第63話 無に帰れ
ゲフンゲフンと咳払いしていると、水面に何かが映った。
「奴か?」
そう思い身構えると、水面に満月のような黄金色の球体が二つ浮かび上がる。
何かと思い近づくと、月が突如二つに裂けたように真っ黒な縦線が入る。その縦線はギョロりと動くと俺とディーの姿を確認する。
月かと思われた球体は巨大な眼球であり、真っ暗な湖面にゆらりと陽炎のように全体のフォルムが浮かび上がらせていく。
陶器を思わせるような白く透き通った体に、十本の触腕。その巨体はシーウォームを上回っている。
冗談のようなデカさを誇るイカの怪物は、ゆっくりと体を持ち上げると、水しぶきが巻き起こり俺達は浮島から放り出されそうになった。
「クラーケン! 下がって!」
水面を割って持ち上げられた巨大な触腕が振るわれ、浮き岩はシーウォームの卵ごと真っ二つに砕かれた。
俺とディーは水中へと落下し、砕かれた浮き岩を見やる。
「ぶはっ、クラーケンまでいたのか!?」
「大人のクラーケンは外洋に出るので普通は湾などには生息しないはずなのに」
「多分原因はそれだろ」
俺が指さすと、そこにはクラーケンの子供がぷかぷかとたくさん浮いている。
「シーウォームに好き放題されて怒ったんだよ」
「産卵直後で、親が近くに残っていたと」
「みたい」
卵がなくなって安堵した直後、問題の奴が帰って来た。
ミミズのような体をくねらせ、卵が無くなっていることに気づいて激昂しているようだ。
シーウォームはキーキーと不気味な声を上げながらクラーケンへと食らいつく。
「やめろ、こんなところで怪獣大決戦するんじゃない!」
二体の巨大モンスターが大暴れするものだから、地底湖には大きな波がたち、小さな人の体は大きく揺さぶられる。
俺の脇腹が痛みを訴え、毒の進行が加速していく。
一気に頭が痛くなり、吐き気と倦怠感に襲われる。
「王! 大丈夫ですか!」
「ちょっとやばいかも」
二大怪獣大決戦はシーウォームの方が優勢で、クラーケンの触腕を食いちぎり、ハイドロキャノンで体を切り刻んでいく。
しかしクラーケンも負けず、残った触腕でシーウォームを締め上げる。
「な、なんだ水が押し潰されてる?」
クラーケンとシーウォーム周辺の水が、何かの影響で不自然に凹んでいるのだ。
「次元圧潰、クラーケンは体内に溜めた魔力で空間を歪ませることができると聞きます」
「なにそれ怖い」
シーウォームと周辺の景色がぐにゃりと曲がり、見ている方が気持ち悪くなってくるような光景だった。
このままクラーケンが勝ってくれればと思ったが、今度はクラーケンに狙われるだけでは? と気づいて、昔の怪獣映画を思い出しぞっとする。
シーウォームも焦ったのだろうか、クラーケンが魔力を解放する前にハイドロキャノンを放つと白い体から内臓が飛び散る。
しかしクラーケンはそれでも魔力解放をやめず、シーウォームを抱き込んで爆発を巻き起こす。
「うぁっ!」
「くっ!」
大振動が巻き起こり、天井に穴が開き、俺達の体は藻屑のように揺さぶられる。
激しい振動がおさまり、なんとか水中から顔を出す。
「相打ち……したのか?」
「いえ……」
水面から俺達と同じように、シーウォームがゆっくりと鎌首をもたげる。
「死んでなかったのか」
「恐らくクラーケンの次元圧潰は不発しました。あれに巻き込めていれば倒せたかもしれませんが」
ほんの少しだけシーウォームの方が先に勝利したらしく、クラーケンの命を賭した大技は決まらなかったらしい。
クラーケンと戦って尚も戦意を失っていないシーウォームはディーに狙いをつける。
まずい、いくらディーと言えど、水中であいつに勝ち目はない。
「ディー!」
「!」
「くそ、間に合え!」
「メガロドンジョー!!」
間に合わないと思った瞬間だった。突如崩れた天井から飛び降りて来た海賊衣装の女性が、強力なアッパーカットを放ち、シーウォームの顎を穿つ。
シーウォームは態勢を崩して、水面に倒れた。
「ロヴェルタ! オーシャンブロー連撃!」
百目鬼の声が聞こえ、見るとそこには岩壁を破壊してセバスとカチャノフ、真凛が助けに来ていた。
ディーは水中に浮かんだままセバスに向かって叫ぶ。
「私の剣を!」
セバスは光剣ブリュンヒルデを投げると、ディーは見事にそれをキャッチする。
