第40話 キョンシー対フランケン
「はぁはぁ……」
荒い息遣いのまま、俺は東の森から逃げ出し、菱華村の民家へと姿を隠していた。
俺が村に戻ると、村の中は一変しており、いたるところから死人のうめき声が聞こえてくる。
この村で生きた人間というのは一人もいなかったらしく、目を赤くしたアンデッドが辺りを徘徊して、俺を探している。
ゆっくりと民家の窓から外を見ると、息を荒くした男が目の前を通りすぎていく。
やはりレイランと同じく、体がうまく動かないのか歩き方が無理やり体を引きずっているように見える。
「なんであいつら死後硬直なんかしてるんだ……」
通常一般的なアンデッド、ゾンビと言われる種のモンスターは思考能力がなく、生きた人間の肉を好物とし、徐々に体が腐敗していくのが一般的だった。
目の腐敗により、視力を失い聴力に頼るタイプが多いのだが明らかに目視により動いているし
どう見ても、俺のことを探している上に、腐敗している様子もなく、あまつさえコミュニケーションまでとっているようにも見える。
「思考能力があって、腐敗してなかったらゾンビじゃないだろ。やっぱりあの婆の術に何か理由がありそうだが」
冷静に分析していると、背後でガタっと物音がする。
驚いて振り返ると、そこには斧を片手に持った女性の姿があった。
あれはロジャーのパーティーの、確かエドさんだったか?
なぜこんなところに一人でいるのだろうかと思ったが、俺もアンデッドから逃げて見知らぬ民家の中に潜んでいるのだから、もしかしたら同じ境遇なのかもしれない。
「エドさんでしたっけ? ロジャーたちとはぐれたんですか?」
「…………」
「あっ、俺はアンデッドじゃないですよ、大丈夫です。そっちも大丈夫でしたか?」
「……ぁー……」
あっ、これあかんやつだと一発で悟る。
「あああああああああっ!!」
「それあかんやつーー!」
女戦士は斧を振りかざし襲い掛かってくる。
素早く近くにあったテーブルをひっくり返すと、女戦士は転倒する。だが、俺の足首を掴むと凄い力で引き倒してきたのだった。
「やっばい!」
躊躇いなく足蹴りするが、涎を垂らしながら女戦士は俺に組み付いてくる。
元々の筋力が違いすぎる。
大柄な女戦士が本気になっておさえに来たら俺なんかが振りほどく術はない。
不気味なうめき声をあげ、目を血走らせガチガチと歯を鳴らしながら顔を近づけてくる。
「うっそだろオイ!」
女戦士と揉みあいになり、近くにあった花瓶を手につかみぶん殴ってみると、思いのほかいいのが顔面に入ってしまい。
「あっ」
「あ゛ーっああああっ」
やっちまったと一瞬思ったが、恐ろしいまでに顔がひしゃげた女戦士は俺の足首に噛みつこうとする。
「どりゃああああああっ!」
突如雄たけびがあがり、女戦士の体が吹き飛ばされ壁に打ち付けられる。
乱入してきた青年が手に持った剣を女戦士の首にあてると、そのまま首をはね落とした。
「すまねぇエド」
突如乱入してきたのはロジャーだった。
胸の前で十字を切り、仲間の死を悼んだ後俺に向き直った。
「大丈夫か?」
「あ、ああ大丈夫だが」
「良かったな……」
そう言ったロジャーの顔色は悪く、足元がおぼつかない。
「お前こそ大丈夫なのか?」
「大丈夫だと言いたいが、あまりよくないな」
「一体何があった?」
「俺にもわからん。夜になって仲間が吐き気をうったえ始めてな。宿の店主に薬でも貰えないかと思ったんだがどこにも見当たらず。外からうめき声が聞こえて出てみると、アンデッドだらけになってるわけだ。エドは一番体調が悪かった。しばらくしてアンデッドに噛まれたわけでもないのにアンデッド化した」
