第61話 覚悟

 セバスは携帯食料に火を通しながら全員に配る。


「ありがとう」

「すいやせん、あっしなんかにまで」


 セバスは幸薄そうな眼鏡の少女に手渡そうとするが、少女はゆっくりと首を振る。


「お金……持ってないです。それにウチのせいで、みなさんケガしたりして……」

「かまいません。お金はいただきませんよ」

「でも……」

「仲間連れ去られた俺より辛気臭い顔をするんじゃなーい!」


 俺はラム肉とチーズを無理やり辛気臭い顔をした少女の口に突っ込んだ。


「むぐむぐぅ!?」

「どうだウチのクロエが作った食い物は。携帯食料とは思えん旨さだろう」

「う、うん……美味しい」

「そちらのご婦人は?」


 セバスが海賊衣装の女性を指さすと、少女は大きく首を振る。


「あ、ロヴェルタはいいんです! 彼女ベジタリアンなんで!」

「そうですか、すみません、あいにく野菜の持ち合わせがありませんので」

「い、いいんです、ほんとに気にしんといてください!」

「ちょっと待っててくだせぇ」


 カチャノフは立ち上がると、どこかに行って、またすぐに戻って来た。


「ちょっと釣り具がねぇんであれなんですけど。貰ってばかりじゃ悪いんでね」


 カチャノフが抱えて持ってきたのは、大きな貝と海藻だった。


「普通に塩がきいてるんで焼くだけで食えやすぜ」

「そりゃいいな」


 焚火で熱した石の上に貝をおくと、香ばしい磯の匂いがたちのぼり食欲をそそる。

 しばらくして貝の水分が沸騰し、泡を吹きながらパカパカと貝が開いていく。

 開いていない貝もナイフを使うと開いていった。

 焼き上がった貝を手に取り、火傷しないように気をつけながら貝の身をずるりと吸い込む。


「貝のエキスが出て美味い」

「ですな」


 なんとかソフィーにも食わしてやりたいところが、彼女の意識はまだもうろうとしている。

 彼女達を助けるためにも、エネルギーを蓄える必要がある。

 そう思い貝に手をつけようとすると、またあの地味な少女が海藻をかじっているだけで貝に手をだしていない。


「貝アレルギーとかあるのか?」

「そ、そんなんあらへん……けど、ウチ役立たずやから……ご飯食べる資格ないし……」


 どんだけネガティブなんだこいつは……。ここに来た直後の俺を見ているようだ。


「ん……君、どっかであわなかったか?」


 なんかこの黒ぶち眼鏡、どっかで見た記憶が……。


「あっ、ラインハルトのギルドで。確か女の人いっぱい連れてた……」

「あー、そういや……。いや、でも、もっと前に会ってた気が……」


 どこだろうか、黒ぶち眼鏡に暗そうだけど、磨けば光りそうで、マンガのキャラみたいな奴って思ってた記憶が……。


「お前……もしかして百目鬼?」

「えっ?」


 少女の目が見開かれる。

 クラスの地味子、って言ったらクラスのキモオタである俺はなんなんだとなるんだが。

 すげー金持ちで弱引きこもりのクラスメイトに、この少女とそっくりな子がいたのだ。


「なんでウチのこと知ってるん?」

「お前覚えてないかもしれないけど、俺同じクラスの梶勇咲」

「えっ? 嘘、梶君ってもっと色白くて、その……言ったら悪いんやけど体弱そうな感じがしてたんやけど」

「異世界に半年以上いたら、貧弱な奴でもこうなるわ」


 確かに筋力はついた気がするし、ちょっと日焼けもしている。

 パッと見わからなくても無理はないか。


「嘘……ウチ以外にもこの世界に……」

「ってことはあれか、お前あのアイテム使ったのか」

「ファンタジーシフト」

「忌まわしきアイテムだ。俺もあれ使ってこの世界に転移した」

「あんなん誰でも嘘やと思うやん」


 真凛は膝を抱えながらしょぼくれている。

 確かにあんなアイテムで異世界に連れていかれるとは思わなかっただろう。 


「そうか、お前王として召喚されたのか……ってことはまさかお前がナルシストに求婚されてる不幸な奴か?」

「それも知ってるん?」

「うわ……」


 俺は額をおさえた。まさか知りあいだったとは。


「じゃああっちのはお前のチャリオットか?」


 俺はロヴェルタをナイフで指す。


「チャリオット? ってのはよくわからへんけど、一番最初にガチャ回した時にでてきはった」

「じゃあ間違いないな。そうか、お前だったのか……」

「梶君凄いかわったね」

「そうか?」

「うん、もっとおどおどしてて、ウチと同じやなーって思ってた」

「学校ではお前と負けず劣らず地味だったからな」

「うん。あの、梶君この世界抜け出す方法ないん? ウチ帰りたくてしょうがないんやけど」

「帰る方法か……なんかドラゴンがここで覇権とったらどうとかって言ってた気もするけど、俺も今のところその方法は見つかってない」

「やっぱりそうなんや……見つかってたら帰ってるよね」

「まぁな。百目鬼はいつぐらいに来たんだ? あんまり時間経ってない気がするけど」

「多分二週間前くらい」

