第93話 チキン

「痛い? 痛い?」

「そりゃ痛いよ」


 保健の先生は今日いないらしく、それで治療を行っているのはなぜか先ほど俺を二階から突き飛ばした白銀という。

 いくら今ドタバタして忙しいからって、もうちょっとまとマシな奴いただろう。

 白銀は慣れぬ手つきでピンセットを使い、右手に刺さったガラス片を抜いていく。

 一通り洗って消毒はしているものの、深く刺さったガラスを取り除くために肉を深くえぐる必要があり、俺じゃなくて白銀の方がずっと痛そうな顔をしていて、眉はハの字になりっぱなしだ。


「痛い? 痛いよね?」

「痛いから早くしてくれると助かる」

「破片透明だから見にくくて」

「自分でやろうか?」

「あ、揚羽がやるって」


 なんのかんのでかばわれたことは恩に着ているらしく、頑なに治療を譲ろうとはしない。


「うわ、血が……肉がえぐれて……赤、グロっ……」

「実況やめてくんない!? 痛みが増すんだけど!」

「あぁごめんごめん、てかカジ超すごくない? てかやばくない?」

「言い方軽いなー」

「普通降って来たガラス叩き割る? あれなんなのストレートパンチ?」

「お前はフックとアッパーくらい覚えた方がいい」

「やばい、とにかくやばい」


 俺は一つため息をつきながらネイルアートというのだろうか、ラメやらスパンコールやらでデコレートされた白銀の爪を見やりながら、危なっかしく揺れるスカートに視線を移す。

 俺はスマホを取り出して。白銀がかがんだ瞬間にパシャリとシャッターを切った。


「なにやってんの?」

「盗撮」

「アグレッシブな盗撮じゃん」

「だろ? 惚れんなよ?」


 脳みそわいてんのかって発言に白銀はチョップでスマホを叩き落とした。

 あぁなんてことするんだ。


「パンツくらい言えば見せたげるし」

「マジで!? やったぜ!!」


 イヤッホォォォォォウ! と立ち上がり渾身のガッツポーズを見せると、右手がブシュッと血をまき散らした。


「ぐえええ、痛ぇっ」

「無理するから。そこまで本気で喜ばれるとちょっとあれだけど」

「まぁ今日だけで何回パンチラすんだよってくらいしてたもんな」

「あぁやっぱ見えてる?」

「あんだけ派手に動きゃそらな」

「あんまり短パンはくの好きじゃないんだよね」

「そのへんは男らしさすら感じる。冬場でもミニスカ貫くもんな」

「やるとき邪魔でしょ」

「何を?」

「…………」


 あぁすまん俺童貞だったわ。なんでだろ凄い死にたくなってきた。

 白銀の変な一言で、俺は一瞬で彼女を意識してしまった。

 そこそこ化粧慣れしてるとはいえ、元がしっかりしてるので自身をうまく伸ばすメイクをし、ピアスやアクセサリーはハート型が好きなのか、美人系でありながら可愛らしい装飾をしていると思う。

 ぱっくりあいた胸元にはハートのネックレスと大きな半球体が覗いており、短すぎるスカートからは柔らかそうな太ももが見える。制服フェチなんて属性はもっていないはずだが、ただただ単純に下品でエロい格好は嫌が応にも女性を意識させる。

 そりゃ思春期の男子高生がこんなもん見せつけられたら、こぞって群がるわけがわかる。

 通り魔のせいで学校内に人気はなく、保健室の窓からは夕日が差し込んでおり、時期に日は落ちるだろう。

 生徒がいないと学校ってこんなにも静かなものなのかと思う。

 白銀はピンセットを置くと、最後に消毒をして包帯を巻いていく。


「ねぇ、カジってさ童貞?」

「セクハラだぞ」

「いいじゃん別にへるもんじゃないし」


 これが男女逆の立場なら、きっと俺は後日処女厨カジとか女子の間で酷いあだ名がつけられていることだろう。


「多分ね。俺休んでた二日ほど記憶ないし」


 その二日で脱童貞してれば……。ないな。たった二日で童貞捨てられるくらいなら、もっと昔に卒業してるはずだしな。


「じゃあさ捨てとく?」

「なにその一本いっとく? みたいな童貞の捨てさせ方」


 てか童貞って捨てようと思ったら任意で捨てられんの? 僕の性知識と世間の常識にもしかしてずれがあるのでは?