もうわけがわからんと首を振るロジャー。
彼らは村長の料理にアンデッド化する術が仕込まれていたことに気づいていない。
「他の仲間は?」
「ヒナたちは寺院の方に向かった」
「あそこ崖崩れ起こしてるぞ」
「それでも村の中にいるよりマシだ。恐らく俺達全員アンデッドの呪いをかけられている。急いで解呪しないと誰も助からない」
そう言うがアンデッド系の呪いは解呪できないパターンが多く、アンデッド化すれば意識を失いさっきの女戦士のように俺を襲い掛かってくることになるだろう。
できるかはわからないが、プリーストのクロエならなにか解呪の方法を知っているかもしれない。
「よし、じゃあ一度寺院に行ってロジャーの仲間と合流してから……」
「いや、もう村を出よう」
「えっ、でもお前の仲間が」
「さっきのエドを見ただろう。ヒナもリアナも恐らく手遅れだ。今戻ってもアンデッド化したあいつらに出会うだけだ」
「でも、それじゃ……」
「お前もアンデッドの依頼で全滅したパーティーの話くらい聞いたことあるだろ! その大半はアンデッド化した仲間を助けようとして逆に仲間に襲われる。今の状況は全滅するか一人助かるかのどっちかなんだよ」
その一人助かるというのはロジャーのことだろう。
本来仲間を見捨てて自分だけ助かると言うのは許せる行為ではない。しかし今のロジャーの容体を見れば、仲間を助けに行ってそれから逃げるとすれば、時間がかかりすぎてアンデッド化する可能性は極めて高くなるだろう。
「わかった。じゃあ寺院には俺が行こう」
「はっ、なんでお前が? 別にパーティーでもないお前がそこまでする義理なんかねーんだぞ」
「わかってる。でも、そう簡単に見捨てたくない」
俺の脳裏に一瞬レイランの顔が浮かび上がった。
「お前は先に逃げろ。後で追いつく」
俺はフラグを建築してからロジャーと別れ、外へと出る。
アンデッドたちに見つからないよう、こっそり民家の裏や中を通り、寺院へと近づいていく。
暗い村に提灯の赤い光がポツポツと灯っており、その周囲をうめき声をあげた住人が徘徊している。
その中で数人、レイランと似たようなチャイナ服を着たアンデッドの姿が見える。
剣や戟などで武装しており、明らかに他のアンデッドと動きが異なっており、規則正しいまるで軍隊のような動きをしている。
それは寺院に近づけば近づくほど数を増していく。
「あれってまさか、レイランの言ってた黒龍隊って奴なのか?」
そう疑問に思って油断したのが悪かった。
「うわああああっ!」
振り返ると目の前に血まみれのアンデッド顔があり、驚きから声をあげてしまった。
「しまった!」
俺は目の前のアンデッドを突き飛ばし、隠れるのをやめて寺院まで一気に走る。
だが、それを影のように追いかけてくるチャイナ服の集団がいる。
「黒龍隊ってやつで間違いなさそうだな」
全力疾走しているにも関わらず、横にぴったりとはりついた黒龍隊隊員は俺に向かってヒモのついたクナイのような武器を投擲してくる。
間一髪かわすが次々に投擲され、俺の体は切り傷だらけになっていた。
「なんとかこいつらを巻かないと! このまま全員で寺院に拝観なんてできないぞ」
わかっているが、黒龍隊の数は多い。恐らく戦闘のプロとおぼしきアンデッド十体に囲まれて逃げのびられるほど俺のステータスは高くない。
フラッシュムーブで短距離転移するか? いや、寺院にいって戻ってくるまで使い続けられるものじゃない
ならどうする?
