第92話 パワー
山田弘子が意識不明の重体になったことは一瞬で広まり、翌日の学校は緊急の全校集会が開かれたり、保護者向けの説明会を行うので教員たちは慌ただしく、授業をしている余裕はなかった。
本日午前最後の授業は、今日ずっと黒板に書かれたままになっている自習の文字が踊っている。
事が事だけに自習で喜ぶ生徒は少なく、そこそこ真面目に自習する生徒半分、山田のことで話をしている生徒半分というところだった。
俺も茂木と共に話をしていた。
「話がタイムリーすぎるだろ……」
「まったくでもってその通りすぎる」
なぜよりによってこのタイミングで山田が? わからない。
そう思っていると、相変わらず胸元が苦しそうな百目鬼が俺たちの方へそろりそろりと近づいてくる。
「大変なことになったね」
「調べようとしたタイミングでこれだからな」
「何か闇の力が働いてるとしか思えん」
「通り魔か? それならたまたま偶然山田が狙われたって可能性もあるし」
「ウチ、さっき少しだけ話聞いたけど、山田さんの目や鼻が全部なくなってて体が爆発してたらしいよ」
「完全に猟奇殺人じゃねーか!」
「よくそれで生きてたな……」
「でも、体からは火薬とかそういうなんは一切見つからへんかったらしい」
「マジかよ、これは完全に頭脳は大人、体は子供の死神少年案件だろ」
「破裂ってわけだから火薬とかを使わなくても特殊な薬品とか、もしくは圧縮したガスとかでも犯行は可能なんじゃないか?」
「ただのJKを圧縮ガスで爆殺しようとするか普通?」
「そりゃサイコパスの仕業としか」
しかし俺はこの件でもう一つの嫌な予感を感じ取っていた。
本日の実のない授業が全て終わり、クラブ活動、その他学校に居残ることを全て禁止され、学生たちは順次下校していく。
俺たちも肝心のいじめを行っている重要人物が通り魔事件に巻き込まれるという嫌な幕切れで、今回のことをエロ爺に相談しに行こうと思っていた。
昇降口に向かうと、多数の生徒がたむろしている。何だろうかと思い近づいてみると、そこには保健だよりや、生徒会のお知らせ、クラブの勧誘などに使われる大きな掲示板一面に[一条黒乃は人殺し]と書かれたビラが一面に貼られていた。
「うわぁっ、マジかよ」
誰だ、こんなもん本人が見たら立ち直れないぞ。俺は人垣を超え、悪戯された掲示板をバリバリとはがしていく。
「それ学校のいたるところに貼られてたわよ」
「なに、マジか」
ザマス姉さんが職員室前でも見たと教えてくれた為、俺は全力ダッシュで学校中を回って中傷するビラをはがしていく。
「くそ、人が大怪我でシャレにならん状態になってるってのに、それをタネに別人の中傷するってまともな精神構造してないだろ」
ふざけやがってと俺は怒りながら体育館前にある掲示板のビラをはがす。
すると校舎の方から怒り心頭した白銀が走ってやって来る。
いや、あれは走ってると言うより滑ってるな。
白銀は踵にローラーのついた靴を履いており、校舎外にある階段の手すりを滑り降りて俺の元に跳んできて
「おらぁっ!!」
スカートの裾など知った事かと延髄斬りを行う。
俺は首筋にはいった芸術的な蹴りで吹っ飛んで転がった。
「い……ってぇな、おい」
目の前の白銀は怒りがおさまっていないのか、片足をあげたまま格ゲーキャラみたいなポーズで固まっていた。
「マジ信じらんない。そんなことして恥ずかしくないの?」
「パンツ丸見えで足上げてる奴に言われたくない」
「…………」
どうやら冗談が通じる状況でもないらしい。
「とりあえず飛び蹴りを食らった事情を説明してもらいたいんだが」
「はっ、キモっ」
「全ての説明を省くキモいはやめろ」
「はっ、うざ」
「うざいもやめろ」
女子は何か気に入らないことがあると全てキモいとうざいで表現する癖があると思う。英語ならクレイジーだけでいろいろな意味があるが、日本語のキモいはキモい以外に意味をもたない。
「あんたのその手に持ってるものが理由じゃん」
「はっ?」
俺の手にはビリビリに破られた一条への中傷のビラが握られている。
「そんなの貼って回って卑怯だと思わない? まさかあんたがそんなことやってるとは揚羽も思わなかったけどさ。何が目的なわけ?」
「あー、なんか勘違いしてんな……逆だからな?」
「逆?」
「俺はこのビラをはがして回ってたの」
「…………」
白銀の目は真剣で、嘘だと思われたらローラー付きの踵が降ってくるようだ。
「…………マジ?」
「マジマジ、てかよく見ろ、こんなもん貼れるか」
ビリビリに破れたビラを見せる。
「……なに、もしかしてあんたっていい奴?」