「つい最近だな」

「ウチ、この世界で生きていきかた全然わかれへん。もうどうしたらいいか……」

「なんで同盟軍に入ったんだ?」

「全然お金なくて、そこやったら食料貰えるって聞いたから」

「死活問題だな。でも依頼こなしてたらお金入るだろう。あのロヴェルタさんって人強そうだし」

「殺して来いって依頼多すぎるよ。ウチ殺しなんてよーやれへんわ……」

「モンスターでも?」

「うん……ウチ生きる為でも目の前の牛とか豚とか殺せって言われてもよーできひん」

「農家には向かないな」

「お店に売ってるパックされたお肉とかお魚とかどこにも売ってないし、お金もないし……。自分で言うのもあれやけど、親から甘やかされてすごしてきたからほんまに何もできひん……」

「俺もまぁ似たようなもんだ。初めてモンスター殺すときはほんと泣きながら謝ってた」

「…………」

「でも、生きる為には必要なことだ」


 二人で話をしていると突如天井からゴブリンが降ってわく。


「ギギギ!」


 ゴブリンを見た瞬間真凛の顔面は蒼白になった。


「こいつどこにでも出てくるな」

「いやぁ、いやや、こんといてぇ……」


 ゴブリンはまだ何もしていないのに真凛は既に泣きかかっている。

 俺はこいつに何かトラウマを植え付けられたなと容易に察することができた。


「さっきの続きだが、俺も最初モンスターを殺せなくて凄く困ってたんだ」

「えっ?」

「でも、俺が殺せなかったことで俺の大事な仲間がかわりに傷ついた」


 俺は手に持ったナイフをくるくると回して遊ぶ。

 ゴブリンはもう間近に迫っている。


「それが許せなかった」


 セバスが手袋から糸を引っ張るが、俺はいらないと手を振る。


「だから……覚悟した」


 俺は手に持ったナイフをゴブリンに向かって投げると、ナイフは吸い込まれるようにしてゴブリンの額に突き刺さり、そのまま後ろのめりに倒れて動かなくなった。


「殺す覚悟を」


 真凛はナイフを投げた俺の腕を見て、両手で口をおさえている。


「そうしないと、ここでは生き残れないから」


 誰かが自分の為に傷つくことが許せなかったから。

 殺すことは食べる事や寝ることと同じくらい必要なのだと学んだ。




 休憩も終わり、俺達はディーを探すことにした。

 しかしカチャノフも百目鬼もウチのチャリオットではないので巻き込むのは気が引ける。

 だが、カチャノフは荷物を背負うと「どこから探しやす?」と行く気満々だった。


「いいのか? ここから出る方法を探した方がいいと思うぞ」

「なに、あの姉さんにはモデルになってもらう約束をしたし、プリーストの姉さんはあっしのせいでクスリがなくなった。それに兄さん、あんたが気に入った。ウチの無能王に爪の垢でものませてやりたいくらいだ。最後まで付き合いやすぜ」

「すまない。百目鬼はどうする?」

「ウチも……ウチもついて行きたい……」

「そうか、なら力を貸してくれ」

「うん」

「がってん」


 俺達は薄暗い浸食洞の奥へと進んでいく。


「ハァ、ハァ、ハァ」

「ソフィーの呼吸が大分荒くなってきてる、やばいな」

「恐らくですが、あの化け物のトゲから血清を作ることができるかもしれやせん」

「そうですね、私もそれを考えていました。奴の毒から血清を作り出すことは可能でしょう」

「トゲか……なんとかトゲだけでも手に入れないとな」


 ぐんぐんと奥を進んでいくと、セバスは真凛が遅れていることに気づいた。


「大丈夫ですかな?」

「はい、大丈夫です……」

「何か我が主に思うところがおありですかな?」

「い、いえ、そういうわけやないんですけど。ただ、元いた世界と今の梶君が全然違いすぎて、なんというか別人みたいで……」

「かわることを迫られたのでしょう。今でこそ仲間に囲まれていますが、昔はRクラスの戦士と二人きりだったと聞いています」

「えっ、最初のガチャって虹確定ちゃうんや……」

「とても勇ましい戦士で、Rクラスというと怒られますが、とても信頼関係の強いコンビだったそうです」

「だった? その人は今どうしてるんですか?」

「今はもう……」


 セバスは目を伏せて首を振った。


「そうなんですか……」


 真凛は相棒の死を乗り越えたからこそ、今の彼があるのだと思った。


「というのは冗談でございます。別の仲間と釣りに出られていますよ」


 セバスはホッホッホと笑うが、真凛はこんのクソジジィと憤る。

 しかし、このような状況でも冗談が言えるのは相当な死線を潜り抜けてきたということなのだろう。


「梶君、ウチと似てたんです。引っ込み思案で、正直記憶にも残らんくらいの……でも、とても優しい人で」

「ホッホッホ、我が主はモテますな」

「そ、そんなんとちゃいます!」



 しばらく歩き続けると、どうやら浸食洞の一番奥に来たらしく、目の前には暗黒の色をした地底湖が広がっており、ここに入れば二度と戻ってこれないブラックホールのようにも見える。