「力を解放しろ!」
ディーの叫びに応じ、ブリュンヒルデはその力を解放する。
光の粒子がディーの体を包むと白銀の鎧が形成され、神鎧ヴァルハラが顕現する。
妖精のような薄く透明な羽をはためかせ、空を飛びあがると、俺の体を抱えて一気に水中から離脱する。
「なに、あれ綺麗……」
「まさか姉さん、そんなバカな」
カチャノフと真凛がディーの変化に驚き声を上げる。
俺をみんなの元へと送り届けると、ディーは再び空を舞い上がる。
「はあああああっ!」
シーウォームに比べれば羽虫程度の大きさであるディーだったが、その能力は敵を圧倒する。
美しい見た目とは裏腹にその攻撃は強力で、全身から放たれる毒トゲを水面ギリギリでかわしながら岩のような体表に剣を突き刺し、一気に空へと舞い上がる。
「強い……桁違いだ」
「ありゃ間違いねぇEXだ」
優勢なように見えるディーだったが、舌打ちを一つ鳴らす、敵の殻が硬すぎて表面にいくつも傷をつけてもほとんどが有効打になっていない。
もう一度ブリュンヒルデを突き刺し、その傷から魔力を体内に注ぎ込み内側から爆発させることを思いつくが、自身に残された魔力が少なくなっており、ヴァルハラがうっすらと透けている。
「しまった。魔力残量が!」
自身の変化に気を取られていると、背後から持ち上がった尻尾に気づかず、ディーの体は薙ぎ払われてしまう。
ほぼ不意打ちでくらった攻撃で岩壁に衝突し、大きなクレーターを作るほどの衝撃が襲う。
「ディーさん!」
血清によって、なんとか立ち上がれる程度には回復したソフィーがすぐさまヒールをかける。
だが、ソフィーも魔力残量が乏しく完璧なヒールを行うことができなかった。
「ソフィー私より王を!」
「はい!」
ディーは弾丸のように岩壁から飛び出すと、シーウォームに体当たりを浴びせる。
「大丈夫ですか王様!」
「ああ、なんとか」
ソフィーの解毒(キュア)により、俺の体から毒が消えていく。
しかし失われた体力は戻らず、俺も足元がおぼつかない。
「梶君、逃げよう! みんな揃った今なら逃げられるやろ!?」
「ダメだ、あんだけ怒り狂ってたら逃がしてなんかくれない。例えこの場からにげられてもこの洞窟は奴の巣と同じ、またどこから襲ってくるかわからない」
「せやけど、もうみんな苦しそうやし」
「ソフィー、まだいけるな」
「あたりまえです、私を誰だと思っているのですか」
ソフィーは肩で息をしながらも、ハルバートを杖に立ち上がる。
「エロ担当から、いい女に昇格したぜ」
「私は元からいい女です」
「殻が硬くてディーが攻めあぐねてる、最後に決めんのはやっぱりお前のヘヴンズソードしかねぇ」
「当たり前ですね。あんな羽虫ディーさんにいいところを持っていかれてたまりますか」
「その気迫だ」
さすがソフィー隙も見せるが気迫も見せる。
意外と一番根性あるのはこいつかもしれない。
「王様現実問題魔力が足りません。ヘヴンズソードを降臨させるには、魔力が必要です」
「俺がなんとかする。すまんみんな急いでかきあつめてほしいものがある!」
俺が頼むと全員が頷き、手分けしてあるモノをかき集める。
「ディー! モノは揃った! 魔力をソフィーに移してくれ!」
「しかし私の魔力残量では!」
ディーは俺たちが揃えたものを見て息を飲む。
「了解しました! ですがこいつを食い止めるのが」
「ウチが行きます。ロヴェルタ!」
真凛が叫ぶと、ロヴェルタが完全に重力を無視して飛びあがると凄まじい回し蹴りをシーウォームの頭部に放つ。
「ロヴェルタ時間を稼いで、ダイダルパニッシャー、ストライクアンカー、連続ブロー!」
「連結術式解放! マジックコンバート、エネルギー集積開始」
ディーが三つの魔法陣が展開すると、全ての魔法陣が回転を始め光の粒子を飲み込み始めた。
「キュイ?」
「キュイ?」
そう、俺が集めて来た魔力とはクラーケンの子供だ。
小さくても一匹一匹の魔力はそれなりで、しかも数が多い。
この魔力を分けてもらい、ソフィーへの魔力に変換する。
その不穏な流れを感じ取ったのか、シーウォームはここに来て体表にいくつものトゲを伸ばし、全身を毒トゲまみれにする。
ハリセンボンみたいに体を覆い、これでは近接攻撃をすることができない。
