第32話 再起動

「また果たし状か」


 俺は届いた手紙を見て顔をしかめる

 最近ここで温泉がでているということが近隣の王にばれはじめているようで、領土を駆けて戦いませんか? と果たし状がちょくちょく来るようになっていたのだった。

 まだこうやって宣戦布告しようとしくる分にはマシだが、唐突に襲ってこられるとこんなボロイ城、一たまりもないだろう。

 ちなみに宣戦布告して、相手が受け入れるとその時点で仕掛けた側と受けた側は戦争状態となり、領土図に戦争中と表記される。

 こうなった場合管轄している城。俺達のところならラインハルト城がその戦争の立会人となり、他の王は手だしすることを原則禁止され、一対一の王同士の戦いが始まる。

 逆に宣戦布告なしで戦争を開始すると、他の王が好き勝手参戦することが許される為、漁夫の利を狙った王が終盤に次々に参戦してくることがある。

 以前戦ったドロテア軍のような強力なチャリオットなら、漁夫の利を狙えば逆に目をつけられる可能性があるので、宣戦布告なしでもガンガン攻めて行けるが、弱小王が領土拡大を狙うなら宣戦布告して邪魔が入らないようにしてから戦うことが多いようだ。

 宣戦布告してきた王を返り討ちにすれば、賠償金や領土、奴隷などの報酬を逆に請求することができる為、わざと弱く見せて、相手を誘い受ける戦法を主体にする王もいるらしいが、ウチは普通に弱いので基本宣戦布告されても受けずにスルーしている。

 無視している分には襲ってこないと思うのだが、そのうち痺れを切らして宣戦布告なしで襲ってきたらどうしようかと不安に思う。


「王様! ここで店を開きたいっておっしゃられている! 商人が見えているんですが!」

「おう、ちょっと待ってな」


 サイモンの大声を聞きながら、どうしたもんかと唸る。

 今月三件目で、ここに早く目をつけた商人が何人か名乗りをあげている。

 それ自体は喜ばしいことなのだが、城の補修に人員をさいてしまっているので、未だ店をだせる場所の確保ができていないのだ

 場所の確保だけして、はい後は適当にやってねと言うわけにもいかないので、寝泊りできる程度の住居も必要だ。

 そしてそれには家が必要で、家を作るには資材が必要になり、木材、石材、土、道具、金属、植物繊維などが大量に必要になってくる。

 それらを全て今いる俺のチャリオットだけでまかなおうと思っても、人手も元手も足りなさすぎるのだった。

 領地に人が集まれば、そこから税収を得ることができるのだが、それまでの初期投資に費用と人手がかかりすぎる。

 そこに来て他の王達に目をつけられ始めている状況は芳しくなかった。

 土地を転がして税収をえている王の自国民の警護と治安の維持は義務であった。

 自衛をおろそかにすると、領民が増えれば増えるほど治安は悪化するし、他のことで手一杯になっていると、よその王の侵攻に気づかなかったりするので警備面というのは非常に重要だ。


