第3章 親子

第13話 詩人

 北部赤月帝国領内

 軍靴が鳴り響く軍事国家である赤月帝国は領土は小さいながらも強力な軍事力を誇っていた。その一番の要因となっているのはダークエルフを中心とする魔法使い達の存在であった。


「ディーが違う王についた?」


 眼帯をつけたダークエルフの女指揮官が部下の報告を聞いて眉をよせる。

 黒いスーツのような軍服を身にまとったダークエルフは乗馬鞭を手で弄びながら不快気な息をつく。


「バラン王が死んで山賊に身を落としたと聞いたが、すぐに新しい王を見つけるとは尻の軽い女だ。その王の情報は?」

「最近召喚されたばかりで、ろくに領土も持っていないものです」

「そうするとディーが利用しているのか? しかしあの女に他人を利用するなんて知恵が回るまい」

「いかがなさいましょう」

「しばらくは泳がせておけ、監視は続けろ」

「はっ!」


 部下が走り去った後、ダークエルフは自分の眼帯を押さえる。


「この傷の恨みはきっちりはらさせてもらうからなディー」




 東部マリオンズ海岸

 夜の海岸からゆっくりと人の形をした異形達が這い上がってくる。そのどれもがえらや鱗を持ち、手には銛のような武器を持っている。


「フシャァァァァァッァァァァ!(我ら海人族が今こそこの地の支配者になるときがきた!)」

「ギョギョギョギョギョ!(時満ち足り! 我らを阻むものには海神様の鉄槌が下る!)」

「ギョギョギョフスィイィィィィ!(我らが姫の為、この地を我が物に!)」


 王同士の戦いは陸だけではなく海からも新たな勢力が登場したのだった。




 南部 椿国

 急激に勢力を拡大したドロテア国の近くに位置するこの国は、他国の文化影響を受けず独自の文化で成長してきた国だった。

 この国にいる王はただ一人、椿姫と呼ばれる年若い少女だった。


「姫! 我が国だけでは限界です!」


 椿城と呼ばれる和風づくりの城に家臣が横並びに数名、一番奥目隠しをされた場所に着物を着た少女が鎮座しており、目隠し越しに侍装束を着た老年の家臣が頭を下げている。


「昨年の水害から農民達は復帰することが出来ず、今年も日照り続きで税を納めることはおろか自分たちが食うにも困り、争いが頻発しております。城の方にも農民や商人たちが物乞いにやってきております。どうか他国、他王に助力を願い、食料だけでも輸入を願いまする」

