第3話 17歳のホームレス
辿りついた先は 名古屋だった
実家から一番近い都会だ
焦っていた少年の頭にあったのは
正攻法ではなくアメリカに戻る事だった
とにかくアメリカに戻らなくては当初の目的も何も果たす事は出来ない
そして思いついたのは自衛隊になる事だった
自衛隊の海士になり 台湾等との共同軍事演習で他国に渡る事さえ出来れば
地球を反対周りしてでも再びアメリカの地を踏む事が出来る
奇天烈極まりない計画ではあったが 少年は真剣だった
コメ兵というアウトレットストアにアメリカで買った最先端の服を売ると
日本で流行り始めていたばかりのブランドだったらしく
思いの他高値がついた
その金で自衛隊海士の本を買い
そのの1冊だけで勉強し
試験日まではなんとか路上で過ごそうと覚悟を決めた
少年ホームレスの誕生した瞬間だった
寒風の吹き晒す冬の名古屋は少年の体を芯まで冷やしたが
少年の心の中の灯は熱く燃え続けていた
他のホームレスとの縄張り争いで
次にここで寝たらしょんべんを掛けるぞと脅されたり
道行く人が捨てた弁当を漁り 喰い荒らす姿を好機の目で見られたり
寝る場所だけを探して1日中歩き回る日々が続いた
週に1度の贅沢で
松屋の240円の牛飯というキャンペーンを当時やっていたのだが
240円を握りしめて松屋に入り
御飯を一粒残らずゆっくり食べた後
テーブルに置いてある紅ショウガの箱 を人目もはばからず 全て食べつくした
最後に残った薄っぺらい牛肉の欠片を 1枚1枚味わって食べ
お茶を何杯もお代わりして
可能な限り腹を膨らませ 暖を取った
コンビニで立ち読みをするフリをして
頭を本棚に寄りかけて立ったまま寝たりしていたが
だいたいしばらくすると追い出された
結局大抵の夜は 大須のアーケードで雨を凌ぎ乍ら
路上に段ボールを敷いて寝るというのがお決まりのパターンだった
やがて仲良くなったホームレスから
夜中の2時にある場所に並ぶと 日雇いのトラックが迎えに来るので
選ばれれば その日は11500円貰える という情報を入手した
早速その場所を探し出し 夜中の1時から並ぶと
少年のような浮浪者が ぽつりぽつりと集まってくる
2時に白いバンが現れた
作業着に身を包んだ初老の男性が
慣れた様子で浮浪者を指さし
お前 お前 という風にバンの中に乗せている
少年は力いっぱい手を挙げて
まるで小学校の授業参観の日くらいに
はいはいはいはい とアピールをした
初老の男性は やれやれといった様子で少年もバンに乗せた
バンの中に隙間は存在しなかった
何重も服というより襤褸を着重ねた浮浪者達が
犇き合うように座席に座り
全員がたばこを吸うので 車内は体臭と煙で噎せ返る様な有様だった
現場に着くと 安全靴と作業着を渡される
初日は四日市までの遠征だった
13時間たっぷりと工場にバカでかいモーターを設置する作業をし
夕方帰ってきた時に茶封筒を渡され
中に入っていた1万円札を目にした瞬間
やっと風呂に入れる という 数か月前までは当たり前だった事への喜びが湧き上がってきた
一番安いサウナを見つけて風呂に入り
体をゴシゴシと擦る
真っ黒い垢が消しゴムのカスのように 爪の下へ潜り込んだ
べたべたの髪の毛ではあまり泡が立たなかった
その日はサウナのリクライニングチェアーで寝る事にしたが
毎日あのバンに乗せてもらえるかはわからない
免許証も保険証も無い身元不詳の怪しい浮浪者だ
この金は臨時収入と思って大切に使うしかないだろう
再び夜の1時に 少年は同じ場所に戻った
今度は一番前だ 絶対に乗ってやる
はいはいはいはいー!!