そう思った瞬間目の前にチャイナ服の女が唐突に現れ、俺の鳩尾に強烈な拳を見舞う。
「ごほっ……くっそ!」
サーベルを振り回すと目の前の女は軽くバク転しながら下がる。
「雑技団みたいなやつらめ」
腹のダメージが思ったより大きく、走ることができない。走りを止めた俺の周りに様々な武器を持った黒龍隊が集まってくる。
そしてその円を割るように、悪魔のような老婆が顔を出す。
「フォッフォさっさと一人で逃げればいいものを」
「妖怪婆め」
村長は札をつけたレイランを伴い、愉快気に俺を見下ろす。
「お主が助けようとしている奴らは寺の中でキョンシー化しておる。無駄な苦労をして自分が死ぬ典型じゃな」
「黙れババア」
「いきがええのう。そうじゃええことを思いついた。あたしゃキョンシーの交配も考えておってね。魄のみの親に子が生まれるのか非常に興味深い。どうじゃお主さえその気ならレイランと交配させてやってもええ。魂移しはその結果を見終わってからも十分じゃ」
「どこまで人間を愚弄する気だテメーは」
「異なことを言う。こやつらは死人、死人は物と同じじゃ。死人に口なしと言うじゃろ」
「じゃあ死肉のあんたもモノと同じだな」
「フォフォフォ口だけは達者じゃな」
「まともに子育てするとは考えられなくてね」
「あたりまえじゃ、生まれたてのキョンシーの子なんて今からどんな味がするか楽しみでしょうがない」
「アホは死ななきゃなんとかって言うがキチ○イは死んでも治りそうにねーな」
ゾンビにカニバリズムなんて救えねー。
救いのないB級ホラーがなんで毎度焼却されるかよくわかる。
俺のいた世界じゃ、何故かキチ○イ無罪っていうクソみたいな法があるけど、ここにはそんなもんねーからな。覚悟しろよ。
なぜか追い詰められているのに全く瞳に恐れを見せない俺を不審に思う老婆。
「なにか企んでおるのか?」
「なに、キョンシー対フランケンという、いかにもB級くさいのもたまには面白いと思ってね」
俺はパンと目の前で手をうつと、両手にバチバチと光がこぼれる。
「なんじゃ、貴様何をやっておる!?」
珍しく驚いた老婆。そりゃそうだろ俺だってやったことないことだ。できるかもわかんねー。
短距離転移フラッシュムーブの応用。
近距離で移動できるならその逆もできるだろ。
こっちが行くのではなく、向こうを呼び出す。
相手側に呼び出しポイントを設置し、転移空間を通して呼び出す簡易召喚というやつだ。
スマホから稲光がもれると、俺の真下に幾何学的な魔法陣が何重にも展開される。
[アナザースキル、スクランブルコマンドを習得]
スマホから何か音声が聞こえた気がする。
しかし今は召喚を行うのに集中している為耳に入らない。
俺は回転する魔法陣の上で戦士の名を呼ぶ。
「来い、エーリカ」
魔法陣から荒れ狂う白い竜のような稲光とともに一人の少女が姿を現す。
真っ白のヘルムに金の髪をなびかせ、相変わらずの無表情。
最高レアである少女の威圧感は強く、見るものを圧倒する存在感。
武装のつまったヒールブーツを打ち鳴らし少女は呼び出されることがさも当然のように驚くことなく魔法陣の上に仁王立ちしている。
「この娘は……」
「魔導アーマーエーリカ召喚に応じ出撃しました。周囲に複数の敵性勢力を確認。マスターご命令を」
辺りを敵に囲まれているのに、全く動じた様子を見せず、ただ冷静に状況把握を行っている。
「こいつらを全員戦闘不能にしろ。ただしババア以外は殺すな」
「了解。それとは別にマスターフランケンとはどういう意味なのでしょう」
聞いてたのか。てか、わかってて聞いてるだろ。
「凄く強い融機人ってことだ」
「虚偽センサーに反応。マスター嘘をついていますね?」
「そんなのついてんの!?」
「嘘です」
こんにゃろカマかけたな。
エーリカもなかなか言うようになったと笑みがこぼれる。
「戦闘開始(オープンコンバット)EXEM3(エクセムスリー)転送」
エーリカの両手に巨大なガドリング砲が転送されてくる。
「ファイア」
軽い発射の言葉と共に、ガドリング砲が唸りをあげ砲身を高速回転させる。