「広いな……」


 地底湖の奥に、小さく光が見える。どうやら外と繋がっているようだが、外に出るにはこの暗い湖を進まなくてはならない。だが、それには奴を倒す必要がある。


「なんとか奴を引きずり出せないものか」

「それならあっしに良い考えがありやすぜ。何か丈夫な糸はありやせんか?」


 セバスは手袋からワイヤーを引っ張り出し、適当な長さで切ると、カチャノフに手渡す。

 カチャノフは持っていた剣の鞘に、ワイヤーをくくりつける。


「釣りか?」

「ええ、そうでやす。そしてエサは……いた」


 湖にぷかぷかと浮いている青白い物体。

 カチャノフは転がっていた枯れ枝を使って器用にその物体を引き寄せ、すくいあげた。

 丸い体に何本もの触手、頭には宝石のような青い石がくっついている。


「なにそれ? イカ?」

「クラーケンの子供でやす」


 つぶらな瞳をしており、わけがわかっていないようでキュイキュイと可愛らしい声をあげている。


「あんま触っちゃだめですぜ。子供でも十分な魔力を秘めてやすので」

「ほほぅ」

「こいつにナイフをぶっ刺して浮かべると、魔力につられてきっと奴をおびきだせやすぜ」

「えっ、刺すの?」

「そりゃエサですから」

「キュイー?」


 こんなに愛くるしいものにナイフ刺すとかマジかよ。


「まぁいっぱいいやすからね」


 カチャノフが指さすと、暗い地底湖に青白い浮遊物がいくつもゆらゆらと揺れている。


「これ全部クラーケンの子供なの?」

「ええ、大半はサハギンとかに食われちまいますが」

「お、おぉなんか可哀想だぞ。別なのないのか?」


 この可愛らしい物体をエサにするとか正直勘弁してほしい。


「こいつらでかくなったら巨大なイカですぜ?」

「いや、わかってるんだけど。どうにも良心の呵責が」


 まごまごしていると、突如目の前から水しぶきが上がり、奴(シーウォーム)が出たのか!? と思ったら、ただのサハギンだった。


「ギョギョギョフスィィィ……ピギャッ」


 しかしサハギンは出てきた瞬間カチャノフのハンマーで頭をかち割られて息絶えた。


「エサはこいつにしやしょうか?」

「そうだね、そいつなら良心が痛まない」


 カチャノフはサハギンの死体にブスリとナイフを突き刺して、わざと血がたくさんでるように腹をかっさばいてから糸にくくりつけて地底湖へと放り投げた。

 ザパンと大きな音が響き、サハギンの血が真っ黒な地底湖を汚していく。

 待つことほんの数十秒だった。

 地底湖に波がたち、何か巨大なものが現れる。


「来た! 奴だ!」


 水面に奴のヒレがたち、水を割りながら凄い勢いでサハギンの死体にくらいつく。

 凄まじい勢いでワイヤーを引っ張り、カチャノフを水中へと引きずり込もうとする。


「大丈夫か!」


 俺とセバスはカチャノフを後ろから抑える。

 

「ドワーフをなめたらいかんぜよ!」


 カチャノフの腕の筋肉が二回りぐらい大きくなり、くらいついたシーウォームと互角の戦いをする。


「ロヴェルタ!」


 真凛が叫ぶとロヴェルタは水面を駆け、強力なアッパーカットを見舞う。


「メガロドンジョー!」


 一瞬サメの映像が目に映り、シーウォームは頭の部分を殴打され、その巨体を水面に倒した。


「ロヴェルタさんすげーな……」


 感心していると、シーウォームは俺達に気づかないように巨大な尻尾で薙ぎ払う。


「ぐわっ!」

「くっ!」


 カチャノフとセバスが吹き飛ばされ岩壁に激突する。

 二人が弾かれて、真凛の前が誰もいなくなった。

 シーウォームは凄まじい勢いで突撃してくると、牙だらけの口を開き真凛を飲み込もうとする。


「ぼさっとすんな! 死ぬぞ!」


 俺は咄嗟にフラッシュムーブで真凛を抱き上げて、宙を舞う。

 それを逃がさないとシーウォームはマシンガンのようなトゲを発射する。

 そのうちの一発が俺の脇腹に命中する。


「ぐあっ!」

「梶君!!」

「これを持って逃げろ! あとはソフィーとセバスが……」


 俺は咄嗟に自分の脇腹に刺さったトゲを引き抜いて真凛に渡す。

 次の瞬間、シーウォームの体当たりに巻き込まれ俺の体は水面へと引きずり込まれていった。

 放り出された真凛は泣きながら水面に向かって叫ぶ。


「梶君! 梶君!!」


 しかしシーウォームの姿はどこにも見当たらず。

 湖面は静寂を取り戻していた。

 真凛が手渡されたものを見ると、そこには梶の血液が付着したどす黒い毒トゲと紋章の入った青い結晶石が残されていた。

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