「ならんならん!」


 老年の家臣に答えたのは年若い青年であり、年齢に不相応な凄みを声に含んでいた。


「我々が弱っているなどとドロテア王に知られれば、それこそすぐに攻め入ってくることになりますぞ!」

「しかし、そのようなことを言って国を亡ぼしては元も子もないではないか!」

「たかだか一年や二年、税がとれぬからと言って、国が崩れるわけではない! 蓄えは向こう五年はもつはずであろう!」

「そのようにして城が農民から税を過剰に徴収するから、今食うにも困る人間がでておるのじゃろう!」

「貴様! 姫の政策に異を唱えると言うのか!」

「これは姫の政策ではない! 全て貴様が勝手に推し進めているだけであろう!」

「ええい、出会え出会え! この男を反逆罪としてひっとらえよ!」

「城につめよせている民たちはどうするつもりじゃ!」

「そんなもの斬り捨てよ! 御庭番達を呼べ!」

「この悪鬼が!」


 暴れる家老が戦鎧を身にまとった兵に連れられていくのを見て、椿姫は俯くことしかできなかった。





 北東部

「結構城綺麗になってきたんじゃない?」


 俺は開いていた穴などが塞がれ、以前のボロかった城を思い出して感慨深い気分になる。

 うんうん、やっぱり人手が多いっていいな。そう思いながら近場の壁に手をかけるとボロッと崩れ、壁が奥に倒れてしまった。

 やっぱウチボロかったわ。


「王様まだそこ固まってないんですから邪魔しないでください」


 はい、すみません。

 ウサ耳のようなリボンをつけた少女エマに怒られ、城門近くで大人しくしていることにした。

 重そうな木材を二人がかりで持ったオリオンと女性戦士が目の前を横切る。


「重そうだな、手伝おうか」

「お前力ないんだから座ってろ」


 はい、すみません。

 オリオンにまでぞんざいな扱いにされ王がっかり顔である。

 しょうがないので俺はスマホを開きギルドからのお知らせの項目をタップする。

 何か目新しい情報はないものかと思い、お知らせに目を通すとやたらと同盟軍結成の情報が目立った。

 同盟軍とは王同士が協力しあうことで、同盟中は攻撃をしない、または攻撃を受けたら助けに行くなど様々なメリットがあることだ。同盟軍が大きくなれば領土の大きい王とも対抗することができるし牽制にもなる。しかしながら同盟軍は大きくなればなるほど王という頭が増えるわけなので、統率が難しく、内部崩壊や裏切り、離反を起こしたりするデメリットもある。更に同盟軍で勝利した場合手に入れた領土の分割方法でもめることもあるので、一概に良いとも言いきれない。


「なんでこんな同盟軍結成されてるんだ?」


 不思議に思い王達の領土図をチェックしてみると、同盟を結成しているほとんどがドロテア領との隣接、または近くの領地の王ばかりだった。恐らくドロテア王が攻めてくる前に協力しようということになったのだろう。

 その方法は正しいと思う、ドロテア軍の巨大な軍勢に攻め込まれれば小さな領地の王なんてひとたまりもなく、飲み込まれてしまうだろう。


「乾のやつ大丈夫か……」


 ドロテア軍の侵攻が始まる前に一度様子を見に行こう。そう心に決める。



 そんなこんなで時刻は昼過ぎ、ディーが一旦昼食にしようと全員に声をかける。

 昼食は城の中庭にある芝生の上で、握り飯をとることになった。

 あの気持ち悪い魚もほぐして、ごはんの中に混ぜられてしまえば見てくれもなにもない。

 しかしながらここに来てから焼いた魚とご飯以外食ってない気がするな。

 あぁ何かしらちゃんと作られた飯が食いたい。

 そう言うと飯を作っているサイモンに失礼なのだが、彼らも呼び出される前はコックとしてやってきたわけではないので文句も言えない。

 全員が握り飯を食っているので誰か調理経験者がいないか聞いてみることにした。これだけ女の子がいれば調理経験者の一人や二人いてもおかしくない。

 田舎でちょっと作ってました、程度でいいのだから。


「皆の中で料理作れますよって人いるか?」


 おい、なぜ全員目を背ける。


「飯なんて焼いて食えればそれで十分だろ?」


 この野生児めと、一体いくつめだと言いたくなるおにぎりをほおばるオリオンを半眼で眺める。


「ですが料理ができる方がいれば良いですよね」


 ソフィーが同調してくれたので、もしやと思い声をかける。


「ソフィーもしかして料理出来るのか?」

「一度お父様たちに料理をふるまったことがありますが、二度と厨房に入るなと言われました」


 何作ったら親からそんなこと言われるんだよ。


「私ならそこそこできると思うが」


 そう言って手を上げたのはディーだった。


「おぉディーすげーな。でもオリオンみたいに魚焼いて料理って言うんじゃないだろうな?」

「失礼だな。まぁそう思われても仕方ないが、これでも女子なのでな、何か作ってみせよう」


 ディーは自分で言った女子って言葉に笑みをこぼしながら、城の粗末な厨房に向かっていった。


「ディーも冗談言うんだな」

「意外ですね、食べる専門だと思ってました」

「女子って、見た目だけじゃん」


 言いたい放題のオリオンとソフィーである。

 三十分程でかえってくると大きめの器にフライにされた魚の切り身と、大きめにカットされたポテトが乗せられていた。


「おっ、うまそうじゃん」

「まぁつまんでみたまえ」


 言われてポテトと魚のフライを一つずつ口の中にほりこむ。

 サクっといい音がした後、香ばしい匂いが口の中にあふれ、黒コショウで下味がつけられていて味がしっかりしている。魚の油が中で閉じ込められており、噛んだ瞬間熱くてジューシーな油がこぼれおち、後味がピリっとしていてとても美味い。

