第20話 豚攻め

 蟻が角砂糖に群がると例えればいいのだろうか。

 乾領を取り囲む飢えたオーク部隊の進撃は、並の兵、ましてや非力な領民がなんとかできるようなものではなかった。

 重量級魔獣の大群による蹂躙と破壊。

 飢餓により理性を失ったオークたちは、赤き目を光らせながら無差別に街を破壊し尽くす。

 無論人間もその破壊対象に含まれており、領地内には悲鳴とオークが領民を追い回す足音がいたるところから響いてくる。

 家族を守る為に立ち向かった男は、躊躇なく振り下ろされた棍棒によって呆気なく頭をカチ割られて倒れた。

 納屋の中で息をひそめていた母と娘を、オークは優れた嗅覚で居場所を見つけ出し無理やり外へと引きずり出した。


「いや……やめて」

「お母さん……」


 フゴフゴと耳障りな鼻息を響かせると、オークは持っていた武器を放り捨て親子の服を引き裂いた。

 男は容赦なく殺され、女は捕まる、人間の尊厳を徹底的に奪う悪夢。

 そんな絶望的な光景が乾領の各地で広がっている。


 オークたちが暴力と欲望を領民にぶつけている最中、突如頭上から『パンッ』と何かが破裂する音が響く。それと同時に街全体に眩い光が差した。


「フゴ?」


 それまで本能のみに突き動かされてきたオーク達が、乾城上空に輝く光の玉を眩し気に見上げる。

 真っ白な光はエーリカが放った閃光弾で、オークは強い光を拒む。

 その為強い光に対しては身を隠したり、光の元を絶とうとするのだ。

 エーリカはその習性を利用し、城へとオークを呼び寄せたのだった。


 このことを乾が知れば憤慨することは間違いないが、彼は今逃げる為に、城内の金品をかき集めている最中でそれどころではなかった。


「よーし、よくやった。オークどもがこちらに向かってくる」

「もう一発いきます」


 ロベルトがオークの移動を確認すると、エーリカはもう一度信号弾を放つ。

 すると今度はオーク達が走って城にやってくるのが見えた。

 彼らは城の前から動けないかわりに、オークを自分たちの方に向かわせる手段を考えたのだった。


「城門をしめろ!」


 ハイマンの命令で城門が下ろされ、ハイマンとロベルトを除き、全員が城壁に上る。

 城へと勢いよく殺到してきたオーク達にリリィ達は全員で弓を射る。


「オークは体に当ててもダメ、頭を狙うにゃ!」


 リリィが右腕を頭上で振ると放たれた矢が軌道をかえて、オークの頭に突き刺さる。

 弓と投石による攻撃で、先頭のオーク達が崩れる。


「次にゃ!」

「エーテル圧縮エンジン起動、魔導砲装填」


 城壁の中空に舞うエーリカが、オークの群れに照準をつける。彼女の両肩部で浮遊している球体が高速で回転しエネルギーを発生させていく。バチバチと魔力が反発しあっている音が鳴り響き、エネルギーを弾頭形態に圧縮していく。


