始まり -月島ユイ-

姫神島<ひめがみじま>――――――――――――――――――――――――――

 人口増大に伴う居住面積の枯渇化に伴い国内政府主導の下、K県沿岸部から沖合約100km先の地点に造り上げられた人工島都市の名称。

 島の中心に位置する「中央区」が島の総合的な管理機関とし、島の四方を分割して区分された「区」が「中央区」の下で管理・統治するという仕組みで成り立っており、国内政府の政治的統治からは完全独立している特殊な管理構造となっている。

 この島に向かう為のアクセス方法はK県から延びる道路と鉄道線路が合体している専用の連絡橋のみとなっており、災害などの非常時の際は島の非常港に配置されている脱出船で非難することも可能となっている。

 着工開始からおよそ7年程で島が完成し、完成から30年目を迎える。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


20XV年5月、姫神島「中央区」-総合駅東線ホーム-

―父さん、母さん。私はこの街に移り住んでから早くも1週間が経とうとしていますが、未だにこの環境に馴染めないでいます。-

駅の人混みの中で月島ユイは1人脳内で両親に語りかけていた。

この日、ユイは初めて新しい学び舎「島立第3姫神女子高校」での転校初日である。

彼女は1週間前に両親の仕事の関係でこの姫神島に移り住むことになったのだが、肝心の両親は「仕事の虫」と言っていいほどの仕事最優先な親だった。

その為、ユイは両親の仕事の都合というだけであちらこちらに引っ越しを繰り返していた。しかも1人暮らしだ。

「はぁ、本当、はた迷惑もいいところです」

ため息とともに1人で愚痴る。

確かにはた迷惑なのかもしれない。引っ越しの話も8日前に唐突で電話で決めさせられ、その半日後には業者がやってきて問答無用で転居先に出発する羽目になる。挙句の果てには前の学校や転校先の「3女」にも転校手続きをしておらず、いろんな人に何度も謝罪し回っていた。白状にも両親は仕事を理由に姿も見せなかった。

(私、ちゃんと家族として見てくれてるのでしょうか?)

また深いため息をつく。

引っ越しが急に決まって以降、毎日のようにため息が出る。

もう何百回しただろうか。数えたくもないが。

それでも前向きに考えなければ。

もう慣れたことだ。この街でまた新しい友達を作ればいい。

「よし、頑張りますか!」

胸の近くで両腕をグッとする。


















<◎> <◎>






ゾクッ…!!

(え…?)

今、誰かに睨まれる気がし、突然背筋が凍りついた。反射的に周りを見渡してみる。しかし、視界に入るのは急ぎ足で勤め先や学び舎に向かう大人や学生ばかりで、それらしい「存在」を見つけることはできなかった。

(気のせい…ですよね…?)

多分そうだ。急な引っ越しなどで少し疲れてるんだ。今はそう言い聞かせるしかない。


プルルルルルルルルルルルルル…♪

«間もなく、総合駅東線発、第3姫神女子高校学生街方面行きが出発致します。

 お乗りの方は東線3番ホームの車両にご乗車ください。繰り返します…»

「わわわわわ!!すいません!乗りますー!!」

けたたましい電子的なベルと共にアナウンスが流れ、ユイは慌てふためきながら電車に乗りこむと、電車はゆっくりと車輪を回しだし出発していった。


・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・


姫神島「東区」-第3姫神女子高校学生街駅 出入り口-

ピンポーン♪

«はーい、みなさんおはようございます。門限まで残り30分でーす。

 まだ学生街にいる生徒たちは急いでくださいねー。»


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!

電車が駅に着いたと同時に流れるアナウンスに急かされるように、電車に乗っていた生徒たちはドアが開くや脱兎の如く走り出していく。

その光景は怪獣映画で街中を逃げ回る人間たちとでも言いようか。濁流のように走りぬけている。

「うわわわわわわわわわー!!」

その濁流の中でユイは流されていた。


ドンっ!

