第34話 アマゾネスVSエーリカ
「ぐるるるるる」
「機嫌なおせよ」
「ぐるるるるる」
村長宅を出てから、オリオンはずっとこの調子である。
飯の恨みは大きいらしい。
「エーリカもだんまりだし。簡単に言うこと聞いちゃう咲も咲だし! 肉ー肉食わせろ!」
「悪いな。でもどうにもエーリカが嘘や勘違いしているようには見えなくてな」
「ぐるるるるる」
「あれで正解だと思うわ」
ずっと黙っていたフレイアが口を開く。
そういやこいつ北京ダックをフォークで突き刺したまま固まってたな。
「あたしもあの料理から微弱な魔力を感じたわ」
「じゃあ、やっぱりあの料理は」
「でも、多分食べたところでどうにかなるような魔力じゃないし、魔法で火を使った時に残った魔力の残滓かもしれないから、なんとも言えないんだけど。でも不自然でしょ」
「不自然?」
「だって、あの村そんなに裕福には見えなかったじゃない? それなのにあれだけ豪華な料理なんか出せる? それも二パーティー分も。しかも口ぶりからするとこの村を訪れた冒険者たちに料理をふるまってるんでしょ。どう考えてもおかしいわ」
確かに鳥を飼っている様子はなかったし、豚や牛の姿も見えなかった。
野菜畑は見えたが、それだけではあの豪華な中華料理を作ることはできないだろう。
「加工肉を仕入れてるだけかもしれないじゃん」
「それはそうだけど」
肉を食えなかったオリオンが可能性を示唆するが、それを考え出すとキリがない。
オリオンなだめながら、村のすぐ東にある森の中へと入る。
「ここにアマゾネスがいるのか?」
鬱蒼と生い茂る木々の中、不気味な鳥の鳴き声が木霊する。
木々が多く、風の通りが悪く暑い。
日の光も遮られ薄暗く、土壌も硬かったり柔らかかったりであまり良いとは言えないだろう。
こんなところで作物がまともに育つのか? と首を傾げる。
老婆の言っていた通り、いつモンスターが飛び出してきてもおかしくなさそうな雰囲気だ。
「見て焚火の跡があるわ」
フレイアが指さす方を見ると、炭化した木々が円形にくべられていた。
まだパチパチと火がくすぶっており、つい最近までここに誰かいたことがわかる。
「暖かいな。飯でも食ってたのかもしれない」
膝をついて焚火を調べていると、唐突にキュンと甲高い音をたてて、俺の目の前に弓矢が突き刺さる。
驚いて振り返ると、そこには木の上や後ろから弓を構えたアマゾネスが姿を現したのだった。
頭に木製のお面を被り、腰には獣の皮を巻いた女戦士が、俺の眉間に狙いをつけている。
辺りを見回すと、既に囲まれており、少なくとも十人以上がこちらに向かって弓を構えていた。
オリオンが結晶剣を腰から引き抜こうとするが、手で制止する。
「待て!」
「でも!」
「いいから! 俺達は戦いにきたわけじゃない! ギルドからの依頼で、君たちのリーダーに話しがあってやってきた! どうか君たちのリーダーに合わせてもらえないだろうか!」
俺が叫ぶと、再び矢が飛び、俺の頬をかすめ、後ろの木にスコンと音をたてて突き刺さる。
「咲!」
「待て、動くな!」
頬から血が流れ出るのを構わず、弓を構えるアマゾネス達を力強く見据える。
正直めっちゃ怖いので逃げ出したいのだが、この人数で背中を向けて逃げれば確実に誰かは弓の餌食になる。
「言葉通じてないとかないよな?」
「多分ないわよ。言語は同じはずだから」
俺の問いに小声で返答するフレイア。
しばらく睨み合っていると、一際大きな動物の骨で出来たマスクを被った、褐色の女性が木々の隙間から姿を現す。どうやら、今周囲を囲っている中で一番偉いアマゾネスと見た。
