第105話 パー君
筐体を出ると、今度は茂木がひっくり返っていた。
「えぇぇっ!!? お前梶ぃっ!?」
「らしい……です」
「らしいってお前、骨格も年齢もかわってるじゃねーか!? お前休み明けに登校してきた時とは違って言い訳できないレベルで別人だぞ!」
「と言われましても……」
真凛に貸してもらったコンパクトで自分の顔を見やる。
茂木の動揺は当たり前で、少し背が縮んで小柄になり、髪の毛は絹糸のカーテンのようにサラッサラで目の色は青い。女性と見間違ってしまうほどの美形っぷりは自画自賛に値するだろう。
体格がかわったせいで制服のサイズが少し大きい。
俺は自分の右手をのばす。そこには白い肌に酷い火傷の後が残っていた。
「確かに、この火傷は梶のだな。というか百目鬼さんどうなってんの? 一番間近で見てたんじゃないの?」
「う、うん見てたけど。なんか気づいたらぶわーっとなってもわわーんって」
「なんか説明がふわっとしてるな……」
「いや、ほんまにウチもモニター見てたからあれやねんけど、見たら……美少年に」
「わけがわかりません」
「ほんまやね……」
俺は真凛にコンパクトを返し、ありがとうとほほ笑んだ。
その瞬間パンチパーマ、グラサン、スーツ姿のヤクザみたいなキューピットがハート型の銃口をした拳銃を真凛の胸に連続で撃ち込んだ。
「あかん、それ卑怯や! そんなん誰でも落ちるわ!」
「ど、どうしたんですか?」
急にテンパりだした真凛に困惑する。
「てか、お前その喋り方なんなの? なんで敬語?」
「普通に喋ってるつもりなんですけど、なぜかこんな感じになってしまうんです」
自分で言っていて気持ちが悪い。普通の言葉遣いができないのだ。
「その姿になんか関係あるんだろうな……お前が最初に言ってた実は俺が美少年かもしれないって案外当たってたんだな」
「これ戻れるのでしょうか……」
「お前、もし仮に前回もメタルビーストをやった後に美少年化してたとしても、次の日には元に戻ってたよな?」
「ええ、ゲーセンから寮に戻った時には元に戻ってました」
「時間? なんかな」
「それはありそうだな」
「だとしたら一条さんのところに行くことはできませんね」
「お前それで行くつもりだったのかよ……」
「僕が変身する原因はあれしかありませんよね」
俺はメタルビーストの筐体を見やる。
「それしかないよな」
「メタルビーストに何か秘密があるんかな?」
考えていると、女性店員が俺のスマホを持ってやってきた。
「筐体の中にお忘れでしたよ」
「あっ、すみませんありがとうございます」
ニコリとほほ笑むと、女性店員はヤクザ風のキューピットに蜂の巣にされる。
「あ、あの、これ私の携帯番号だから! 暇があったらお姉さんと遊びましょう!」
そう言って、女性店員は電話番号の書いた紙を手渡し走り去る。
「俺いつもなら畜生梶のくせにって怒るけど、お前の今の容姿じゃしょうがねーなって思うよ。完全敗北だわ」
「あ、あはは……」
乾いた笑いが出る。
真凛はスパッと女性店員から手渡された紙を奪い取ると、そのままゴミ箱に捨てた。
「あんな外見だけでコロッといくような女ろくでもないよ」
「いや、電話なんかかけませんけどね……」
俺はスマホを受け取り、立ち上がっているメタルビーストのアプリを落とす。
「えぇっ!?」
「ふぁっ!?」
二人が突如奇声あげる。
「どしたん?」
「元に……戻った」
言われて自身の腕を確認すると確かに制服のサイズがあっているし手も大きくなっている。
もう一度真凛のコンパクトで確認すると、世紀末英雄伝みたいな顔をした俺の元の劇画フェイスに戻っていた。
「お前今何した?」
「何ってアプリを落とし……まさか」
俺はメタルビーストのアプリをもう一度起ち上げてみる。しかし何も起きはしなかった。
「あれ、違うのか」
アプリが原因かと思ったのだが。
待機状態になっているアプリを表示させると、そこには起動した覚えのないファンタジーシフトのアプリが起ちあがっていた。
「…………嫌な予感がする」
俺は一度スマホの電源をオフにしてアプリを全て落とす。そしてもう一度メタルビーストの筐体に入って先ほどと同じくゲームをプレイしてみる。