「バレル開放、エネルギー40%」


 球体の形状が大砲のように伸び、砲身が青く魔力を帯びる。

 砲身に刻まれた魔力回路が輝き、ガチンと音が鳴り響き、エネルギーの塊である魔弾が装填される。


「魔導砲発射!」


 ドンっと爆音上げ真っ赤な弾頭が発射され、魔導砲の背面にある廃熱機構から大量の蒸気が吹きだす。

 砲弾は弧を描きながらオーク集団のど真ん中で爆発を巻き起こす。

 領地への被害を考えるとフルパワーで攻撃することができない。だが、半分にも満たないパワーでもオークの群れは紙のように一気に吹き飛び、集団の中に穴があく。


「第二射装填」

「オラオラ豚どもかかってきやがれってんだ!」

「気合い入れろぉ!」


 ロベルトは右腕のマシンガンを撃ち鳴らし、ハイマンは巨大な剣でオークの分厚い脂肪ごと、なます切りにしていく。

 凄まじい量の薬莢が宙を舞い、次から次にオーク達を蜂の巣にしていく。

 上空からは今度は威力を拡散させ、範囲を広げた魔導砲が発射される。

 魔力の雨が上空から降り注ぎ、魔力耐性の低いオーク達は足を止める。

 そこをロベルトとリリィが狙い撃ちにし、近づいてきたものをハイマンが斬り伏せる。


「よーし順調に焼き豚の出来上がりだ!」

「こんなにあっても食いきれねーな」


 ガハハハと老年の騎士たちは笑う。だが、オークの数は全く減っておらず、次から次へと新しいオークが殺到してくるのだ。

 仲間の死体を踏みつぶし、赤い目をした豚たちは城の中にいるものを全て喰らい犯してやると殺到する。


「第三射!」





 その様子を双眼鏡で遠巻きに見ていたのはドロテア軍攻撃隊長であるジャガーであった。


「なーによ、あれ~。あちしの可愛い豚ちゃんたちなんで領民を無視して城に行っちゃうわけ~? 大体あの空飛んでる女何よ。あんなのがいるなんて聞いてないわよ~」

「乾王の側近である、エーリカという女でクラスはEXとのことです」

「女ぁ?」


 途端にジャガーの声が低くなる。


「はっ、乾王初の召喚兵とのことです」

「なによそれ、すなわち乾王の初めての女ってことなの?」

「ま、まぁ……」


 ジャガーはドリアンのような顔を歪ませて、自分の持っていた双眼鏡を握りつぶす。


「そんなの許せないわ。乾王の童貞があの女にとられた可能性があるってことよね?」

「い、乾王が童貞だったかどうかはわかりませんし、肉体関係があったともわかりませんが……?」

「あの女八つ裂きにしたいわ。兵に連絡しなさい。空に浮かんでるあの女を叩き落として、できる限り惨たらしい殺し方をしなさい。アレの使用も許可するわ」

「はっ!」


 部下は苛立ちおさえきれぬ表情のジャガーから逃げるようにして走り去る。






「畜生マジかよ」


 ハイマンは咥えていた葉巻を思わず吹きだした。

 ドロテア軍が駐屯している辺りに、巨大な魔法陣が展開されたと思ったら、そこからバカでかい巨人が姿を現したのだった。

 ギガンテスと呼ばれる巨人は山のような巨大な体躯に、世界樹と呼ばれる巨木で出来た棍棒を振りかざす、まさしく鬼のようなモンスターだった。

 あんなものが来れば、一薙ぎで城は粉々にされることだろう。


「ドロテアの野郎、あんなものまで持ってやがったのか!」

「わ、私が行きます」


 エーリカは震えそうになる心に一括をいれて、上空を飛び上がる。


「悪いが嬢ちゃんの武器くらいしか奴には通じなさそうだ。すまんが頼んだぞ!」

「はい」


 エーリカは魔導砲の出力を上げ、領地に被害が出ないようギガンテスの頭部を狙う。

 だが、それと同時にエーリカの範囲攻撃がなくなったことにより、オークの勢いが止まらなくなってきたのだった。


「全然数が減らないにゃ」


 既に矢を放ち続けるリリィの手からは血が滲んできており、矢をコントロールする魔力も尽きかけてきていた。

 更に絶望的なことにオークの中に鎧を着たものが混じりはじめてきたのだった。

 ジャガーが弓と銃の対策でオークに着せたもので、単純でありながら非常に有効であった。

 兜を被られるだけで矢の威力は激減し、ロベルトのヘッドショットも効果をなさなくなっていた。


「あいつらこの為に嬢ちゃんをデカブツに引き寄せたってわけか」


 エーリカの魔導砲なら鎧ごと貫通できたかもしれないが、彼女はギガンテスの相手で手いっぱいだ。

 そもそもギガンテスも一個師団クラスの戦力であたるもので、いくらEXだからと言って一人で相手にするようなモンスターではないのだ。


「豚共が、次に切り殺されてー奴からかかってきな!」


 ハイマンが近づいてきたオークを斬って捨てる。