不意につんのめって正面にいた生徒の背中にぶつかった。


「あ、ご、ごめんなさい!」

直ぐにユイは頭を下げて謝ると、その生徒はゆっくりと振り向いた。

「?」

「あ」

振り向いた生徒の顔を見てユイは少し固まった。

その生徒は顔の半分近くを包帯でグルグル巻きにしており、その姿はあまりにも痛々しかった。気づけば袖やスカートから覗く手足にも包帯が巻かれていた。

頭頂部から1本だけ異様に長く伸びてバネのように上下に跳ねている髪の毛がシュールではあるが…

「あ、あの、大丈夫…ですか?」

「あ、うん。大丈夫」

生徒は表情は薄くもニコッと微笑み、心配するユイに答えた。そして続けて口にする。

「君、今日が初登校?」

「え、あ、はい。今日からこの学校に転校してきました」

「そう。名前は?」

「月島ユイ、です」

「月島…」

生徒はユイの名前を聞くと小首をかしげた後、ユイの顔を包帯で巻かれた両手で挟み込み、顔を近づけてきた。

突然のことにユイは「ひっ」と小さい悲鳴を上げてしまう。

包帯のざらついた感触もそうだが、なにより包帯が巻かれていない指がとにかく冷たかったからだ。

そして、

(あ、いい匂いがします)

顔を近づけてきたことでその生徒が香水を使っているのを知った。

「月島ヒメ…私の名前」

「あ、お、同じ…苗字なんですね」

「うん、きれいな眼をしてるね」

「ふぇ?」

包帯の少女・月島ヒメの唐突な言葉にユイは変な声で返事をすると、ヒメはユイの顔に触れていた手を離して距離をとった。

「気にしないで。あと、門限近いから。急いで」

「え、あ、はい!」

気が付くと学校に向かう生徒の濁流もまばらになっており、2人は一先ず会話を区切って学校に向かって走り出した。


姫神島「東区」-第3姫神女子高校 正門-

「はぁ、はぁ…ギリギリでした…」

閉じられたスライド式の鉄製の門を後ろに、ユイはぜーぜーと膝に手をついていた。

駅で聞いたアナウンスの通りだった。時間的に余裕があると思ったら学生街が意外に広く、走っても30分でギリギリ校門にたどり着くという距離だった。

「次からは電車1つ分早く家を出た方がいいですね…」

「慣れれば。問題ないと思うよ」

まだ滴り落ちる汗をぬぐいながら独り言をして、一緒に走っていたヒメに話しかけるが、ヒメは汗一つ流さず息切れすらしていなかった。

「じゃあ私、ホームルームがあるから」

「あ、はい。あっ、あの!」

まだ息の荒いユイは玄関に向かおうとするヒメに声を挙げ、呼び止められたヒメはきょとんとした顔で振り向いた。

「こ、これからは『ヒメちゃん』って呼んでもいいですか!?」

緊張した面持ちを見せるユイに、ヒメは静かに微笑んで答えた。

「じゃあ、私も『ユイ』って呼ばせて」

「は、はい!」

望んでいた返事が返ってきたことに声を張って答えたユイに、ヒメはにっこりと笑い、小さく手をひらひらと振り、玄関へと消えていった。

その姿を見届けたユイは大きな安堵のため息をついた。

―お父さん、お母さん。私、最初の友達ができました!―


第3姫神女子高校 -2年棟~3年棟 渡り廊下-

―お父さん、お母さん。学校生活初日で迷いました…―

ヒメと別れ、職員室で転校手続きを終えた後、自分の通うことになるクラスに向かうはずだったが、肝心の教室に向かう道がわからなくなり、学校内をさまよっていた。

(うぅ、職員室までは真っすぐ行けたのにぃ…)

学校内の生徒か教師を見つけれればすぐに教室の場所を教えてもらえただろうが、職員室から出て以降、誰とも会えないでいた。自分のクラスの担任は手続き中に早くもホームルームの為に先に出ていった為についていくことができなかった。

(それにしてもこの学校。ちょっと変な構造してる学校してます)

