プランZは潰えない
@Kita-Kogane
君を呼ぶ
春が来て僕は大学生になった。
入学から一ヶ月経ったころ、すっかり桜の散った殺風景な大学のキャンパスを歩いていると携帯電話の着信音が鳴った。あずさからの着信らしい。一緒に歩いていた友人に断って電話に出る。
「約束、覚えているよね?」
彼女の一言目はそれだった。
湧井あずさとはこの大学で知り合った。僕が図書館でお気に入りの本を読んでいると、あずさが声を掛けてきたのがきっかけだ。
なぜ見ず知らずの僕に声をかけてきたのかは割愛するが、それ以来、僕らは時たまこうして連絡を取り合い、一緒に出歩いたりする仲になった。
他に親しい友人は何人かいるが、あずさとは気が合うし、何より住んでいるところが近いということもあり、僕の大事な友達になったのだ。
彼女の言う約束とは、おそらく四日前に交わした会話のことだろう。最初、僕らはあずさの家で、テレビのニュースで流れている連続少女失踪事件の話をしていたのだが、どういうわけか来週の土曜、僕があずさに夕食を作るということになっていた。
会話の中で僕は一度も「うん」と言った覚えはないのだが、どうやらあずさはそれを「嫌だとは言わなかった」という風に自分勝手に解釈してしまったらしい。
とにかく、そういうことだった。
電話をしてきたのは、四日前に曖昧な返事をした僕に、「まさか忘れてはいないだろうな」と釘を刺すことが目的らしい。
今日あずさは大学には来ていないようだ。来ていれば電話などせず直接言ってくるだろう。そもそも、この曜日のこの時間は、あずさはいつも学校に来ているはずがないから、キャンパスにいないのは当たり前だった。
電話に出たきり返事をしない僕に、しびれをきらして抗議の声をあげたあずさに、今から行く、とだけ告げて電話を切った。
仕方なく僕はこれから遊ぶ約束をしていた友人たちに謝罪をして別れ、近くのスーパーへ向かった。
適当に食材を買い込むと、ビニール袋はけっこうな重さになった。ここから梓の家までの移動手段は徒歩しかない。加えて5月とはいえ気温は三十度近くある。
あずさを呼びつけて荷物持ちに、とも思ったのだが考え直した。呼びつけたところで彼女が力のいる仕事の戦力になるとは到底思えなかったからだ。かえって余計な手間と時間を費やす未来しか見えない。
食材の衛生状態と僕の心身の状態を保護するため、可能な限り日光を避けて歩いたのでいつもの倍の時間をかけてようやくあずさの家に到着した。
門をくぐった先の立派な一軒家にしつらえられた玄関扉がそびえる。高級感のあるノブに手をかけて引いてみると、鍵はかかっていなかった。無用心な、と思ったが、施錠されていないのはいつものことだからよしとする。
到着を知らせるためチャイムを押し、鍵のかかっていない扉を開ける。梓の家に入るときは、いつもこの手順だった。
チャイムを押してもあずさは返事をしない。居間でテレビを観ているか本を読んでいるか。どちらにしても居間のふすまを開けるとようやく僕が来たことに気づき、ああ来たの、という顔で僕を迎え入れる。
家の中に入り、ふと立ち止まった。
「・・・」
様子がおかしかった。
奥にある居間のほうから仕切られたふすま越しにテレビの音が聞こえる。
いつものように玄関の鍵はあいていたし、彼女がよく履いている靴もきちんと揃えられていた。特に変わった所はないはずである。