「いい奴かどうかは知らんが、お前の機嫌を損ねるようなことはしていないはずだ」
どうやら白銀もビラのことを聞きつけ飛んできたが、体育館前でビラをはがしている俺が逆にビラを貼っているように見えたらしい。
「なんだ、言ってよびっくりした」
「有無を言わさずローラー助走付きの飛び蹴りを入れてきたのはお前だろうが」
「あ、あはー。なんていうか勘違い? てか桜井たちが悪いんだって、体育館前でビラ貼ってる奴がいるなんて言うから」
鼻と前歯かーそりゃ俺への嫌がらせだろうな。この状況でよくやる。
「わかったならお前も剥がすの手伝えよ」
俺は痛む首をおさえながらビリビリとビラを剝がしていく。
白銀も隣でビラを剥がし始めた。
「ほんっと信じらんない。普通こんなことする? 人が死んで皆ナーバスになってんのに」
「一応山田死んでないからな? 死にかけてるのは事実だと思うが」
勝手に死んだ扱いしてるが。丁度いい機会なので山田のことを聞いてみる。
「なぁお前山田に面識あるのか?」
「えー、クラス違うからあんま知らないけど、なんかやたらと揚羽たち意識してる子でミサミサが揚羽たちのグループに入れたいって何回か言ってきたからそれで知ってるくらい?」
「ミサミサって川島か?」
「うん、そう」
川島美沙、恐らく一条をイジメていたとされるもう一人の人物。今回のビラに関しては最も怪しいと思われる人物だ。
「今日川島はどうしたんだ?」
「えっ、もう帰ったけど? 通り魔出て危ないじゃん」
ってことはこれを貼ったのは別人か? いや、俺たちがこれを見つけたのは放課後に入ってすぐ、ってことはそれより前に貼られてたってことだし、その時間川島はまだ学校にいたはずだ。
「一条は?」
「あの子はビラ見てショック受けて眞一(しんいち)が連れて帰った」
「眞一って誰だ」
「もぉひどーい。天地眞一」
「あぁあいつそんな名前だったのか全然知らんかった」
てっきり天地池面とか天地豪者酢とか凄い名前でもついてるのかと思ってた。
「あいつ他人にあんま興味ないしね」
「それより、白銀はこんなことやりそうな奴に心当たりないのか?」
「…………」
その顔はあるな。
しばらく白銀は難しい顔をした後「わかんない」とだけ答えた。
「じゃあ襲われた山田について何か知らないか?」
「弘子ねぇ……あんま良いイメージないかな。あの子なんか黒乃のこと目の仇にしてたのよね」
「そりゃグループに入れてもらえなかったからじゃないのか?」
「それで黒乃を目の敵にするっておかしいっしょ。揚羽があの子グループに入れなかったの、入れたら絶対黒乃のこといじめると思ったからだもん」
何にも考えてない奴かと思ったが意外と鋭いんだなと感心する。
しかしそのことが原因で川島と山田がいじめを行っている可能性がある。
「一番の疑問なんだが、お前はなんでそんなにも一条のことを守るんだ? 友達だからってのはわかるんだが、言っちゃ悪いがお前と一条は完全にタイプが別だと思うんだが」
「えっ、だって揚羽と黒乃いとこだし」
「いとこ!?」
知られざる真実に驚く。
「昔は揚羽とは逆だったんだけどね。派手でおしゃれ好きで、誰とでも仲良くて」
「全く想像できん」
「あっ、てことはカジ、揚羽と眞一が兄弟ってこと知らないでしょ」
「兄弟!? マジかよ、完全に彼氏だと思ってたわ」
「まーねー、よく勘違いされる」
「えっ、てか天地と全然苗字違うくね?」
「よくある義理兄弟って奴。パパの再婚相手の連れ子が眞一」
「はー、なんかドラマみたいだな」
「こんなんでドラマとか、最近のはもっとドロドロしてっから」
「意外だ。ということは天地と一条とつるんでるのは」
「兄弟といとこだから」
「そうなのか」
「黒乃は揚羽が絡んで外出さないと部屋の隅っこでずっとゲームしてるし、眞一は揚羽で女除けしてるから」
実に意外だ。白銀グループって天地ありきで、天地の元に集いし選ばれし者たちと思っていたのだが、実際コネクターの役割を果たしているのは白銀のようだ。
ほーっと感心していると、その視線に白銀は居心地が悪そうにする。
「な、なによ」
「いや、ちゃんとモノ考えてるんだなって」
「どういうこと!?」
白銀は頭に怒りマークをつけてうがーっと迫って来る。
「このこと川島や、山田は知ってるのか?」
「眞一のことは知ってるけど黒乃のことは知らないと思う」
「なんで教えてやらないんだ? そうしたら」
いじめなんか起きなかったのにと言いかけて口ごもる。
「だって黒乃入れてるのは100%揚羽のえこひいきだし」
「そのへんはわかってるんだな」
「大体あんたさ、なんでこんなビラ回収やってるの? 普通のやつなんて面白がって見てるか、見て見ぬふりするだけだよ」