無人の静かな渡り廊下の窓から見える棟を見てユイはふと思った。

この学校は玄関や職員室といった生徒の出入りや職員が主に使う部屋でまとまった共用棟を中心に3方向に渡り廊下で分離し、それぞれが1年生の通う1年棟、2年生の通う2年棟、そして3年生の通う3年棟に分かれ、更に1年棟と2年棟、2年棟と3年棟を渡り廊下で繋いでいるといった構造だ。因みに図書館や体育館とグラウンドは共用棟の別の出入り口から外に出た通路の先にある。

その構造を思い返した途端、ユイはハッとする。

(この構造で迷うって、私、不味いのでは…)

よく考えればそうだ。共用棟から渡り廊下で目的の棟に一直線で向かえる構造だ。あとは各棟にある階段を使って階層さえ間違えなければ確実に目的の教室に行けるのだ。職員室を出てから迷い始めて15分ほど、実はユイは各棟をグルグル回っていた。

(わ、私ってなんてあんな無駄な時間を…)

一人暗く落ち込んでしまった。

「おい!神宮寺!こっちこい!!」

「ひぃっ!?」

突然響いてきた怒鳴り声を耳にし、ユイは小さな悲鳴を上げた。

怒鳴り声は2年棟の渡り廊下を終えたところにある階段の上からだった。恐る恐る階段の入り口から上をのぞき込むと、踊り場の窓際で3人の女子生徒が1人の女子生徒を囲んで怒鳴り声をあげていた。

「お前さぁ、いくら『シスターズ』の一員になったからって、舐め腐った態度とってんじゃねぇよ」

「先輩に対する礼儀とか解ってるだろうな?」

会話の内容を簡潔に聞く限り、カツアゲとでもいうのだろうか。デカい態度をとってる後輩に先輩が暴言暴力を行っているとでも言いようか。私怨と感情に突き動かされて今にも殴り掛からんというような雰囲気を出していた。

だが、先輩と思しき3人に囲まれている生徒は真逆に静かに対峙していた。外見はユイと同い年くらいだろうか。黒髪のロングヘアで前髪はきれいに切り揃えている。そして学校に来る前に喧嘩でもしたのだろうか、大きめの絆創膏が右頬にベタリと貼られていた。

「舐め腐った態度ですか?あなた方のように、ろくに授業にも出ずにコソコソと遊び呆けている方が余程舐め腐っていると思いますが?」

(あ、油注いじゃってますよ、それ)

階段の陰からそのやり取りを見ていたユイは内心でそう思った。

「てめぇ、今なんつったコラァ!!」


ドガッ!!


黒髪の生徒の返事に、真正面に立っていた先輩生徒が激情して黒髪の生徒を殴り飛ばした。殴られた黒髪の生徒はそのまま後ろの壁に叩き付けられてしまい、そのまま崩れ落ちそうになった。そこに別の先輩生徒が崩れ落ちそうになる黒髪の生徒の髪を乱暴につかみ上げ、無理やり立たせるや膝蹴りを顔面に入れた。

「ベキッ!」っと生々しい音が聞こえた。

蹴られて仰け反った顔が戻ってくると、黒髪の生徒の鼻から真っ赤な血が流れていた。

しかし、その目は一切の恐怖心も恥辱感もない、静かに、そして凛としたものだった。それを見て更に怒ったのか、先輩生徒の1人が胸倉を掴み上げた。

「てめぇ、やっぱ半殺しにでもしねぇと反省の「は」の字もしないみてぇだな」

事態は悪化する一方だった。

そんな様子を見てか、ユイの体は反射的に階段を駆け上がっていた。

「あ、あの!!」

「あぁ!?」

踊り場まで昇り切ったユイの静止の声を聞いた先輩が獣の形相で振り返った。

それにも臆せず、ユイは声を出す。

「あの、いくら気に入らないからと言って暴力で解決するのはよくないと思います!」

的を得た静止の発言ではないかもしれない。だが目の前の事態を収めるには十分な発言だ。

「んだてめぇ、見かけない顔だな」

「は、はい。今日からここの生徒になったので…」

今のこれは話す必要はあったのだろうか?

そう思っていると先輩生徒はユイとの距離を縮めて食って掛かった。

「新参者が知った口で割り込むんじゃないよ!」


ドン!


