第18話 10連スキルガチャ

 エーリカとリリィが黄昏ていると、その隣に老年の騎士、ハイマンとロベルトが葉巻を咥えて紫煙をくゆらせていた。

 彼ら二人も召喚された戦士であり、エーリカと同じ融機人間(メタル)であった。

 ハイマンとロベルトは体の約90%以上が機械であり、ほぼ頭以外は機械と言っても過言ではなかった。

 ロベルトは右手に組み込まれた年期の入ったマシンガンに弾薬を詰め、ハイマンは常人では持つことの出来ないほどの巨大な剣を持ち上げる。

 改造に改造を加えられたハイマンの右腕(アーム)は肥大化しており、シルエットは右側だけが巨大でアンバランスだ。

 彼らの召喚時のレアリティはHR(ハイレア)であったが、それはあくまで身体的ステータスだけを見たランク付けであり、いくつもの戦場を超えてきた彼らにそのランク付けはあてはまらない。


「おじいちゃん達も無駄なことするにゃ。せっかく長くまで生きたんだからわざわざ縮める必要ないにゃ」

「ありがとよ、でもジジィにはジジィのプライドってもんがある」

「ワシらは負け戦だろうが手を抜くつもりはない」


 ロベルトは機械の左手をリリィの頭に乗せるとワシャっと撫でた。

 老年の機械仕掛けの騎士はマシンガンの安全装置を外し、巨大な剣をブンと振るい肩に担ぐ。






 ドロテア軍駐屯基地


 バラン王との傷も癒え、ドロテア軍は次の目標を定め、既に作戦を展開している最中だった。

 全員が真っ黒な鎧を身にまとい、素肌を露出させているものはほぼいない。

 そんな中兜を外し、でっぷりとした顔を晒している、一際巨漢の男が前に出る。

 ドロテア軍攻撃部隊隊長、ジャガー・ラドンセルだった。


「ヨホホホホ、目障りだったバランの婆は死んだ。後は弱小のザコ王ばかり。この大陸は既にドロテア様のものね」

「報告、西で展開している王の同盟軍が領土侵犯を勧告してきています」

「領土侵犯って寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ。邪魔するものは全員ひき殺しなさい。でも美少年は連れて帰って来なさい。イケメンをたぶらかす顔の良い女は拷問して苦痛を与えてから殺すのよ!」


 彼はこの大陸でも有名な男色家であり、フルフェイスの兜を被った近衛兵たちはジャガーが選りすぐったイケメン彼氏だったのだ。


「報告します東側海岸より半魚人族が我が領に向けて侵攻を開始しているとのことです。防衛部隊長テキーラ様から援軍の要請がきています」

「使えない女(メスブタ)ね。魚ごときにいいようにやられてんじゃないわよ。いいわ、兵の三分の一をそっちに回しなさい。……そうだあちしいいこと思いついちゃった、あちしのお気に入りを残して後は魚人討伐に向かわせなさい」


