第14話 次は君の歌で

 西日も落ち、空にはいくつかの星が輝き始めていた。

 食堂で歌ってもらうのもなんなので、昼間と同じように外に出て食べることになった。

 松明をいくつか設置し、中央に詩人の二人、それを囲むように俺達は芝生の上に座る。


「咲、詩人って何?」

「歌を歌ってお金を貰う人だよ」

「なんだよ、歌で金貰うつもりとか人生なめすぎだろ」

「そうです、私だって歌くらい歌えますわ!」


 手の平返しコンビがまた何か言ってるわと思いながらも、サイモンから配られた食器を受け取る。

 今日だけ特別にディーが作った魚のスープと米をおにぎり状にして揚げた、ライスボールをかじる。

 あぁやっぱうめぇ、ディーマジで嫁にきてくんねーかなと思いながら、詩人の二人を見る。


「皆様お食事中失礼いたします。これより少しの間ですが、わたくし達二人の歌を聞いていただき、皆様の心を少しでも豊かなものにできればと思います」


 クロエさんとフレイアはそう挨拶してから、松明のオレンジの光を浴びながらハープとヴァイオリンに手をかけた。


「あたしはたかだか音でお金をとるなんて相当なもんじゃないと納得しないよ」

「そうですそうです! これで私でも歌えるようなものならすぐに帰ってもらいましょう!」

「大体あんな糸で音をだすもんなんて知れてんだよ。あたしは管楽器以外認めてないんだよ!」


 お前の楽器持論なんか知らんがなと思いつつも、間違いない、絶対こいつら手の平返すわと確信する。

 いつものことにツッコむ気も起きず詩人の二人を眺めていると、ハープの優しい音色が鳴り響き、つやのあるヴァイオリンの高音が響く。

 あっ、なんかすげー優しい音してる。

 クロエさんがハープに声をのせるようにゆったりと歌を紡ぐ。

 柔らかな音色を聞いていると、なんだか気分がふわふわとしてくるようで雲の上にでものっかっているような気分だ。

 どこかの民謡なのだろうか、歌詞は牧歌的で青空の下で聞くとさらに良さそうだ。

 隣にいる二人はまだ納得していないのかと思い見てみると。


「なかなかやるじゃない」

「寝る前に一曲演奏する権利をさしあげますわ」


 ばっちり手の平返してたわ。

 しばらくするとオリオンなんか船をこぎ始めていた。

 こいつが飯中に眠るなんて相当なことだろう。

 いや、でもこれはかなり気持ちが良い。音の波がゆらりゆらりと押しては返す、心地の良い波打ち際にいるようで、俺もかなり眠くなってきた。

 気づけば一人、また一人と眠りにおちており、気づけば城の中庭で起きている人物は中央にいた詩人の二人だけになっていたのだった。


「全員寝た……かな」

「寝たね」


 詩人の二人はハープとヴァイオリンから手を離し、辺りを確認する。

 皆安らかな寝息をたてており、誰もこの異常な状態に気づいてはいなかった。


「じゃあフレイアちゃん、探しましょう」

「うん」


 二人の詩人は眠っている人間を尻目に、急いで城の中に入っていくのだった。


「ほんとにこんなことしていいのかしら、ママ不安になってきちゃったわ」

「文句言わないの、ここに探し物があるって長老様の占いで出たんだから」

「長老様だいぶボケてらしてるし、大丈夫かしら」

「にしてもボロい城ね、ここ崩れてるじゃん」

「頑張って修理しようとしてるじゃないの、多分まだ駆け出しなのよ。そんなこと言っちゃ可哀想よ」

「なら尚更目的のものはなさそうだけど」


 二人の詩人は王室! と木製の看板がぶら下げられた部屋の中に入る。

 質素な王室にはベッドと箪笥、小さな机が一つあるくらいで、ガラスの入っていない窓からは風が吹き込み、カーテンがゆらゆらと揺れていた。


「王室なのにほんとなんにもないわね」

「王室だけ豪華な城より好感もてるわよ」


 フレイアはベッドの下を探し、クロエは箪笥の中を探す。


「あっ、これ……」


 フレイアが枕を触ると不自然に固い感触があった。

 ナイフで枕を裂くと、中から木箱が見つかる。


「クロエ!」

「見つかったの?」


 フレイアが木箱の中から五個の結晶石を見つける。


「紋章つき! しかも五個もあるじゃない!? 信じられない!」


 フレイアは驚きと興奮を隠せなかった。


「これでもうこんなことしなくてすむのね」


 クロエは見つかったことが嬉しいと言うより、こんなコソ泥みたいな真似をしなくてすむことを喜んでホッとしているようだった。


「早くこれを持って……」