その結果俺は再び美少年へと戻っていた。
「やっぱり条件はメタルビーストをプレイすることか?」
「それは間違いないと思います。メタルビーストの筐体にスマホをセットすると、アプリがたちあがりますよね?」
「ああ、データ記録用のアプリだろ?」
「それと同時にファンタジーシフトっていう、この前真凛さんが起ち上げて激しい頭痛をおこしたアプリが一緒に立ち上がるんです」
「……それと何か関係があるのかもしれないな」
「これも失った記憶関係かもしれません」
もう少し調べてみると、やはりスマホをセットせずにただプレイするだけでは美少年にはならなかった。
そして美少年化がとけるにはメタルビーストのアプリを切ることが条件のようだ。
「頭がどうかしちまいそうだな」
「全くやね」
三人で話していると遅れて揚羽がやってくる。
「やっほーってあれダーリンは?」
「それは」
名乗り出ようとして茂木が止める。
「いや、梶は今ちょっとトイレなんだ。それよりこの子見てくれ。イギリス帰りの俺の友人ランスロット・アーサー・パーシヴァル君だ」
こいつまた適当な名前つけたな……。
俺は茂木の脇腹をドンと突いて小声で話す。
(何してるんですか)
(いや、白銀ならイケメンに食いつくのかなって)
(試すようなことしないでください)
(お前も知りたいだろ、イケメンにすぐ尻尾振っちゃうか)
こちらの抗議を無視して、茂木は適当にでっちあげたプロフィールを話す。
「長いね、どれが名前?」
「えーっと、じゃあパーシヴァルだ」
「じゃあパー君?」
そのバカそうなあだ名はやめろ。
「パ、パーシヴァルです」
握手しようとするが、その手は空を切って、揚羽はメールをしている。直後俺のスマホが鳴り響く。
「あれ、なんでダーリンにメールしたのに」
「たまたまだよね!」
「あ、う、うん。そうですね」
「あっ白銀、この子友達いないからさ、友達になってあげてくれない?」
「んーオッケオッケ」
と言いつつも揚羽からの反応は薄い。
「あれ、白銀美少年とか嫌いなの?」
「えっ大好物だよ。でも勝手に仲良くしてたらきっとダーリン怒る、つかすねるでしょ」
三人とも意外だと驚く。
「俺はてっきり飛びつくものだと思ってたが、意外とガード硬いんだな」
「いや、他の男になびいた風を装って妬かせるのはテクだけど、この子リアルガチじゃん」
「リアルガチ? 芸人?」
「本気で美少年すぎて、この子になびいてたらほとんどの男の子心折れるよ。誰が見ても本気にしか見えないところに手を出しちゃダメっしょ」
「さすが百戦錬磨といったところか……」
「それにダーリン揚羽がこの子のとこいったら、多分嫉妬じゃなくて応援してくると思うからこっちが凹むだけ」
真凛は勉強になると凄い勢いでメモを取っていた。
「お前本気で好かれてんな」
「照れくさいですね」
「なんでこの子が照れてんの?」
事情を知らない揚羽はわからんと首を傾げる。
「しかし体は正直であろう。なんであってもイケメンに寄られて嫌がる女の子はいないはず!」
茂木は俺の体をズイッと押す。その拍子につんのめって俺は揚羽の胸に倒れ込んだ。
一瞬揚羽のローラーブーツが上がりかけて肝を冷やす。
こいつ今普通に蹴り入れる気だったぞ。
「大丈夫?」
あっ、怒ってる。口調は優しいがその端々に怒りが垣間見える。
揚羽は着崩していたボタンを閉めなおし腰に巻いていたカーディガンまで着始めた。
揚羽は硬くなるを使用し防御力を上げた。
「結論白銀は意外にも一途」
「その揚羽さん、すみません僕が梶なんです」
下の名前でいきなり呼ばれたことを不快そうにする揚羽。いきなり自分が梶だと言い出して、なんのこっちゃと首を傾げている。
「驚かないでほしい、って言っても驚くとは思うんですが。見ててください」
俺はメタルビーストのアプリを切った。するとほんの一瞬で俺は元の自分へと戻った。
「はっ?」
揚羽は他の皆と同様に目を丸くしている。
「えっ、なにそれ? えっ? どっきり?」
「いや、うん……どうやら探してた美少年って俺みたいなんだ」
「(白目)」
揚羽は白目をむいて後ろ向きにバタンと倒れた。
「おぉ、大丈夫か!?」
「ダーリンイケメン、それは嘘」
酷くない?