 ポテトの方もさっと焼いて火を通しただけに見えたがバターとガーリックで味付けられており、何もつけなくても全然いける。バジルを潰してまぶしているのか香草の香りが鼻を抜けてポテトがくどくなっていない。この短時間でできるものでありながら手間が加えられている料理だった。

 これは恐らく基礎がしっかりできているということであり、たった二つの料理でディーは料理ができると十分にわかる内容だった。


「うん、うまい」

「そうか、良かったよ」


 にっこりとほほ笑むディーを見て、あっ嫁にほしいとか思ってしまった。


「ふん、たかが油で揚げただけだろうが。揚げてだすのも焼いてだすのも同じだっつーの」

「そ、そうですよ! 焼きがダメだから揚げてくるって発想が安直すぎます!」


 何故か対抗心むきだしのポンコツコンビ。

 俺がいいから食ってみろと料理を指さす。


「いいか、あたしは絶対美味いとか言わないからな。飯なんか口に入ればなんだって一緒だ!」

「私は城内のシェフの料理を毎日食べていたので味にはうるさいですよ!」


 二人は散々わめきながらフライを食べた。


「あっ美味い」

「美味しい……」


 無意識で声がもれたらしく二人はハッとする。


「ちょっと料理が出来るくらいでいい気にならないでくださいね!」

「もう一個くれよ」


 一人は完全に負け惜しみで、もう一人は完全に餌付けされていた。


「この魚のフライ美味い、コショウだけじゃなくて唐辛子も入ってる」


 えっそうなの?とディーに問うと、よくわかったねと返ってきた。オリオンの無駄に鋭い舌に驚かされる。


「ディーさんって北の出身ですか?」

「よくわかったね」

「北の方はよく唐辛子を使われると聞いたので」

「へー、そうなのか。そういやディー、これ何で揚げたの?」


 これは一体なんの衣なのだろうか、自慢ではないがウチは調味料系以外大したものはない。


「食パンが一つあったのでね、それを擦って粉にしたんだよ」

「あぁなるほど、それがパン粉になるわけか」


 なるほどなーと頷きながらディーの料理を全員で食べる。

 うん美味い。


「が、しかしディーを厨房に立たせるわけにはいかない!」

「なんでよー、美味いんだし作ってもらえよ」


 さっきまで飯なんて口に入れば一緒だと言っていたとは思えないことを言うオリオン。


「ディーのメインは戦闘なの、女子力高くても戦う人なの」


 切り札的な人間を厨房にいれるわけがないだろうに。


「咲のバーカバーカ! おたんこなすー」

「悔しかったらお前が料理できるようになれ」

「あぁあたしが料理出来るようになったら厨房に押し込むつもりだな! R娘は料理でも作ってろってことかコノヤロー!」


 俺の首に物理的に噛みつくオリオン。超痛ぇ。被害妄想に火つきすぎだろ。

 その様子を見て周りに笑みがこぼれていた。


 食事で力を得た俺達は午後の作業をこなしていく。大分時間が経ち、西日が差し始めてきた頃に城門前に来訪者がやってきた。

 来訪者は二人の女性で、一人は目じりの下がった、優しげな女性。こんなことを言うと失礼にあたるのだが母親のような柔らかな雰囲気をもち、その手にはハープが握られていた。

 もう一人の方はさらっと長い髪を二つくくりにし、目つきが鋭く少しきつめの印象を受ける少女でヴァイオリンケースだろうか? 瓢箪のような形をしたケースを背に背負っている。