凄まじい勢いで発射される弾は、俺が言った殺すなって命令聞いてた? と不安になる破壊力で近くにいる黒龍隊を圧倒し、流れ弾で民家を粉々に撃ち砕いていく。
「レイラン、あいつはちょっと手ごわそうだよ。あんたが相手しな」
老婆はレイランの頭に貼られた札を貼り替えると、静かだった少女が両手を広げ、雷と竜巻を両手にまとわせる。
それに気づいたエーリカはガドリング砲を消して接近戦に対応しようとするが、間に合わずレイランの雷の右手を砲身で受けることになった。
バチバチっと漏電するような音が響いたのと同時に、エーリカはガドリング砲を手放す。
直後ガドリング砲は爆発し、至近距離にいた二人は爆風に飲まれる。
だが、二人はそんなことを気にした様子はなく、爆炎の中近接戦闘を繰り広げていた。
エーリカは即座に拳銃を呼び出し、躊躇いなくレイランの眉間に向かってシリンダーを回転させる。
目の前で拳銃をぶっ放されているというのにレイランは全く臆した様子もなく、ギリギリで顔をそらして回避すると、エーリカの腹に竜巻をまとわせた左腕をめり込ませる。
圧縮された空気が内蔵器官を破壊し、普通の人間ならばもはや動ける状態ではないだろう。
だがエーリカはそんじょそこらの普通の戦士ではない。
全くのノーリアクションでレイランの顔面を掴むと、そのまま民家の壁に後頭部をめりこませる。
ズドンと鈍い音がしてそのまま民家の一つが崩れ去った。
パワーファイトならばエーリカの圧倒的有利である。
「いけエーリカ、強いぞエーリカ!」
昭和のロボットアニメのような応援をしていると、ガドリング砲の射撃により散らされていた黒龍隊がまた戻ってきて、俺に狙いをつけ始めたのだった。
「やっべぇ」
エーリカもそのことに気づき黒龍隊を散らしにかかるが、通常のアンデッドとは到底思えない統率された動きでエーリカを翻弄し、かわしていく。
「レイランも超つえーけど、黒龍隊ってやつもやばいぞ」
そんな中、エーリカのラリアットにより吹き飛ばされた黒龍隊の一人がむくりと起き上がると、様子が異なっていた。
さきほどまでのキビキビとした動きではなく、ゆらりゆらりと体を左右に振り、アンデッドらしい動きをしている。
そして何を思ったのが、近くにいた老婆に襲い掛かったのだった。
老婆は素早く巨大な肉切り包丁で首を切り落とすと、ゴミを見るような目で転がった生首をさげすむ。
「あいつ、なんであのババアに襲い掛かったんだ……」
ババアの術が切れた? なんで? エーリカに吹っ飛ばされて意識がアンデッドに戻ったのか?
いや、違う。 俺は転がった生首を見て気づく。
わかった。頭の札がはがれたんだ。
間違いない、ババアのアンデッドを操る方法は頭に張られた勅令と書かれた札。
さっきレイランに張り付いていた札にも何か書かれていた。
今レイランと黒龍隊の頭に貼り付いている札には「殺」と書かれており、あの札に書かれている文字をかえることができれば、アンデッドたちをコントロールできるかもしれない。
「エーリカ、しばらくこいつらここに食い止められるか? 急用ができた」
「他の女性との用事でなければ認めます」
「冗談のレベルがどんどん上がっていくな」
「本機にそのような機能は付随していません」
「そこまで含めてギャグだな」
エーリカは突破口を開くように、大口径のキャノン砲を転送し、民家をまるまる一つ吹っ飛ばして、俺の逃げ道をつくる。
すかさずダッシュして、彼女の作ってくれた機会を無駄にしないようにする。
「逃がすんじゃないよ!」
老婆の命令を聞いて黒龍隊が飛ぶ。
「スパイダーネット展開」
俺を追う為に飛びあがった黒龍隊がエーリカの放ったネットにからめとられ、そのまま引き倒される。
二十人近くの黒龍隊とたった一人で力比べをして、尚且つ勝ってしまうその腕力は凄まじいものだった。
「クマを百頭集めたような子だね」
老婆は苦々しい表情でエーリカを見やる。
とうの本人は無表情のように見えたが、クマ百頭と言われて怒りから体内温度が0.2度ほど上昇したのだった。
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