動物の皮で大きな乳房と腰を申し訳なさ程度に隠した格好で、確かにセクシーだとは思うが今の状況では喜んでもいられない。
「ここ我々の土地、何用」
発音が少し怪しいが、それでもコミュニケーションがとれる人物がやってきたのは喜ばしかった。
「突然すまない。俺達は……」
「……タネ? タネなのか?」
「はっ? タネってなんだ?」
アマゾネスが驚きながら、まじまじと俺を見据え、一歩二歩と近づく。
「貴様……タネじゃない! ただの男か!」
えっ、どういうこと? なんか勝手に勘違いして、勝手に怒ってるんだけど。
「失せろ男!」
アマゾネスが意味不明な怒りを爆発させると、動物の骨で作られたナイフが投擲される。それをオリオンが結晶剣を引き抜き、即座に叩き落した。
「こんにゃろ肉食えなかった恨み、お前らで晴らしてやろうか」
「完全に私怨だな」
「八つ当たりの間違いでしょ」
フレイアが呆れながらツッコむ。
オリオンがナイフを叩き落したことを開戦の合図ととったのか、弓を構えていたアマゾネスから次々に矢が放たれていく。
「ちっ! 喧嘩早い奴らめ!」
俺は火蜥蜴の種火を右手に装着し、火球を地面に向かって放り投げる。
砕けた炎の塊が散り散りに飛散する。どんな生物だろうと目の前で火の粉が飛んでくれば萎縮する。
その隙をついて俺達は後方の木々に姿を隠す。
だが、途中クロエが木の根につんのめって転倒し、矢の飛び交う真ん中で倒れ込んでしまう。
「ちぃっ!」
俺は隠れた木から素早く飛び出し。サーベルを引き抜き、倒れたクロエの前に立つ。
「狙え!」
アマゾネスリーダーの号令と共に、全ての矢が俺に集中する。
「王なめんなよ!」
風切り音をたてて飛び交う矢を切り落とす。
ロベルトとリリィ加入後、俺は特訓と称して銃と矢を叩き落とす訓練を受けていた。
「銃弾を撃ち落とせる王がいたらかっこいいにゃ~」
とかふざけたこと抜かして、俺おうに向かって楽し気に弓矢を放ってきたクソ猫リリィに少し感謝する。
おかげでめちゃめちゃ怖くても、矢から目をそらさずいられる。
いくつかは切り払ったが、同時に飛んでくる矢を落とすことは不可能で肩に矢が突き刺さり、顔をしかめる。
「王様逃げてください!」
クロエの泣きそうな声が響く。
ここで逃げたら、最初から飛び出してきてない。
「オリオン!」
俺が叫ぶと、オリオンは重力なんて完全に無視して、木の幹を走って駆け上がっていく。
そして木から木へとジャンプし、木の上から弓を放っているアマゾネスに飛び蹴りを見舞って、次々に蹴り落としていく。
オリオンの背後を狙った矢が飛び、完全に死角から放たれた矢は明確な殺意を持って彼女の後ろ頭を狙う。
「危ない!」
「やらせないわよ!」
オリオンの背中を守るように、下から炎が噴射され飛来していた矢が焼きはらわれた。
見るとフレイアの掌から炎が照射されているのだった。
「フレイア、あんた魔法使って大丈夫なの!?」
「これは火蜥蜴の種火と同じ魔道具」
見るとフレイアの手には十字架のような紋章が描かれたグローブがはめられている。
「走れ!」
「は、はい!」
弓矢がやんだ瞬間を見計らい、俺はクロエを抱き起こし、そのまま走らせる。
「王様後ろです!」
クロエの叫びに振り返ると、骨マスクのアマゾネスリーダーが、刀身が反り返った曲刀を持って俺の首を狙いに来ていた。
「なろぅっ!」
大上段から振り下ろされる曲刀をすぐさまサーベルで受け止める。
だが、一撃受けただけで、圧倒的な筋力の差を思い知る。
「重い!」
腕が ガクガクと震え、しびれる。細身のサーベルで巨大な曲刀を受け続けることは難しかった。
