第33話 老婆の施し
翌日
馬車で丸一日半移動することになり、馬車から見える景観はよく言えば自然の豊かな土地で、悪く言えばド田舎な場所だった。
ラインハルト城管理区域のぎりぎりにある、静かな村には菱華村と看板が立てられており、家の数は十数件だろうか、どれも赤い提灯と窓枠に雷文模様が見える。
民家を注意深く観察してみると、どの家もどこかしらに太極図が描かれていて、俺のいた世界でのアジア系の文化を思い起こさせる。
「なんか中国っぽい雰囲気だな……」
ファンタジーというと中世ヨーロッパ文化が主体だが、土地がかわれば独自の文化で発展しているところもあるだろう。
話によると、椿国という国には江戸時代の日本のように侍が闊歩しているという話なので、こういう中華的文化をもつ村があってもおかしくはない。
村の西側には寺院が建ち、東側に大きな森が広がっていた。
恐らくアマゾネスが住み着いていると言われる森だろう。
俺とオリオン、フレイア、クロエ、エーリカの五人で村に入ると、農作業をしていた村人達の目が俺達一行に集中する。
まぁこれだけ可愛い子連れてたら振り向きたくもなるだろうし、アマゾネスに負けず劣らずな格好をしているので視線が集中するのも無理はない。
「なんかめっちゃ見られてない?」
「お前とアマゾネスなんかほとんど見た目かわらんからだろ」
アマゾネスを連れてきたと勘違いされても仕方ない。
「この格好は動きやすくする為のものなの!」
「防御力0だぞ」
「当たらなければいいんだよ」
試しにていと突っついてみると、俺の指先はオリオンの胸にむにゅりと沈み込んだ。
「なにすんだよバカ!」
ゴスッと俺の頭から嫌な音がなる。バックラーで殴るのほんとやめて。お前のバックラー新調したからミスリル製なの。そんなので殴られると超痛いの。
「当たらなければいいって言ったから、かわすと思ったんだよ」
「やるならやるってちゃんと言えよ! あたしにだって準備があるんだから」
攻撃しますよーって律儀に言ってくるやつなんかおらんやろー。
俺は後ろに続くフレイアとクロエにも同じように胸ブスリ攻撃をしてみる。
フレイアにすると、人差し指を掴まれ、そのまま逆方向に捻じ曲げられ俺悶絶。
「バカなことしてたら殺すわよ?」
言葉きつすぎでは? 一応王ですよ?
クロエにブスリとすると、全くのノーガードで、俺の指はクロエのおっぱいに深く沈みこんだ。
オースゥィート。
直後フレイアが体を左右に振り、∞(無限)を描きだす。
「あっ、それアカン奴」
なんの躊躇いもない連続フックがさく裂し、俺は世界を狙える拳に、右に左に揺さぶられ、そのまま真後ろへと倒れ込んだ。
フレイアはそのままシュッシュとシャドーボクシングスタイルでキレのあるジャブを放っている。
「殺すわ」
もう殺すって言っちゃってるよ!
まぁ俺も母親のおっぱい突っついてる男がいたら殺すかもしれん。
「ちょっとおっぱい突いただけじゃないか」
俺の意見もかなり上級者ぽいなと思いつつ、痛む肝臓リバーをおさえながら立ち上がる。
「王様、人前で女の人の胸を触ってはいけませんよ」
人前じゃなかったらいいんだなと、俺はクロエの言葉を曲解する。
胸を突かれたのに笑っているクロエ、マジ大天使クロエル
さて、これをエーリカにするべきかしないべきか。
する←
しない
だよなぁ、スキンシップは重要だよな。
そう思い、俺の指はエーリカへと近づいていく。
「とぅっ!」
指先を近づけた瞬間、エーリカが右手を伸ばす。すると掌からキュンっと音をたてて青いレーザーが照射され地面にどす黒い穴を開ける。
エーリカさん怒り過ぎでは? さすがにレーザーは死んでしまいますよ?
