第62話 場の雰囲気
死んだ……か?
自問自答が成立している時点で生きていること確定なのだが。
全身が痛く、動くのが億劫だ。
「ぅよ」
何かが自分を呼ぶ声が聞こえる。
「ぉうよ!」
やはり気のせいではないようだ。
俺は痛みをこらえて目を覚ますと、そこには必死な表情のディーの姿があった。
「王よ!」
「……ディーか……良かった生きてたんだな」
「良かったではありません! またあなたはこのような無茶をして!」
「すまん……ここはどこだ?」
辺りを見渡すと、地底湖の中に浮かぶ岩の上で、ご丁寧に草なんかでクッションがつくられている。
「なんでこんなところに?」
「恐らくここは奴の巣ですね。我々は生まれてくる子供のエサにされるようです」
見ると、俺たちだけではなくクラーケンの子供がいっぱい並んでおり、どうやらこれもエサにされるようだ。
確かカチャノフが小さくても魔力が高いと言っていた。
浮き岩の真ん中にはどす黒いエイリアンの卵のようなものが産みつけられており、半透明の卵のなかにうごめく何かがいるのが見える。
「こいつが出てきたら終わりだな」
「えぇ、逃げ場のないところに連れてきて子供に食わせる。知能はかなり高いでしょう」
「これ壊せないのか?」
「試みましたが見た目に反してとても硬いです」
「そうか、まずいな……いててて」
トゲに刺された場所を撫でると、血が滲みでており、皮膚も紫に変色していた。
「くそ、やっぱり毒もらったか」
ディーが俺の紫色をした横腹を見て青ざめる。
「毒をもらったのですか!?」
「すまん。ソフィーの毒を治すのにトゲが必要だったんだ」
体を起こそうとすると、逆にディーに体を押さえつけられ寝かされる。
「じっとしていてください!」
「はい」
怒られてしゅんとすると、ディーは俺の横腹に口をつけて毒を吸いだして捨てる。
凄くくすぐったい。
「それ意味あるのか?」
「回るのを遅らせるくらいにしか効果はないと思います。ですがやらないよりはマシです」
「そんなことしなくていいぞディー、お前の口の中に毒が入る方が問題だ」
「黙っていてください!」
「はい、すみません」
冷静なディーを怒らせてしまった。
「あなたはいつもいつもいつもいつもいつも! 王としての自覚がないのですか! 外に出るたびに一生傷ばっかり増やして!」
「はい、すみません」
「ほんとによく命があるものです。わかっているんですか!」
「はい、すみません」
嫁に怒られるダメ亭主みたいになっているではないか。
ディーは吸って吐く、吸って吐くを繰り返し、血が出なくなったくらいで口を離した。
「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「ディーにキスマークつけられちゃった」
「ぶん殴りますよ?」
「すみません」
俺はこれまであった経緯を話す。
「そうですか、ソフィーが戦闘不能に……。そうなったらまず逃げてください。いくらセバス卿がいると言ってもこの依頼はS4なのですから彼一人でどうにかなるものではありません」
「いや、でもドワーフのカチャノフと知りあいを拾ってだな」
「仮にカチャノフ氏がSクラスだとしても、それでも危険です。それにその百目鬼という少女は戦うことが難しいのでしょう?」
「それはそうなんだが」
「それなら一度洞窟の外に出て応援を呼んでから中に入ってもらえば」
「やだよ、そんなことしてたらディーが残されちゃうじゃん」
「私は自分一人でもなんとかします」
「こんなところに連れてこられたのに?」
「それでもなんとかするか。もしくは私を見捨ててください。あなたは王なのです、今は人数が少ないから被害は小さくても、いつか100対1、1000対1を天秤にかけることがあるかもしれないのですよ。その時1の為に1000を危険にさらすなんて馬鹿げているでしょう!?」
「でも1がディーならやっぱり助けにいっちゃうかなぁ」
「なんで……あなたはそう……」
ディーは額をおさえる。
「すみません、あなたはこういう人でしたね」
「うん、ごめんね」
「王的には許されませんが、人間的には立派だと思います」
「うん、仲間見捨てて出来た国なんかに意味はないから」
「…………」
ディーは興奮から立ち上がっていたが、ゆっくりと俺の隣に座り込んだ。
「私だって、こんなところに一人で連れてこられたとき心細くありましたよ……」
「なら良かった」
「ちっともよくありません。ですが、シーウォームが誰かの体を引っかけてやってきたときは、あぁ多分あの引っかかっててるの貴方だろうなと思いましたよ。それはやっぱり予想通りでした」
「ははは」
「笑ってる場合じゃありません」
ディーはクラーケンの子供を掴むと膝の上に置く。
「キュイ?」
「貴方は私が出会った王の中で一番愚かだ」
「すまん」
「しかし、一番優しい」
「褒められてるのか怒られてるのか」
「どちらかというと後者です」
「そっか、すまなんだ」
「いえ、私もすみません。失礼な話ですがどうしても貴方とバラン王を比べる機会が多くて。バラン王はとても合理的な考え方しかしませんので。今回のようなことがあれば、私は真っ先に見捨てられていたでしょう」
「そりゃないよ」
「いえ、兵なんて所詮はかわりがいくらでもいるのです。例えある程度優秀であろうと、それより劣る人間しかいなくても、数をいれれば補うことは可能なのです」
「無理だよ、ディーのかわりなんていない」
「います」
「いない」
「います」
「いない」
子供の喧嘩のようなことが繰り広げられる。
「貴方は時たま本当に私の理解が追い付かないことをしでかす」
「ディーを助ける為だったらやるよ」
「それはなぜですか?」
「そりゃ……」
仲間だからと言おうと思って口ごもる。
仲間だからっていうのは、根本的なところを考えればあれだろう。
「ディーが好きだからだよ」
「…………」
一瞬の静寂とともに、天井から水滴が落ち、地底湖にピチャンと音を響かせる。
あれ、なんか変な空気になった?
告って失敗したみたいな。
「いや、それはあのディーだけじゃなくて、オリオンとかソフィーとかみんな含めてってことでね?」
告白が失敗して、なんとか今の告白をなかったことにしようとする哀れな勘違い男のように俺は口を動かすが、不意にディーが俺の肩を押し倒し、そのまま馬乗りとなった。
「ディー?」
「貴方は……本気にさせた責任とれますか?」
「あの……えと……」
「私、火がつくと激しい方ですよ……」
俺を間近に見下ろすディーの瞳は熱っぽく潤んでおり、頬は心なしか赤い。
徐々に近づいてくる唇に俺は抗うことが出来ず……。
「キュイー?」
と思ったらひときわ大きくクラーケンの子供が鳴いた。
俺とディーはばっと飛び跳ねた。
「す、すみません。私はどうかしている。場の空気に流されやすくなっている」
「う、うん、まぁこの二人だけの状況っていうのがね。ちょっとアレがアレでアレなのかもしれない」
「そう、アレですね」
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