第21話 フラッシュムーブ

 リリィがエーリカを救う方法は一つしかない。

 それは逃げ出そうとしている乾を捕まえて、エーリカを強制帰還させることだ。

 王が強制帰還の命令を出せば、召喚された元の場所に戻ることができる。

 殺されかかっていても、強制帰還さえできれば。そう思いリリィは城の中を走り回る。

 そんなこととは知らず、乾は残された私財をもって城から馬車に乗って出ようとしているところだった。

 すぐさまリリィは馬車の進路を塞ぐようにして乾の前に立ちはだかった。


「王! 今すぐエーちゃんを帰還させるにゃ! 今ならまだ間に合うにゃ!」

「はっ!? クソ猫、お前何してんだよ! お前にはあいつらを食い止めろって言ったところだろ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないにゃ! エーちゃんが敵に捕まって、もう殺される寸前にゃ! 今強制帰還させればエーちゃんは助かるにゃ!」

「はっ? バカ言うなよ、あいつがいなくなったら僕に追いついてくるだろ」

「どこまでクズなんだにゃ! エーちゃんはお前みたいなしょうもない奴の為に戦って死にかけてるにゃ!」

「誰がしょうもないんだよ! いいから出せ!」


 乾が馬車の運転手に命じると馬車はゆっくりと動きだした。


「ふざけるにゃ! 召喚された戦士たちはお前の玩具じゃないにゃ!」

「うるさい離せ、馬鹿猫!」


 涙目になりながらリリィは馬車に飛びつく。


「そんなに強制帰還したいならお前から帰してやる!」


 乾はスマホを操作して、リリィに強制帰還コマンドを実行する。


「リリじゃないにゃ!」

「うるさい黙れ!」


 乾はリリィを無理やり振り落として、全力で馬車を走らせて逃げ去った。


「うううぁ……うぁぁぁぁああああん……えっぐうぐうあああぁぁぁぁん」


 残されたのはただ泣き叫びながら、自分の体が光の粒子となり、召喚された元の場所に強制帰還されようとしている少女だけだった。


「うああああぁぁぁぁ…………あああああぁぁぁぁひっぐ……」


「どうしたお嬢ちゃん」


 リリィは誰もいなかったはずなのに突如声をかけられて振り返る。




 エーリカはリリィが逃げ出したことに安堵し、そして自らの自爆装置を作動させた。

 網膜はかすみ、ほとんど見えていないがカウントダウンのタイマーが動いていることだけはわかる。

 今思うのは自分が死ぬことへの恐怖ではなく、皆が逃げのびてくれていることを願うだけだった。

 エーリカの異変に周囲のドロテア軍も気づく、背面部が赤く明滅しているのだ。

 その明滅は徐々に早くなり魔力が収束しているのがわかる。


「まずい、自爆する気だ!」


 気づいた兵が声をあげるが、そこにちょうどジャガーが到着する。


「ジャガー様、おさがりください自爆します!」

「何バカなこと言ってんのよ、コアを引きずりだせばいいだけでしょ」


 ジャガーは両腕を失いボロボロになったエーリカをひっつかむと背面を無理やり引きはがす。

 そこには血まみれの魔力結晶が露出していた。

 ジャガーはバチバチと光をあげる魔力結晶を鷲掴むと、無理やり引っ張り抜いた。


「ああああああああああああっやめてぇぇぇぇぇっ!!」


 生きたまま心臓を引きずり出されるような、そんな激痛がエーリカの全身を襲い、頭は限界を越えた痛覚に機能を停止させようとするが、コアがなくては安全装置を動かすこともできなかった。