「マスターの足元に毒グモがいた為、排除しました」
「あっ、はい。ありがとうございます」
毒グモはレーザーにより完全に溶解しており、地面のシミの一つにされていた。
俺は彼女にセクハラするのはやめようと心に決める。
そのうちレーザーで首を吹っ飛ばされる気がする。
がやがやとよその村だというのにやかましい俺達一行は、話を聞くために依頼者の家を訪れてみることにした。
依頼者の家は村の中央にあり、外観は村でも一番大きく、民族的な装飾も多い。恐らく村長なのだろうと思った。
ドアをノックすると、しばらくしてシワの多い老婆が顔を出した。
「はい、どなた?」
「我々ステファンギルドより派遣されてきました梶と申します」
「あー、遠いところをよく来てくださった。さっ、中へとどうぞ」
曲がり気味の腰を下げながら、俺達を家の中へと招いてくれる。
「感じのいい人だね」
オリオンの耳打ちに、そうだなと返す。
中へ通されて、俺達は驚いた。もう一組の冒険者達が食事をとっていたからだ。
なんだか良い匂いがしていると思ったが食事中だったのか。
「なにあれ、超うまそう」
さっそくよだれをたらすオリオン。みっともないからやめなさい。
「ほれほれ、そっちのー、ええーなんじゃったけな?」
「梶です」
「そうそう梶さんたちも座りなさって。あたしはちょっと準備があるからしばらく奥に引っ込むよ」
そう言って老婆は厨房だろうか? 奥にある部屋へと消えていった。
俺達はガツガツと食事を食らう冒険者と同じ円卓に座らされる。
冒険者は四人、黒髪の青年以外は全員女性で、巨乳のプリーストと眼鏡子の魔法使い、それに長身の女戦士、構成的には俺達のパーティーと非常によく似ていると思った。
「ハーレムパーティーか……いけすかないな」
「ウチだって似たようなもんでしょ」
俺の率直な妬みに、即座にツッコむフレイア。
可愛さや美人さで考えればウチの圧勝なので、別にとやかく言うつもりない。
「まぁ、あの黒髪のイケメンさは完敗だけどね」
「と、イケメンで痛い目を見たフレイアさんが言っております」
「ぐっ」
ツッコみにカウンターが入り、フレイアは苦い顔をしていた。
ガツガツと飯を食らっていたイケメン黒髪が俺達に気づく。
「おっ、あんた達もギルドからの依頼か?」
「ああ。そっちも?」
「そうだ、俺はロジャー。こっちはプリーストのリアナにメイジのヒナ、戦士のエドだ」
順番に自己紹介をしてもらい、俺達のパーティーも同じように自己紹介する。
「融機人か珍しいな」
やはりパーティーの中でも異質なエーリカに視線が注がれる。
だが、当の本人は無表情のままだ。
反応のないエーリカを諦め、ロジャーは話を続ける。
「俺達の依頼は行方不明になった冒険者を探すことなんだよ」
「じゃあ依頼が違うのか。俺達はこの近くの森に住みついたアマゾネスを退去させてくれって依頼なんだ」
「あー、じゃあ都合がいいな。俺達も東の森に入りたいんだが、アマゾネスと遭遇して追い返されてきたんだ」
「いきなり攻撃されたのか?」
「ああ、もう聞く耳持たずって感じだったぜ。それでこの村まで逃げてきたんだが、ここの村長さんが良い人でな飯を御馳走になってるってわけなんだ」
「なるほどな。これから交渉しにいくんだがとっかかりが欲しい。アマゾネス達は何かを探しているって聞いたんだが」
「確かに、何か探してたな。なんだっけな」
ロジャーが腕を組んで唸ると、巨乳のプリーストが声を上げる。
「確かタネって、ずっと言ってましたね」
「そうそれ! タネカエセってずっと言ってた」
「タネカエセ……種返せか。何か大事な作物でも盗まれたのか」
「わかんねーが、血眼になってるみたいだし、ありゃ多分探してるものが見つからないと話すら聞いてもらえねーぞ」
「フレイア、なんか知らないか? アマゾネスが育ててる作物とか」
「知らないわよ。アマゾネスは元々移動系の民族だから作物なんて育てないわよ」