果たして自分が何に注意を引かれたのか、自分自身でもわからない。
根拠のない疑念を抱きながら、靴を脱いで奥へ進む。
居間へと続く廊下をゆっくりと歩きながら、両手に持っていた二つのビニール袋を右手でまとめて持った。もしものとき、両手がふさがっていては対処できないからである。
居間へ続くふすまに手をかける。
その状態のまま、僕の頭の中では、荒らされた居間の真ん中であずさが凄惨な姿でうつ伏せに倒れている光景がはっきりと再生されていた。
こういう予感というものはわりと当たるのだけれど、さて今回はどうだろう。
テレビのある居間のふすまをすらりと開けると、僕の予想は半分だけ当たっていたことがわかった。
まず彼女の死体はそこにはなかった。血に染まったナイフも、謎のダイイングメッセージも見当たらない。ふう、と安堵の息が漏れる。
ただその部屋は荒らされていた。
いつもあずさが座ってテレビを見たり本を読んだりしているソファはあらぬ方にずれている。本棚は無事のようだが中身の本は床に散らばっており、隣に置かれたサイドテーブルは試合に敗れたボクサーのように力なく倒れている。その上にあったのだろう、メモ帳やボールペンなども落下したときの衝撃で散乱している。
僕はそこに立ち尽くした。常に几帳面すぎるほど整然としているこの家が、これほどまでに荒れているとまるで別の場所のようにしか思えなかったからだ。
念のため他の部屋も見回ってみたが、この部屋以外は荒らされていなかった。人が隠れている様子もない。鬼ごっこというわけではないようだ。
あずさの携帯に電話をしてみる。コールはあるが、出る気配がない。僕は十回ほどコール音を聞いたところで一度切り、しばらく待ってもう一度電話してみた。しかしやはりコール音だけが響いた。
彼女はこの部屋でテレビを見ていたのだろう。つけっぱなしの状態であることからそれが窺える。あずさはテレビっ子で、帰宅すると真っ先にテレビをつけると以前話していた。
また、靴が玄関にあったので、単にむしゃくしゃして自分で部屋を荒らしたあとに外出、ということもない。もっとも、彼女がそんな短絡的で幼稚なストレス発散をするとは思えないので、考えるまでもない。
テレビでは夕方のニュースが流れている。連日世間をにぎわせている連続少女失踪事件についてのようだ。
そういえばこの事件は、この近くでも行方不明者が出ているらしかった。年齢は小学生から大学生までと幅広いが、共通しているのは全員女性だということ。
そして、ついさっき最初の行方不明者が路上で発見されたとの続報をニュースキャスターが早口にまくし立てている。
行方不明になってからちょうど一週間。最初の行方不明者の少女は、両親と警察に連れられて、ようやく自宅に帰ることができたのだ。
いや、自宅に帰るのは警察と病院を何往復かしてからなのだろうか。もしそうなら、すぐに帰宅というわけにもいかないのだろう。
娘の発見をうけて両親は、インタビューに涙を流しながら応えていた。
早く犯人を捕まえてください。娘を殺した犯人を捕まえてください・・・。
「無言の帰宅」とはまさにこのことか。
これで失踪事件ではなく、犯人が絡む殺人事件に発展したわけだ。
これから次々と行方不明者が物言わぬ状態で発見されていくのだろうか。
そしていずれはあずさも?
