第2話一日のはじまり
長き冬が終わりを告げ雪解け水が小川に流れ込み大地にから様々な生命が産声を上げるころ、あたたかな風に乗りどこからか食欲をそそる美味しそうな香りが漂ってきました。
ここは大陸を東西に分断する山脈のすぐ東側にあるレスフォトの森。この自然の加護を大いに受けた豊な森では様々な生き物が暮らしています。
この森の東側にあるほら穴を利用して作られた小さな小屋の中にも、そんな生き物の中の一匹がいました。
スライムです。名前はラスイム。
直径80センチメートルくらいの大きさの大福モチのようにボテッとしたその体は水色で透きとおっており、ぷるるんとしたハリはまるでゼリーを思わせる質感です。
ラスイムは部屋の右側にあるかまどの前に丸太で出来たイスを置き、その上にぽよんと乗っかっています。
かまどには火が入っており、かまどの上に置かれたなべからはほわっとした湯気とくつくつという音が。
どうやら朝ごはんを作っている最中のようです。
ラスイムが体の一部を触手のようにニョキっと出し、なべに入れていた木さじをつかみぐるぐるとかき回していると、玄関のドアからコンコンという音が聴こえてきました。
「入るゴブよー」と言って、家主の返事を待たずに一匹のゴブリンが家に入ってきます。
「やぁブリンゴ。おはよう」ラスイムはそれをとがめるでもなく、入ってきたゴブリンに朝の挨拶をしました。いつもの事なのです。
彼の名前はブリンゴ。ラスイムの親友です。
身長は130センチ前後でゴブリンの中では少し大きめ。スキンヘッドのいかつい顔に黄緑色の肌、やせマッチョの様な筋肉はゴブリン特有のものです。
上半身には何も着ておらず、下半身は麻製のボロボロの短パンをはいています。腰には革のベルトが巻かれていて、そのベルトには木でできた短めの棍棒とナイフ、使い古された麻の袋が下げられていました。
「うん、ラスイム。おはようゴブ」
部屋の中央には大きな丸太をぶつ切りにしてそのままどでんと地面におかれたテーブルがあり、その周りには普通の丸太から作られたイスが4つ囲むように置かれています。
ブリンゴは麻の袋からまだほのかにぬくもりを残した出来立ての丸いライ麦パンを三つ取り出すと、テーブルの上にポンポンポンと置いていきます。
――バタンッ!
突然扉が開け放たれ、「おはようニャ!今日はおおものを取ってきたニャ!感謝するニャ!」と猫っぽい何かがズカズカと部屋の中に入ってきました。
彼女はケットシーのシーケット。彼女もラスイムの友人です。
身長はそのピンと立った耳をたしてもブリンゴより少し小さいくらいで、見た目は……猫っぽい人間といったところでしょうか。人間っぽい猫なのかな?
赤茶色の目とほぼ同じ色のショートカットの髪の毛が元気いっぱいな彼女を象徴しているようでよく似合っています。
おしゃれな長い布を前で結んでわずかばかりに主張をしている胸元を隠し、下には動きやすそうな丈夫な布で出来た短パンを。朝からごきげんなのでしょう。短パンの後ろから伸びているふかふかの尻尾はふよふよと優雅に空中を泳いでいます。
ラスイムはだいたいいつもこの二人と一緒に食事を取っています。ブリンゴは料理が苦手だし、シーケットは食べるのが専門だからです。
「あぁ、シーケット。おはよう。今日はなにを持ってきてくれたの?」ラスイムがそう聞くと、シーケットの目が待っていましたとばかりに輝きを放ちます。
その目に危機感を覚えたブリンゴはとっさにテーブルの上に置いたライ麦パンを右腕一本で端のほうに寄せました。前に彼女が同じ目をしていた時にライ麦パンが悲惨なことになったからです。それとほぼ同時のタイミングで「これニャ!」と言って、今までライ麦パンのあったところにバンッと茶色っぽい何かが叩きつけられます。よく見ると若干やせ気味ではありますが、十分に食べごたえのありそうなにわとりでした。
「おぉー美味しそうなにわとりだね!」ラスイムが応じると、「そうニャ!」と自慢げに胸をそらします。彼女は朝ラスイムの家に来るときはだいたい何かえものを取ってきてくれますが、それは日によってねずみだったり小鳥だったりと様々です。そんなえものの中でもにわとりは月に一度くらいの大物のため、彼女は興奮してラスイムの家にやってきたのでした。
「こんなに大きいの大変だったでしょう」とラスイムが労をねぎらうと、シーケットはフフンと鼻を鳴らし「あたしにかかれば朝飯前ニャ!」とさらに胸を張るのでした。
ブリンゴが静かにしてるなと思いラスイムがチラッと彼の方を見ると、ライ麦パンを救助した後はにわとりに釘付けになり、よだれをたらしていたみたいです。本当にたれてます。床についてます。あとで掃除しましょう。
