第91話 コミュニティ

「何、一条のことが知りたい?」


 翌日学校の休み時間に、俺は茂木と顔を突き合わせていた。


「あのさ、お前俺のことギャルゲの便利なサポートキャラ扱いしてない?」

「あぁ喋りかけると女の子の好感度とか教えてくれる」

「世の中にはそんな便利な奴いないからな? まぁ教えるけどさ」

「教えてくれるのかよ!」

「一条って言うと嫌な話があるんだがな。お前のその顔からして、行きあたっちまったんだろ」


 どうやら既に茂木は一条のいじめについて知っているようだ。


「えー、一条だな」


 茂木はマル秘ノートと書かれた胡散臭い手帳をめくる。


「今日日マル秘てお前……」

「えー、一条黒乃、17歳、成績は中の上で高くもなく低くもなくをキープし、常に携帯ゲームを携帯していることで有名。ゲームジャンキーと思われがちだが、その割に運動神経は良く、マラソンや水泳など個人競技に関してはかなりの成績を残している。ただし団体競技になると途端にダメで、基本隅っこでじっとしている。ゲームを常に携帯していることから、お前みたいなコミュ障が疑われるが、実際は目つきの悪さを隠すために意図的に視線を人間以外に向けるようにしているきらいがある」

「今のお前みたいなコミュ障ってとこいる?」

「家柄は結構な金持ちみたいで、実家は調べてないからわからんが、学生が持つようなもんじゃないお金がたくさん出てくる魔法のカードを使用しているところを何人かの生徒が目撃している。目つきの悪さは子供の頃からのコンプレックスみたいで、結構苦労してきたみたいだ」

「なるほどな……」

「身長は171と女子の中では大きい方で、スリーサイズは服の上からではわかりにくいが96・59・90と誰もが羨むような体型をしており……」

「まてまて、どっからそんな正確な数字仕入れてくるんだよ!」

「ギャルゲのサポートキャラってスリーサイズ教えてくれたりするだろ?」

「そういうやつもいるけどさ! スリーサイズ教えてくれるって女子から考えると恐怖だな」

「本人的には目つきでいらぬやっかみを受けてるから、派手なことをして悪目立ちしたくないが、家柄やスタイルの良さで目立ってるから成績は意図的に落としてる節があるな」

「普通目つきだけでそういう標的にされるかね?」

「原因は目つきじゃないんじゃね。女って自分より不幸な奴には慈悲深いけど、恵まれてる奴には容赦ねーからな」

「夢も希望もねーな。でも一条って白銀グループだろ? 白銀ってこのクラスどころか、多分この学年で一番派手なグループのボスなわけだし、白銀と仲が良い一条に普通手を出すかね?」

「下手したらグループ間の抗争になるし、白銀グループにはなんといっても眉目秀麗、成績トップのリアルチート人間、天才天地がいる。そこに手を出すなんてーと思うかもしれないが、天地がいることによって女子の嫉妬は更に加速する」

「どゆこと?」

「グループってのは基本的に同じレベルの奴らで集まりコロニーを形成する。鼻や前歯は残念なところはあるが、そこそこスポーツもできるし、頭も悪くない。天地は当然のことながら、白銀はバカだが、センスはいいしコミュニケーション能力が高い。何よりビジュアルが抜きんでている。だが一条を見ろ、さっきも言ったが目つき以外はかなりハイレベルでまとまっているが、毛色が完全に違う。俺たちで例えるならオタクグループの中に一人スポーツ万能なイケメンがはいってきたわけだ」

「そりゃ浮くな」

「おかしいと思うだろ。なぜそのグループの中に君? と」

「なるな」

「天地は女子から人気が高く、一条が意図せずともそのグループにいるだけで話しかけてもらえることがある。嫉妬に狂った女子はこう思うわけだ。えっ、なんでお前が? と」

「そりゃ一条くらい可愛かったらしょうがないだろ」

「はいはい、ごっそうさん」


 俺が一条の可愛さをとくと説いてやろうと思ったが、茂木は「はいはい俺が悪かった」と、めんどくさい奴をあしらう感じで対応する。


「つまりあれだな、白銀みたいな派手系女子がそう思うわけだな」

「そっ、天地白銀グループに入りたいけど入れない。そういう女子たちからヘイトを稼ぐわけですよ」

「でも一条がいじめられてるって白銀や天地に言ったら、結構騒ぎになるんじゃないか?」

「それはなるだろうな。一条が口外すれば」

「口外すれば……か」


 確かに陰湿ないじめを受けていたとしても、一条がそれを話さなければ白銀たちに知られることはないだろう。


「仮にいじめを受けたとして、教師や友達に言っちまえっていうのはあくまで第三者からの意見でしかないだろうしな」

「なにかしら言えない理由があるのか」

「それか単純にいじめられてるっていうのが恥ずかしいかだな。お前も嫌じゃない? もしお前がいじめられてて俺が助けにきて、弱っちくてブサイクな梶をいじめるなって目の前で言ってたら」

