第7章 アマゾネスと死者の村
第31話 老婆と死体
「いやぁ、すみませんね。見ず知らずの俺達にこんな御馳走していただけるなんて」
「なに、困ったときはお互いさまだよ」
赤い提灯の光が見える民家の中で、三人の若い冒険者が豪勢な食事に舌鼓をうっていた。
一人は小柄な体躯にバンダナで目元を隠したシーフ風の少年、もう一人は眼鏡をかけた魔術師風の少年、最後は剣を腰にさした金髪の少年で、他の少年に比べると二つ、三つほど年上に見えるリーダー風の少年だった。
馳走をふるまった老婆は、ガツガツと食べ物を喉に詰め込んでいく冒険者の様子を微笑みながら見守っていた。
「いや、ほんとに美味い。美味すぎる!」
「ほんとほんとこんな美味しいもの、この世界にあったんだね!」
「食ったことない料理ばっかりだ」
お金のない駆け出し冒険者では到底味わうことのできない豪華な料理に、それまでのことを忘れて、三人の顔には笑みがこぼれていた。
「あんたたち何かを探してたみたいだけど、ギルドからの依頼かい?」
老婆の問いに、急に冒険者達は現実へと引き戻され暗い顔になる。
「いえ、依頼じゃなくて行方不明になった俺達の仲間を探してるんです」
「おやまぁ、おだやかじゃないね」
「年は俺達と同じくらいの女の子で、背は低くて金髪の女の子見ませんでしたか? 緑の宝石が入ったペンダントを持っていたと思うんですけど」
「……さぁ、知らないねぇ」
「ですよね……」
三人の顔は散々探し回った後のようで、疲れが見える。
傭兵のような金だけの繋がりではなく、幼いころから一緒に過ごしてきた少女が突如この近辺で姿を消したのだった。
三人は夜通し少女を探し回り、精も根も尽き果てたあたりでこの村を発見し、ご相伴にあずかっていたのだった。
「あんまり根をつめすぎても倒れちまうだけだよ。案外ひょっこり帰って来るかもしれない」
老婆の言葉はただの気休めに過ぎなかったが冒険者の気は満腹なことも相まって幾分か楽になるのだった。
「ありがとうございます。でも、まだ探してみたいと思います。俺の……大事な人なんで」
冒険者のリーダーらしき少年の沈痛な面持ちを見て、行方不明になった少女と、少年の関係性を察する。
「そうだ、あんた達東の森には行ったかい?」
「いえ、まだ行ってません」
「なら行かない方がいい。あそこにはとても強い魔物が出る。出くわしちまったら一たまりもないよ」
「わかりました気をつけます。ご忠告ありがとうございます」
「そろそろおいとましようか」
食事を残さず全部食べ終わり、三人は捜索を続ける為、老婆に礼を言って、その場を立ち上がる。
「あまり無理しちゃいけないよ」
「すみません、ありがとうございます」
民家を出ると、とうに日は暮れて、辺りを照らすのは月明りだけだが、松明を片手に三人は村の外に出る。
「良い人だったな」
「全くだ、世の中捨てたもんじゃない」
「ラライが見つかったらお礼に来ようね」
「勿論だ」
三人の顔に悲壮感はなく、絶対に見つけようという強い意志を感じる。
村を出てすぐにシーフ風の冒険者が声を上げる。
「婆さんはああ言ってたが、やっぱり東の森が一番怪しい。もうあそこ以外にない」
「僕もそう思う」
「しかし今しがた行くなと注意されたところだろう」
リーダーも実はそこ以外に考えられないと思っていたのだが、人の良い老婆の忠告をあっさりと無下にするのも気が引けるのも確かだった。
「強い魔物がいるって言ってたしな」
「少し調べてみるよ」
眼鏡をかけた冒険者が持っていた杖を光らせ、村のすぐ近くにある東の森に向かって杖をかざす。
「どうだ?」
「探索(サーチ)をかけてみたけど、あの森からは強い魔物の反応なんてないよ」
「ならなんであの婆さんは強い魔物がいるなんて嘘を?」
「知らないよ」
「婆さんからしたらゴブリンやフォレストウルフが強力な魔物かもしれないだろ? 俺達の考える強い魔物と婆さんの考える強い魔物が同じだとは限らない。それに気配を遮断できる魔物がいるのかもしれない」
リッチや、全身を金属に覆われたメタルドラゴンなどは魔力をほぼ感知することが不可能なモンスターだった。