 エーリカの悲痛な叫びも通じず、しばらく痙攣したのちにエーリカは糸の切れた人形のように力を失い、動かなくなった。


「ふん、人形の分際で」


 ジャガーは無造作にエーリカの体を放り投げた。

 しかしエーリカの体にはまだ魔力が残っていたのか、もう何も見えない目で、芋虫のようにジャガーの足元をはいつくばる。


「お、ねがい……かえ……して」


 途切れ途切れの声で、自分のコアを持つジャガーを見上げる。

 エーリカにはもう何も見えていない。見えているのはほんのわずかな自分のコアの魔力のみ。


「往生際の悪い人形ね。豚ちゃんのエサにもならないわ。ふんっ」


 ジャガーは青く美しい魔力結晶を剛腕で握りつぶしたのだった。


「あっ……」


 砕け散った結晶が粉雪のようにパラパラと舞い、小さく声を漏らし、今度こそエーリカは動かなくなったのだった。


「あんたたちさっさと乾王を探しなさい。取り逃がしたら許さないわよ」

「はっ!」


 さきほどまでエーリカを痛めつけていた鎧兵たちは彼女の残骸に興味を失い、乾の城へと侵入しようとする。





「くそっ、もうおさえきれねー!」


 オーク達はロベルトとハイマンを突破して、城門を叩き壊し中へとなだれ込んでいく。

 だが、城門を超えて侵入した兵たちが次々に倒れた。


「なんだ?」

「なんだじゃねーよ」


 弓矢が次々に降り注ぎオークたちが倒れていく。

 乾のチャリオット達は全員城壁の上にいる為、城の中から攻撃したのは別のチャリオットだった。


「て、敵襲!」


 鎧兵が叫び声をあげると、そこには疲れた顔をした少年が一人とビキニ姿の女が三人、革鎧を着た女兵が四十人近く、城の屋根や、柱に身を隠しながら弓を構えて待機していた。

 更にその後ろには同盟軍旗を持った、兵達が山のように現れたのだ。


「同盟軍です! 同盟軍が現れました!」

「何!? 奴は同盟軍のリーダーか!」


 突如現れた軍勢にドロテア軍は狼狽する。

 あまりにも唐突な同盟軍の登場は、城に入るのを待ち構えていた伏兵にしか見えなかっただろう。




「ふざけやがって、この豚野郎ども」


 俺の怒りは限界突破していた。

 変わり果てた姿で転がされているエーリカさんに、泣き叫ぶリリィ。死傷した幾人もの乾の兵たち。

 変わり果てた乾領に、見渡す限り敵だらけの城門前。

 台風の時に田んぼを見に行く百姓の如く、ちょっと田んぼ見てくるならぬちょっと戦争見てくると言って転移魔法(フラッシュムーブ)を使ってみたらこれだ。

 ディーが行くなら全員を連れていくことを条件に許可してくれたが、彼女の悪い予感は的中しており、乾城は陥落寸前であった。

 現在サイモンが城の中を走り回って、同盟軍旗を至る所に突き刺して回っている最中で、少ない人数を少しでも多く見せる為のブラフを行っている。


「王よ、どうなさいますか?」


 ディーの問いに俺は振り返らず答える。


「エーリカを救う」

「しかし、すでに手遅れかと」

「…………」

「かしこまりました」


 ディーは俺の無言から作戦に変更はないと理解し、腰からブリュンヒルデを引き抜く。


「咲、この数は結構骨だぞ」


 城門からエーリカまでの距離は三十メートル程度、しかしその距離を埋め尽くすのは品性の欠片もない醜悪なオークの群れ。

 彼女の近くにはドロテアの兵も見受けられる。

 真っ向からぶつかり合うのは自殺行為に等しい。

 だが、今の俺はキレているのだ。


「正面から突き破る」

「本気でしょうか!?」

「真っ向勝負か」

「そうですね、敵も真正面から来るとは思わないでしょう」


 ソフィーは「えっ、マジで?」とキョロキョロ見渡して見せるが、俺とオリオン、ディーは並び立つ。

 俺は転がっていた血まみれの剣を拾って、肩に担ぐ。


「ディー、前あけて」


 俺は立ちふさがるオークの群れにまっすぐ剣を突きつける。


