茶屋侍
髭猫のぷか
プロローグ
激しく流れる川の音、濃い土の匂いに意識が浮上した。
黒い雲で覆われた空から次々と冷たく雨粒が頬に強く当たりそれを鬱陶しそうに眉を寄せた。
小さな村だろうか疎らにある古家が強い雨のせいでぼやけて見えた。強風のせいで近場の木々が大きく煽られ僅かになった葉を巻き上げられる。
起立しようと力を加えると足元がミシミシと軋み始めた。ぐるりと辺りに目をやると見覚えがない風景だ。冷静な心境は凍えるような雨のせいかもしれない。今の季節は、深く考えようとすると頭が痛い。
「――ここはドコ?」
掠れた声は激しく音をたてる水に掻き消された。
緩やかな弧を描いて建てられた古い橋の真ん中、先程からその場を動かず痩せ細った足で揺れる橋の上から情報を集める。濁流の先は霧が邪魔をして確認する事が出来ない。
豪雨のせいで水嵩の増し底には山から流れてきた土が積もる川は、橋のギリギリまで茶色く濁った水が迫っていた。不思議とその場を離れたいという気持ちが湧きあがってこない。水分を吸い重くなった髪を薄ら浮かせ、風通しがいいこの橋の上は長年縛り付けられた何かが解かれたかのように息をするのに窮屈を感じなかった。
古い木々で造られた橋は、激しい水の力により鈍い音を響かせていた。
その今にも壊れそうな橋の上で、強風に煽られる身体を泥水を含んだずっしりと重い着物がその場に留まらせてくれる。意識がない時に強く頭を打ち付けたらしく、激しい頭痛と意識がぐらつく。
「…あれ?」
頭に押さえ付けた手が次第に震える。何も思い出せない。
どうして自分がここにいるのか、名前すら覚えていない。
これまでの記憶が一切ないのだ。絶望と困惑で雨に打ち当たってとカチリ、金属がすぐ近くで響き気が付く。利き手と反対の手に強く握られた刀、根付の部分に括り付けられた紅い紐は不思議と泥水に汚れることがなく、自棄に心が騒めく。
何時から握り締めていたのだろう、寒さで感覚を失い始めた身体はもう動かない。
重いのは刀か腕かそれとも両方なのか意識をすると余計に重さを感じバランスが崩れ足元がふらついた。重く垂れ下がっていた腰まで伸びていた髪が強風で後ろに流れ震える唇で言葉を紡いだ。
「この刀は」
少女の言葉と重なるように、鈍い音と共に橋が大きく揺れ、足元の板が二つに割れた。
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