出発

 場所はリエラ国のある一室。そこには童女が無言のまま青年に着替えをさせていた。白い肌を純白なブラウスで包み、細い足には赤銅色のスカートを巻き付け、黒い靴下と茶色の革靴を順に履かせた。最後には、童女が大好きな母から貰った深紅のブローチと赤銅色のジャボを付ける。

そうして着替え終えた童女をドレッサーの前に座らせ、青年が黒く長い髪を丁寧に梳かす。その時、青年がようやく口を開けた。

「先程、お二人が来ていたのはお気づきでしたか?」

それに対し、童女は黙って首を横に振る。さらに青年は言葉を続ける。

「おそらくラタトスクさんは気づいてませんけど、ヤマタノオロチさんは勘づいてるでしょうね」

という言葉に、童女は首を縦に振った。ドレッサーの鏡に写る表情は重く沈んでいる。気を落としている童女に青年は優しく声を掛ける。

「大丈夫ですよ。こんな事で離れる様な人ではないって、ご自身がよく知ってるでしょう」

その言葉に童女の頬を大粒の涙が伝う。鏡の中の童女は赤い瞳が鮮やかに煌めき、目の周りには炎の様な黒い紋様が浮かび上がっている。禍々しい魔力を帯びたその黒い紋様は、童女の鼓動と同調しているように時折り赤く揺らめいている。静かに大粒の涙を流す童女は、震える声で青年に尋ねる。

「ほんとぉですか……ほんとに嫌われませんかぁ……?」

それに対して青年は真摯に答える。

「嫌われません、心配ないですよ。



 王との対談が済み、緊張が完全に解けたラタトスクは食事を口一杯に頬張っていた。その姿はまるで森を駆け抜ける小動物の様だ、と茶を飲みながら眺めているヤマタノオロチが考えていた。城で出される食事は全て美味だとは言え、久しぶりに食べる生まれ育った味というのは美味しく感じるものだ。

思い返してみれば、夕方頃に連れ出されてから物を口にするのは昨夜の茶会以来だったのだから、ラタトスクが胃に食べ物を滝のように流し込んでいてもおかしくはない。

 テーブルに並べられた豪勢な食事の数々が皿の上からすっかり消えた頃、部屋の扉が軽くノックされる。まだ食事をしているラタトスクは咀嚼しながら扉を見ていたところ、扉に近いヤマタノオロチがすっと立ち上がり扉を開けた。

ノックをしたのはギーブルだったらしく、彼女の後ろにはイルルが立っていた。微笑みを浮かべているギーブルに、ヤマタノオロチもまた同じく笑みで返す。

「お待たせしましたぁ、ヤマタノお兄様」

「えぇ、良いのよ。こっちはもうしばらく掛かりそうだもの」

「そうなんですねぇ、良かったです」

と言って心の底から安心している表情をしている。ヤマタノオロチが二人を部屋へ招き入れ、全員が一つのテーブルに着席した。テーブルに残された食事もあと片手で数えられる程で、それもあと数回口に詰めれば飲み込める量だった。

ラタトスクは食事に専念するとして、他の三人で先に会話を始める事となった。まず初めに話を切り出したのはヤマタノオロチだ。

「さっきお爺様とお話してきたんだけど……」

と話しつつ、ギーブルとイルルに茶を淹れる。注いだ茶を二人の前に置き、続けて語りだす。

「それでね。お爺様からはあんまりはっきりとした目的は伝えられなかったのよ。昨日聞いた五人の賢者たちに会って魔水晶を回収して、龍神に浄化してもらうっていうやつ。正直別に何かあるのだと思ってたわ。でも私に回ってくる仕事だものね、これで十分なのかもしれないわね」

「そうですかねぇ」

「そうよ。言ってしまえば、私の魔術はあまり探索向きではないもの。ギーブルやイルルの魔術は実戦的だけど、私が得意なのは精神干渉系だから……」

と言うヤマタノオロチに、イルルが反対する。

「そんな事ないです。自分なんかは攻撃より回復ばかりが得意で、お嬢も純度の高い召喚が出来ますが一度に3体が限界で。でも、そういうのはそれぞれ活躍する場面があるから得意なんだと思います」