 二人が木箱から結晶石をとりだそうとした時だった。


「それは我々のものだ、勝手に持ち出されては困る」


 王室の扉の前に山賊の姿をしたディーが立っていたのだった。


「ど、どうしようフレイアちゃん見つかっちゃった!」

「クロエはこれ持って、私はあいつとやりあう」

「でもフレイアちゃんの魔力じゃ」

「いいから!」


 フレイアは右手を突き出しディーに構える。


「詩人かと思っていたら魔法使いキャスターか……、なるほど歌ではなく魔法で全員寝かせたわけか」


 ディーは頷きながら、右手を青く輝かせるフレイアと対峙する。


「キャスターならなおのこと私との相性は悪いぞ」

「悪いけど見られたからには眠ってもらうわよ」


 右手に魔法陣が浮かび上がり、魔力充填させているのか魔法陣が高速で回転する。


 「セット、敵を穿て魔弾!」


 一瞬フレイアの指先が煌めいたと思った瞬間、五発の魔力弾が撃ち込まれた。弾丸を思わせるスピードでディーに命中する。着弾と同時に爆発が起こり、王室の扉は粉々に吹き飛んでしまった。


「全弾直撃! やったのかなフレイアちゃん?」


 後ろで喜ぶクロエとは対照的に、苦い顔のまま右手の魔力を解放しないフレイア。


「貴様本当にキャスターか?」


 煙がはれると、そこには先ほどとなんらかわりない様子でディーが立っていた。


「嘘、フレイアちゃんの魔弾を受けて平然としてるなんて」

「やっぱり、こいつ全然避けなかったもん」

「言霊による強化をかけていながらこの威力では程度が知れる」


 ディーの言葉にフレイアは苦々しい表情になる。


「あんた見た目山賊だけど、中身は全然違うでしょう。神官騎士の類かしら?わたしの魔弾を全部はじき返せるのなんて神の加護を受けてるとしか思えない。もしくはマジックアイテム」

「さぁどちらだろうな、もしくは私が実は霊体で魔力を通さないという可能性もあるぞ」

「嫌な女、あのとぼけた王には全く不釣り合いなできる女ね」

「とぼけた王だから私がいるのだよ」

「あなたダメな男に惹かれるタイプなのかしら?」


 フレイアの安い挑発だったが、ディーは一瞬でフレイアの懐に入ると鋭い回し蹴りを放つ。首を刈り取る勢いで放たれた蹴りをなんとか回避したが、ディーの一撃は壁を弓なりに削り取っていた。


「あまり調子にのるなよ小娘、王への愚弄は私が許さん」

「ますますそれっぽいわねアンタ」


 フレイアは机をひっくり返してディーに投げつけるが、その程度目くらましにすらならず、ディーは机ごと蹴り砕いた。

 態勢の低いフレイアに振りあがったかかとを落とす。


「フレイアちゃん!」


 コロンコロンと音をたてて石の床を小瓶が転がってくると、一瞬注意がそちらに行く。瓶は勝手に破裂すると凄まじい光を放った。


「閃光瓶」


 光の精霊を瓶に閉じ込め、蓋をあけて放り投げると、怒った精霊が瓶を出た瞬間凄まじい光を上げるのだった。

 だがそんなもの数多の戦場を駆け抜けたディーには玩具にも等しい。

 凄まじい光の中、ターゲットをフレイアからクロエにかえ、一瞬で詰め寄ると軸足で大きく踏みこみ腰を捻って回転力をつけた強烈な蹴りが放たれる。


「クロエ、それ捨てて!」


 フレイアが叫ぶと、クロエは怯えながら持っていた木箱をディーに向かって投げる。そしてフレイアはクロエの体を抱いて窓から飛び降りたのだった。


「風よ、集え!」


 ディーの蹴りは不発に終わったが、もし木箱を手放していなければ窓の隣にあいた穴のように、強烈な蹴りがさく裂していただろう。

 飛び降りたフレイアは風の力を使い、地面にクッションを敷いて急いでオリオンたちが眠りこける中庭を抜けて城門へと逃げていくのだった。


「くそっ、やっぱりあの女絶対EXだ! 強すぎる」

「フ、フレイアちゃんも今は魔力がないだけだから、魔力さえあれば負けないわよ」


 クロエはフレイアを励ますが、フレイアは心底悔しそうだった。


「あいつがやばそうってのはわかってたのに。眠らせたときあいつがいないことに気づいてなかったわたしの落ち度だ」

「フレイアちゃん……」


 城門前まで走ると、砕けた門の上に座っている人物がいることに二人は気づいた。


「もう起きてる奴がいる!」


 フレイアはナイフを取り出し、走って突っ切る事に決めた。しかし城門前で座っている人間はこちらの通り道を塞ぐつもりもなさそうで、ただぼぉっと夜空を眺めているだけだった。