怒鳴り声と一緒にユイは先輩生徒に突き飛ばされ、後ろ向きに今さっき昇ってきた階段で宙を舞った。

(あ、これ…死にますよね?)

ふとそんなことを考えたが、それは訪れることはなかった。

「おっと」

ぼふん


とある声と共に、ユイの落下の感覚が突然止まり、後頭部が柔らかい感触に挟まれた。

柔らかい感触を覚えながら見上げてみると、女性の顔が見えた。

どうやら階下で落下を受け止めてくれた人がいたようだ。

「ホームルームを過ぎても来ないと思ったら、こんなところで何してんだい?」

「漆山先生…」

黒髪の生徒が受け止めてくれた女性の名前を呼んだ。ああ、どうやら教師のようだ。

「全く、またやられてるのか?神宮寺、そんなんじゃシスターズの面汚しにしかならんぞ?」

「・・・・・」

「それと」

漆山と呼ばれた女性がユイを確認するように顔を下を向けてきた。

「君が転校生の月島ユイ君だね?」

「は、はい」

「うむ、返事はよろしい」

にかっと漆山が笑った直後、毅然とした顔で先輩生徒の3人を見やる。

「さてあんたら、先輩生徒にしちゃあちと度が過ぎんじゃないかい?」

「うるせえな、センコーがデカい面してんじゃねぇ!」

「吠えるなガキ共!!!」

暴言を吐きだす先輩生徒を漆山の一喝が黙らせ、言葉をつづける。

「私とヤろうというのならいつでも相手してやるよ。だがいつもヤり過ぎてしまう。嫌ならさっさとクラスに戻れ」

その言葉に冗談の欠片も感じられない、異常なまでの殺意が漂い始めてもいた。

「な、なぁ、戻ろうよ」

「・・・・・ちっ、わかったよ。次は覚えてろよ」

漆山の言葉と雰囲気で怖気づいたのか、3人のうちの1人が離れようと諭す。それを聞いたリーダー格と思しき先輩生徒は舌打ちを打つと黒髪の生徒に唾を吐き、2人を連れて階段を下っていき3年棟に向かう廊下へと姿を消していった。

「やれやれ、実力もみみっちぃ癖に態度だけはデカイ連中だよ全く」

3人がいなくなるのを確認した漆山は頭をポリポリと掻いてつぶやくと、ユイと神宮寺と呼ばれた黒髪の生徒に声をかけた。先ほどの一喝の声とは打って変わってサバサバとした穏やかな声だった。

「さ、ここで長話すると授業が遅れるぞ。月島君は私と一緒に教室に。神宮寺は保健室で手当てを受けてから来なさい」

―お父さん、お母さん。ようやく教室に行けそうです…―


・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・


第3姫神女子高校 -2年棟 教室-

―お父さん、お母さん。ここが私の過ごす教室です―

「さてと、朝礼から大分時間がたってしまってはいるが、私が担当する授業ということもあってちょうどいい。今日からこのクラスの仲間になる月島ユイ君だ。みんな、仲良くするようにな」

「つ、月島ユイです。よろしくお願いします!」

漆山の紹介とユイの自己紹介でパチパチとクラスの生徒たちが拍手を送ってくれた。

教室は1クラス40人前後の生徒が授業を受けれる広さで、それが1学年3クラス存在する。教室としてはスタンダードな広さだろうが、ユイにはどうも引っかかる部分があった。

40人分の机があるにもかかわらず、16人分の机が空いていたのだ。

「じゃあ月島君、どこでもいいから空いてる机を選んで。そこが今日から君の机になるから。あ、あの窓際の空いてる机は神宮寺のだからそこ以外でね」

「は、はぁ」

なんともサバサバとしている先生だが、なぜここまで空きの机があるのだろうか?