「そのブサイクのくだりいる? まぁそりゃ嫌だな、プライドズタズタだわ」

「だろ、特に白銀なんかいじめのことを知ったら発狂するレベルで大騒ぎするだろうしな。あいつがなんで一条囲ってるのかは知らんが」

「確かに」

「女は男よりプライド高いからな。なめられたら負けだから化粧や、ファッション、彼氏に気を使ってるわけだ」

「もはや任侠だな。それで逆恨みしてそうな奴の目星ってついてるのか?」

「やりそうって奴はわかるけど、俺もそこまで一条のこと調べてるわけじゃないからな」

「いや、ここまで調べててよく言う」

「俺よりザマス姉さんの方が詳しいんじゃないか? 多分あの人の方が諜報能力高いと思うぞ」

「お前より凄いってやばいぞ」


 俺は他の女子と談笑しているウルトラママじゃない、ザマス姉さんの方に近づく。

 俺が唯一緊張せず話せる女子と言ってもいい。


「あっ、ザマス姉さんちょっといい?」

「あら梶君何かしら? お姉さんに聞きたいことでも、あ ・ る ・ の ・ か ・ な?」


 うわ、うぜー。

 ザマス姉さんは人差し指を左右に振りながら眼鏡を光らせる。

 喋って三秒でうざいってなかなかの才能だと思う。


「聞きたいことがあるんだが」

「72・64・81よ」


 えっ、なにこの数字。


「あたしのスリーサイズ」


 ぐあああ、嫌な情報が頭にインプットされてしまった。


「違う、そうじゃないんだ」

「桜庭翔」

「な、なにそれ?」

「フフッ、あたしの結婚したい芸能人」


 ぐおおおっ、どーでもいい! ザマス姉さんの結婚したい芸能人とか心の底からどーでもいい!


「いや、違うんだザマス姉さん!」

「梶勇咲」

「な、なに?」

「フフッ、最近気になってるクラスメイト」


 よし逃げよう!!

 俺は一目散にザマス姉さんから撤退した。


「で、お前ザマス姉さんから情報聞きだせたの?」

「ムリムリムリムリムリムリ」

「なんでトラウマうえつけられてんの?」


 しゃーねーこの前のパンツのこともあるしと茂木はザマス姉さんのところに行く。

 しばらく話をして戻って来た。


「一条のことだが、ザマス姉さんの話では白銀の下位組織って言ったら失礼だが、白銀と似たような派手系グループで山田弘子ってのと、白銀グループに川島美沙ってのがいるんだが、こいつらが繋がっているらしく、山田は白銀のグループに入ることを熱望してるみたいで、川島はなんとか山田を白銀グループに入れたいらしい」

「ってことは、その山田と川島が結託して一条をグループから追い出そうとしてるわけか」

「まぁそいつらが一番怪しいってだけで裏取れてないからな」

「別にグループ一人増やすくらい、いいんじゃないのか?」

「一度川島は山田をグループに入れたいと言ったみたいだが、そのとき白銀に人多いからダメーと言われたらしい」

「それでか、タチ悪いな」

「さっきも言ったけど、あくまでそういう話があったってだけで、一条をいじめてる奴は全然違う奴かもしれないからな」

「わかってる、裏とれるまで何もしないよ」


 茂木との話がひと段落つくと、百目鬼が近づいてくる。


「あの梶君、この前のことなんかわかった?」

「お、百目鬼すまん。言おうと思って忘れてた」


 俺はエロ爺から聞き出したファンタジーシフトの話をする。


「なるほど、そのアプリが……ウチもちょっと探してみる」


 百目鬼は自分のスマホをいじると「うわ、あった」とホラー映画で自分にも呪いがかかってることに気づいたヒロインみたいに顔をしかめる。


「気をつけろ、起動した瞬間記憶が押し寄せてきて頭が割れそうになる」

「こ、怖いこと言わんといてよ」


 百目鬼はきゅっと俺の制服を掴んだ。


「あの、どうでもいいですけど、なんで君らそんな仲良いんです?」

「いいか、やばいと思ったらすぐに切れよ」

「う、うん」


 茂木の質問を完全に無視して話を続ける。

 百目鬼はファンタジーシフトのアイコンをタップすると、昨日の俺と全く同じことが起きていた。

 大きく頭を揺らし、視線が定まらなくなり頭の痛みに必死に耐えている。


「ぐぐううぅ……いったぃよ……」

「もうやめとけ!」


 俺は百目鬼からスマホを取り上げると、徐々に百目鬼は持ち直した。


「なんか思い出せたか?」

「ううん、わかれへん。でもなんかここじゃないどこかの景色がいっぱい見えたんよ……他にも人の姿も見えたけど、思い出されへん……」

「全く同じだな。これで間違いない、俺と百目鬼には共通した何かがある」

「うん、そうやね」

「えっ、何共通した何かって? ねぇ俺も仲間に入れてよ梶君」


 下心丸出しの茂木を無視して、爺から今度はいじめを止めろと言われたことを説明する。


「そ、そうなんや。一条さんにそんなことが……」

「これ、絶対に誰にも言わないでくれよ」

「うん、わかってる。ウチも周りで話聞いてみるよ。友達少ないけど……」

「お、おぅ、ありがとな」


 唐突に自虐自爆した百目鬼に俺たちはオロオロする。


「お、俺たち友達だしな、友達なんて数じゃねーよな」

「お、おぅ、みんな友達友達」


 なんとか肩を叩いてみるが寒々しいか……。と思ったが百目鬼は意外と喜んでいた。


「あ、あの梶君、スマホの番号……教えてくれへん?」

「えっ?」

「あああ、あの、何かわかったら報告したいし。べ、別に変な意味やあれへんよ?」

「お、おぅ」

「あっ、ボクも番号交換したいです」

「じゃあこれ」


 俺と百目鬼はあっさりと番号とアドレス、コミュニケーションアプリのID交換を終えると、百目鬼ははにかみながら席に戻っていった。


「あの、百目鬼さんにはボクが見えてないんでしょうか?」

「えっ? あぁいたのか、すまん」

「おい!」

「とりあえず、明日山田と川島探るわ。何か出てくるかもしれない」

「はいはい、バレて大惨事にならないようにな」



 いじめの原因となるものが見つかればいいのだか、そう思っていた。

 しかしその翌日だった。山田弘子が学校近くの商店街路地裏で意識不明の重体として発見されたのは。

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