 白銀はピラっと自分でスカートをたくしあげると、そこには今日見えっぱなしのゼブラ柄パンツが見えた。


「……捨てさせてやってもいいぞ。なんかさっきのカジかっこ良かったし。こんなチャンスもうないかもしれないぞ」


 確かに、このまま成長していけ大魔導士コースまっしぐらなのは間違いなく、30超えたら俺は絶対風魔法を使って女の子にパンチラさせまくるんだと、もっさんと共に悲しい童貞連盟を組んだのは記憶に新しい。

 しかし今は風魔法なしでパンツが見える! 見える! 見える!(迫真)


「さすがにそんなガン見されたら恥ずかしいんだけど」

「いや、……見るよ!!」

「さっきガラス叩き割った時より声が勇ましいんだけど」


 白銀はぴょんと真っ白いベッドに飛び乗ると、スカートのポケットから小さな箱を取り出す。


「はいこれ」


 ぽんと放り投げられたのは、夜でも光るうすうすタイプと書かれた夜のライトセイバーであった。

 箱のふたがあいているのがまた生々しい。

 このままルパンダイブして、今すぐにでも白銀の肉を貪りたい。


 が


 俺はもう既に始める気満々の白銀にゆっくりと箱を返した。


「えっ、生じゃないと嫌派? 気持ちはわかるけどさすがに。あっ被せてあげよっか?」

「いや、ごめんな白銀。やっぱ俺いいわ」

「えっ、なんで? 別に冗談じゃないし、写メとってネットにばらまかれたくなかったら金払えって脅したりしないよ」


 なにその恐ろしいハニートラップ。やったことあるんじゃないだろうなお前。


「いや、違うんだ」

「あー、あれ? 黒乃のこと好きだから、彼女に申し訳ないとか? そんなまだ付き合ってもないんだし、ノーカンノーカン。それに女の子も経験ある方が安心するし」

「うん、ごめんな。すげーありがたいって言ったらなんか変になっちまうけど、白銀が気を使ってくれてるのは嬉しい、でもなんか恩を盾にしてるようで嫌なんだよ。古いと思うんだけど、やっぱそういうのはお互い気持ちが通じてからな」


 自分でもキモイこと言ってんなって自覚はあるし、きっと俺の価値観と白銀の価値観は違うから、この言い分はわけわかんないと思う。

 だけど、なんかこう、もう少しセックスを大事にしたいと思っている童貞の願望があって……。


「多分白銀は俺のことを好きじゃないから、きっとそういうことは好きな人とした方がいいと思うんだ。だから……白銀は自分のことを好きになってくれて、それでいて自分も好きな人とした方がいいと思う」


 助けてもらったからとか、興味本位でするというのは今の時代ありなのかもしれないが、俺の中ではどうしてもGOサインが出なかった。


 誰もいない学校は本当に静かで嫌になる。

 こっちが価値観を押し付けてるっていうのに、声は震え、か細くなってる。

 途中で呆れられるか、怒られるかするかと思ったが白銀は意外にもベッドの上でじっと話を聞いていた。


「…………」

「ごめんな。恥かかせるようなことして」


 深く頭を下げる。

 白銀はベッドを降りると、カツカツと音をたてて俺の隣を通り過ぎる。

 やはり怒らせてしまったみたいだ。

 明日から俺のあだ名は童貞幻想野郎(チェリーファンタジー)で決まりだろう。

 白銀は俺が落としたスマホを拾い上げると、カシャカシャとシャッター音を何度か響かせる。

 そして頭を下げる俺に向かって乱暴にスマホを投げつけた。


「ぉっと」

「あのさ、あんたささっき好き合ってないからどうとか言ったじゃん」

「そうですね」


 凄いプレッシャーになぜか敬語になってしまう。


「じゃあさ、付き合ってよ」

「…………は?」

「付き合ってたら普通なんでしょ?」

「それは……まぁ」

「別に答え今じゃなくていいから。揚羽ガード硬い男って初めて見たから今超燃えてる」

「あの……それは」

「揚羽のことは揚羽って呼んで。揚羽もダーリンって呼ぶから」

「だ、ダーリン?」

「じゃあね」

「ま、待て白銀ダーリンはいろいろまずい!」


 声はやたらと怒っているのに、言っていることはそうでもない不思議な奴である。

 バンッと音をたてて保健室の扉が閉まり、残されたのは頭を下げた間抜けだけだ。

 俺はスマホを確認してみると、そこには白銀揚羽、読み方にハニーと書かれた新たな連絡先とコミュニケーションアプリのIDが登録されていた。


「お前ハニーって今日日センスが古すぎるだろ……ほ、本気なのか?」


 写真の方は、ゼブラ柄のナニカが映っていて女の子ってこんな積極的なものなの? と呆気にとられ呆けるのだった。


「いつでも見せてくれるって言ってましたが……」

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