真剣な眼差しで語るイルルに、ヤマタノオロチは感心したように頷いた。

「なるほどね」

「一理ありますねぇ」

二人が納得する中、一人だけ不満そうな顔をしている。柔らかく調理された猛獣の肉を噛みながら、納得していない表情で左隣に座るイルルへ鋭い視線を送る。イルルとしては視線に気づいているものの、上手く反応出来そうにないと分かっているのか、懸命に視線を逸らしている。

「こら、ラタちゃん。あんまり威嚇しないの」

見兼ねたヤマタノオロチがラタトスクを注意する。向かい合わせでいがみ合われていては、美味しいものも味が落ちてしまう。加えて、仲間同士が穏やかでない雰囲気を持っているのは好ましくないのだろう。


 ヤマタノオロチは自らの魔術を用いて、付近の廊下を歩いている使用人を呼び寄せた。虚ろな瞳をした使用人は部屋へ入ってくるなり、テーブルに置かれている食器を一か所にまとめ始めた。そしてその食器を囲むように指先で円を描き、完成した魔法陣が紫色に光りだしたかと思えば、積み上げられていた食器は跡形もなく消えていた。食器が消えた途端に使用人の瞳は光を宿し、驚嘆した様子で周りをキョロキョロと見渡した。そして、ヤマタノオロチの姿を見た途端、妙に納得したらしく平常な表情となって深々とお辞儀をし、部屋をそそくさと出ていく。

 これが彼の得意とする『精神干渉系』魔術である。先程のは対象者を「行動を思うままに操る」というもので、所謂”心あるものを遠隔操作する”事が可能になるものだ。この魔術で操作されている者の精神力によって干渉時間に差があるものの、ヤマタノオロチの魔術は最上級型のもので、賢者や神獣クラスでないと干渉を回避したり干渉時間を短縮する事が出来ない。

 使用人が使っていた『転移系』の魔術もヤマタノオロチによるもので、普段なら詠唱で出来るのだが使用人の指で魔法陣を作らせた方が楽だという理由で、使用人に雑務を任せる際によく使っている。補足しておくと、遠隔操作された者が魔術を使用させられた場合は、使用させられた者の魔力が消費される。

 強引な方法ではあったが、片付けられたテーブルの上に地図を広げる。これから始まる旅の順序について話し始めるからだ。

「さて、ギーブルとイルルは荷造り終わってるのかしら」

それにすぐ答えたのはギーブルだ。誇らしげな表情で自信たっぷりな声色でこう言った。

「終わりましたよぉ、最低限で抑えるのが大変でしたぁ」

「お嬢はほとんどお菓子食べてたでしょう、物の取捨選択ぐらいしかしてないじゃないですか」

と、すぐに訂正を入れられてしまったものの、ギーブルは変わらずに威張っている。まるで遠くに投げた木の枝ではなく、違う木の枝を咥えて持ち帰ってきた犬のようにも見える。

「いいえ、それも立派な準備です!」

「はいはい」

と言ってイルルは、そんな主人の姿を半ば呆れながら流した。そうでもしないと話が進まないのだ。ようやく食べ終えたラタトスクとヤマタノオロチとを交互に見て、話を軌道修正する。

