第39話 アンデッドウォーク

 しとしとと降り出した雨はやがて豪雨になった

 黒い雲からはゴロゴロと音がして、不安をかきたてる。

 オリオン達は酋長のテントで雨宿りを続けるが、雨の勢いが激しく、段々テントの中も濡れてきたのだった。


「全部流されちゃうんじゃないのか?」

「確かにやばそうね」

「王様大丈夫かしら」


 森は夜のような暗さになり、ザーザーと木々に雨が反射する音が大きくなっていくばかりだ。

 雨がやむのを待っていると、ずぶ濡れになったアギが息を切らせながらテントの中に入ってくる。


「酋長、タネ帰って来た!」

「えっ?」

「見張りの仲間、タネ見つけた! すぐ来る!」


 喜び勇むアギはそのことだけ伝えると、大雨の中タネを迎えに走って出て行ってしまった。

 だが、その報告を聞いた酋長は苦い顔をしている。


「客人よ。嫌な気が近づいている。どうか戦士アギオルジを見ていてくれないだろうか」

「嫌な気?」


 オリオンが何かに気づいたように、すくっと立ち上がる。


「ちょっとどうしたのよ?」

「モンスターだ。多分……アンデッド」


 それだけ告げるとオリオンも外へと飛び出した。


「アンデッドって……」


 フレイアとクロエも雨の中外へと出る。

 野営地入口近くにアマゾネスたちが集まり、大雨にうたれながら近づいてくる人影を静観している。


「タネだ、間違いない」

「帰ってきた」

「よかった」

「心配かける」


 アマゾネスたちは一様に安堵の声を上げる。だがオリオンだけは険しい表情のまま、近づいてくる少年を見据える。

 アマゾネスたちが迎えに行こうとするが、オリオンは前にでて結晶剣を引き抜いて止めた。


「なんだ?」

「どうした?」

「そこをどけ」


 アマゾネスたちから非難の声が上がるが、オリオンはそのまま結晶剣を構えた。

 がたいの良い少年は、青白い顔で体を左右に揺らしながらゆっくりと近づいてくる。

 その様子にアマゾネスたちもようやくおかしいと気づいたのだった。


「しゅーちょーさんが嫌な気が近づいてるって言ってたよ」


 オリオンが告げると、言葉の意味を理解したアマゾネスたちが顔を見合わせ、武器に手をかける。

 やがて、目視でも少年の姿がはっきり見えるようになると、少年の異常な状態がよくわかった。

 真っ赤な目、左腕は折れてあらぬ方向にまがっており、口からは黒い血を垂れ流している。

 しかし痛みを感じている様子はなく、体を揺すりながらゆっくりと近づいてくる。

 開きっぱなしの口からは涎とうめき声が漏れ、真っ青な肌からは生気を一切感じさせない。


「タネ!」

「あれはあんたの弟じゃない。あいつ……もう死んでるよ」


 目の前にいる少年は虚ろな眼差しで、姉であるアギを見据える。


「ぁー……ぁ゛ー……ぁーっ」

「ありゃもう完全に手遅れなやつだ」


 オリオンは冷静にゾンビ化したタネを観察する。


「う……ああああ」


 突如少年は膝をつき、苦し気に呻きだした。

 彼の体がゴキゴキと音をたてて、変貌していく。

 両肩が血しぶきをあげながら肥大化し、右腕が巨大化していく。

 皮が引き裂け、筋肉繊維が丸見えとなり、青い肉の下に血管が通っているのが見える。

 筋肉は生き物のようにうごめき、脈動を続け、やがてそれはおぞましい怪物へと変貌する。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