 二人とも薄手のローブを羽織っており、ぱっと見姉妹かと思ってしまった。


「はいはい、なんでしょうかね?」


 俺が対応にでると、ツインテの少女は長い脚を少し開き仁王立ちのように構えて俺を上から下までを見回す。

 そして一言


「びんぼくさ」


 初対面でいきなりかと思いながら、俺はスマイルを崩さない。この手の手合いにイラついてはいけない、早々にお帰り願おう。


「す、すみません。ダメよフレイアちゃん、いきなり失礼なこと言っちゃ!」


 ハープを持った女性がわたわたと慌てる。


「クロエほんと大丈夫なの? 絶対ここお金ないよ?」

「そんなこと言わないの。申し訳ございません、あの、わたくし達こちらの王様にお会いしたいのですが、どうかお取次ぎ願えないでしょうか?」


 とりあえず二人の名前がハープの大人びている方がクロエさんで、ヴァイオリンの目つき悪い方がフレイアということがわかった。


「あぁはい、王ですが」

「はい、ですから王様にお話がありまして」

「はい、ですから王です」

「はい、王様にご用件があるのですが」

「はい、ですので王です」


 なんか無限ループにはいってきた気がする。


「クロエ、クロエ、そいつが王」

「えっ?…………えぇっ!?」


 そんな驚かんでも。


「す、すみません。数々のご無礼ご容赦ください」


 クロエさんは深々と頭を下げる。


「あぁいや、大丈夫です。よく貫録がないと言われますし」

「ほんとにすみません」


 ぺこぺこ謝るクロエさんと対照的に仁王立ちを崩さないフレイア。


「まさかこんなお若い方が王様とは思いませんでした。フレイアちゃんと同い年くらい? フレイアちゃん今十七だっけ?」

「そんなこといいでしょうが、話、進めてよ」

「すみません、娘がこのような言い方で」

「娘!?」


 お母さんぽい雰囲気があるって思ってたけど、まさかほんとにお母さんだとは思わなかった。

 娘の年よりお母さんの年齢の方がよっぽど気になるぞ。


「えっ!? 娘さんなんですか?」

「はい」

「いや、全然そうは見えないです、姉妹かなと思ってました」

「あらあらいやですわ、こんなおばさんをからかって」


 いや、全然そうは見えん、どう見ても二十代そこそこだろう。


「エルフの血が少し混じっているのでそれでかもしれませんね」

「あぁなるほど」


 エルフは確か長命で若い時間が長いと言う、誰もが羨む種族の。にしてはあまり耳なんかとんがってないところを見るとハーフか何かなのだろうか。


「クロエ、話」

「すみません、何度も脱線してしまいまして。わたくし達、旅の吟遊詩人をしておりまして、城に立ち寄っては歌を歌い僅かばかりのお金をいただいているのですが。どうでしょうか、一曲歌わせてはいただけないでしょうか?」


 旅の詩人か、そんなのもいるんだな。ほほーと頷く。


「王よ、どうかされたのか?」


 ディーが来訪者に気づき、持っていた木材を降ろしてこちらに近づく。

 その瞬間フレイアの目の色がかわり、一瞬で飛びずさった。

 その奇怪な行動に驚く。


「ど、どうかした?」

「いえ、なんでもない。すみません虫がいた……から」


 あぁ虫か、意外と可愛らしいところもあるんだなと思った。


(クロエ、あの女強い。S、もしかしたらそれ以上かもしれない)


 フレイアが何か囁くとクロエはパンと手を打つ。


「一曲サービスさせていただきますので、それで気に入らなかったらそこで終わりというのでも全然構いませんので、どうかいかがでしょうか?」


 クロエさんが深くお辞儀すると、薄い布の服から大きな胸の谷間が見え目のやり場に困る。


「詩人?珍しいね」

「どうしよっか夕飯時に一曲頼もうか?」

「あまり我々の財政状況で娯楽にさける資金はないと思うのだが」

「そこをどうかお願いします、他も回ったのですがどこも断られてしまいまして」


 クロエさんは俺に抱き付いて瞳を潤ませる。

 うむやっぱりおっきなことは良いことだ、ボリュームが凄い、素晴らしい、柔らかい、最高。


「よし頼もう」


 自他ともに認めるニヤケヅラで俺は了承した。ディーの目が完全にこのエロ王がと呆れ顔になっていたが気にしないことにした。

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