「それで、お二人の方はもう準備はお済みですか?」

「あぁ、俺は持ってきてる分だけだから終わってる」

「私も大丈夫よ、これで少し安心ね」

そう言って

「今、門の所に馬車を準備してもらってるから、それで東の端に向かうわ。たぶん二日くらいかかると思う」

テーブルに広げた地図のリエラ国がある位置を指差し、そのまま真っ直ぐ右へ指先でなぞる。ヤマタノオロチが語る計画に、長旅をした事がないラタトスクは驚いた。

「そんなに掛かるのか……」

というのを聞いて、ギーブルが少し解説を入れる。

「今回使う馬車は魔術的強化されているのですが、それでもリエラ国は広大で途中休憩が必要なのですよぉ」

「なるほど」

全員が話についてきている事を確認し、更に話を続ける。

リエラ国の東端から離島までをなぞり、島の中心を指先で軽く叩く。それから指先は北上し、地図の右上にあるシアト国を指差す。

「それで向こうに着いたら、東の端にある港から離れ島にある魔水晶の御殿に行って、そこからシアト国へ入国するわ。確かシアト国で発生してる”龍の暴走”の影響は―――」

「こちらも気候の変化ですね。北国ではあり得ない暑い気温で、みな外出が不可能な程です」

と、すかさずイルルが付け加える。

「そうだったわね。元々寒い地域にも関わらず、連日続いてる灼熱の暑さ。暑さに慣れていないでしょうから、紅炎こうえんの賢者と言えどもへばってるんじゃないかしら……」

賢者の安否を危惧し頬に手を当て、ため息交じりに話す。


 火属性の加護を受けているシアト国は、北にある極寒の島国で国民はみな火属性の『活性化』魔術を使用して寒さを凌いでいる。この『活性化』は自身の体温を調整する事に有効で、シアト国では最初に使う初級魔術として国民全員が使えるものだ。

このシアト国にいる紅炎の賢者は情に熱く、熱血的な性格をしている。紅炎の賢者が得意とする『火焔系』と『身体強化系』を組み合わせ、『身体火焔化』という複合魔術がある。体の一部に焔を纏わせるが本人はそれに焼かれる事はなく、他者や物が触れると溶けたり灰となる魔術だ。


紅炎の賢者の性格を鑑みると、自分だけが快適な空間にいる事はないだろう。それを知っているギーブルは天井に目線を向け、不安そうな表情で祈る様に言う。

「どうでしょうねぇ。お父様が毎日魔水晶の付近だけ一定の気温を保ってますが……賢者様がそこにいらっしゃれば良いのですけど」

「正直、シアト国の知識はあんまりないから、ギーブルとイルルに道案内をお願いするわね」

案内を頼まれる事が余程嬉しいのか、ギーブルは嬉しそうに胸を張って答える。

「どぉーんとお任せくださいねぇ」

「と、あまり城下を歩かないお嬢が申しております」

「むぅ」

と少し恨めしい顔をしたギーブルだったが、ヤマタノオロチの気配りで笑顔に戻った。袖から菓子を取り出して渡したのだ。

「そして、シアト国の魔水晶を回収した後、いったん離れ島で補給とか行ってから南にあるエリベル国を目指すわ。ここで三日くらいは海の上かしらね」

と言い、シアト国から離島まで指を動かし、リエラ国の南東にあるエリベル国を指差した。


 エリベル国は光属性の加護を受けている国で、この国には”金糸雀かなりあの賢者”がいる。その賢者が得意とするのは歌を用いた『精神干渉系』魔術である。ヤマタノオロチが使う「行動を思うままに操る」魔術とは違い、光属性では対象者に「思考を思うままに支配する」というものに変化するのだ。一見すると、悪用してしまうと国が一つ滅ぶほどの脅威となりうる存在に見える金糸雀の賢者であるが、本人の善良さと人間離れした慈愛が起因して神格化されている。

 金糸雀の賢者が歌う声を聞くだけで心身ともに安らぎ、そこへ『回復系』の上級魔術である『浄化系』を複合させる事によって、様々な怪我や病も癒されていくという。金糸雀の賢者が歌う声が届く範囲は広大で、歌う時は国立大聖堂からで街一つを包むほどの声量をしている。

国内だけでなく、他国から難病や重傷を治してもらいに訪れる者も多くいるらしい。


 ヤマタノオロチが指差す旅路を眺めながら、ギーブルは期待を寄せるように呟く。

「海の上だとお魚が食べ放題ですねぇ」

緩んだ表情で頬に手を当て、美味な魚料理に囲まれる自分を想像したギーブルに、ラタトスクは現実的な言葉を投げかける。

「さすがに限度はあるけどな」

「それはそうですけどぉ、お魚美味しいのでたくさん食べたいじゃないですかぁ」

と語る彼女の頭の中では、糸を垂らせばすぐに釣れ、イルルが魚を調理をし、彼女が釣りに飽きた頃にはテーブルに乗りきらない程の料理が……。という想像が繰り広げられていた。当然ながら、そんな事にはなり得ない上にイルルの疲労が途方もない。