元気よく手を挙げると失笑が起こった
いつまでその元気が続くか見物だな 小僧
少年は気にも留めずに他の浮浪者達へ一瞥をくれると
バンへ乗り込んだ
そうやって生活をしているうちに
仕事を浮浪者に斡旋している会社が
寮を持っていると 他の浮浪者が教えてくれた
寮と言っても名ばかりの 所謂タコ部屋とでもいうような
布団が1枚敷けるくらいの狭い部屋だ
そこに入れば 日給は9000円に減るらしいが
毎日仕事があって 少しばかりの御飯にもありつけるのだという
早速運転手経由で話を繋いで貰った
保険保証は無し 死んでも知らない 遅刻欠勤は許さない
簡単な条件だった
2つ返事で了解し 入寮が決定した
毎日朝7時から夜の8時までか 夜の7時から朝の8時までの13時間休み無しで働き
1度だけ出る飯を喰う時間さえもたったの15分で 立ったまま食べるしかないという内容だったが
寝る場所と飯が貰えるだけで 少年は満足だった
最終的に配属された仕事は トヨタホームの外壁に使う石膏ボードに空いた穴をパテで埋めて 上から塗料を塗るという仕事だった
場所は吹き曝しの工場
ものすごく冷えるので 工場内にはジェットヒーターが轟音を上げている
シンナーと塗料を使うのだが 揮発した有機溶剤によって少年の体に変化が起こった
一番下っ端の少年にはマスクが配布されず たちまち 喉が荒れ 喉チンコが親指位の太さになり舌の上に乗っかる程 酷く腫れてしまった
呼吸が困難になり いつも下を向いていないと 己の喉チンコを飲み込んで窒息しそうになるので 苦しかった
しかし 死因が喉チンコというのは 路上で野たれ死ぬよりカッコ悪い
少年はどんなに苦しくても休まなかった
他にも休めない理由があった
各部屋に特大のスピーカーが用意されていて
少しでも遅れると そのスピーカーから 起きろこら と叫ばれるのだ
その音で隣の人を起こしてしまったりすると大変だ
お前のせいで寝れんだろ と
暴行を加えて 顔がサッカーボールみたいに腫れあがった人も見た
さらに 起きてこないと 着物の着流しにサングラスをかけた強面のおじさんが
早く出てこいと 木刀で部屋のドアをバチバチに殴るのだ
これでは遅刻もするわけにはいかない
この建物に入居しているのは
保護観察処分中の人間やシャブ中
ヤクザから絶縁状の回覧を回されたような連中ばかりで 中には荒っぽいものも少なくない
貰った金ですぐにシンナーを買い
それで女子高生と援助交際する輩等も 珍しくはなかった
少年はそんな連中の中で働きながら
ひたすら自衛隊の試験に備えて勉強しながら
再びアメリカの地を踏むことだけに意識を集中していた
最後はそんな建物で寝泊まりはしていたが
事実上ホームレスである事に変わりがない生活に終止符が打たれることになった原因はなんとも不可思議な出来事が起こったからだった
キンコースというコピーや印刷が出来る店では
インターネットも使用することが出来るのだが 少年はそこでメールをチェックしていた
メールボックスに 母親からの受信があった
内容は もしかして安城市という場所に居ますか? というものだった
少年は行き先を誰にも伝えていない
背中に冷たいものが走るのがわかった
なぜなのか読み進めると
母親は昨夜夢を見て
夢の中で男の人が現れて 将大は 愛知県の安城市という場所に居ると 告げられたという事だった
少年はある事を思い出して戦慄が走った
少年も昨晩夢の中で 実家のこたつの中に居て
夢の中に現れた母親に何処にいたか尋ねられ
安城市という場所にいると答えてしまい
ハッとして目覚めた事を思い出したからだった
母親にその事を告げると 母親もゾッとしたようで
家に帰ってこいとは言わないから 一度会いましょうという話になった
引き戻されないか警戒しながらも 両親と名古屋市内で会う事にした
両親には自衛隊に入る事を伝えたが
父親から 日本では中卒扱いのお前が自衛隊に入隊したところで屁のツッパリにもならないと窘められた
それよりも一回目に退学になった際に アプライした大学から一度入学許可のお知らせを貰っていたので
その大学に再度今からでも入れないか打診してみたらどうかという 提案を受けた
校長が変わったので新しい生徒として退学処分を受けた高校に戻れることになったので
合格した大学には行かなかったのだが
そこにもう一度連絡をしてみるのはどうか という神提案だった
早速大学に連絡を取った
返事は意外にもOKだった
ただ在学中にハイスクールディプロマという日本でいう大検のような 高校卒業に相当する単位を取得することが条件だった
願ったり叶ったりとはこの事だった
そしてホームレス生活に終止符をうち
少年は高校の単位を一つも持たない状態で
飛び級でアメリカの大学に進学したのだった
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