そう考えながらもユイはとりあえず、先程の黒髪の生徒・神宮寺のだという机の隣に空いていた机を選んだ。

「あ、今日からよろしくね。私、佐伯っていうの」

席に座るなり声をかけてきたのは正反対の隣に座る女子生徒だった。

「は、はい。月島です。よろしくお願いします」

「さっき聞いたよ」

あっとした顔をするユイに佐伯と名乗った生徒はクスクスと笑った。そんな佐伯の反応にユイが慌てていると、教室の扉がガラガラと音を鳴らした。

「遅れました」

「おう神宮寺、お前の席の隣に転校生が座ることになったからな。ちゃんと面倒見ろよ」

「・・・」

先程、先輩生徒に乱暴を受けて保健室に行った神宮寺だ。見たところ目立つような外傷はなかった。膝蹴りを顔面に受けていたのに何事もなかったような姿をしている。漆山の言葉には何も反応せず無言で自分の席に向かう。

「あ、あの…」

「何?」

「あ、いえ…」

「大丈夫でしたか?」という心配の声をかけようとしたユイに、神宮寺はギロリと睨んできた為、押し黙ってしまった。その光景を隣で見た佐伯がユイに小さい声で教えてきた。

「月島さん、気にしないで。神宮司さんいつもあんな感じで冷たくて。誰も寄り付こうとしないの」

「は、はぁ…」

「あとついでに、神宮司さんの周囲の席に座った生徒、月島さんが久々よ」

「え?」

よく見ると窓際の神宮寺の席を囲うように空席があり、その中の1席、神宮寺の隣の席にユイが座っている状態だ。さらによく見ると佐伯以外の生徒たちも奇妙な光景だと言わんばかりにユイと神宮寺の2人を見ていた。

これだけでも、神宮寺が普段どんな生徒なのかを露骨に説明していたのだった。

その後、授業が終わると転校したてのユイを知ろうとクラスの生徒がユイを取り囲んで質問攻めして来たりしたが、取分け隣の席の佐伯とは気が合ったようで会話が大きく弾み、下の名前で呼び合うようにもなった。一方、別の隣の神宮寺にも話しかけようとしたが終始冷たい目で睨まれてばかりだった。

―お父さん、お母さん。この人神宮司さんとも仲良くなりたいですが、どうすればいいのでしょうか?―


・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・


夕刻、最後の授業のチャイムが鳴ると生徒たちはいそいそと荷物をまとめ始め、ある生徒は生徒会に、ある者は部活へ向かう準備を始める中。

この日の最後の授業の担当をしていた教師が口を開く。

「あ、そうだ。神宮司。漆山からの伝言だが、帰る前に月島に学校内を簡単にだが案内してやりなさい」

「え?」

「へ?」

神宮寺は嫌そうに、ユイはキョトンとしたように返事をした。

すかさずこれに異を唱えたのは佐伯だった。

「あ、あの先生。それなら私がユイに校内を案内したいんですが」

「佐伯は今日生徒会だろ?それに漆山がどうしてもと言ってなぁ」

「はい…」

「しょうがないよ、アヤちゃん。今度一緒に街中行くときに案内してくれますか?」

そういうと、暗い顔をしていた佐伯アヤは一気に明るい顔を見せた。

「うん!もちろん!約束だよ!」

そう言うと、他の生徒たちと同様にユイに「またね」と言って教室を去っていった。

最終的にはアヤ達を見送ったユイと、机に座って窓の向こうをしかめっ面で眺める神宮司だけが残っていた。

「・・・・・」

「あ、あのぉ…」

ガタン!

話しかけようと声をかける瞬間、神宮寺は席から立ち上がる。突然のことにユイは肩をビクッとさせるが、神宮寺は気にせず何食わぬ顔で荷物を持って歩き始める。

「案内する。お互い早く帰りたいだろ」

そう言って教室を出て行った。ユイは先に教室を出て行った神宮寺に気づかず、その場で硬直していた。

(お、怒ってる…)