「タネ!!」

「諦めろ、あれはもうただの怪物だ!」


 タネと呼ばれる少年だったものは右腕だけが異常に発達した化け物と化し、雄たけびをあげながら襲い掛かってきたのだった。

 オリオンは結晶剣で受け流したが、すさまじい怪力で、いとも簡単に吹き飛ばされてしまう。


「タネ、我だ! アギだ!」


 アギが必死に呼びかけるが、少年には何も響かない。

 少年は首を真横に傾けながら、アギを見つめる。


「ネエサン……」

「タネ!」

「ボク……死ンジャッタアアアアアアアアアアアア!」


 怪物は発狂した声を上げ、近くのアマゾネスを右腕でなぎ倒しながら、野営地へと向かって突き進んでくる。


「村に入れちゃダメ! 子供がいるんでしょ!」


 後から来たフレイアの言葉にハッとするアギ。


「矢放て! 足止めする!」


 アギの声に応じて、アマゾネス達が矢を放っていく。

 しかしその程度で怪物は止まらない。

 何本もの矢を体に受けながらも直進してくる。


「やばい! クロエ、エーリカと二人で皆を避難させて!」

「わかりました!」


 クロエは急いでテントや小屋の中にいるアマゾネスの少女たちを避難させていく。


「あたしたちも一旦下がるわよ! あんなの止められないわ!」


 暴走する怪物は右腕で全てを薙ぎ払っていく。

 アマゾネス達は弓を放ちながら、徐々に後退し、村を戦場にしながら後退していく。

 その途中怪物は、くるりと進行方向をかえる。


「なんだ、あいつどこに……」


 怪物が直進する方向を見ると、そこには奴隷として木檻の中に閉じ込められている男達の姿があった。


「やばい!」


 オリオンがすぐさま走るが、怪物の方が圧倒的に早い。


「あわわわ、わあわわわ」

「た、助けてくれ!」


 目の前の怪物に泡を吹く奴隷の男達。

 怪物は更に変貌をとげ、本来の顔が体の中にうまり、もう一つ新しい顔が右肩に出来上がっていた。

 怪物は逃げ遅れた奴隷を捕まえると、新たに出来た顔が奴隷の首筋に噛みつく。


「うああああああああああっ!」


 奴隷の絶叫が響き、怪物は奴隷を噛み殺すと、次の獲物へと移る。

 檻の中にいた全員を噛み殺すのに時間はかからなかった。


「この野郎!」


 オリオンが結晶剣で背中に斬りかかるが、袈裟切りにした瞬間、傷が修復されていく。


「なんだよこれ!?」

「ガアアアアアアアッ!」


 怪物はオリオンを巨大な右腕で吹き飛ばし、二つの顔から荒い呼吸を漏らす。


「やばいわよ」


 フレイアが吹っ飛ばされたオリオンを抱き起こしながら状況を確認する。

 今しがた噛み殺されたはずの男の奴隷たちがむくりと起き上がり、真っ赤な目をしてうめき声をあげながらゆらゆらと歩き出したのだった。


「ああ゛……う……」

「ぁー……」

「あいつに噛まれるとアンデッドにされるわけね」

「フレイア、炎でボーってできないの?」

「無理。これだけ勢いよく雨降られたら火の魔道具は役に立たないわ」

「なら、やっぱ肉弾戦しかないか」

「やめなさい、危険よ。アンデッドにされた奴隷たちも同じようにアンデッド化させる能力があるかもしれない」

「そんなこと言ってたらやられるだけだろ!」


 奴隷のアンデッドたちはうめき声をあげながら村を徘徊し、獲物を探す。

 残った村のアマゾネス達が、全員剣を引き抜き、ゆらゆらと揺れるアンデッドと対峙する。


「やめなさい、あなた達も! アンデッド化したら……」


 フレイアの制止も聞かず、アマゾネスたちは奴隷のアンデッドに向かい走る。


「我ら戦士。例えどのような敵であっても、仲間守ること最優先」


 アギも曲刀を構え、変貌したタネへと走る。

 アマゾネス達は奴隷アンデッドを次々に駆逐していくが、突如悲鳴が上がる。

 胴体を切り落として油断したアマゾネスが、奴隷アンデッドに足を噛まれたのだった。

 アマゾネスの体は途端に青く変色し、アンデッド化するのに十秒もかからなかった。


「戦士イダ!」


 仲間のアマゾネスが駆けつけるが、それは逆効果にしかならない。

 アンデッド化したアマゾネスが仲間に噛みつき、アンデッドを増やしていくからだ。

 次々に悲鳴があがり、アンデッドは爆発的に数を増やしていく。


「だから言ったのに!」


 フレイアが悔し気に叫ぶ。

 アンデッドのタチの悪さは、この仲間を増やす増殖力の強さにある。

 おまけに、今さっき味方だった人間を即座に切り殺すなんてことできないのが普通であり、躊躇いは更なる被害の拡大をまねくのだった。

 アマゾネスがアマゾネスを襲う、地獄絵図のような光景が目の前で繰り広げられ、普段は冷静なフレイアもパニックになりつつあった。


「おのれ、仲間の仇!」


 フレイアの横をアマゾネスが駆け抜けていく。


「皆やめて! 行かないで! やられるだけだから! お願い!」


 フレイアの叫びは、頭に血が上っているアマゾネスたちには届かず、次々に特攻を繰り返す愚かな行為に泣き叫びたい気持ちになっていた。

 こんなときこそあの頼りない王の出番だろう。なんのかんのと言っても、あの男には周りを誘導する術がある。

 そう思って気づく。なぜ彼には人を指揮する能力があるのか?