しばらくして復帰した揚羽に、全てを説明する。
「信じらんないけど……今目の前でおきたもんね」
「それでメタルビーストをプレイすると美少年になる」
俺はもう一度メタルビーストをプレイして美少年状態になって戻ってくる。
「う、うわぁ凄い……」
「ウチらも未だに慣れへんもんね」
「ま、マジで、凄いね」
真凛と揚羽がこの形態を見てからエヘエヘと不気味な笑い声をあげている。
「ウチ、いつもの梶君も美少年の梶君もいいと思う。一粒で二度美味しい的な」
「揚羽はいつものダーリンがいいと思うな」
その瞬間真凛が裏切ったな! と鬼の形相で睨む。
「せ、せやけどウチもやっぱり元の梶君の方が」
「あ、うん美少年がいいのはわかるから。僕だってフツメン(自称)と美少年なら美少年がいいってわかりますから」
「随分卑屈な美少年だな……」
やっぱ世の中顔だわ。しょうがないよね、面接だろうが、コミュニティだろうが顔面ヒエラルキーが一番高い奴がなんでも得するってはっきしわかんだね。
「探していた奴が意外な形で見つかったわけだが、一条のところに行くのか?」
「そうですね」
俺は時計を確認すると時刻はまだ六時過ぎ。この時間ならまだ行っても迷惑にはならないだろう。
「あっ待ってダーリン、あの子のとこに行くなら別人になりきらなきゃダメだよ。あの子このゲーセン王子に完全に夢見ちゃってるから、それが実はダーリンでしたって知ったら、立ち直れなくなっちゃう」
「なんでや! 別に王子様がワイでもいいんやないか!」
「なんで関西弁……敬語じゃなかったのか」
「よっぽど悔しいんやろね」
確かに一条を慰めるだけなのだったら、俺の元のキャラクターは不要だろう。
一条の望むキャラクターで接してあげて元気づけてあげるのが一番いいかもしれない。
心情的には複雑だが、いつか笑い話になるくらいに時が過ぎたら話せればいいかもしれない。
四人でパーシヴァル君(仮)のプロフィールをでっちあげていく。
「そんじゃパーシィって呼んでもらうことにして、家族構成は海外に両親を残し現在は一人暮らし、趣味はゲームで彼女は勿論なし。好きなものはお風呂で嫌いなものは足の多い虫」
「僕は乙女ですか」
「その方が王子様っぽいだろ」
「い、いいよね梶×パーシィのカップリング……」
真凛はエヘエヘと笑みを浮かべながら腐っていた。
「よし、じゃあ行きましょうか。って一条さんの家ってどこですか?」
「ダーリン知らないの? 揚羽も黒乃も女子寮だよ」
「えっ、ほんとですか?」
というか女子寮の存在を知らなかった。なにそれそんなのあったの。
「揚羽も黒乃も親と仲良くないからね」
「そうなんですか」
揚羽に案内してもらって学校近くにある女子寮へと到着した。
「えっ、なにこれ……」
確かに女子寮は男子寮のすぐ近くにあった。
一体築何年だよと言いたくなるようなボロい男子寮と比較し、女子寮は巨大なマンション型だった。
揚羽が玄関のオートロックを解除して中へと入る。
オートロックって……ウチ鍵壊れて南京錠使ってますが何か。
「そんじゃ頑張れよ」
「えっ、帰るんですか!?」
「当たり前だろ。いきなり俺や百目鬼さんが行ってもわけわかんないだろ」
「それは、そうなんですが」
玄関のオートロックが閉まると、茂木はバイバーイと楽し気に手を振り、真凛も頑張ってねと激励して帰って行った。
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作者インフルエンザの為、次回遅れます。すみません。
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