「王様、新しい家が出来たのですが、水が出ません!」


 そうだインフラの整備もしなきゃいけないんだ。

 ウチもいつまでも夜ロウソクで過ごすのもどうかと思ってたんだ。

 電気を使いたいけど、それをすると送電線引かなきゃいけないし、何より電気を生み出す雷結晶がない。

 それに電気製品を買ったり自作したりする必要がある。

 あれば便利だが、コスト面を考えると、やっぱ電気は先送りだなと結論づけて、水の出ない新築の家に向かう。

 蛇口をひねれば水がでるというのは、今思えばなんて幸せなことだったのだろうと思う。


 ようやく水が出るようになったときには既に日が傾きかけていた。

 原因は水を送り出すポンプの圧力が足りなくて、城にある貯水池から水が送り出せていないのだった。

 それに目玉にしている蛇口からお湯がでるという、温泉機能を利用した部分も上手く行っていない。


「やばいな。温泉が出る勢いと、ポンプの性能が全くかみ合ってない。電気は先送りの予定だったけど、ここだけは電気を導入した方がいいかもしれない」


 蛇口から湯がでるというのは非常にメリットになるだろうし、それで領民の勧誘も見込める。十分な湯の排出量も見込めているのに、それを繋ぐ部分がうまくいっていない。

 貯水池を新たに作って、パワーのあるポンプを設置しないと。

 しかし貯水池の拡張工事となると、かなりの力仕事になる。

 お世辞にも力仕事向きといえない俺と、ロベルトくらいしか男手がない為、貯水池の拡張工事も先送りにされそうだった。

 もうこの際召喚石使って、無理やり人手を増やしてやろうかと思ったがディーに怒られそうなのでやめた。


「咲ー、帰ったよー」

「帰ったわよ」


 ステファンギルドに依頼を探しに行かせていたオリオンとフレイアが帰ってきた。


「おー、どうだった?」

「めぼしいものがあったから受けてきた」


 依頼書をオリオンから受け取り、目を通す。


「なになに? 依頼者、孫丁糸(ソンチョウシ) 場所、東部菱華村。アマゾネスの集団が村の近隣に引っ越してきて困っている。立ち退きを願う」


 アマゾネスの立ち退き依頼か。報酬がえらく良いな……。

 そんなに難易度が高い依頼とも思えないのに。


「アマゾネスってのは俺のイメージだが女戦士の集団か?」

「そだよ。ギルドの話によると、いきなり引っ越してきたらしくて、別に被害なんかは出てないんだけど、武器持った裸みたいな女の人にウロウロされると困るってさ」


 裸みたいな女……。

 俺はよくこの依頼を受けてきたと、オリオンの頭を撫でる。


「ほへ~」

「絶対あんた邪なこと考えてるわね」

「失礼なことを言うな。俺は善意で困っている人を助けてあげたいだけだ」


 そこに邪な要素など一つもない。 

 ただおっぱいが見られればそれだけで幸せなのだ。


「こんなに胸が並んでいるのに、まだ見たいの?」


 俺の欲望の声はどうやら漏れていたらしく、フレイアはやれやれと呆れている。

 男はどうしても脊髄反射でおっぱいに目がいってしまう悲しい生き物なのだ。

 そこに見飽きるなどという概念は存在しない。


「でも実害がないのに立ち退いてもらうなんてできるのかしら?」

「それにアマゾネスはとてもプライドが高いし、特に男は見下されてるから話を聞いてもらえないかもしれないよ」

「マジか。大丈夫かな」


「王様!」


 不安を覚えていると、今度はディーとロベルトが血相をかえて走って来た。

 今度は何があったんだと思う。


「エーリカが目を覚ましました!」

「何!?」


 俺はオリオン達を連れて全力ダッシュで、エーリカが眠っている城の地下にあるガチャの間へと入る。

 ドロテア軍のチャリオットとの戦闘で両腕を失い、人格プログラムに異常をきたしてしまったエーリカは自己修復する為に、ずっとここで物言わぬ人形と化していたのだった。

 彼女の外装の修復はほぼ完璧に終わっており、両腕も元の姿を取り戻していた。

 俺も何度か彼女の様子を見に、ここには来ていたが、外装の復元が終わっても目覚めることなく自己修復を続けていたところを見ると、恐らく人格修復の方に時間がかかっているのではないかと推測できた。


「エーリカさん!」


 座ったまま眠りについていた彼女は俺の声に反応すると、ゆっくりと駆動音を上げながら立ち上がる。

 俺の頭一つ分を超えるエーリカに見下ろされるとなんだか迫力がある。

 脚部のブーツにいろいろ武器を仕込んでいるようなので、ヒールが高くなり、元から背の高い彼女が一層高くなり、あまり背の高くない俺は彼女を見上げる形になる。


「もう、だいじょうぶなのか?」


 キュインと音をたててエーリカの首が俺の方を向く。

 復元した彼女のヘルムにはグリーンに輝くクリスタルが見えるだけで表情をうかがうことはできない。

 だが、なんだかとても冷たい、感情のない雰囲気が伝わってくる。


「オハヨウゴザイマス」


 抑揚の全くない、機械のような音声が彼女から発せられる。

 俺はそれだけで彼女がエーリカじゃないことがわかった。


「自己修復プログラムの97%が完了した為、本機を再起動させました。修復の概要をお聞きになられますか?」

「……いや、元の人格がどうなったかだけ教えてくれ」

「了解……。人格プログラムの自己修復に伴い、エラー原因の修正と再構成を行い、疑似人格プログラムへの上書きを実施しましたが、途中ハードと人格プログラムがマッチングせず、人格プログラムの活性化が認められませんでした。ハードと人格プログラムの環境をかえ十二回の再マッチングを試みましたが、結果はかわりませんでした。人格プログラムのマッチングを中止し、疑似人格プログラムでの再起動を行いました」

「体と人格が一致しない……」

「肯定。人格プログラムに修復不能な欠損が一部見つかり、ブートアップに重大なエラーが生じている模様。現在人格プログラムを凍結し、隔離退避中にあります」

「エーリカさんの人格はもう治らないのか?」

「不明。検証の結果欠損している人格プログラムはブートアップとは関係のないセクターであり、本機オペレーティングシステムも原因不明と診断結果が出ています。ただ考えられる要因で一番大きいのは本機のコアに未確認の魔力結晶が使われていることがあります」