まあ、僕には関係のないことだけれども。
僕はまず台所に向かった。そこに手がかりがあると思ったわけではない。単にお茶を飲みたくなっただけだ。それから、買ってきた食材が痛まないよう、冷蔵庫に保管しておく。
竜巻の去ったあとのような居間で、茶を啜りながら思考をめぐらせる。テレビはつけたままにしておいたが、ニュースは終わってしまったらしく、見る意味はなかった。
僕がなぜこんなにも落ち着いているのかというと、それは彼女に対する感情が関係しているのかもしれない。
僕にとってあずさは友達であると同時に、殺害の対象でもある。
従って彼女が遺体となってしまうことに関しては、例の失踪事件、もとい殺人事件の犯人と同様に、特に悲しみを抱くことはないと思う。
ただ彼女の死は、僕の手によって迎えられるべきだと、そう思うのだ。
普段僕らは非常に仲がいい。一緒に買い物に行くこともあるし、暇なときは電話やメールで雑談を交わす。そういった日常は、僕にとって温かなものであり、失いたくない宝物とも言えるものだった。
けれども、そうした時間のある一瞬。たとえば特に会話もなく二人でテレビを見ながらくつろいでいる時。ブラウン管から発せられた光を受けている、美しくて華奢なその首筋をナイフで引き裂く。僕はその空想を、これまで何度繰り返したかわからない。
あるいは僕に背を向けて本を読んでいるあずさを眺めている時。気の緩んだ格好で座布団に腰を下ろし、じっと活字を目で追っている様を、僕は凍えるように冷たい瞳で捉える。すなわち、僕のすぐそばにあるずっしりと重い彫刻の置物を、その無防備な頭頂部めがけて振り下ろす情景を夢想しているわけである。
何度も、何度も、僕はあずさの死をイメージしてきた。ゆえに、今さらそれが現実のものとなったとしても、僕はそれほど驚かないにちがいない。
しかしある意味で犯人に対して負の感情は抱くだろう。つまり、僕がやるはずだったのに、というような嫉妬である。
そこまで考えて、ふと床に目をやった。何か細い糸のようなものが、きらりと光ったように見えたのだ。
腰掛けていたソファから立ち上がり、散らばった本をまたいで、その正体を確認する。
それは毛だった。よく見ると、それは部屋のあちこちに落ちている。
自然に抜け落ちたにしては少々本数が多い気がする。
そして髪の毛は一種類ではなかった。
ひとつは黒く、かなりの長さがある。その美しい艶には見覚えがあった。おそらくあずさの毛髪だろう。
もう一種類は金色でわりと短髪。どうやらカラー剤で染めたものではなく、天然の金髪のようだ。整髪料か何かを使用しているのだろうか、触ってみるとあずさのそれより随分硬さを感じた。ちなみに僕は、彼女に外国人の友人がいるという話は聞いたことがない。
純金を引き伸ばしたかのような煌きを放つ髪を、僕は掌に乗せた。
ドクリ、ドクリ、と鼓動のようなものを感じる。まるで落としていった者の心臓を手にしているような感覚だった。無論それは僕の気のせいでしかないのだが、この金色の毛髪はどこか野生的な強さを感じさせた。
普通、髪の毛に触れたぐらいでそんなことはわからないだろうが、禍々しく輝くその金の髪は、一目見ただけでわかるほどに非人間的な香りを放っているのだ。
この二種類の髪には、どのような意味が込められているのだろうか。
話を戻すことにする。
彼女は現在、どこにいるのだろう。そもそも、どうして彼女はいなくなったのか?
仮に巷を騒がせている事件に巻き込まれたとする。それならばなぜ、犯人はわざわざ自宅に侵入してまであずさをターゲットに選んだのかという疑問が生じる。
拉致が目的ならば路上で狙うべきではないだろうか。このあたりは人通りも少ないのだから人さらいにはうってつけだ。
事実、報道によると被害者はいずれも学校からの帰り道の途中で消え去ったとされている。それをどうして自宅に帰ってからというタイミングで犯行に及んだのか。ターゲットが家に入ったあと、鍵を掛けられてはやっかいなはずだ。
