第38話 食
「質問答えるよろし。お前誰ネ。ワタシ国境警備隊の武官ネ。お前捕まえて牢屋ぶちこむネ」
烈火のごとくキレる少女に、慌てて自己紹介する。
「えっと、俺は梶勇咲。一応この世界で王をやってる」
「どこぞの弱小王か。お前ら好き勝手するからワタシ達毎度迷惑してるネ」
「いや、その、なんていうか。覚えてない?」
「何がネ?」
「君、棺から出てきたんだよ?」
「何言ってるか? 脳に蛆でもわいてるんじゃないアルか?」
こいつ今中国人が絶対言わないこと言ったな。
どうやら少女には先ほどまでのゾンビ状態の記憶はないらしい。
「その、何か覚えていることはないか? そう……例えば誰かに襲われたとか」
「襲われたのなら、たった今お前に襲われたネ」
「そうじゃなくて! そう……なんだ、何か注射されたとか、誰かに噛まれとか……後は」
”誰かに殺されたとか”
「何言うね、バカも休み休み……うっ、ぐっ」
俺の言葉が響いたのかわからないが、少女は突如頭をおさえ、苦悶の声をあげて呻き始めた。
「だいじょぶか?」
「触るなよろし」
触っていいのか悪いのかわかんねーな。
「頭が痛い……なんねこの記憶は……」
少女の脳裏には真っ赤に染まる視界と、愉快気に笑う老婆の姿が映る。
「姥姥?」
「ほんとにだいじょぶか?」
「触るなよろし! 蛆がうつる!」
「言葉きつすぎでは?」
俺の手を払いのける少女。
普通に少女の言葉に傷つく俺。
しばらく頭痛に呻いていると、少女は俺のポケットからはみ出している手記に気づく。
「それワタシの日記ネ、なんでお前持ってるか?」
「えっ、そうなの?」
俺は日記帳を少女に返す。
すると少女はまるで嫌な予感を振り払うかのように日記を凄い勢いでめくる。
「今何年何月ネ!?」
全てを飛ばし読みすると、怒鳴るようにして俺に尋ねる。
「今は新日歴790年緑木の月だ」
「はっ!? そんなバカなことないネ!? 今は89年の赤星月のはずネ!?」
そう彼女の日記は去年の赤星月で止まっていた。
赤星月はもう一年も前の話だ。
「まさか……そんな……黒龍隊はどうなったネ」
「わからんが、この近くに黒龍隊なんて部隊はないぞ」
「そんなはずないネ! 黒龍隊はワタシが! ワタシがつくったはず……ネ」
少女の言葉は段々尻すぼみになり、力を失っていく。
「そんなはず……」
「…………」
「教えてほしいネ。なんでワタシお前とキスしてたネ。その前の記憶すっぱり抜け落ちてるネ……」
「…………」
俺はこれまでこの村であった詳細な話を少女にした。
「黒の棺からワタシが?」
「ああ、村長に頼まれていくつもの棺を寺院に運び込んだ」
「……それ多分黒龍隊の隊員ネ。少し思い出してきた、ワタシ姥姥に呼ばれて黒龍隊連れて村に戻った。そこから……森に行った。怪物でるって聞いて。でも怪物いなくて……」
少女はキョロキョロと辺りを見渡した後、森の中へと入って行く。
「ここ近い……こっちネ! ついて来るね蛆虫」
「あっ、おい! そのあだ名はやめろ!」
人につけていいあだ名じゃないだろ!
放っておくわけにもいかず、俺は少女に続いて森の中へと入った。
少女は森の中で何度も何度もつんのめり倒れた。
それは急いでるからというわけではなく、体がうまく動かせないようだ。
「なんネ、この体は!? 関節が全然曲がらないネ」
俺はそれに思い当たる節がある。
それってもしかして死後硬直なんじゃないのか?