ラスイムはニョキニョキっと触手状の腕を二本出すと、それぞれの手に手ぬぐいを持ち、その上からなべの取っ手をつかみました。そしてなべを火からはずし横の台に置くと、ポムッポムッと跳ねながら中央のテーブルに向かいイスの上に乗っかります。
「それじゃあありがとう。もらっておくね」とテーブルの上のにわとりに触手を伸ばし取ろうとしましたが、まだシーケットが手を離していないため動きませんでした。ラスイムがシーケットをちらっとみると「晩御飯は期待してるニャ!」と念を押すように言われたため「うん。がんばるよ」と応じます。その答えに満足したのかシーケットはうっすらと笑みを浮かべると、ニャ!っと言ってにわとりに突き刺していた爪を引っ込めました。
ラスイムはにわとりを自分のほうに引き寄せると……そのまま体内に取り込んでしました。そして調理台のほうへポムポム進むとまな板の上に置かれた鉄製の包丁を触手でつかみとり……これも体内に取り込んでしまいます。
まず最初に行うのはにわとりの羽の除去。ジュっと音がしたかと思うとにわとりは見事に裸になっていました。酸で溶かしたのです。次に体内で器用に包丁を動かすと首から上を落とします。首から上の部分は調理が難しいのでいつもその場で栄養にしてしまいます。ということでジュ。ついでに内臓もジュ。その次は残っていると臭みが出てしまうため、にわとりの血をすべて吸い上げてしまいます。こうチューっと。そして吸い上げた血もジュ。後は足の先っぽを切り取ってジュっとやったらとりあえず終わりです。
溶かしてしまった部分はすべてラスイムの栄養になります。なかなかエコだと思いませんか?
このすべての作業を三分ほどで終わらせたラスイムは体内からにわとりの肉を取り出しました。そして調理台の近くにぶら下がっていた鉄で出来たS字フックの先を尖らせた様な道具を取り、それににわとりの肉をを引っ掛けてぶら下げておきます。
「おなかすいたニャー」作業が終わるのを見届けてからシーケットがラスイムをせかしました。
ラスイムは先ほど火からはずしたなべに刻んだルッコラ加えひとまぜするとテーブルの中央に運びます。テーブルには木をくりぬいて作った深皿の皿と、木製のスプーンが三人分すでに用意されていました。たぶんブリンゴが準備してくれたのでしょう。
ラスイムはそれぞれの木皿にスープをよそっていきます。スープの中身は裏の畑で育てていたルッコラに冬を越したジャガイモ、鹿肉の干し肉、それにタイムで香り付けし塩で味を調えたものです。ラスイムはスライムにしてはなかなかにグルメなのです。
ラスイムは席に着くと「それじゃあ食べようか。いただきます」と触手をあわせます。残りの二人も両手を合わせながら『いただきます』と続きました。
ラスイムはまずスープを一口味わいます。もちろん触手で木さじを持ってそれで一口です。すっきりとした塩味のスープに鹿肉から染み出した旨みがこくをあたえ、ほのかにタイムが香ります。
――うん、いい味だ。
次にまだやんわりとあたたかさを残したライ麦パンを手に取ると一口分にちぎります。すると外側の皮がパリッと砕けました。それを口に含むとサクサクっと心地よい食感と、香ばしいライ麦の香りが口の中いっぱいに広がり自然と笑みがこぼれてしまいました。やっぱり美味しいものは人を幸せにする力があるみたいです。
パンに口の中の水分を取られてしまったため、スープでうるおいを与えます。今度は木さじに具をのせて口に運んだためそれぞれの存在感を強く感じました。ほくほくっとしたじゃがいもと煮込んだことによりとろっとしたルッコラが口の中で絡み合い、仕上げに加えた刻んだルッコラがシャキシャキとさわやかなアクセントに。そんなスープの中でひときは自己主張をしているのが鹿肉の干し肉。干し肉はかめばかむほど味が出てきて、他の具が形をなくしスープに溶け込んだ後もいつまでも口の中を楽しませてくれます。
――スライムに口はないでしょ?食感とかなにいってんのw香りって……嗅覚なくね?……とかいろいろと疑問が沸いてくるかも知れませんが、スライムにはスライムなりのそういう器官があり、他の生き物と同様に食事を楽しむことが出来るのです。
ラスイムがゆっくりと味わって食べているのに対し、ブリンゴとシーケットはバクバクとパンを口に放り込み、ガツガツとスープを口にかき込むようにして食べています。途中でつまみ食いをしていたラスイムよりもおなかが空いていたのでしょう。なべに残っていたスープも二人が残らずたいらげてしまいました。
自分の作った料理をガツガツと美味しそうに食べてくれる友人たちにほっこりとした気分になりながら、ラスイムはゆっくりと味わって朝食を食べるのでした。
とあるモンスターの日常 @Dysuke
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