第90話 逆流

 授業が全て終わり、俺は駅前の五星館で色とりどりの女性用下着の上でやすらかな寝息をたてている爺の前に立っていた。


「このエロ爺マジでこのまま永眠させてやったほうがいいんじゃないのか」


 部屋の中に鈍器はないものかと探していると、爺がくわーっと大きく伸びをしながら起き上がる。


「なんじゃKONANではないか」

「爺、お前のせいでひどい目にあったぞ」

「何言っとるんじゃ、ワシが行かんかったらお前はずっとロッカーから抜け出せんかったんじゃぞ。まぁその方が良かったのかもしれんがな」

「ぐっ、見てたのかよ」

「ばっちりな。目の前で今時ラブコメ漫画でもやらんようなベタなネタやりおって」

「ほっとけ」

「あと、なんじゃこれはワシこんな胸糞悪いもん入れろとは言っておらんぞ」


 爺は死ね、キモオタと書かれた一条のカッターシャツを取り出す。


「いや、まぁ盗むのもどうかと思ったんだが、見せられるもんじゃないからな。つい……」

「ふん、お前の余計な親切心でシャツを盗まれた少女は大いに悲しんどるに違いないぞ」

「下着ドロの爺に説教されたかねーよ」

「お前のせいで、このパンティーの中にイジメてるパンティーといじめられてるパンティーがいると思ったら安らかな気持ちでパンティーを愛でることができんかったわ」

「パンツの上で寝息たてててよく言うよ」

「まぁ良い、お主の記憶をとく鍵の一つじゃ。お主電話は持っておるじゃろ」

「電話? あぁスマホか」

「その中にファンタジーシフトというゲームが入っておるはずじゃ」

「ファンタジーシフト? そういうやそんなゲーム昔ダウンロードした記憶が」


 俺はスマホを開くと、ファンタジーシフトと書かれた間抜けなドラゴンのアイコンがあり、それをタップする。

 すると一瞬頭に痛みが走る。


「いっつ……」


 痛みと共に何かが凄い勢いで頭の中を走り抜けていく。

 赤髪の少女に、神官帽の少女、山賊の格好をした少女に、コボルトの少年、機械の装甲をまとった少女に、ネコミミの生えた少女、葉巻をくわえた爺さんに、不機嫌そうなツインテの少女、獣の皮をまとった少女や黒い衣装に身を包んだ顔色の悪い少女。何人もの人の姿が浮かんでは消えていく。


「なんだ……これ」


 このアプリはやばい。頭の血管が千切れそうだ。脳への負荷が凄く、記憶の復元と忘却が同時に繰り広げられている。


「ぐっ……ああああああああっ……」

「お、おぉ、KONAN大丈夫か」

「なんなんだ……これ」


 ようやく頭痛がおさまった時、スマホの画面にはドットで描かれたキャラクターがピコピコと小さくアニメーションしている姿が映し出されていた。

 プレイヤーネーム梶勇咲。役職王と書かれ、所属******一覧が表示されていた。


「なんだこれ文字がぼやけて……仲間の一覧……か?」


 画面をスクロールしていくが、キャラクターは黒塗りのシルエットで表示され、名前の欄もぼやけモザイクがかかっているようだった。


「なんだよ……これ……?」


 バグゲーのようにぐちゃぐちゃなインターフェースを見て顔をしかめる。

 マイページのボタンを押してホーム画面に戻ると、クエスト、戦争、領地管理、お知らせ、プレゼント、と簡素なボタンが用意されており、お知らせの欄には!マークが表示されていて、それをタップしてみる。

 するとお知らせ欄には、キャラクターエディターチケットを使用しました。キャラクター情報が未確定です。

 10連スキルガチャチケットが使用可能ですと二件の情報が表示されている。

 

「スキル……ガチャ?」


 ボタンを押しかけたが踏みとどまる。

 このゲームは普通じゃない。何かがおかしい。


「爺さん、なんなんだこれは?」

「ワシが知るわけなかろうが」

「そりゃそうなんだが……」

「案ずるな、ワシはまだもう一つ記憶の鍵を持っておる」

「なんだ? って聞いても簡単に教えてくれるわけないよな」

「賢い青二才じゃ、そうワシの次の取引は……」


 と言いかけて、外から別の老人の声がかかる。


「ゲンさん、来客だよ」

「なにギャルか!?」

「黒服のいつもの人たちだよ」

「しらそん」


 確実にこの爺にギャルが訪ねてくるわけがないのだが、黒服の男と聞いてトーンダウンどころか舌打ちまでするエロ爺。


「なんだよ、警察じゃないのか?」

「ワシを逮捕できる警察がおったら見てみたいもんじゃ。覚えておけ国家権力なんぞ金の前には無力じゃぞ」

「爺さんロクな死に方しないぞ」

「結構、もうワシ閻魔ぐらいしか敵おらんから」


 エロ爺はめんどくさそうに立ち上がると、下着を片付け始めた。


「ほれ、この破れたシャツはお主に返す。新しく買って何事もなかったかのようにして、いじめなんぞ見なかったことにするか、教師に言っていじめっ子の怒りを買うか好きにせい」

「嫌な言い方するな」


 俺は一条の破れたカッターシャツを手にする。

 俺に手渡そうとして、ふとエロ爺の手が止まる。


「なんだ?」

「このシャツ……」

「どうした?」

「いや、なんでもない。青二才、ワシの取引内容はこのいじめを止めることじゃ」

「えらくまともな内容だな。今度は下着を持ち主の生写真付きで持って来いとか言うのかと思った」

「なかなか鋭いのぉ。ワシもそうしようかと思ったが気がかわった。ワシ、ラブ&ピースの精神で生きてるから、こんないじめとか見過ごせんから」

「ピースを真向から否定してるくせによく言う」

「そんじゃワシ用があるから、じゃあの」

「あっ、いじめが止まったとかどうやって判断するつもりだよ!」

「ワシは常に見ておるからな、ワシが勝手に判断するわ。うははははははは」


 笑い声を残してエロ爺は外へと出て行った。

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