恐らく彼女は誰かに殺された。だが、なんらかの方法でアンデッドにされて、棺の中に入れられた。
それが今になって、何故か魂となる自我が帰って来た。落雷の衝撃か、はたまたキスの影響か。
「イライラするネ。蛆虫ワタシ引っ張るネ!」
キスはないなと確信する。
引っ張れと言いながらも少女は一人で何度も転げながらも進んで行く。
そして、少し開けた場所に出るとそこには小さな石造りの家畜小屋のようなものが現れたのだった。
「…………」
発見したのはこの少女だと言うのに、少女はまるでありえないものを見るかのようで顔色は悪く、青ざめている。
「だいじょぶか?」
「大丈夫、心配するなよろし、ちょっと動悸が……」
そう言って少女は胸を触るが、あまり大きく鼓動しているようには見えない。
少女自身も胸を何度も触っているが、顔が青ざめていくだけだ。
多分……心臓動いてないんだろ。
少女は扉にかけられた鍵を手に取ると、そのままべキっと音をたてて握りつぶした。
自分でも驚いているようで、眉を寄せている。
鍵を握りつぶしたことにより金属片が手にささり、血が流れていた。
「痛く……ないネ」
もう言わなくてもわかるだろう。
彼女の体には感覚というものがほとんどない。
それどころか人間が必要とする生命活動すら止まっている。
それは体が既に死んでいることを意味している。
小屋の中に入ると、凄い血の臭いに顔をしかめる。
そこら中に飛び散った血は、恐らく人間のものなのだろう。
いくつか布袋が天井から吊られており、嫌な予感をかきたてる。
「見ない方がいいネ。傷になるよろし」
「…………」
少女は小屋の奥にある燭台を下げると、きしむ音をたてながら地下へと続く隠し階段が現れたのだった。
俺達は二人でゆっくりと階段を降りる。
薄暗い地下にはロウソクの光が灯っており、オレンジの頼りない光が地下の様子を照らし出していた。
「うっ……」
階段を降りると、そこにあったのはいくつもの牢屋だった。
地下は地上とは比べ物にならない、むせかえるような血の臭いと生臭さが充満していた。
こんなところに長くいたら、それだけで頭がおかしくなりそうだ。
中にあるのは怪物の死体と人間の死体が一組。
人間同士の死体が一組と、必ず二体、もしくは二人組で牢屋の中にいれられているようだ。
どれも共通しているのが、片方の死体は欠損が激しいが、もう片方はそのまま衰弱死しているようで、死んだ時のままの姿を残している。
「なんなんだここは……」
俺は恐れからサーベルを引き抜いて歩く。
隣にいる少女は焦るように、うまく動かない体を引きずりながら奥へと進んでいく。
そしてたどり着いた最奥で、何かを研ぐ音が聞こえる。
シャンシャンと不気味な音が響くと、その場にいた人物に俺は顔をしかめた。
「フォフォフォこれは梶殿。森の奥には入ってはならぬと言ったのをお聞きにならなかったか?」
依頼主である村長は調理に使うにはでかすぎる包丁を研ぎながら、俺達を出迎えた。
「そういうわけにもいかなくてね」
「姥姥」
「む、レイランか? なぜここにいるか?」
「棺を運び込んだ寺院が落雷と大雨で崩れたんだよ。その拍子に棺の中から彼女が放り出された」
「ふむ。反魂法の失敗で魂は消え去ったと思っていたのじゃが、その様子ではまだ自我があるようじゃな。これは僥倖僥倖」
「反魂法?」
「さよう、魂魄はご存知かな。人は死後魂魄が抜け、土にかえる。しかし反魂法は抜けた魂魄を元に戻す方法じゃ」
「それが出来たら世界中から死人はなくなりそうだな」
「フォッフォその通りじゃ。そんな都合よく人の魂が戻って来れば閻魔も苦労はせんじゃろう。あたしが戻せるのは魂魄のうち魄のみ。穢れた魄のみを死体に残すことができる。魄だけの死者はあたしが意のままに操ることができる人形となる。お前達が運び込んだ棺の中身は全て魄しか残っておらぬ死人じゃ」
「姥姥……ワタシも死んだのか?」
「あたしの可愛いレイラン。キヒヒヒヒ、そうだよあんたも死んだのさ。あたしが殺した」
老婆の笑みが、気味の悪い引き笑いへとかわる。
その顔は愉快気で、とても後悔や懺悔するようなものじゃない。
「姥姥、なんでこんなことしたネ!? ワタシを! 皆を殺した!?」
「あたしはね、ずっと食の研究をしていたのさ。美味いものを作る。それがあたしの使命だと思ってね。でもなかなかうまくいかなくてね。特に食材調達は苦労したもんさ。美味いものを作っても、それが一生に一度しか食えないモノじゃ意味がないだろう? 安定的に供給できてこそ食というものだよ」
「それとこれが何の……」
「あたしゃね……見つけたのさ、最高の食材を」
「…………」
「安定的に供給することができて、最高に美味いものが」
「…………」
「それはね。人間さ」
「やっぱりか。この並んだ牢屋の中に入れられていたのは……」
「そうだよ、実験さ。飢餓状態の人間を同じ檻にぶち込んだら殺し合って死体を食うのかってね。 殺し合わないときは武器を投げ込んだり、餓死した人間の死体を見せて煽ってやったりしたよ。最初は皆嫌がるけどね。生きる意志がある奴はやるんだよ。キヒヒヒ」
老婆は悪魔のような笑みを浮かべる。
「なぜ人が美味いのかを考えたのさ、それは他人の生きてきた歴史や、能力を全て喰らっているからなんだよ。人の生き方は様々、全く同じ生き方をしている人間なんて存在しない。だから味が千差万別。特に人の脳は濃厚な味で、これに勝るものはないね」