 口だけではない何かがあると気づき、思い当たる。

 そういやあいつ常にズタボロにされてるなと。

 毎度毎度王のくせに最前線に出てきては、ズタボロにされてると。

 頭の悪い行為だ。非効率的でフレイアの最も嫌いな行為だ。

 だが、何の力もないから前に出る。その姿に周りは驚き、王が戦っているという実感を得て、彼の言葉の一つ一つに重さが生じてくる。

 何の力もない人間が後ろから行くなと叫んでも、響かないのは当然なのである。

 オリオンの方を見ると、彼女は肥大化したタネと交戦中で、必死に足止めに徹している。

 タネは巨木を根元から引っこ抜くと、それを棍棒のように軽々と振るう。

 当たれば全身粉々になってしまいそうな大振りを、なんとかかわすことに必死になっている。

 だが、オリオンの戦闘をよく目にしているフレイアからすれば、彼女の動きが精細を欠いていることにすぐに気づいた。


「あいついつもなら重力無視して木を駆け上がったり、空飛んでるみたいなジャンプしてるくせに……」


 なんとか必死に右に左にかわしている姿は、彼女のレアリティ相応な動きで、いつもの度肝抜かされるようなアクロバティックな動きはない。

 そうオリオンはあの王の応援無しでは、こんなにも萎縮して動きが悪くなってしまうのだ。

 えっ、王一人いないだけでこんなに違うのとフレイアは驚愕する。


「なんとかしないと……」


 フレイアは自身の下腹部に触れ、この状況を打破するには自分の呪われた力を解放するしかないと思う。

 ドラゴンになってしまうのは恐ろしいが、ここで仲間が全員アンデッドにされてしまう方がもっと怖い。

 そう心に決め、力を解放することに決める。

 フレイアの胸と下腹部が赤く煌めきだした。


「こりゃ!」


 いざ力を使おうと決めて意気込んでいるときに、後頭部を誰かに殴られ振り返る。

 そこにはアマゾネス酋長の姿があった。


「お主がやるべきことはそんなことではないだろう。もっとよく敵を観察せぇ」

「観察……」


 言われてフレイアはアンデッドたちの動きをよく見る。

 次々に襲われアンデッド化するアマゾネスたち。だがよくよく見ると動いているのは、アンデッド化したばかりのアマゾネスばかりだ。

 一番最初に襲われた奴隷の男ゾンビは動きを止め、ゆらゆらと立ちすくんでいるだけ。


「なんで、なんであいつらは動かない?」


 近づいてきたアマゾネスは襲おうとするが、少し距離をとるだけでもう追いかけるのをやめてしまう。

 フレイアは空を見上げ、ピンと思い当たる。


「雨……こいつら普通のアンデッドと違う……硬直が始まってるんだ」

「そこまでわかったなら後は何をするかわかるじゃろ。若いの、すまぬが皆を頼むぞ」

「えっ?」


 フレイアの答えを聞き、酋長は満足げに頷くと、暴れ回るタネの方に向かって軽い動きで近づいていく。

 押されっぱなしのオリオンとアギの前に酋長が立つ。


「何しに来たんだよしゅーちょーさん。危ないからどいてろ」

「酋長、危険、下がる」

「バカなこと言ってんじゃない。あんたらが不甲斐ないから出張ってんだよ」

「うっ」

「すまない、酋長」

「あんたらはあの火神のお嬢ちゃんを手伝ってあげな。ここは一人で十分だよ」

「しかし酋長」

「いいから行きな!」


 酋長は鈴のついた真っ赤な槍を構えると、タネに向かって飛びかかる。

 巨漢のタネに一歩も引けを取らない動きで、酋長は槍の嵐を浴びせていく。


「す、すげぇ」

「酋長、元最強のアマゾネス」

「どうりで……」

「あんたたちこっち来て!」


 フレイアの叫びにオリオンとアギは急いで走る。

 三人がたどり着いたのは、先ほど遊んでいた滝の前だった。


「こんなところで何をするんだ?」

「水結晶を暴走させる!」

「なんでだよ!?」

「あいつらあのデカいやつを除いて、普通のアンデッドと違って、死後硬直が始まってるの。放っておけば動けなくなるわ」