しかしそのような上位モンスターがいるとなれば、のほほんと隣に村などかまえられるわけがないだろう。
「なるほどな」
「あやまって迷い込んで動けなくなっている可能性もある。見に行こう」
「わかった」
三人の冒険者たちは老婆のいう魔物が、恐らくごくありふれた低級モンスターのことだろうと判断し、警告を受けた東の森に入って行くのだった。
松明の明かりを頼りに、薄暗い森の中を歩いていく。
かすかに動物の鳴き声は聞こえるものの、魔物が突如襲ってくる気配はない。
ザッザッと落ち葉を踏みしめる音以外は静かなものだった。だが、木々によって風通りが悪いのか、近くに降った雨の影響で蒸し暑い。
「ラライーいたら返事してくれー!」
「ラライ―!」
「おーい! ラライー俺だー!」
三人の声は森の中に虚しく木霊するだけで、返事が返ってくる様子はない。
何も収穫がないまま時間だけが過ぎ、月が頂点で煌めいた頃、森の中央部にさしかかった。
そこで三人の目の前に不自然に建てられた石造の小屋が現れたのだった。
「なんだあれ?」
「さぁ?」
人が住む小屋というよりは家畜小屋程度の小さなもので窓は一つもない。
これが森の中でなければ三人は別段不自然に思うこともなかっただろう。
三人が石で造られた外壁に触るとひんやりとしている。
「中、見てみるか?」
「この中にいるってのはあんまり考えられないけど、一応ね」
「任せろ」
シーフ風の冒険者がピッキングツールを取り出し、ものの数秒で扉にかけられていた錠前を外す。
リーダーが扉を押し開けると、中からひんやりとした空気が流れてくる。
どうやら氷結晶を使い冷蔵庫のように中を冷やしているようだった。
「なんだ、ただの冷蔵庫か」
「いや、こんなところに冷蔵庫おくっておかしいでしょ」
天然なリーダーをたしなめ、三人は中を松明で照らす。
薄暗くて見づらいが、床や壁に何かがぶちまけられたような汚れが見える。
それに何か大きな袋のようなものがいくつも天井から吊るされている。
「なんだここ?」
鼻をつくような鉄の臭いがする。
目をこらしてよく見てみると、その汚れはどす黒い血だということがわかった。
「血、血だ!」
眼鏡の冒険者は小屋の中が血まみれになっていることに気づき、腰が引ける。
おびたただしい血の量は、人一人から全て血を抜き取ってぶちまけたとしてもまだ足りないだろう。
リーダーはゆっくりと天井から吊るされている大きな袋へと近づいていく。
嫌な予感がしつつも、吊るされているモノにかけられている布をゆっくりと取り払う。
三人の猛烈にした嫌な予感は、中から出てきたものによってため息にかわった。
「な、なにそれ? 肉?」
「豚だな。これ」
天井から吊るされているものは頭と内臓を取り払われた食肉用の豚だった。
一瞬人間の肉かと思ってしまったが、四足に特徴的な豚足は明らかに人間などではない。
「なんだよ、驚かせないでよ」
「お前ここにラライが入ってるんじゃないかってビビっただろ?」
「君だって同じこと思っただろ!」
リーダーにからかわれて怒る眼鏡の冒険者だった。
「ここは村の食料庫かもしれないな」
「なんでこんな変なところに食料庫があるんだろ」
「保存用か、緊急用じゃないか? もし村に火事があって村の中にある食料が全部焼けちゃったら困るだろ。だから別のところに分けて保存しているのかもしれない」
「なるほど……あっ、もしかしてあのお婆さん僕たちに嘘ついたのって食料庫の位置がばれないようにする為だったのかな?」
「かもしれんな」
「別に僕たち食料を盗んだりしないよ。そんな恩を仇で返すような」
「村で東の森に人を近づけてはならないって決まりがあるのかもしれない」
「それはありそうだね。じゃあこの辺りに飛び散ってる血って全部家畜のものだね」
「相当解体が下手だったんだろうな」
三人は村人が苦労して豚を解体しているところを思い浮かべ、思わず小さな笑みがこぼれる。
「まぁここは見なかったことにして別を探すか」
「そうだね。しかし食料ためこんでるな」
ずらっと並ぶ吊られた布袋を見て、眼鏡の冒険者は苦笑いする。
「これなんかまだ血がしたたってるよ」
袋の下からポタリポタリと赤黒い血が零れ落ち、血だまりをつくっていた。