それが、ユイが感じた神宮寺の様子だった。

―お父さん、お母さん。この人神宮司さん、とっても怖いです―


・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・


校内を案内してユイを帰した後、神宮寺はとある人と会う為に校内の廊下を歩いていた。

が、肝心のとある人とは別の人物が待っていた。

「・・・・おい」

「・・・」

「なんで「バウンドドック」でなくなんだ?」

「・・・その「バウンドドック」の代わり」

「だったら早く内容を言え。とは長話する気にもなれん」

「・・・」

落ち着きながらも無表情のその人物は静かに間を空ける。

その様子に神宮寺は苛立ちを覚え始める。

はいつもそうだ。かつて時も終始この顔を崩さなかった。

のせいで自分がどれほど屈辱的な目に遭うことになったことか。

だからこそ許せない。顔を合わせるのも反吐が出る。とてもとても憎らしい。

殺してやりたいほど。

だが、自分ではには敵わない。それをまざまざと見せつけられたからこそ尚更だ。

「今晩、とある人物を確保せよとの指令。」

「・・・」

「もし、と遭遇した場合は、最悪その人物を始末して阻止せよと」

「・・・」

「可能ならを始末しても構わない・・・と」

「そのとある人物ってのは?」

「・・・」

神宮寺の質問に対し、そいつは「とある人物」の名前を伝えた。


姫神島「東区」-第3姫神女子高校学生街-

「はぁ…」

学校を後にしたユイは何度目かわからない大きなため息をつきながら、街中の人ごみの中でトボトボと歩いていた。

神宮寺の案内はぶっきらぼうの一言だった。一方でこれから仲良くする間柄になるので色々聞いて知り合おうと話しかけてはみたが、神宮寺は一切耳を傾けず、案内を終えるや否や追い出されるように学校から帰された。

「誰も寄り付こうとしないの」

ふと学校での佐伯の言葉をふと思い出し、なぜ誰も寄り付かないのかを薄々理解し始めていた。

すると…


ぼふっ!


俯いて歩いてたせいか、うっかり前にいた人にぶつかったようだ。

「あっ!すいませんでした!」

慌てて謝り顔を上げてみると。


目の前にいる存在に我が目を疑った。


一言でいえば、「そいつは人間ではなかった」。


猫背ではあるが、背丈は2mもあろう長身。

紫色で全身をずっぽりと覆った丈の長い衣服を着ており、袖から見える手は人間のものではない、刃物のように鋭利な鉤爪をしていた。

ボーリングのように真ん丸で口のない真っ白い顔に、黄色い髪から垣間見える深紅に染まった丸く見開いた白目の無い両眼。


「みーつけたー」


目の前のは楽しそうにさっきまでなかった口がギラギラとした牙を見せながら現れた。


この時ユイの脳はフル回転で「逃げろ」と信号を送っていた。だが突然の異形の存在を目にしたせいか体が硬直して動かなかった。

何故かは不明だが、反射的に思った。

明らかにこいつは自分の命を狙おうとしてるんだと。

頭がグルグルし始めているところでそいつはユイの顔を掴もうと鉤爪の指の手をゆっくりと近づけてきた。


「おい!そこの男!」


ユイの顔に届こうとしたところで男性の声がし、声の方を向くと男性警官が立っていた。

おそらく巡回中だったのだろう、不審人物に見えて注意の声を上げたのかもしれない。

ふと周りを見てみると警官の声で立ち止まったのだろう、周りの人たちが全員ユイと警官、そして紫色の服を着た異形を野次馬になって見ていた。

「なんだ?」

異形はそうつぶやくと警官にズンズンと近寄って行った。

その不気味さたるや、警官の体は震えはじめて恐怖心からか拳銃を取り出した。

「動くな!それ以上近づくと撃つぞ!!」

「うるせぇ」

そう言うと異形は警官が発砲する直前に、目にも留まらぬ速さで警官の顔を鷲掴み。


「ぶちり」という音と共に頭を引きちぎった。


「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」」」

首のなくなった警官の首の付け根から噴水のように血が噴き出し、首を失った胴体は糸の切れた人形のようにぐにゃりと倒れ、この光景を目撃した野次馬たちは一斉に悲鳴を上げ、ある者は腰を抜かし、ある者は一目散に逃げだした。

一方のユイは目の前の光景に捕らわれていた。


クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!


大量に噴き出した血でできた血溜まりの中に佇み、ちぎれた警官の頭を持ち上げてケタケタと嗤いながらこちらに顔を向ける恐怖の化け物。

ユイは只々、只々、その光景に捕らわれていた。


―お父さん、お母さん。今、とっても怖いです。助けてください。―

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