「じゃあ無視して逃げればいいのか?」

「いえ、もう雨が上がりかけてる、放っておいたら多分森の外まで出て来るわ」

「雨と死後硬直になんの関係があるんだよ?」

「雨によって気温と体温が下がって、死後硬直の速度が上がってるのよ。だから今男の奴隷アンデッドは死後硬直が始まって動けない。でも、今アンデッドになったばかりのアマゾネスたちはまだ動き回れるわ」

「だから、水で冷やす」


 アギの答えにそういうことと返す。


「水結晶から流れ出る水は0度。この水をぶっかければアンデッドたちは一気に動けなくなるわ」


 三人は滝をよじ登ると岩の中に埋まった水結晶を発見する。

 それを必死に砕く。


「下がって、水結晶を暴走させる!」

「全員森の外、下がれ!!」


 アギが今森で戦っているアマゾネスたちに撤退の叫び声をあげる。

 フレイアが水結晶に魔力をこめると、青く美しいクリスタルは光り輝き、怒涛の勢いで水を噴出したのだった。

 まさしく鉄砲水となった洪水は、アマゾネスの野営地もろとも全てを押し流していく。

 水の勢いは凄まじく、動きの鈍いアンデッドたちは全て押し流されてしまったのだった。

 水結晶の近くにいたオリオンやフレイアたちも例外ではなく洪水に乗って森の外まで押し流されていた。

 しかし幸いなことに三人とも軽傷ですみ、ぐったりとしながらも体を起こした。


「助かった?」

「ナイスフレイア。あんたがいなかったら全員死んでたと思う」

「べ、別に大したことじゃないわよ」


 アギの撤退命令と、クロエたちの速やかな避難によってアマゾネスたちのほうにほとんど被害はなく、ほぼ全員が無傷で森の外へと退避することができていた。


「戦士アギオルジ……」


 仲間の一人がアギを呼ぶ。

 アマゾネスたちに囲まれる一人の女性の姿があった。

 それは胸に深い傷を負った酋長であった。


「酋長! 撤退間に合わなかったか!?」

「取り乱すんじゃないよ。戦士アギオルジ。年はとりたくないね。タネにやらちまったよ」

「酋長、大丈夫! 傷治る!」


 クロエが必死にヒーリングの魔法をかけているが、その表情は硬い。


「わたしはもうダメだよ」

「酋長、弱気いけない! 酋長いなくなったら皆困る! 我も困る!」

「戦士アギオルジ、あんたは今この村で一番偉いんだ。あんたが皆を引っ張ってやらなくちゃいけない」

「無理、我まだハイアマゾネスでもなんでもない! 酋長みたいに強くない!」

「肩書なんかにこだわるんじゃないよ。戦士アギオルジをこのわたしイーキドゥの名において、ハイアマゾネスに任命する。それど同時に新たな酋長はあんたがおやり」

「ダメ酋長! 我、できない! 我、酋長、必要!」

「若いの……」


 酋長に呼ばれ、オリオンとフレイアが前に出る。


「なかなかいい機転だったよ。一族を救ったのはまぎれもなくあんた達だ」

「おい、死ぬなよ。頑張れ! 生きろ!」

「低レアなんて言って悪かったね。あんたにこれをやろう」


 そう言って酋長が差し出したのは無色の結晶石だった。


「これは……」

「あんたの力を貯めこむことができる無色の結晶だ。きっと役に立つ」

「やめろよ、何死にかかってんだよ!」


 オリオンは酋長の肩を揺さぶる、クロエは既にヒーリングをやめていた。


「若いの、あんた達が自分でものを考えて時代を作っていくんだ。戦士アギオルジ、困ったなら街に出ている仲間に助けを求めるのもええ。一族の掟をかえるのもええ。仲間を守ってやるんだよ……」


 酋長はそう言い残して瞼を閉じた。


「酋長? ……酋長ーーーーーーーーーーーー!!」


 アギの雄たけびが、静かな夜にいつまでも木霊するのだった。

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