第4話 大学時代に味わった挫折
再びアメリカの地に降り立った少年は 今度こそはと一念発起して大学で単位取得に励む
1年後 取得出来た単位の総数は進学に満たない数で
再び退学の宣告を受けてしまった
自主退学も含めると実に人生で4度目の退学だ
ならばと少年はまだ諦めず トランスファーを果たし 新しい大学に編入した
新しい大学でやっとの事でライティングやジャーナリズムに関しての授業を受ける事が出来た
この分野を勉強する為に苦心の思いでこの地に渡ったのだ
文章を書く事には絶対的な自信があった
根拠は無い
ジャーナリストになると決めたその瞬間から 自分には文章で人の心を動かし
伝えたいメッセージを余す事無く表現出来ると信じていた
渾身の出来栄えだと思われた 作品をプロフェッサーに提出した
きっと素晴らしいという評価で返ってくるに違いない
そう確信し ワクワクしながら評価を待ちわびた
手にしたペーパーに記されていたのは F の評価だった
ファンタスティックのFではない
ABCD に次いで 最低評価のFだった
おかしい
もう一度挑戦だ
何度も何度もペーパーを再提出してみたものの
評価は大して変わる様子を見せなかった
この授業を受ける為だけに数年を費やしてきたと言っても過言ではない
それ程までに待ち侘びた授業であった筈なのに
よく考えたらライティングの基礎のキの字も学んで来なかった
なんなら高校で取得した単位はゼロだ
自信にいかに満ち溢れていようとも 肝心な知識 技術 そして 英語能力が欠けている事に 少年はまだ気が付かなかった
それ程までに自分の力を過信していたのだ
納得がいかなかった少年は
AやA⁺を取っているクラスメイトに頼み込み
彼らのペーパーを見せてもらう事にした
彼らはこの授業を受ける為に生きてきた人間ではない
単純に卒業に必要な単位取得の為にやむを得ず受けているような人間だ
授業に賭ける思いで言えば少年の方が数倍上の筈だったのに
スキルの差は彼らの方が何十倍も上だった
彼らの書いた文章を読み 少年は愕然とした
これが 文章なのか。 これが表現なのか。
烏滸がましくも 自分が文章を書いてメッセージを伝える事によって世界をひっくり返せるとまで信じていた自分が
如何に勘違い男であったかをその瞬間に思い知らされた
悔しくも その文章を読んで涙が出るほど感動してしまったのだ
彼らは当然そんなつもりで書いてはいない
とりあえず出しとけば大丈夫だろうという思いで 書いているだけなのに だ
このレベルの学校のこのレベルのクラスでこのレベルの人間とさえ
同じ土俵に立つのが憚られるような自分が
今までジャーナリストになるんだ という一心だけで
よくもそれを口にしてくる事が出来たものだと
本当に自分の存在の無意味さが 身に染みた
人生で味わった本当の意味での 最初の挫折だった
自分には 文章を書く才能が無いばかりか
英語さえも真面に書くスキルが無い
どれだけ必死に頑張ったところで
今からそのスキルを職業レベルにまで持っていくのは 至難の業どころか不可能に近いだろう
夢と現実の狭間で待ち構えていた谷の溝は 少年の想像を遥かに超えて深いものだった
そして少年は夢を失いかけ
自暴自棄な生活に陥った
学校でのモチベーションは下がり
私生活は乱れる一方だった
しかし そんな生活の中で出会った人達の中に
輝いている人たちが居た
彼らは文章こそ駆使するタイプの人種ではなかったが
DJとして音楽を操り フロアにいる人間のテンションを最高潮に高めたり
芸術家として絵を描き 一目見た人を感嘆させるような表現をしたり
アスリートとして 観客を興奮の渦に巻き込んだりして
感動というメッセージを多くの人に伝える事に成功していた
次第にそんな人達を傍目に見る事で
もしかしたら文章以外にも表現の方法があるのかもしれないと
少年は思い始めた
そして探したら自分の中にも何かしらの表現をする為の才能が モノを書くという作業以外に 埋もれているのかもしれない
もしあるのであればそれを見つけたい そう思うようになっていった
幼少の頃から一貫して 誰かの代弁者になりたいとか メッセージを伝えたいとか 何かを表現したい
そう思う気持ちには陰りが無かったが
ジャーナリストになるという選択のみが 自分の使命だと思い込み
それに伴うスキルはなぜか自分に備わっているのだとも 思い込んでいた事で
現実を目の当たりにしたときに
もう未来が無いかのような錯覚を覚えていたのだった
大学ではある程度頑張り 高校卒業の単位を取得するよりも先に
大学卒業に必要な単位が全て取得出来てしまった
そのまま卒業することにし
結局少年の学歴は 小 中 高を飛ばして 大
というマックのコーラのサイズのようになってしまった
さてこれからどうするか
少年が目指した先は アメリカに残って自分の表現出来るスキルを見つけるというものだった
当時通っていた大学のある町には 日本で初めて回転ずしを作った会社のチェーンがあった
その会社の社長に挨拶をした
自分は料理人に成りたくて渡米したわけではありません
ジャーナリストになる為にこの地を踏みました
しかしジャーナリストになる為の肝心な素養が無いという現実を目の当たりにして 挫折を経験しました
しかし 何かを表現したいという気持ちにずっと変わりはありません
料理は料理人のメッセージが詰まったレポートのようなものだと思っています
実際に自分も御社の寿司を口に運んだ瞬間に 懐かしい日本への思いや
口に広がる絶妙なハーモニーによって 涙が堪えられなくなった事があります
この会社で料理という手法を使い メッセージを伝える人と共に働く事で
表現を学べると思うので
現地の人よりもお金が掛かるのは承知していますが 自分を取ってくれませんでしょうか
そこまで話した時に社長に遮られた
俺の会社を踏み台にしようとしているのか
少年は返す言葉が無かったが
社長はそのまま続けた
俺はそれでも構わない
ウチでとってもいい
アメリカでの就職が見えてきた
しかしそんな矢先に 911が起こった
その日からアメリカは変わった
卒業をしてしまった少年にはもう学生ビザはなく
就職も正式に果たしたわけではない状態では
外国人に対してアメリカが滞在を許せるような社会ではなくなってしまったのだ
少年は 再び日本に帰る事になった
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