「弓兵隊、援護!」


 ディーの号令に弓兵達が一斉に弓を絞る。

 乾達のチャリオットと違い、徹底的に訓練され、一部の乱れもなく俺の目の前にいるオーク達に矢が突き刺ささり、狼狽していた豚の群れから道が開ける。


「行ってくる」

「おっしゃ、付き合うぜ」


 隣にはオリオンとディーが並ぶ。


「振り返るのは危険ですよ」

「あたしが振り返るかってんだよ」

「いくぞ、3……2……1……走れ!」


 俺とオリオンとディーは一気にスタートダッシュを切る。


「どけぇぇぇぇぇぇっ!!」

「はああああああっ!」

「邪魔になる奴だけ倒せ! 後は無視しろ!」


 オリオンとディーが左右のオークを斬り倒し、一気に駆け抜ける。

 うすのろな豚たちにディーとオリオンの剣は防ぐことはできない。


「全員王の道をあけるにゃ!」


 ディーの私兵が次々に矢を射り、茫然としていた乾のチャリオット達も我に返り矢を放つ。オーク達の群れは城の中と城壁からの挟み撃ちになっていた。


「ふざけおって。オークに狂化をかけよ!」


 黒鎧の兵が叫ぶと、魔術兵らしき黒いローブの兵が魔法を唱えると、オーク達は雄たけびを上げながら俺達三人の元に殺到する。


「豚に追い回される趣味はあたしにはないんだよ!」


 オリオンはオークの落とした斧を拾い上げるとそのまま投擲する。

 オークの頭に斧が突き刺さり、後ろのめりに倒れた。


「王の邪魔は私が許さない」


 ディーは魔法を詠唱するとブリュンヒルデが風を纏う。


「風よ、巻き起これ!」


 剣を振るうと竜巻が巻き起こり、オーク達は吹き飛ばされていく。

 巨漢のオークが吹き飛ばされることにより、後ろにいた黒鎧兵が巻き込まれて下敷きになっていく。

 エーリカまであともう少し。手を伸ばせば届きそうな距離。

 だが生き残ったオークと黒鎧兵が道を塞ぐ。

 振るわれた剣と棍棒を俺は拾った剣で受け流すが、ここで足止めをくらえば囲まれて終わる。

 そう思った瞬間目の前のオークの頭が蜂の巣になり隣にいた黒鎧兵が鎧ごと袈裟に斬られて倒れた。

 見るとそこには葉巻を咥えた右手がマシンガンの爺さんと、片手だけ異常にでかくバカでかい大剣を手にした爺さんが返り血を浴びながら立っていた。


「行け小僧! 嬢ちゃんを助けられるのはテメーしかいねー!」

「そんなもん言われなくてもわかってる!」


 俺はオークの死体を乗り越えて、ボロボロになったエーリカの体に手を伸ばした。


「大丈夫かエーリカ!」

「…………」


 完全に光を失っている。

 両腕を失い、鈍器のようなものでぶん殴られた形跡がいくつもある。血とオイルが入り混じり、ぐちゃぐちゃになっても任務を遂行しようとした少女は物言わぬ人形と化していた。


「あーらあら。どんな子がきたのかと思ったら、あんまり可愛くないブサ面ね。死んでよし」


 でっぷりとしたおっさんが俺に気づいて近づいていくる。

 こいつがドロテアなのだろうか? だとしたら俺はこいつを許せるのだろうか。


「うるせー豚野郎。テメーがドロテアか?」

「ぶ、豚ですって!! あちしの名前はジャガーラドンセル! 勘違いしてんじゃないわよ」

「そうか、ドロテアじゃないのか。どうでもいいけどな」


 お前が彼女をここまで痛めつけた事実はかわんねーし。


「ここまでする必要なんかないだろ」

「その人形のことかしら? あちしは顔の良い女が大嫌いなのよ。見ているだけで吐き気がするわ」


 そりゃーテメーのドリアンみたいな顔を毎日鏡で見てりゃコンプレックスにもなるだろう。

 だけど、それとこれとは別だ。


「なかなかいい泣き声をあげて死んでいったわよ。最期自爆しようとしたから無理やりコアを引っこ抜いてやったの。そしたら芋虫みたいにはいつくばりながら、お願いかえしてなーんて言うから目の前で握りつぶしてやったわ。顔の良い女が惨めに死んでいく様は最高に滑稽よね~。ヨホホホホホホホ」