その空想を察してか、ヤマタノオロチはこう言ってから続きを語りだす。

「その辺の制限は食べる時に決めましょ。エリベル国は確かんだったと思うけれど……かなり厄介そうよね」

「あれ、賢者にって事は国には影響ないんだな」

「えぇ。そもそも光と闇は人の心に干渉することで発揮される属性で、影響を受けるとすれば多くの人々に多大な影響を与える者が受けるだろうってお爺様が言っていたわ」

と言い、ラタトスクに魔術的知識を説明した。それを基にラタトスクは思考を巡らせる。

「という事は……」

「金糸雀の賢者様である確率が高いですねぇ」

ギーブルの方が結論を出すのが早かったらしい。それに対して少し悔しそうな顔をしたものの、その意見には同意した。他の国では王族の誰かか賢者かで意見が分かれるが、エリベル国は金糸雀の賢者への信仰が有名であるからだ。

顎に手を当て、ヤマタノオロチは考え込む。

「そうねぇ、あの賢者に異変があるとしたら……かなり厄介な事になりそうよね」

「先程の理論で言うと、ポブドン国も苦戦しそうですね。あちらは闇ですから、ヤマタノオロチさんの範疇ですが」

「あら、嬉しいわ。でもポブドン国では誰が影響を受けてるのかしらね」

というヤマタノオロチの疑問に一同は唸る。


 闇属性の加護を受けているポブドン国は、エリベル国とは魔術が異なるものの賢者が影響を与えている可能性が高い。紫闇しあんの賢者が得意とするのは『空間支配系』魔術で、当たるとランダムで弱体化付与される霧を創り出すと言われている。

しかし、一方でポブドン国女王の可能性も捨てきれない。彼女が得意とするのは『交霊系』魔術、一時的ではあるが『蘇生系』魔術も得意とする。もし彼女が影響を受けているとなれば、ポブドン国は死者が徘徊している事になるだろう。

どちらにせよ、危険である事には変わりない。


「旅の計画的にはエリベル国の次に行くから、エリベル国ではなるべく温存しておかなくちゃね」

と言いながら、地図のエリベル国からポブドン国までをなぞり、ポブドン国に置いていた指先をモーセル国へ移動させ、ヤマタノオロチは更に話を続けた。

「ポブドン国の次は最後のモーセル国ね。ここは風属性だけど、植物関連の魔術が得意な人が多いのよね……どちらの方面で影響を受けているか分からないけど、それまでの道中で賢者から話を聞きましょうか」

「そうだな。きっと話をしてくれるだろう」

と言って頷くラタトスクだが、各国の賢者がどういう人物かよく分かっていない。

「えぇ、お爺様が連絡はしていると言ってたものね」


 モーセル国は風属性の加護を受けており、動物と共に生き植物を愛する国民性で有名だ。中でも風華ふうかの賢者は植物の生長や形状を自在に操り、攻撃も防御も有効な戦い方をする。風華の賢者が得意とする『捕縛系』魔術で、捕まえられない生物はいない程の強度があり、暴走している野生動物が現れると真っ先に保護を行っている。正義感の強い人物で風華の賢者の前で悪さをした者は、容赦なく強力な蔦で捕縛されて連行される。


そして指先は真っ直ぐ下へ、地図上で南端にあるラルド島を指した。

「そして全部集めてここへ、ラルド島へ持っていくわ」


 別名『神の島』とも言われるこの島には人間が住んでおらず、この大陸を創造したと言われている龍のみがいるとされている。あくまで伝承と賢者たちの記憶での存在とされている龍とラルド島だが、一生分の幸運を使うか龍に認められている者は辿り着けると言われている。一国の賢者として呼ばれるには、ラルド島へ辿り着きその証を持ち帰る事が最終条件となっているからだ。