 ジャガーはニヤリと笑みを浮かべ、部下に指示を出していく。


「し、しかしそれは……」

「いいから早くやりなさいって言ってるのよ!」


 言いよどむ部下を怒鳴り散らすと、黒鎧の部下は慌てて走り去った。


 報告を終えた兵が走り去ると。ジャガーは懐から次の標的の写真を取り出し、悩ましげな表情になる。


「すぐに会いに行くからね、乾王。最高の余興を用意したわ」


 語尾にハートがつきそうなくらい甘ったるい声で巨漢の男はぶちゅりと写真にキスをした。








 俺達は装備の新調の為、ディーの私兵を連れてラインハルト城下町へと来ていた。

 俺は兵達が装備を新調するまで暇なので、オリオンとディーとソフィーの四人でステファンギルドにてクエストを探す。


「小規模チャリオット向けの依頼を探しているのですが、あまりないようだね」


 ディーとソフィーは「う~む」と首を傾けながらクエストボードに張り付いている。

 俺とオリオンギルドに併設された酒場のカウンターに腰をおろしながらミルクとオレンジジュースでちびちびとやっていた。


「ねぇ咲、普通にジュースとか飲んでるけどお金大丈夫なの?」

「あぁ、この前裏山でとれた魔水晶がかなりいい額になったから気にするな」

「へー、じゃあボーナス貰えたの?」

「ボーナス?」

「あれ、咲この前累計なんとか十万突破ボーナスで石ゲットだぜ、とか言ってなかった?」


 言われてみれば確かに、ゲームのようにちょいちょいログインボーナスとかで召喚石を貰えたりするのだ。

 俺はスマホを開いて画面を確認してみると、お知らせの項目に「!」マークがついている。


「おっ、ほんとにきてる」


 お知らせの項目に累計資産額百万突破ボーナス、およびチャリオットメンバー十人突破ボーナスと五十人突破ボーナスが同時に受け取れて、合計召喚石が三つストックされる。

 更にスキルガチャ解禁と、今までなかった新たなるガチャ項目が表示される。


「スキルガチャ? なんじゃこれ」


 項目をタップするとそこには王専用スキルガチャと表示された、いつもの戦士ガチャとうり二つの項目が現れる。

 説明項目を見ると、スキルガチャを回すと、出てきたスキルを習得できるという、修行して魔法とか覚えようとしてる人涙目な内容が書かれていた。


「スキルガチャか、どうせ召喚石いるんでしょ?」


 そう思い画面をスクロールさせていくと、初回Sレア確定十連ガチャが無料で引けちゃう! とまさしくどこぞのSNSゲーで見たことのある文体が躍っている。

 しかも現在高レア確率アップ中と表記されており、これは回してみたくなる。


「タダで回せんの? マジで?」


 ガチャの間じゃないけど回せんのかな? と思いつつガチャを引くのボタンをタップすると、画面にいつものガチャガチャマシーンが表示され、凄い勢いでガチャカプセルが吐き出されていく。

 合計十個のカプセルが表示される。その中になんと二つも金色のカプセルがある。恐らくSレア確定と書かれていたので、確定分のものと、もう一つは自力でSレアを引き当てたらしい。

 画面をタップすると、画面が切り替わり詳細が表示される。


取得スキル一覧

 ワーカー 家事+1(N)NEW 

 トークマン 話術+1(N)NEW 

 カリスマ 魅力+1(N)NEW 

 フラッシュムーブ 転移魔法(HR)NEW 

 カウンター 回避からの反撃ダメージアップ(R)NEW 

 オルタネイトドライブ スキル限界を超える(S)NEW 

 ファイア 小さな火を操れる(R)NEW 

 ストレングス 筋力+1(N)NEW 

 スペルリリース 能力解除(S)NEW 

 クイックハンド 技量アップ(R)NEW 


 俺は最初の一文を見ただけでゴミガチャだなと察しがついた。

 お前、家事プラス1て、どこのスキル強化してんだよと呆れる。

 恐らくかっこ書きされているのはレアリティで、戦士ガチャと同じくNが最低のR、HR、SR、EXの順番でレアリティが高いのだろう。

 このNは恐らくゴミだなと、長年のガチャ経験が一瞬でそう判断したので、説明も適当に読み飛ばした。

 読み飛ばすといっても、家事能力が上がりますなどの説明にもならない文だった。

 恐らく重要なのはこのRとHR、SRだろう。オルタネイトドライブとか明らかに強そうである。


「なに、なんか便利なの当たった? ご飯作れるようになるとか?」


 オリオンの予想は当たらずしも遠からずだった。


「家事スキルが上がったらしい」

「なにそれ凄いじゃん。一流の皿洗い目指そうぜ」

「なんで皿洗い限定なんだよ。お前の家事で最初に浮かぶのそれだけかよ」


 てか皿洗いにランクなんてあるのか。


「オルタネイトドライブ、スキル限界を超える」


 説明がアバウトすぎてよくわからん解説wikiでもないのか。

 同じくSレアのスペルリリースも指定した能力を解除するとだけしか表記がなく使いどころがわからない。

 もしかしてSレアなのに使えないの二つも引いた? と嫌な汗が流れる。


「クイックハンド、技量アップってどういうことだ?」


 一般的なゲーム知識で考えると、銃のリロードやエイムが早くなったり、アイテムを盗んだりできることだと思うんだが。

 俺は手首をくるくる回しながら、クイックハンドを使用してみる。

 どうやらスマホから能力を使用するタイプと自分の任意で発動できるタイプとあるらしく、どうやらクイックハンドは後者のようだった。


「クイックハンド!」


 別にスキル名を言う必要はないのだが、必殺技とか覚えたらなんとなく言いたくなる。

 俺の手がきらりと光ると手首の動きが目におえないくらい素早くなる。


「おっ、なんか凄そう」


 と思った瞬間、俺の手は目にもとまらぬ速さでオリオンの胸を揉む。

 柔らかく、それでいてどっしりとした重量があり、スゥイートである。

 俺の頭は木製のジョッキグラスで思いっきりぶん殴られた。


「バカみたいなスキル覚えんな!」

「ほんとすまん」


 いや、でもこのクイックハンドはいろいろ応用がききそうで面白い。

 俺は更にスマホの画面をスクロールさせる。


「フラッシュムーブ。一度来た事のある街や城に転移することができる。……あー、ルー○とかテ○ポとかRPGでよくある類のやつだな。あれ大体低レベルで覚えるもんだと思ってたがHRクラスのスキルなんだな」