ぬかるんだ地面に足が沈み、押し潰されるように態勢が低くなっていく。
俺はすぐさま火蜥蜴の種火に炎を灯し、燃え盛る右手で掴みかかる。
しかし驚くべきことに、アマゾネスは右手にひるむことなく俺の右腕を逆に引き掴むと強力なヘッドバッドを見舞ってきた。
頭蓋骨と頭蓋骨がぶつかりあう嫌な音と激しい痛みに一瞬視界が明滅し、意識が飛びかけ、額から血が吹きだす。
アマゾネスはその隙を見逃さず、曲刀でサーベルをかちあげると、刀はヒュンヒュンと音をたてながら宙を回転し、後方へと弾き飛ばされ地面に突き刺さる。
アマゾネスはそのままかちあげた曲刀を一気に振り下ろす。
「咲!」
「王!」
「王様!」
曲刀が振り下ろされる瞬間、なんだか世界がスローになったような気がする。
あっ、これ避けられない奴だと悟った瞬間にはもう遅い。
刃は俺の胴を袈裟切りにするコースが確定している。
だが、あまり心配はしていない。
だって俺の後ろから白い腕が伸びているのが見えたから。
「!?」
アマゾネスは突如割り込んできた女が曲刀を素手で掴んだことに驚愕する。
腕の一本軽く切り落としてもおかしくない斬撃を受け止めたのは、強固な機械装甲を持った少女だった。
「該当人物を敵性と認定、これより本機は戦闘モードへと移行します」
割り込んできたエーリカのヘルムにつけられたクリスタルが緑から赤へと変色する。
対するアマゾネスも相当な力自慢だったのだろう、掴まれた曲刀をそのまま剛腕で押し切ってやろうと腕に力をこめる。
だが、相手が悪い。
彼女と力比べをするのは人間と大型動物……いや重機と喧嘩するようなものだ。
魔力と機械両方の力を持ったエーリカの圧倒的スペックは、例え人格を失おうともEXレアに相応しい能力を有する。
エーリカは低い不利な体勢から、力を力で押し負かし曲刀をゆっくりと押し返していく。
そして態勢が五分になったところでアマゾネスの腹に強烈なボディーブローを見舞う。
屈強なアマゾネスの体がくの字に折れ曲がり、口から血がこぼれる。
一瞬殴られたアマゾネスの背面に円形の衝撃波のようなものが見えて、うわ格ゲーみたいと暢気なことを思う。
畳みかけるようにヒールブーツから蹴りが見舞われ、アマゾネスの体がゴムボールのように吹っ飛んでいく。
「ウェポンラック転送」
彼女が両手をあげると、何もない宙空から巨大なガドリング砲が二門転送されてくる。
人間では持つことすら叶わぬような重火器を軽々と持ち、ガドリング砲に備えられたレーザーサイトが吹っ飛んだアマゾネスを捉える。
「ファイア」
軽い発射の言葉と共に撃ちだされる何千発もの弾丸。
凄まじいマズルフラッシュが薄暗い森を明るく照らし、鼓膜を破りそうな射撃音とともに無数の薬莢が辺りにばら撒かれる。
アマゾネスが背にしていた巨木がいともたやすく粉々になり噴煙が舞い、強力な銃弾が土煙を巻き上げていく。
しばらく掃射を続けた後、銃撃はやんだ。
「やりすぎだろ……」
「周囲に複数の敵性対象を検知、これより掃討を開始します」
「ちょ、待て!」
エーリカは周囲を見渡し、複数のアマゾネスの姿を認めると、残った敵に向かって銃弾をまき散らし始めたのだった。
「よせエーリカ! 俺達は皆殺しにする為にきたんじゃない!」
ガドリング砲の爆音で聞こえないのかエーリカが制止する様子はない。
頭の中にロベルトの言葉が蘇る。「今の嬢ちゃんには善悪の概念がなくなっているから、もし誰かに襲われれば相手を殺すまできっと止まらない」と。
「これじゃほんとにただのロボットじゃないか!」
屈強なアマゾネスたちもガドリング砲に弓で戦うほどバカではなく、頭を抑えながら逃げていくのが見える。