「となると、なんなんだろうな」
俺達が考えこんでいると、老婆は大きな食器を抱えて戻って来た。
「よいしょっと」
円卓にドンと置いて、食器を覆い隠している銀の蓋をとると、豪華な料理が湯気をあげて姿を現す。
「うわ、美味そう」
こりゃあれだ、北京ダックとかいうやつだ。
こんがりと黄金色に焼けた巨大な鳥肉。
食欲をそそる肉の匂い。
見ただけで胃を鷲掴みにされるような魅惑の料理だ。
老婆は北京ダックを運んだ後も次々に料理を運び込んでくる。
全てが運び終わると、壮観な中華料理の山が築かれていた。
「こりゃすごい……」
オリオンですら呆気にとられる料理の数々に、腹の虫が鳴るのは致し方ないことだろう。
「なにこれ咲、しゅごい」
オリオンは待てをされた犬状態で、体を軽くゆすっている。
唐揚げ、チャーハン、餃子に肉まん、シューマイ、天津、角煮に肉団子。
元の世界でもこれだけ豪勢な中華は食べたことがない。
「ではでは梶と言ったかな。皆で召し上がるといい」
「ま、マジですか。いいんですか?」
「構わぬ」
「俺達お金持ってないですよ」
「フォフォッフォ金のない冒険者に一食振る舞うのがアタシの趣味でね」
なんて素晴らしい趣味なんだ。この人こそが生ける神なのではないだろうか。
「あらあらこんなに食べては太ってしまいます」
「いい、食えるならなんでも」
頬に手を当て別のベクトルで困るクロエに、もはや野獣と化しているオリオン。
「で、では冷めてしまっては勿体ないので、まず食事をいただいてから話を聞こうか」
俺は箸を手に取り、豪華な料理に手をつけようとする。だが、その瞬間俺の腕が鷲掴まれる。
その手の先を見ると、緑のクリスタルを光らせたエーリカが俺の腕を掴んでいるのだった。
「どうしたんだ? エーリカも食べればって、融機人はもしかして飯食えないとか?」
「否定。該当食物に危険物質を認定、当該食物を摂取することは危険と判定致します」
その言葉を聞いて一同がざわつく。
「危険物質ってなんだ?」
「私達もう食べちゃったわ」
やっぱタダで美味い話はないってやつなのか。
老婆の顔を伺うと、何言ってるんじゃこのポンコツはみたいな顔をしている。
「あー、あれかのぅ? ケシの実を料理に使っておる」
「ケシの実って確かやばい薬の原材料じゃ」
「食欲を増進させる為にまぶしておるが、確かに中毒性がある。しかしほれ、そこの水に成分を中和させる解毒薬を入れておる。だから中毒性はないはずじゃが」
「なんだ、だったら安心だな」
「否定。該当食物の摂取は危険です」
エーリカは俺の腕を全く離すつもりがないらしい。
むぅ、これでは飯が食えない。
でもここまでエーリカが頑なにやめろって言ってるのには理由があるんだろうな。
目の前には色とりどりの料理、あー肉が食いたい……。
俺は肩をがっくりと下げる。
「すまないロジャー、俺達の分も食ってくれないか?」
「そ、そりゃ構わんが……いいのか?」
ピクリとも動かない腕では飯を食うことはできないだろう。
「婆さん本当にすみません。ツレがどうにも受け付けないみたいで」
「フォッフォ構わんよ」
一瞬婆さんの目が鋭くなったような気がしたが気のせいだろう。
「なら、もう森にいくかえ?」
「そうします」
「村人が怖がっている、すまぬがこの近くから移動させてほしい。なぜアマゾネスがこの周辺を探し回っているかは知らぬが、奴らの探し物はここにはありんせん」
「わかりました。交渉してみます」
「あまり無理はせんでな。それと森の中には危険な魔物がうろついておる、お主たちも森の奥には入らんよう気をつけるとええ」
老婆の厚意を無駄にしてしまい、謝る俺達の隣でガツガツとおかわりを食べるロジャー達を尻目に村長宅を出た。
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