんかあったんじゃない?」
「マジですか!?」
「…………」
「…………」
はめられた。この女揚羽よりずっと頭が良い。
「ま、言及しないどいてあげるわ。パトカー来てたのは嘘じゃないから見てきたら?」
確かに一条がいないならここにいてもしょうがないだろう。
「すまない揚羽さん、一条さんの家はまた後日ってことでいいかな?」
「いないんならしょうがないしね。揚羽も見に行く」
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