悲鳴を上げたくなるような銃弾の雨はアマゾネスが全て逃げ出すまで続いた。
目標がいなくなったのか、エーリカはガドリング砲を縦に持ち構えると、銃口からは白い硝煙が立ち上っていた。
いまだ土煙が舞い、近くにアマゾネスが残っているかどうかすらわからない。
凄まじい惨状に、俺は苦い顔になる。
彼女を連れてきたのは失敗だったかもしれない。
「こんなんで交渉なんかできるのか……」
そう思っていると、土煙が晴れた瞬間、先ほどの骨マスクの女が曲刀から手斧に持ち替え野獣のような跳躍力でエーリカの首を狙う。
「あいつまだ生きて!」
エーリカは持っていたガドリング砲を音もなく異空間に消すと、すぐさま拳銃を出現させ骨マスクの眉間に全く躊躇いのない銃撃を三度浴びせる。
一発はそれたが二発の弾丸は骨マスクに命中するとパキッと音をたててマスクが縦に割れる。
「よせ、やめろ!」
俺は両者に向かって叫ぶ。
そんな手斧なんかじゃエーリカは絶対に倒せないし、今のエーリカは手加減も容赦もしない。殺されるだけだ。
それは最初の攻防でアマゾネスもわかっているはずなのに。
しかしそれでも攻撃をやめないのはプライドが故なのか。
予想通り手斧はエーリカの首筋に的確に命中した。だが、それは彼女の首が少し傾いた程度で、赤く発光するクリスタルが次はこちらの番だと無言で語り、アマゾネスの首を掴むとそのまま力任せに持ち上げる。
「ぐぅうっ!」
宙づりにされたアマゾネスは苦し気に呻きながら暴れる。だが、エーリカが逃がすわけがなかった。
銃口をアマゾネスの眉間に押し当て、引き金に力を込めると拳銃のシリンダーが回転する。
ダンっと乾いた音が響き、薬莢が一発分地面に落ちると石に当たりキンと甲高い音をたててから転がる。
「もういいから、もういいんだ」
俺はエーリカの体に組み付くように体当たりして、彼女の体を転倒させた。
その衝撃でアマゾネスは解放され、弾丸は空へと発射された。
「もういいんだ」
しばらく俺の下でうごめいていたエーリカだったが、諦めたのか活動を停止させ拳銃もいつのまにやら消えていた。
「戦闘モードを終了。損害軽微。破損個所の自己修復を開始します」
真っ赤になっていたクリスタルも元の美しい緑色へと戻る。
「なんとかなった……」
立ち上がると両頬が切れて、血が流れていた。
片方はアマゾネスの矢で、もう片方はエーリカが放った弾丸だろう。
まだ耳に発射音が残っている。
立ち上がると、そこには体を起こしたアマゾネスの姿があった。
手斧が近くに転がっているが、どうやら拾って襲い掛かってくる様子はなさそうだった。
「無茶苦茶だな」
いたるところで煙が上がり、倒れた木に、砕けた岩が散乱し、一瞬で森は戦場へと化してしまった。
大暴走を見せたエーリカは静かなもので、あれだけ大暴れしたというのに今は自己修復で沈黙している。
大した損傷も受けていないので、時間はかからないと思うが。
「エーリカ、アマゾネスを殺したか?」
「否定。幾人かは銃撃により怪我をおっていますが、全て命に別状はありません」
そうか、どうやらある程度は手加減していてくれたらしい。
でもあの骨マスクのアマゾネスは完全に眉間を狙ってたし、殺す気だったんだろうな。
俺はエーリカに負け、あぐらをかいたまま座り込んでいるアマゾネスに近づく。
骨マスクの下は勇ましい顔をした美人だった。
眼光は鋭く、頬に爪跡のような三本ラインのペイントがされている。
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