今回の状況では龍から来るように言われている為、辿り着けないという事はないだろう。


 一通り説明が終わったヤマタノオロチは、一同を見渡して尋ねる。

「さて、これで今回の大まかな順序は全部話したけど、質問はあるかしら?」

それに対してラタトスクとイルルは首を横に振ったが、ギーブルは元気よく手を上げて質問する。

「はい!ご飯はどのくらい持って行っていいです―――」

「現地調達よ」

と、ヤマタノオロチに食い気味に返答されてしまった。悲しい表情をするギーブルの正面に座るイルルが話し掛ける。

「当然ですよ、いくら持って行ってもお嬢が食べてしまうって分かってますし」

「そうね、ギーブルには悪いけど、そんなに多くは持っていけないのよ……」

と言われ、何も返せなくなったギーブル。それを慰めるようにラタトスクが口を開く。

「旅先で美味いもんたくさん食えばいいじゃんか。きっと国によって違う飯食べれるんだし」

「そう考えてみれば……そうですねぇ、楽しみになってきました!」

そして楽しそうにしているギーブルを見て、一同は安堵していた。齢に比べてしっかりしているとは言え、まだ膨大な魔力に対して魔力調整が不完全である事を踏まえると、彼女が怒りに任せて行動してしまうと甚大な被害が起こるだろう。それを一番危惧していたイルルは大きく肩を降ろし、気を引き締めてから口を開く。

「それじゃあ、行きますか」

それに短く、力強い返事をする各々。

ラタトスクは持ってきていた荷物を背負っている間に、イルルが扉を開けギーブルが出てくる。ギーブルの後にはヤマタノオロチが続き、最後にイルルが扉を閉める。

 一行が部屋から出た後、廊下で二人の使用人に声を掛けられる。その二人はどちらも虚ろな瞳をしており、表情もなく言葉を掛ける事もない。

二人の使用人が持っているのは、ラタトスクが城に来た時に着ていたマントと背中に背負う荷物だ。その使用人らにヤマタノオロチが歩み寄り、荷物を受け取った途端に二人の瞳は光を取り戻した。

そして、正気に戻った使用人らに向かって、ヤマタノオロチが感謝を伝える。その一言で察した使用人らは、落ち着いた態度で深々とお辞儀をしている。ラタトスク、ギーブル、イルルの三人からは何の会話をしているか分からないが、すぐにヤマタノオロチは戻ってきた。

「はい、これ洗濯してもらったから」

「お、おう」

と言って、綺麗に洗濯されたマントを受け取る。この天候でどうやって乾かしたのかラタトスクには分からなかったものの、洗濯を任されている使用人のほとんどは『物質消去系』魔術が扱える者が多い。この国が水属性の加護を受けている事から、洗濯ものからのみを消す事によって完全に乾かす事が出来るのだ。

 ラタトスクがマントを受け取ってる間に、ギーブルは両手を真っ直ぐに広げて身の丈より大きな赤いマントを着せられていた。正面でしゃがんでいたイルルは顎の下でボタンを留め、フードを被せて立ち上がる。当人は厚手の袖がないコートを羽織り、首元を紐で結んでフードを無造作に被った。

 出発する準備が整った一行は、各々で大雨を防ぐ格好になる。防ぐとは言え、扉を出てすぐの場所に馬車が用意されている。

数分だけとはいえ大雨であり、完全に乾いていたマントも一瞬にしてずぶ濡れになる程だ。

馬車には先にギーブルとヤマタノオロチが向かい合わせに座り、空いている場所にイルルとラタトスクが座る。馬車に乗って早々にフードを取り、ヤマタノオロチは少しだけ濡れた顔をタオルで拭き取っていた。

 暫くして雨を斬るような鞭の音が鳴り、馬車が走り出す。暫くはゆっくりとした速度を保っていたが、突然速度が上がった事で御者側に座っていたラタトスクが前に引き寄せられた。しかし、横に座っていたイルルがマントを掴んだことで、倒れる事はなかった。突然の事で心臓が早鐘の様に鼓動しているラタトスクは、強張った表情でイルルに礼を伝える。

「あ、ありがとう」

「いえいえ」

と言って、ラタトスクを座面に引き上げた。平然としているイルルの正面には、自分に仕えている者が優秀である事を誇らしげにしているギーブルがいる。

ラタトスクは、自分が思っている以上にイルルは立派な青年で、ギーブルは年相応の少女だと分かった。乗ってからずっと静かに外を眺めているヤマタノオロチの横顔は、深く考え込んでいると同時にどこか悲しんでいる様に見えた。

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