「俺? そりゃ俺は一条のこと好きだからな」
あっ、今地雷踏んだ。
そこにはニヤリと獲物を見つけた女豹のように口角をつり上げる白銀の姿があった。
「えっ、うっそマジで? カジ黒乃のこと好きだったの?」
あーやらかした、完全に面白い話題を提供してしまった。白銀の声ははずんでおり、もっと話題(エサ)をよこせと突っついてくる。
「えー意外、カジって揚羽や黒川みたいなのがタイプだと思ってた」
「面と向かってよく自分がタイプだとか言えるな」
自意識過剰かと思ったが、白銀のビジュアルなら自意識過剰というよりはおのれのスペックを理解してると言ったところか。
「オタクってさ、口では揚羽みたいなギャル系嫌いって言うけど、大体好みは派手な美人系じゃない?」
「全くそのとおりすぎてぐぅの音もでんわ」
「だよねー。えーでも黒乃好きなのかー残念だな」
「何が?」
「今黒乃、ゲーセンであった美少年に夢中だから、多分いっても相手にされないよ」
「いや、そこまで飛躍すんなよ。ただなんとなくいいなーって思ってるだけだから」
「惚気ジャン!」
「いや、惚気てはねーよ!」
どういう耳してるんだコイツは。
何が嬉しいのか白銀は笑いながらバンバンと俺の肩を叩く。
「なんだよ」
「あんたがもうちょっと早くに勇気出してたらワンチャンあったかもしれないのになー。なんでもっと早くに言わないのよー」
完全に話題が山田や一条への中傷からずれて、俺の恋バナにシフトしている。これぞスイーツ系女子の本領発揮か。
「いや、すまん正直俺の話なんかどうでもいいから、このビラをだな」
と言いかけた瞬間、突如ガチャンと大きな音が頭上で鳴り響き、体育館二階の窓ガラスが砕け、俺たちの元へガラス片が降り注ぐ。
「キャアッ!」
俺は無意識のうちに金属製のブレスレットをかざす。
「スターダストドライバー!」
叫んだところで何も起こらない。
俺はこの非常時に何を言ってるんだ。何がスターダストドライバーだ中二病か。
すぐさま白銀の体を押し倒し、影になるように立つ。
たくさんの破片が降り注ぐが、目を守ってさえいれば後はなんとか。そう思っていると、一際大きく分厚いガラスが落ちてくるのが見える。
「危ない!」
「パワーーーーッ!!!」
俺はどこぞの筋肉芸人の掛け声と同時に、その分厚いガラスを振り上げた拳で粉砕した。
呆気にとられる白銀。
体にはたくさんのガラス片が刺さり、白いシャツに血がにじむ。
粉砕したガラスが丁度俺と白銀を避けるようにして周囲に散らばる。
当然ただ単純にガラスを叩き割っただけなので、俺の右手にはガラスが突き刺さり血がどくどくと流れていた。
なんとなく自分の右手の火傷が理解できた気がする。多分俺は何か必要に迫られて炎か何かに触らなきゃいけなかったんだろう。そんでバカだから何も考えずに右手を犠牲にしたのだろう。
バカだねーと思いながら、後ろで頭を抱えながらも無事そうな白銀をみやる。
きっと今みたいにやむにやまれぬ事情があったのだろうと自分で自分を察する。
「ちょ、大丈夫なの!?」
「だいじょうぶだ、おれはしょうきだ」
「そんな血まみれじゃん、なんで避けなかったの!?」
渾身のFFネタも全く通じず、白銀はあたふたとしている。
手より肩がいてぇな。腕の衝撃と重量を全部肩が吸ったようで、よく関節外れたり脱臼しなかったなと思う。
「いや」
避けたらお前当たるじゃん? と至極まっとうなことを言うと、白銀は口をパクパクしていた。
「なんだそれコイ〇ングか」
「ば、バカじゃないの!?」
「それより体育館の二階だ」
「あっ、ちょっと!」
俺は体育館の二階に駆け上がり誰かいないか見にいったが、人影はなく砕けたガラスが散乱していただけだ。
普通経年劣化で窓ガラスが砕けたりするか? しかし周りに何かがぶつかったような形跡はない。あまりにも不自然すぎる。
「謎が……謎を呼ぶ」
「おらぁっ! 動くんじゃねー!」
「あー」
体育館の二階でローラー付きドロップキックをくらい、俺は間抜けな声を上げながら割れたガラス穴から下に落下した。
「血まみれで動くんじゃねー、危ないだろ!」
「なんなのお前、俺を殺したいの!? 心配したいの!?」
どっちかっていうと前者だよね!?
その後駆けつけてきた教員たちにビラ剥がしてたら窓ガラスが割れて降って来たと、ありのままの説明をして、俺は一時保健室へと連れて行かれた。
なんかわからんが後ろからついてくるローラー音が気がかりだった。
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