第19話 乾城防衛線
乾城領地周辺をドロテア軍は取り囲んでいた。
ドロテア兵の数は少なく恐らく黒い鎧を身にまとった兵の数は五百にも満たないだろう。
二百人程度の私兵しかもたない乾軍とは倍近い差ではあるが、ドロテア軍の規模から考えれば少なすぎる兵の数だった。
なぜこの程度の数なのか、よっぽどなめられているのかそれとも精鋭ぞろいでやってきたのかはわからないが、ドロテア軍が領地を取り囲んでいるのは事実であった。
本来ならば同盟軍が助けにくる予定であったが、予定の時刻になっても同盟軍は到着せず、乾軍は見捨てられたのだった。
王である乾は取り乱しつつ、辺りに怒鳴り散らす。
「ふざけんなよ! なんで僕のところに一番にくるんだ! てか同盟軍の奴らはどうしたんだよ! なんで誰も助けにこないんだ!」
その様子をリリィは白い目で見つめる。
「見捨てられたにゃ」
「はっ!? ふざけんなよクソ猫! お前らがしっかりしてないから、僕が弱そうだと思われて最初の標的にされたんだろ!」
「一番頭悪い奴のとこに来ただけにゃ」
ボソリと毒づくリリィ。そのことに気づかず発狂に近い声をあげる乾。
「ディーたちはどこ行ったんだよ! 今こそあいつらに働いてもらうときだろ!」
「EXだろうがドロテア軍の大量の兵に囲まれたら終わりにゃ。王は何か勘違いしてるにゃ。EXは神じゃないにゃ」
「うるさいうるさいうるさい! いいからあいつら呼んで来い!」
バカ王にゃ、と再び毒づいてリリィは三人のディーの部屋を周る。
そして三人とも示し合わせたかのように手紙を残して姿を消していた。
それを回収して、リリィは乾の元に戻った。
「何だそれ?」
「手紙にゃ」
「言わなくてもわかる、馬鹿にしてんのか」
バカにしてると言いそうになったのを喉の奥に飲み込んで、手紙を乾に手渡す。
女ディーから「ごめんダーリン、昔の彼とより戻すことになったから帰るね」と
大男ディーからは「これはおでののぞむたたかいではない。まけいくさのためにきでんについてきたわけではない。たたかいをもとめてたびにでる」と
ヤンキーディーからは「ドロテアの軍勢とやりあうには1億ベスタ必要だ。だが、お前に支払い能力がないのはわかってるから、俺はずらからせてもらう。悪く思うなよ」と
手紙を全て読み終えて、怒りから手が震える乾は全てを破り捨てた。
「あ、あいつらぁぁぁぁぁぁっ!」
「ちゃんと契約しなかった王が悪いにゃ。大男と女はともかくトンガリ頭は石使ったから契約できたはずにゃ。それをフリーの傭兵と同じ扱いにしてた王が悪いにゃ」
「騙された僕が悪いって言うのか!」
リリィは語らないが、視線で「そうに決まってんじゃん」と語っていた。
「エーリカ!」
怒鳴り声でエーリカを呼び出すと、何を言われるか既に理解した鎧姿の少女が現れる。
「城を取り囲んでいる敵を全員蹴散らせ! 僕の城に一人も入れるな!」
「無茶苦茶にゃ、つきあいきれんにゃ」
「お前も行くんだよ!」
乾はスマホをリリィにかざす。彼女は召喚によってやって来た為、ディーたちとは違い強制的に命令を従わせる”コマンド”を使用することができるのだった。
リリィもそれがわかっている為、城から逃げ出さずにいたのだった。
「クソ野郎にゃ、死んだら化けてでてやるにゃ」
リリィはハンティングボウを持って外に出る。
それを見たエーリカも何も言わずに、命令に従う。
「待て、お前らは城の防衛に回れ」
「マスター、領民の避難が出来ていません。ここは領地の最前線で防衛線を張るべきです」
「ダメだ。僕の領地を守り切るには手ごまが足りなさすぎる。最悪領地くらい奴らの好きにさせてやっていい」
「しかし……」
「うるさい、僕が良いって言ってんだよ! お前らは絶対にこの城の防衛から離れるな!」
「それでは領民にすぐさま城への避難指示を」
「それもダメだ。そんなことしたら奴らはすぐに城へ殺到する」
「どっちみち領地を荒らしたら城にくるにゃ」
「それでもやって来る時間は遅くなる」
「領民を時間稼ぎに使う気ですか」
「僕は王なんだから、領民が王の為に動くのは当然だろ! あぁR以下の兵は領地に配置していいよ。あいつらには期待してないし」
エーリカはギリッと拳を握りしめる。
自分が非道な王と比べてマスターはまだマシと言ったことを取り消したくなった。
「そういうわけだから。お前らはきっちり城にひきつけておけよ」
乾はコマンドを使用し、腕の立つ召喚兵全員を城に縛り付けると、自分は慌ただしく走り去る。
「あいつ逃げる気にゃ……」
それはエーリカも見ていてわかった。
「行きましょう。既に命令は下されています」
エーリカは城門前でふわりと浮かび上がると、近くに展開している兵の数を見て小さくため息を吐く。
彼女の網膜には次々にコンバットシステムと呼ばれる戦闘用プログラムが起動していく。
ステータスにCOMBAT SYSTEM ALL GREENと表示され、エーリカの鎧に搭載されている武装の全てが使用可能になり戦闘準備が整った。
城門前には仁王像の如くロベルトとハイマンが立ち、城壁上にはリリィが弓をつがえ、上空にエーリカが浮かぶ。
城の外にある領地には幾人かのRとNの戦士達が待機し、踏み込んできたドロテア軍に備えている。
乾のコマンドにより無理やり動かされている戦士がほとんどであり士気は低い。
よって要となるのはロベルト、ハイマン、リリィ、エーリカの四人だけとなっていた。
領民の避難も完全には行われておらず、家の中で怯える領民の姿も見える。
領地には是が非でも入れるわけにはいかないのに、自分には民を守る権利すらないことにエーリカは強く歯噛みし、自身の思考に怒りからの強い乱れが計測される。
「来たぞ!」
ロベルトが眼球に装備された望遠レンズをズームにし、土煙の上がる平原を睨む。
「なんだありゃ……」
ロベルトは巨大な檻から次々に解き放たれる魔獣を見て、事態の深刻さに気づく。
「畜生くそったれめ、奴ら豚攻めしてきやがった!! オークの群れだ!! 」
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