「未確認の魔力結晶って金の結晶石のことか。それが原因なのか……でもそれは交換することができないぞ」

「肯定。現状本機の出力を最大限引き出せるコアはこれ以外に存在しないでしょう。コアの最適化が終了し次第、再度人格プログラムのマッチングを行います」

「コアの最適化ってどれくらいかかるんだ?」

「不明。コアがブラックボックス化されており全体の概算がたちません。コアの解析を同時に進めながらの最適化となります」

「そうか……それまでエーリカさんは戻ってこないのか……」

「肯定。解析と起動は並行処理可能な為、本機はこれより梶軍チャリオットとしての活動を開始します。ご命令をマイマスター」

「やっぱり俺がマスターなのか」


 彼女の所属は乾のチャリオットが崩壊した時にうやむやになっていたが、いつの間にか俺のチャリオットに編入されていた。そのことを聞いても多分わからないんだろうな。


「わかった。エーリカさん、人格プログラムに関しては進展があれば俺に教えてくれ」

「了解。マスター本機に対しての敬称は不要です」

「わかった。頼むよエーリカ」


 彼女の人格が元に戻らないのは残念だが、人格が失われたわけではない。

 記憶を取り戻していければいいのだが。

 俺は一度地下から外に出て、皆を集めてエーリカの現状を話す。


「そうか嬢ちゃんの人格は戻らなかったか……」


 ロベルトが葉巻を吸いながら、ふぅっと空に向かって煙を吐き出す。

 その横顔はとても残念そうだ。

 皆同じく沈んでいるが、俺の後ろに控えるエーリカは自分のことが話されているとは思えないほど無表情で静かに佇んでいる。


「ま、まぁエーちゃんの人格がなくなったわけじゃないにゃら、そのうちマッチョング? がうまくいくかもしれないにゃ」

「ああ、彼女自身コアの最適化が終わってから再度マッチングを行うって言ってたから」

「それでは待つしかありませんね」

「ではでは王様、エーリカちゃんにいろいろな世界を見せてあげてはどうでしょう? 記憶を取り戻すかもしれません」


 クロエが手を打って提案するが、人間の記憶喪失とは違うので果たして意味があるのかどうかはわからない。


「それがいいにゃ」

「しかし人格プログラムを再マッチングさせたとき、今の疑似人格プログラムの方は上書きされちまうから恐らく記憶は消えてしまうぞ。それに今の嬢ちゃんには善悪の概念がなくなっているから、もし誰かに襲われれば相手を殺すまできっと止まらねー。今の嬢ちゃんを止めるのは難しいぞ」


 ロベルト難しい顔でうなる。

 そんな問題があるのかと俺も唸る。


「可哀想だが人格が戻るまで地下に封印するのがいいかもしれんぞ。下手に他の王のチャリオットに手出ししたら戦争にまで発展する」

「確かに、他の王のチャリオットを殺したりしたら大問題だな……」

「でも、それだといつ終わるかわからないコアの解析が済むまで、ずっと地下室暮らしになっちゃうんじゃない?」


 オリオンの顔はそれは可哀想だよと、不安げだった。

 どうしたものかと深く考える。

 復活したエーリカの表情はどこまでも無機質で、本当に体全部が機械になってしまったのではないかと疑ってしまいたくなる。

 他の王に目をつけられつつある今、何かトラブルがおきるのだけは避けたいが……。

 俺は決断し、エーリカを地下に戻すことに決める。


「エーリカ……地下にもどっ……」

「危ない!」


 俺が言い終わる前に、立てかけられていた補修用の材木が崩れ、雪崩のように一斉に俺に向かって倒れてくる。

 あっ、これやばいやつじゃない? と思った瞬間にはもう遅い。

 オリオンやディーたちが俺を庇おうと駆けるが、距離的に間にあわなかった。

 ガラガラと音と土煙をあげ、材木が全て倒れ終わる。

 俺は倒れ込み、両腕で顔を守っていたが、自身の体になんの痛みもないことに気づく。


「どう、なったんだ?」


 ゆっくりと腕を下ろすと、そこには四つん這いになり、覆いかぶさるようにして俺を材木から守ってくれたエーリカの姿があった。

 確かに彼女はずっと俺の後ろで控えていたが、何の命令もなく瞬時に庇ってくれるとは思わなかった。

 俺が驚いていると、エーリカのヘルム下から見える口元が優しく動く。


「大丈夫だった? 咲君」

「!?」


 優しく紡がれた名は、いつもエーリカが俺を呼ぶときに使っていた愛称だった。

 俺は確信した。


「エーリカの人格は……生きてる!」


 材木を全て立て直し、今度は倒れぬようしっかりとロープで固定された。


「エーリカ、ありがとう」

「いえ、マスターを守るのはチャリオットとして当然です」


 エーリカに礼を言うと、彼女の口調は元に戻っており、呼び方も咲君からマスターになっていた。

 さっきのは聞き間違いだろうか? いや、そんなことはない。彼女は確かに咲君と言ったはずだ。

 一瞬だが確かに彼女の人格は元に戻った。


「大丈夫だったかにゃ?」

「ああ、それよりさっきの話だ。しばらくエーリカは連れて歩くよ。例え今の記憶が消えてしまっても俺達が覚えていればいい。それで後から教えてあげればいいんだ。こんなことがあったんだって」


 それにさっきみたいに何かの拍子に人格が戻るかもしれない。


「それがいいですね」

「エーちゃんもきっと喜ぶにゃ」

「うんうん」


 ディーとロベルトは難しい顔をしていたが、王がそうおっしゃるならと表情を和らげた。


「よし、じゃあオリオンの持ってきた依頼だけど、人選をするぞ」


 エーリカはまたもの言わぬ彫刻のように俺の後ろに佇んでいた。

 だが、今はなんだか彼女に見守られているような気がして嬉しかった。

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