 あー、もういい。それ以上喋るな。

 耳が腐る。


「臭いな」

「はっ? 何が臭いっていうのよ」

「お前以外にないだろ。この豚野郎」

「あんた、同盟軍だかなんだか知んないけど死んだわよ」

「そう言うのは殺して言え。後豚がいっちょ前に言葉を話すな。ブヒブヒ言ってろ」

「死になさい!」


 ジャガーの振り下ろした剣を受け止める。ギンと鈍い金属音が鳴り響く。物凄い力で、いつもなら余裕のパワー負けだろう。

 俺にそんな腕力はない。

 だが、何度も言わせるな


 今の俺はキレているのだと


「おらあああああああああっ!!!」


 ジャガーの剣を弾き、奴の顔面を斬りつける。鮮血が舞いジャガーは二、三歩後退して斬られた頬をさする。


「き、傷!? あちしの顔に傷が!? 血が出てるわ!!」


 まさしく火事場のバカ力というやつでもう一度奴が本気で斬りかかってきたらはじき返せる自信はなかった。

 だがジャガーはオロオロと取り乱している。


「今のうちだ」


 俺はエーリカの体を掴んで離脱しようとする。

 だが、それを逃がさぬと、鎧を着たオークがトゲ付きのメイスを振り下ろしてくる。

 間一髪回避すると、怪力から地面に穴が空く。こんな奴をまともに相手することなんかできない。

 気づくと、俺はディーやオリオンたちから隔離されており、黒鎧兵とアーマーオークに取り囲まれていた。


「あのクソガキを殺すのよ!」


 ジャガーの叫びに目を血走らせたオークが、俺をミンチにしてやると棍棒やメイスを構える。


「こんなところで、負けてたまるかよ!!」


 絶対に気迫で負けてたまるかと天に向かって強く叫ぶと、突如俺の持っていた金の結晶石が光を放つ。


「なにっ!?」

「金の結晶石が……」


 金の結晶石が宙を舞うと、鑑定を受けて持ったままだったゴーレムの核が浮かび上がり、上空で紫電の光を放ちながら結晶石と核が融合を果たす。

 俺の目の前に雷を纏った金に輝くキューブ型の結晶石がふわりと舞い降りてきた。


「これは……金の結晶石」


 俺の手にはコアを失ったエーリカの体が、そして今ゴーレムの核と金の結晶が融合を果たした新たなるコアが。

 俺の顔は自然とニヤける。


「悪いなオリオン。二千二百万使って新しいEX仲間にするわ」


 俺は新たなるコアをエーリカの体に挿入する。

 すると少女の体はビクンと一瞬跳ねる。

 枯れ果てた血管に血が流れるように、雷の魔力がエーリカの体を満たしていく。

 光を失っていた鎧にも青い光が灯り、閉じられていた目が開かれる。


「リカバリーモード開始。エネルギー充填率二百五十%。アイオーンシステム再起動、魔導炉活性化を確認、内部機関正常起動、ライフリングエナジーコンポーネント正常接続完了、コンバットモジュール再構成完了、バイタルレッド、緊急モードで起動……。エーリカ再起動」