「なにそれ?」

「できるかどうか試してみるか」


 俺は警戒するオリオンの肩に手を振れて、スマホから王のスキルを選択する。


「フラッシュムーブ!」


 俺とオリオンの体が浮遊感に襲われる。

 ふわりと体が酒場の椅子から浮かびあがる。


「えっ、なにこれ!?」

「これで城まで帰れるみたいだ」

「なにそれすげー便利じゃん!」

「褒めよ称えよ」


 俺が天狗になっていると、浮き上がった俺達の体が急上昇し、ステファンギルドの屋根に突き刺さった。


「おい、こらバカ王」

「はい、すみません」


 どうやら屋根のあるところでは使えないようだった。

 俺がオリオンに謝っていると、隣にソフィーとディーの頭がズボっと飛び出してきた。

 どうやらフラッシュムーブの範囲で巻き込んだらしい。


「王様、私をてるてる坊主みたいにして、何の遊びですか?」


 笑顔のソフィーが超こええっ。


「王様、スキルを使うならちゃんと範囲指定をしてください」


 呆れ顔のディー。多分ドロテア王もスキル使えたから知ってるんだろうな。

 ちゃんと画面を確認すると、範囲の設定とかちゃんとありました。


「はい、すみません」


 俺達は屋根をぶっ壊してギルド職員に平謝りする羽目になった。


「使えそうなのはこのフラッシュムーブと、クイックハンドってやつくらいだな」


 ファイアも使ってみたが指先からマッチみたいな火が出るだけで、焚火するときに使うくらいしか用途はないだろう。

 Sレアのオルタネイトドライブとスペルリリースもきっとどこかで使うところがあると思うのだが、今はどうやら宝の持ち腐れになるようだ。

 スマホのガチャ画面を確認すると、今度からスキルガチャを回すには、王対王や、ダンジョン報酬などで手に入るスキル石とそのまんまなネーミングの石が必要になるようだ。

 こちらは召喚石と違い、スキルガチャ以外での使い道はないみたいだから、手に入れば使っても良さそうだ。

 でもガチャ回して指先から火が出たり、家事能力が上がるのってどうなんだと思う。

 俺が覚えたてのスキルを使って遊んでいると、装備を新調し終えたディーの私兵たちがぞろぞろとステファンギルド前に集合してきた。


「よし、装備の新調も終わったみたいだし、今日のところは帰るか」


 俺が立ちあがってギルドの外に出ようとした時、ギルド職員達が難し気な顔で話をしている。

 それに聞き耳を立てると、乾の所属する王の同盟軍とドロテア軍がぶつかったらしい。

 すぐさまカウンターに走って、詳しい話を聞かせてもらう。


「戦闘ってほど大きなものは起きなかったらしいよ。ほとんどドロテア軍の圧勝……というより戦う前から同盟軍の士気が下がってて、大人と子供の喧嘩みたいになってたらしい。今も戦闘中みたいなんだけどね」


 ふとっちょのギルド職員は苦い顔をしている。

 ドロテアの急激な規模拡大にさすがに危機感を覚えているようだ。


「あの、同盟軍の王がどうなったかわかりますか?」

「まだ逃げのびてるみたいだけど、多分時間の問題じゃないかな」

「それならもう降伏した方がいいですよね?」

「降伏を許してくれる相手だったらね。ドロテア王は残虐で有名だから」

「あの、その中でEXレアリティでエーリカって人がいるんですけど、どうなったかわからないですか?」

「あぁ乾王の側近でしょ」


 やはりEXとなると有名らしい、だがギルド職員は言いづらそうに顔を背ける。


「乾王のところは豚攻めにあったって聞いたよ。なぜ彼のところだけかはわからないが」

「豚攻め?」


 俺が首を傾げると、ディーが苦い表情で説明する。


「飢えたオークを大量に敵の領地に放つことだ」

「…………」


 オークとは豚の頭に肥えた人間の体をくっつけた亜人だ。頭が回らない分非常に力が強い。

 欲求に忠実で、食欲、性欲、睡眠欲の三大欲求をところかまわずしたいと思ったらする。まさしく獣と呼ぶべきモンスターだった。

 能力的にはそれほど高くなく、一匹二匹程度なら並の冒険者でも倒すことは可能だろう。

 しかしオークは単体でいることより群れでいることの方が多い為、一匹に出くわすと周りに何匹かいるパターンが多い。

 それでも冒険者が勝つ時が多いのはやはり知能の低さ故だろう。

 だが、その知能の低さを全て覆い隠してしまうのが飢えだ。

 飢餓状態にあるオークは恐ろしく、全てを見境なく襲い、犯す。

 更にタチの悪いのが知能の低さだ。加減を知らず、大人だろうが子供だろうが容赦せず、腹が減っていれば人間でも喰らう。

 腹が満たされれば次は犯す。

 欲求を爆発させたオークはその腕力に任せて、全てをなぎ倒していく。

 城の警備隊ですら、飢餓状態のオークの群れがいる場合は特別警戒令が発令され、高難易度依頼に飢餓状態のオークへの警戒という名目のクエストが出される程だ。

 その場合は城がわざと家畜の群れに誘導してエサを与えるのだ。本来なら討伐したいところだが、飢餓状態のオークとぶつかるなど、どんな凄腕の冒険者でも御免被ると避けられてしまう。



「…………」

「咲、ダメだぞ。行っても死ぬだけだ」

「わかってる。皆を危険な目にはあわせられない」

「残念ですが私達にできることはありません。神に祈ることくらいしか……」

「…………」


 俺は今すぐにでも駆けだしたい衝動を抑さえつけた。

 頭の中に浮かぶ乾やエーリカさんたち。俺が行ってどうにかなるものではない。むしろドロテア軍に目をつけられる可能性だってある。

 ここで動くことは下策の下策なのだ。

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