あずさが家の鍵を空けた瞬間に後ろから襲い、家の中に連れ込む、というのならば納得できる。だがそうはしていない。荒らされていたのは居間。しかも金品を探しているとは思えない荒れよう。つまり、犯人とあずさが接触したのは居間。テレビがついていたというのもそれを裏付ける証拠だ。あずさは外出するときにテレビをつけっぱなしにすることはない。犯人がテレビをつけたとしたら、と考えてみたがどうも腑に落ちない。この部屋の荒れようと床に散っている髪の量からして、二人が興奮状態にあったのは間違いない。その状況でテレビ鑑賞をするとは思えない。
つまりこういうことだ。犯人はあずさが自宅に帰り、玄関に鍵をかけなかったのを見て侵入。居間でテレビを見ていた彼女をさらおうとしたが、抵抗された。だが結局彼女は連れ出されてしまった。
辻褄は合っているが、やはり色々と謎が残る。
もう一度、床に落ちた黒と金の髪に目をやる。よくわからないが、この金の毛髪の主は間違いなく部屋を荒らした犯人だと思う。
僕の心に根深く腰を下ろした、暗黒の色をした野獣が舌なめずりをする。
そいつのざらざらした舌で舐められたかのように、僕はひとり身震いをした。
「・・・」
しばし再考する。
荒らされた部屋。つけっぱなしのテレビ。残された金髪。きちんと揃っていたあずさの靴。
そして先ほど気付いたのだが、犯人らしき足跡が居間のカーペットと廊下に残っていたのだ。そしてその形状はある回答を僕にもたらした。
そして待つことにした。犯人は必ず現場に舞い戻る。今回ばかりは確信がある。
更に言うと、彼女は生きているだろう。まったく、幸いなことに。
◆
十分ほど待つと、この家の主であるあずさが帰宅した。散らかった居間のソファに座ってくつろぐ僕の背後に立つあずさの隣で、金の髪をした犯人がこちらを窺っていた。
「そういうことなのか?」
振り向きながらあずさに問い掛けるが、彼女は答えない。質問の意図がわからない。そういった表情だ。
この部屋の荒れ具合を目の当たりにして、状況説明を乞うのは当然な気がするのだがどうだろうか。
大人しくあずさの背後に控えているゴールデンレトリーバーに視線を移す。
大型犬の中でも随分と育ちが良いようで、小熊ぐらいの体格がある。その割に性格が穏やかなのか単に人馴れしているだけなのか、鳴き声一つあげない。
あずさはその鼻先をよしよしと撫でながら言った。
「何かあったと思った? よかったね、私が無事で」
面白いことを言う。
彼女は僕が心配をしていたと思っているらしい。けれどそれもあながち間違いではない。
つまり犯人に先を越されてしまったのでは、という心配だ。
僕はそうだな、と頷きながら少し呆れていた。
彼女が死を迎えるように布石を打ったこと数回。そのいくつかは非常に大胆だったように思う。
解りやすく言うと、ある種の罠。百パーセントではないにしろ、かかる可能性のある危険な道を彼女に歩かせる。いわゆる未必の故意、というやつだ。
けれどあずさはそのことごとくを無意識のうちに回避した。故に彼女が、時に氷点下を記録する冷酷な僕の心に気付くことはなかった。
あずさは美しい。
異性としてそう感じるのではない。人間という個体として、僕は彼女を愛でている。
ではそんな彼女が鮮血を迸らせながら死を迎えるとしたら?
あるいは友人と信じていた者によって死を迎えるとしたら?
そんなことを考えながら、僕はあずさと学校の授業について他愛なく会話をする。
ぼんやりとする僕の意識を、あずさは強引に引き戻す。
「どうしたの」
「心配したよ」
素直な感想を述べる。僕が彼女を殺害するチャンスが、一時は潰えたかに思えたのだから。
くぐもった水音を鳴らしながら年代物の洗濯機が回る。この家は、玄関から続く廊下の突き当りに、洗面台や脱衣所、風呂、トイレなどの水回りが集約されていた。
水流が奏でる心地よい調べと、何故か懐かしさを感じるわずかな振動が、洗濯機に寄り添うように立つ僕の心を落ち着かせた。
ここからは見えないが、あずさは居間の片づけをしているはずだ。部屋の様々なものが散らばっていたが、幸いにも破片が飛び散るようなものはなかったので、元の状態に戻すのにさほど時間はかからないだろう。
洗濯機のディスプレイによると、犬の足跡がついたカーペットがきれいになるまで残り三十分ほどかかるようだ。