何を言ってるんだコイツは? イカれてやがる。
「人間なんて美味いわけないだろうが! お前はイカれてる!」
「そうかい? あんたらは食わなかったけど、別の冒険者は美味い美味いって食ってたじゃないか」
「!?」
まさか、あの中華料理は。
「そうだよ、彼らが探している冒険者の肉さ。いくら探したってみつかりゃしないよ。自分たちで食っちまったんだからねキヒヒヒヒヒ」
エーリカが止めなかったら俺達も食ってしまうところだった。
「ほんとあんたらは運がいいよ。あの肉は反魂法の失敗作さ。あれを食ったものは魂が抜け落ち、それをあたしがまた調理して、別の冒険者にふるまう。素晴らしいサイクルだと思わんか? 肉を食ったものが次の肉になる。永久の食とはこのことだよ!」
「狂ってやがる」
「姥姥、じゃあなんでワタシのような死体を残してる! なんでワタシは食わなかったか!?」
「キヒヒヒ、あんたを残した目的は別にある。魂移しの為さ」
「魂移し?」
「そう、この体もそう長くはない。近いうちに朽ちるじゃろ。その時にあたしは自分の魂を移せる器を用意しておいたんだよ」
「魂移しって、そんなことが」
「死体があれば死んだ魂を呼び戻す反魂法より遙かに簡単さね」
「じゃあ三十人以上の体を残したのは……」
「あたしの体のスペアじゃよ。みな美しく武芸に秀でるものの体ばかりじゃて。今は魂の残りカスを落としている最中じゃよ」
魂の残りカス。まさか彼女が今こうやって喋ってるのは。
「レイラン、今あんたが動いているのは魂の残りカスを燃やしているだけじゃよキヒヒヒ」
青ざめた少女はよろよろと足元がおぼつかない。
無理もない、こんなパラサイトみたいな話を聞かされたら。
「あたしゃ楽しみなんだよ。あんたのような美しい肉に戻れると思うとワクワクする」
身勝手な老婆の言い分で、勝手に死体にされたレイランがキレるのは当然であった。
「貴様は悪ネ! ワタシが断罪する!」
レイランが頭を下げ両手を広げると、右腕に雷が、左腕竜巻が絡みつく。
「ほぉ、キョンシーの状態でエーテルを生み出せるなんて。あんたはほとほと優秀な孫だよ」
「黙れ! ワタシの正義がお前を許さない! うなれ風龍、轟け雷龍!」
凄まじい雷が牢屋を眩く照らし、竜巻が死体を全て巻き上げていく。
レイランの怒りがこもった一撃は二頭の龍となり老婆を直撃する。
だが老婆はたった一枚の黄色い札をかざすと、レイランの攻撃を防ぎ切ってしまう。
「キヒヒヒ、相変わらず正義バカなのが玉に瑕だが、あたしは嫌いじゃないよ」
「黙れ黙れ黙れ!」
レイランが腕に雷をまとわせながら老婆に飛びかかると、その瞬間を待っていたように老婆は黄色い札を頭に投げつける。
するとレイランの動きは時が止まったかのように停止した。
「キヒヒヒ。どうだレイラン、悪党一人倒せない今の気分は」
「動か……な……い」
「ほぉ禁符をはられて口をきけるとは見上げた孫だね」
「ぜったい……ぜったい……許さない」
「その正義感は母親譲りか……レイラン、あんたの両親を殺したのはあたしだよ」
「!?」
「あたしが初めて食ったのはあんたの母親さ。食うつもりなんてなかったんだけどね、不慮の事故ってやつさ。でも、あれのおかげであたしは究極の食材にありついたと言ってもいいね、感謝してるよキヒヒヒヒ」
「ああああああああっああああああああっ!殺してやる殺してやる殺してやる!」
「良い憎悪だよ。もっと怒りな。そうすればお前の魂は早くに燃え尽きるキヒヒヒヒヒ」
レイランは怒り狂っているが、体を全く動かせずただただ老婆を射殺す目で睨み付けている。
「何もかもうまくいっているあんたを殺すのは楽しかったよ。実のところあんただけは本気で反魂法を成功させようとしてたのさ。人生全てがうまくいっているあんたが、キョンシーになったって知ったらどういう反応をするか見てみたかったんだよ。さぁレイランこの婆に教えておくれ。死肉になった気分はどうなんじゃ? それを聞いてから、あんたの体を使わせてもらうよキヒヒヒヒ」
ダンっと地を踏み込み、俺はババアの腹に蹴りを入れ、壁に押し付ける。
「お前はもう喋るな」
サーベルをババアの胸に突き立てる。
「フォッフォ勇ましいのう」
ババアは胸を刺されたというのに平然としている。
「あたしの体も、もう死肉だよ。キヒヒヒヒ」
「なら頭を落とす」
「さぁあたしの可愛いレイラン。こやつを殺すんだよ」
老婆が手で印を結ぶと、さっきまで怒りに燃えていたレイランの感情が唐突に消え、虚ろな眼差しでこちらを見ると、広げた腕に雷を纏わせる。
そして無言のままレイランは雷を纏った拳を俺に叩きつける。
バチッ雷がはじけると体が吹っ飛んで牢屋に激突し、尻餅をついた。
「くそ、妖怪婆め」
見上げると、完全に意識のない操り人形と化したレイランが見える。
だが、彼女の目から一滴の涙がこぼれたのを見逃さなかった。
「こ……ろし……て」
あぁ、もう、こういう救いのない話は嫌いなんだよ!
俺は全力で後方に走り、地下階段を駆け上がる。
レイランは追いかけようとするが老婆はそれを止める。
「いいんだよレイラン。あ奴が村に帰ったところでキヒヒヒヒ」
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