その血だまりの中にきらりと光るものを見つける。
「なんだこれ?」
眼鏡の冒険者が拾いあげ、松明にかざす。
「なんだそれ?」
リーダーも一緒になって覗き込むと、それは美しい緑の宝石が入ったペンダントだった。
それを見て一気に血の気が引く冒険者たち。
何故ならそれは探していたラライが身に着けていたものだったからだ。
嫌な予感に突き動かされ、血のしたたる袋をあける。
「うっ……おぇっ」
眼鏡の冒険者が吐き戻す。
目の前で胸に大きな穴を開けられ物のようにフックで吊るされているのは四肢のないラライだったからだった。
「うあああああああああああっ!!」
リーダーの怒りと恐怖と混乱が入り混じった雄たけびが木霊する。
あまりにも惨すぎる再会にリーダーは頭の血管が焼き切れそうになっていた。
「あんた達、ここには入るなって行ったでしょう」
「!?」
驚き振り返ると、先ほどまでは人の良い老婆に見えていたが、夜闇を背景に立つ皺くちゃな顔をした老婆は悪魔のように見える。
口元に薄く笑みを作り、酷く狼狽する冒険者たちを見据える。
「お前がやったのか!」
リーダーは即座に剣を引き抜いて、老婆に向かって構えた。
「どうだかねぇ……」
クツクツと笑う老婆は冒険者たちをバカにしているようにしか見えなかった。
「ふざけるな! 答えろ!」
「別にあたしゃふざけてなんかいないよ。それにその子はまだ死んじゃいないからね」
「なに?」
リーダーが振り返ると、吊るされているラライの頭が少しだけ上を向く。
驚くことにこんな無惨な状況だというのに彼女はまだ死んでいなかったのだ。
だが、明らかに魔法で無理やり生かされているにすぎず、死より重い苦痛を味合わせているだけだった。
「貴様ぁっ!!」
リーダーが老婆に斬りかかろうとした瞬間、老婆が何かを投げる。
それは後ろにあったラライの体に張り付いた。
三人が確認すると、黄色の紙に朱色の毛筆で何か術式の書かれた札であった。
それがラライの体に貼り付いたところで何も変化はない。
自分に貼り付けようとして失敗したのかと思い、リーダーは老婆に向き直る。
だが、直後彼の首筋に激痛が走った。
「なっ!?」
見ると自分の首筋にラライが噛みついているのだった。
目を真っ赤に光らせた四肢のない少女はリーダーを噛み殺すつもりで首筋に歯をたてる。
首筋から血しぶきが上がり、首の筋肉を噛みちぎって、骨をも砕こうと人間の力とは思えない肉食獣のような顎の強さで食らいつく。
「うああああああああっ!」
「だいじょぶか! やめろラライ!」
二人の仲間が引きはがそうとするが、顎の力だけで食いついているというのにラライの体は全く引き離すことができなかった。
死体だったラライが突如凶暴化したのは老婆の投げた札で間違いないだろう。
その様子を老婆はニヤニヤと、まるでお化け屋敷に客が引っかかる様を見て喜ぶような意地の悪い笑みを浮かべていた。
老婆は更に札を投げると、後ろにあった布袋から更に死体が三つ動きだす。
同じく四肢のない死体はヒルのようにはいずり、二人の冒険者に食らいつく。
「やめろっ!」
「ああああっつ、やめてくれ!」
三人の冒険者が息絶えるまで、そう時間はかからなかった。
冒険者を噛み殺した死体はいつまでたっても冒険者を喰らうことをやめず、床を流れる血をなめていた。
老婆は死体から札をはがすと、糸の切れた人形のように動かなくなった後、すぐに灰となって消え散って行った。
残ったのは三人の冒険者の亡骸だけである。
老婆は消え去ったラライ達の灰を見て苦々しい顔をする。
「やっぱりゴミはゴミだね」
老婆は小屋の奥にある隠し階段を下り地下室に入る。
薄暗い部屋の中、頭に黄色の札を貼りつけた死体が軍隊の如く整列させられていた。
その中で一際目を引く深いスリットの入った、光沢のある美しい民族衣装を着せられた少女に老婆は近づいていく。
「フヒヒッ、麗蘭(レイラン)頼れるのはあんただけだよ。お婆ちゃん楽させておくれよ」
青い顔をして、他の物言わぬ死体と同様、虚空を見つめる少女に老婆は頬ずりする。
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