シーウォームはそのままハイドロキャノン発射態勢へと入る。
「まずい!」
「ダンナ、あっしを投げ飛ばしてくだせぇ!」
カチャノフはセバスに頼み込むと、セバスは頷き、ワイヤーで小さな体を絡めとる。
そしてパチンコ玉のようにワイヤーを使ってカチャノフの体を放り投げた。
「どっせぇぇぇぇぇい!!」
カチャノフは縦回転しながら、ハンマーを振り回し、シーウォームの顔面をトゲごと叩き壊しながら殴りつけた。
頭部を強烈に殴打されぐらりと、巨大な体が揺れる。
「セバス!」
俺は右手にバチバチと紫電の光を纏わせる。
それだけでセバスはやることを理解し、シーウォームの全身をワイヤーで絡めとった。
すぐさまセバスは手袋を外す。
「今です!」
「スタンブロー!!」
ここが始まる前に取得したゴミスキルと思っていた技を使用すると、スタンブローの雷はワイヤーを伝い、シーウォームの全身を感電させる。
しかし、奴は感電しながらも口にエネルギーを溜め巨大な水球を形成する。
「させるかよ!」
スタンブローの出力を上げ、強力な電圧を放つ。
「キーーーー!!」
シーウォームが一際大きく鳴き声をあげると、巨大な毒トゲを放つ。
そして、これで終わりだと言わんばかりに巨大な水球から水の奔流が放たれる。
だが、こちらの切り札も姿を顕現させる。
「カモーンカモーン、いいですね、その不細工なツラ粉砕してあげます。大天使降臨(ヘヴンズソード)!!」
ソフィーの叫びにより、うっすらとしていたゴーストアーマーは姿を完全に現し、水の奔流を受け止める。
シーウォームも連戦と、俺達の攻撃による疲労からか、ハイドロキャノンの勢いが乏しい。
「あらあら、そんなので私たちを倒せると思っているのでしょうか」
ソフィーはにこやかな笑顔を作った後、悪い顔になる。
「やれやれですね。神は言っております」
白き翼をはためかせた白銀の鎧兵は水の勢いをものともせず、逆に突き進んでいく。
そして断罪の剣を大きく振り上げる。
「無に帰れと」
剣はシーウォームの頭から体を真っ二つに切り裂いたのだった。
さすがソフィーさん、スペックぽんこつなだけあって、スキルはイカれてるぜ。
全員が肩で息をしながらその場にへたりこんだ。
くそ、すっからかんだ。何にも残ってやしねぇ。
「つ、疲れた……」
「今回のはやばかったですね……」
「いやはや、老骨には応えます」
「なんとか勝てて良かったな」
「王様、その言葉は危険ですよ。よくやられ役が口にして……」
ソフィーが笑顔になっていると、後ろから水面を割って、先ほど倒したはずのシーウォームが引き裂かれた体を持ち上げる。
青い体液をまき散らしながらも、まだ生きている。恐ろしい生命力だ。
「王様のせいですよ!」
「すまん」
くそ、息の根をまだ止めれなかったのか。
だが、シーウォームの体は突如飛来した大砲の玉によって粉々に砕け散った。
「えっ、何? なんで大砲が?」
そう思い地底湖を見やると、巨大なガレー船が浮かんでいる。
巨大なマストには髑髏が描かれており、恐らく海賊船なのだろう。
さっきまでそんなものなかったはずだ。
一体何が……。そう思っていると、海賊船は幽霊船のごとく消えていった。
船のあった場所にいるのはロヴェルタだけだった。
「今のは……」
「う、うん。ロヴェルタの必殺技……みたいなの」
「船とか呼び出せるんだ……すげーな」
「あんなのインチキです! せっかく私が倒したというのに、上書きされてしまうじゃないですか!」
巨大な鎧兵背中から出せるお前に言われたくないわと思うのだが、ソフィーの主張も確かに。
唐突に表れた海賊船は物凄いインパクトがあった。
よく見ると百目鬼の手には水の結晶石が握られており、淡く光り輝いていて、俺はその力に納得する。
「その……梶君に言われて、手加減せんことにしたんよ……それが正しいかどうかはわからへんねんけど」
「そっか、それでいいと思う。結局答えなんてわかんねーしな」
「うん」
少しだけ吹っ切れた顔をしている百目鬼に俺は手を差し出す。
「おつかれさん」
百目鬼は俺の手を握り返すと、少しだけ恥ずかし気にはにかむと「ありがとぉ」っと訛りのある礼を返した。
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