 しかし彼の右腕も振るいすぎにより、改造アームに施されたモーターが焼き切れそうになっていたのだった。


「このままじゃまずいにゃ」


 エーリカが魔導砲を撃ち鳴らすが、どうにも手応えがない。

 ギガンテスの顔面にフルパワーに近い魔導砲を撃ちこんでいるというのに、ひるむ様子もなくただ突っ立っているだけだ。

 こちらに向かってくることもなく、もしやギガンテスのコントロールがうまくいってないのでは? とエーリカは予測する。

 もしくは距離が離れすぎている為、魔導砲の減衰率が思った以上に高いのか。

 可能性を潰す必要があるので、エーリカはギガンテスに近づきたいが乾の命令により城から動くことができなかった。

 もう少し、もう少しだけでも距離を詰められれば。

 そう思い城壁を超え、少しずつ前に進む。


「撃てぇっ!!」

「!?」


 突如眼下から声が響き、下を見ると、巨大な大砲を構えた黒鎧の兵士たちの姿があった。


「ドロテア兵! オークだけだと思ったら奴らも入り込んでた!」


 巨大な攻城兵器まで持ち出し、黒鎧兵の叫びとともに矢と砲弾が雨あられのようにエーリカへと降り注ぐ。

 しかしその程度では彼女の防御障壁を突破することはできない。

 しかし矢の次は魔法、魔法の次は矢と絶え間なく攻撃が続き、エーリカの網膜に映し出されている、バリアエネルギーがどんどん消耗していく。


「一旦切らないと、熱暴走を起こす……それにギガンテスもおさえないと」


 エーリカの臀部に備えられた障壁発生装置の内部温度がグングン上がり、発熱しているのがわかる。

 ドロテア兵も大事だが、ギガンテスの進行だけは許すわけにはいかないのだ。

 先ほどまでギガンテスがいた場所を見ると、うっすらと巨人の姿が透けて消えかけているところだった。


「まさか幻影!?」


 道理で手ごたえがないわけである。ギガンテスはドロテア兵が作り出した、ただの幻影で影のようなものだったのだ。

 奴らの目的はエーリカを前に引きずり出すこと。それが完了した為ギガンテスの幻影は消えたのだ。


「まずい!」


 敵の意図に気づき、その場を離脱しようと城の方へと後退しようとした。

 だがそれを待っていたと言わんばかりに、突如空から網が放り投げられる。

 その網は金属でできており、エーリカはすぐさま断ち切ろうとしたが、その瞬間凄まじい電撃が走り、全身を麻痺させる。


「うあああああああっ!!」


 中空に浮いていた少女は城門近くへと落下し、すぐさま大量のドロテア兵が押し寄せ取り囲む。

 使用された網は魔力の伝達をカットする絶縁ネットだった。


「エーちゃん!」

「嬢ちゃん!」


 リリィとロベルトはエーリカが落とされたことに気づくが、オークに道を阻まれ助けにいくことができない。


「どけにゃあああああああ!」


 動けないリリィの叫びを尻目にエーリカの破壊は始まった。

 背中を足で押さえつけられたエーリカは地面に両腕を押し付けられ、巨漢の鎧兵が大きなハンマーを持ち、その両腕を砕いたのだ。

 男達はバキバキと音をたてて無理やりエーリカの両腕を引きちぎる。


「ぅあああああああっ!!」


 エーリカの絶叫が響き渡る。

 両腕を失ったエーリカを無理やり立たせると、そこからハンマーで叩く、叩く、叩く、鈍い打撃音が響き、鎧の各部位からバチバチと火花が上がり、千切れたコードから火花が上がる。

 頭を守っていた半透明なマスクも砕け、血まみれの顔が覗く。

 エーリカを殺すだけなら、あんなことをしなくてもいいはずなのに、まるで故意に痛めつけて殺そうとしているように見えた。


「やめろにゃあああああああっ!!」


 リリィは矢筒から矢を引き抜き、城壁を飛び下りながら連続で矢を放っていく。

 矢はまるで意思があるように変幻自在な動きをするが、全身を鎧に身を包んだドロテア兵達に効果は薄い。

 いくら弓を射ったところで敵の数は減らない。

 やがて前に出たリリィも鎧兵に引き倒されてしまう。

 男達の手の中で暴れるリリィ、その様子を血でかすんだ網膜でエーリカが見る。


「リリィ……逃げて……私は大丈夫。だから……」

「エーちゃん!」


 エーリカは最後の力を使い腰部に取り付けられた閃光弾を発射する。

 一瞬兵たちがよどむ、リリィはその隙をついて逃げ出した。

 背後にエーリカが捕えられているとわかっていても、リリィ一人の力では助けることができなかった。


 彼女がこれから自爆するとわかっていても。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る