 機械音声が鳴り響くと、さきほどまで死体となっていたエーリカの目に光が灯る。


「よぅ、目覚めはどうだい」

「おはようございます」


 抑揚のないまるで本当の機械のようなエーリカの声に驚く。


「大丈夫か?」

「はい、現状これ以上のリカバリーは不可能と判断します」


 明らかにいつもの彼女の声ではない。ただの機械と会話しているようにしか思えなかった。


「ほんとに大丈夫か?」

「はい、行動に問題はありません」

「喋り方とかおかしいぞ」

「再起動時に人格形成プログラムに問題が発生、現在隔離退避させています。今の人格は本機を強制的に起動させる為に使用されている疑似人格プログラムです」

「セーフモードって奴か」


 どうやらエーリカの人格は壊されたショックで問題が起きてしまい、別の人格プログラムが無理やり動かしているようだった。

 しかし悠長に話している暇はなく、アーマーオークの棍棒が振り落とされる。

 俺は目を瞑ってしまったが、いつまでたっても棍棒が直撃することはなかった。

 何故ならエーリカの脚が棍棒を蹴りあげるようにして防いでいたからだった。


「ご命令をマスター」

「マスターって俺か」

「…………」

「この状況でバカなことも言ってられないな。エーリカこいつらを吹き飛ばせ!」

「了解」


 エーリカは両腕がないというのに、脚だけで次々にオークと黒鎧兵を蹴り砕いていく。

 金の結晶石によって能力が強化されているのか、巨大なモンスターの体がまるでゴムボールのように吹っ飛んでいく。


「ブラストオン」


 彼女の腰部に備えられているボンベのような円筒状のミサイルハッチが開き、次々に小型のミサイルが発射されていく。

 上空に打ち上がったミサイルは狙いをつけてから、城門近くのオーク達を次々に吹っ飛ばしていく。

 まだ数は残っているものの、俺の周囲にいるのはジャガーだけになっていた。 


「ふざけんじゃないわよ、この雌豚が!」


 ジャガーが再び剣を振り下ろす。だがエーリカが長い脚を垂直に蹴り上げると、ヒールブーツの先から光り輝く剣が伸び、ジャガーの腕を切り落とした。


「おぉ、仕込みビームサーベル」


 腕を斬り落としたというのにエーリカは無表情のままだ、本当に人格がいれかわっているのだろう。

 ジャガーは痛みと怒りで顔を真っ赤にする。


「あちしの腕がぁぁぁぁぁぁぁ!」

「人の両腕引きちぎっておいてガタガタ言うなよ」

「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 貴様らは切り刻んで豚の糞に埋めてやる!」


 激昂したジャガーが剛腕でエーリカの脚を弾き飛ばす。


「死ねっ!」


 迎撃もガードも間に合わない。

 だが、俺のスマホが輝き、画面にフラッシュムーブとオルタネイトドライブが表記される。

 その瞬間俺とエーリカの体はその場から消えていた。

 行き場を失ったジャガーの剣が地面に突き刺さる。


「なっ!? どこに行った!?」


 ジャガーが俺達の姿を目で追うが、俺達の体は城壁を超えて城の庭の中にあった。


「なんなのその能力は!? 瞬間移動したとでも言うの!?」


 俺だって何が起こったのかよくわかっていない。

 フラッシュムーブの能力は城や街に移動する為の転移魔法であり、こんな戦闘用の短距離転移ではない。

 だが、確かにオルタネイトドライブというSレアのスキルが同時に発動したのはわかった。


「全員中に戻れ!」


 俺の叫びとともにディーやオリオン達が城の中へと戻る。

 ロベルトもマシンガンを撃ち鳴らしながら城の中へと戻ったが、ハイマンだけは戻らなかった。


「ハイマン引くぞ!」

「ロベルト、あの小僧の面倒見てやれよ」

「ハイマン!」

「ジジィにはジジィのプライドってもんがある」


 ハイマンが大剣を地面に突き刺し、オークとドロテア兵たちと対峙する。

 ロベルトは長年の友の覚悟を知り、ウエスタンハットを目深に被った。


「ワシもすぐに行く」

「来るがいい、我が名はハイマン、誇り高き融機人の騎士だ!」


 直後ハイマンは自身の胸からコアを引きずり出し、地面に叩きつけたのだった。

 老年の騎士の命と引き換えにした大爆発が巻き起こり、全員吹き飛ばされないようにしゃがみ込む。

 眩い閃光と熱は、オーク達の体を焼き尽くすには十分な熱量だった。

 城門は木端微塵に吹き飛ばされ、瓦礫の塊へと姿をかえる。

 生き残ったジャガーが崩れた城門を見て金切声を上げる。


「ふざけんじゃないわよ! 早く中に入って奴らを八つ裂きにしなさい!」

「崩されたこの門より、別の門に回る方が早いです!」

「他の門も閉められたら終わりでしょうが!」


 その通りだが、俺は命を賭けて作ってもらった時間を無駄にはしない。

 数分後、別の門に回り込んで中へと侵入したドロテア兵が、肩をびくつかせながらジャガーに状況を説明する。


「報告します。城の中はもぬけの殻になっており、敵の姿は確認できませんでした」

「転移魔法を使われたってこと」

「は、はい。恐らく」


 ジャガーはドリアンのような顔を青筋だらけにしていく。


「どこに逃げたかわからないの?」

「は、はい。恐らく無名の王のようでして」

「転移魔法はあんな大勢いっぺんにできないでしょ。城の中で旗振ってた同盟軍はどうしたのよ」

「あ、あれは確認したところ旗だけが転がっていたり、調度品に旗がくくりつけられているだけで、恐らく同盟軍というのは……」

「ブラフだったってこと?」

「はい……」

「転移魔法でいきなり現れて、同盟軍の旗を使ってこちらの動揺を誘い、少数で中にいた乾王の兵士を救出して逃げていったってことね」

「はい……」


 ジャガーは転がっていたハイマンの残骸を足で踏みつぶすと、今にも血管がブチギレそうな悪魔のような顔で部下を見る。


「イライラが止まらないわ。誰かのケツを掘りたいわ。誰か連れてきなさい」

「は、はっ」


 部下が冷や汗まみれになっていると、別の部下が走ってくる。


「ジャガー様、近くの伏兵が乾王らしき馬車を確保したと報告が入ってまいりました!」

「なに……すぐ行くわ」


 そう言ってべろりと唇を舐めるジャガーと、ほっと胸を撫で下ろす部下の姿があった。

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