 人影が近づくにつれて、それが男だという事がわかり、あの間の抜けた王だということに気づいた。


「王!? なんでこんなところに」


 奴を人質にとればもしや、もう一度チャンスがあるかもしれないと一瞬フレイアは考えたが、その考えは即座に捨てた。王を軽く侮辱したくらいであの山賊女のスイッチが入った。確実に言えるのはあの女は手加減していたし、本来の力の十分の一もだしていない、王を人質にとればそれこそ向こうは本気になってくるし、それに眠らせた兵達もそろそろ起き始める頃だ。

 ならあの男はなぜここにいると考える。


 それもわからないまま、もう男の姿は間近まで迫り、そしてフレイアとクロエは王の前を通り過ぎた。


「えっ?」


 王は結局何もしないまま二人を見送っただけだったのだ。

 クロエは驚きの声をあげるがフレイアはぎりっと歯ぎしりして、そのまま突っ切る。

 フレイアとクロエは城が見えなくなるまで走ると、肩で大きく息をしながらその場にうずくまった。


「はぁはぁっ……、ママもう年なんだから、あんまり無理させないで」

「はぁはぁっはぁはぁっ……くっ」


 フレイアは自分の握っているものを見て苛立たしげに地面を叩く。


「城門前王様いたね。何か言ってたように聞こえたけど、なんて言ってたのかしら?」

「…………いい歌だったって、しかもこれ渡された」


 フレイアは握っているものをクロエに見せる。


「それは……」


 紋章の刻まれた紅い結晶石だった。


「王様木箱の中身以外にも、まだ持ってたのかしら?」

「違う、あの木箱の結晶石からはほとんど魔力は感じなかった。でもこの結晶石からは強い力を感じる。あの木箱の結晶石はダミー。最初から全部王が持ってたってこと」

「あらあら、まぁまぁ、じゃあどうしてくださったのかしら?」


 フレイアは城のある方を憎々しげに見る。そして予想であり答えを口に出す。


「……曲代よ、きっと」

「……まぁまぁ、ママそういうの嫌いじゃないわよ」

「わたしは大っ嫌い!」





 その後城内では気づけば全員寝ていたということで、やっぱり芸術は眠くなるよねー、なんて能天気な会話が繰り広げられ、詩人の賊が入ったという事は王の希望で皆には伏せられた。


 破壊された王室をディーと二人でせっせと片付けながら二人の詩人の話を聞く。


「恐らくあの母親の方は戦闘はできないでしょう、娘の方はRクラスの魔法使いだった。何か隠していたようだがよくてもHRクラスだろうね」

「ほほぉ、親子ともども良いおっぱいしてたからなぁ。歌が終わればウチに勧誘するつもりだったんだけど残念だな」

「また王は……」


 ディーは呆れ顔だが、それより王が紋章のついた結晶石を渡したのが気になった。


「王、なぜ結晶石を賊に渡したのです?」

「あちゃ、バレたか」


 元の木箱に結晶石を戻して一つ足りなかったらそりゃバレる。

 賊が奪ったという可能性もあったが、ツインテの魔法使いはそこまで頭が回るようには見えなかったからだ。


「いや、曲のお礼がしたくて城門前で待ってたんだけどね。彼女が走ってきたら持ってた石が光ったんだよ」

「石が……?」

「そう、だから多分だけど、あの子が持ち主なんだろうなって思ってプレゼントした」

「またそんな曖昧な」

「ごめんね」

「何故王は二人が賊だと思われたのです?」

「歌がね、多分本来歌ってるのはツインテの娘の方なんだよ。でも人を寝かせる詩じゃないからかわりにお母さんが歌ってたんだと思う」

「?」


 詩と賊が何か関係あるのだろうかとディーは首を傾げる。


「恐らくあの子の歌はきっと情熱的なんだよ」


 俺は火の結晶石が輝いたとき、火傷した手をさすった。

 もし仮に彼女が持ち主でなければきっと石の熱さに耐えられなくて落としていたことだろう。

 それをそのまま持ち去ったというのはつまりそういうことだと解釈したのだった。

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