単調な回転を見つめるのに少しだけ飽きて廊下を振り返って見ると、先ほどあずさが連れてきた大型犬が姿勢よく座っているのが見える。ふすま越しにあずさを観察しているらしい。
日本家屋の代表みたいな家の廊下に、ゴールデンレトリーバーが居座っている光景には大変な違和感があった。
「あずさ」
友人の名前を呼ぶと、犬の片耳がピクリと反応した。目線は相変わらず居間に向けたままだ。
「君じゃないよ」
僕がつぶやくと、居間からあずさが顔をひょっこりのぞかせた。
「なに?洗濯終わったの?」
「あと三十分かかる。それよりその犬の説明をしてくれない?」
うーんと言いながら居間の方を見やってあずさは悩む。
「片づけてからにしたいんだけどなあ・・・」
「なら片づけながらにしよう。手伝うから」
僕らのやり取りを、大型犬は興味深そうに鼻をひくひくさせながら聞いていた。
居間に入ると、そこは思ったより片付いていなかった。掃除していたんじゃないのか、と彼女を見る。
「まずは落ちているその子の毛が先でしょう」
彼女の手には、粘着性テープをロール状にした器具が握られていた。あらかた処理し終わっているようで、ごみ箱には多数の金髪がくっついた粘着性の紙が捨てられている。
僕はとりあえず納得して、床に散乱しているもののうち、重そうなものから順に片づけることにした。
「その子ね、知り合いのおばさんからあずかったの」
本を棚に差し込みながら唐突にあずさは話し始めた。
「すごく大人しくて賢いの。だから安心して連れて来たのだけれど、お風呂に入れようとしたら急に暴れだしちゃって。裏庭に大きいタライを出して洗い場にしようと思って、勝手口を開け放していたからいけなかったのね。外に飛び出したから追いかけていたというわけ」
「どうして居間に入れたんだい。足が汚れているから洗ってやろうと思ったのなら、カーペットのある居間ではなく、外か廊下で待たせればいいのに」
何だかあてがはずれて少し頭に来ていた僕は、そんなどうでもいいことを問い詰めた。まるでそうしていれば変な想像をせずに済んだのに、といわんばかりの突っかかりだ。
「廊下で待たせていたのに、急に居間に駆け込んで走り回ったんだってば。ひとしきり追い掛け回したあと、勝手口から外に出ちゃって。大きなタライを落っことしたから、その音にびっくりしたのかも」
聞いてみれば何ともあっけないストーリーである。色々と推理をしていたが、それを先走って披露しなくてよかった。そんなことをすれば一笑に付されて恥をかいたに違いない。
「その知り合いのおばさんは旅行にでも行っているのかい」
本を片づけた後、ソファの下に転がり込んだリモコンに取り掛かったあずさは曖昧に答える。
「そんなものかな。ねえ、この子、うちにおいてもいいでしょう?」
いいもなにも、ここは僕の家ではないので許可をする権限などない。しかしながら、経済学部生的見地からそれらしい忠告を述べる。
「犬を飼うとなるといろいろ揃えないといけないから…それなりにお金がかかるぞ」
「お金の心配ならいらないわ」
若い女の子が言うセリフではないように思う。
「それだけじゃない。動物とはいえ命を預かるんだから、その死を看取る覚悟はある?」
どうなんだ、ともっともな質問をする。
そんなものないよ、とあずさは答えた。
しばらくして、あずさは犬の名前を考えようと言い出した。
「預かっているのだから名前ならもうあるんだろう?」
「いいの。この子は賢いから名前が二つあっても混乱しないわ」
だとしても、わざわざ名前を増やす必要もない気がするのだが。
…何か、前の名前で呼びたくない理由でもあるのだろうか?
しばらくして洗濯機が自分の仕事を終えたとの声をあげた。
遠心力でへばりつくカーペットと格闘しながら、助けを求めようと居間にいるあずさの名前を呼んだ。
雑巾を持ったままこちらに駆け寄ろうとしたあずさの前をするりと抜け、小走りで来たあと僕の前でぴたりとお座りをしたのは、従順で聡明な目をしたメスのゴールデンレトリーバーだった。
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