第7話

 翌日。

 レイフの様子がおかしいことにヴィダルは気付いた。

 外出に付き添った際、やたらときょろきょろしていた。どうやら誰かを探していた様子。また庭の掃除ではただただ空を見上げるだけで、文字どおり上の空。手に持つ箒はなかなか落ち葉を掻き集めようとしない。

 一応、ヴィダルも尋ねてみたのだが、何でもないと答えられるだけだった。

『本当になにもないのか?』

 手話を用いて重ねて尋ねるも、レイフは気恥ずかしそうに首を振るだけ。当然、それが嘘だというのはヴィダルも気付いていた。絶対になにかある。

 その疑問を解消する糸口は、カールシュティン家を訪ねてきたヨーランから得られた。

「昨日、お前の所の召使いを見たぞ。たしかレイフって名前だったか? あいつ、孤児院の口なしと一緒にいたぜ」

「孤児院の口なし? 誰だ、それ」

「知らねえのか? 名前はたしかあ~ソフィア~ソフィア~……なんとかって言うんだ」

「適当だな。っで、レイフが一緒にいたからなんだよ」

「いやいや、なかなか重大だぞ。今、この町には騎士団が来てんだ。そんな時期に竜と親しくしてるなんて、要注意人物としてマークされても文句言えねえぞ」

「それこそ問題ねえだろ。そのソフィアなんとかが余計なことさえしなければ、なにも問題ねえ。ちがうか?」

「そりゃあ、まあ……。でもな、もしもその口なしが問題を起こしたら、レイフに留まらずカールシュティンもなにかと嫌疑を掛けられる可能性があるんだぞ。だから騎士団が余所に行くまで、レイフには何があっても絶対に口なしには会うなと言っとけ」

「それはわかったが、どうも釈然としねえな。どうしてレイフにそこまで強く命令する必要がある。しばらく会うなと言っておくだけでいいだろ。お前の言い方だと、そのソフィアが窮地に立たされたとき、レイフがあらゆる犠牲を払ってでも助けに行きそうだぞ」

「行きそうだから言ってんだよ。……ヴィダル、これはあくまで俺の主観だが、レイフの奴、あの口なしに惚れてるぞ」

「あははは、まさかそんなことが……」

 そう言い止めたヴィダルは、レイフの様子がおかしかったことを思い出した。

 外を歩く際、周りを探っていたのは、ソフィアを探していたのではないだろうか。

 庭掃除の手が止まっていたのは、ソフィアのことを思っていたからではないだろうか。

 もしも本当にそうならば、たしかにレイフはソフィアに惚れている可能性がある。

 事がここに至って、ヴィダルは事の深刻さを自覚。すぐに、しばらくソフィアに会うなと命令しようと、外で庭掃除していたレイフを探した。しかし居ない。つい先ほどまでいたのに、いったい何処へ。謎は熟年家政婦が解いてくれた。なんでも、買い物に行こうとしたところ、突然にレイフが『自分が代わりに行く』と名乗り出てきたという。家政婦は屋敷でやることもあったので頼んだそうだ。無論、ヴィダルはレイフの目的を察していた。おそらくはソフィアと会えるかもと期待し、買い物に出たのだろう。

「ちっ。面倒なことにならねえといいんだがな……」


          ◇


 孤児院に見慣れない客が来たのは、昼過ぎのことだった。

 施設長のニコラスは庭で遊んでいる孤児に呼ばれ、入り口から外に出た。すると、門の前に訪問客が三人。馬に跨がった、体格の良い男たち。その中でもリーダーらしき男がニコラスの登場に気付いて馬から飛び下り、近付くと握手を求めた。

「唐突な訪問、失礼。あなたがニコラス殿ですね。私、騎士団で副団長を務めております、デニス・ダールマンと申します。後ろに控えますのは、私の部下です」

「はあ……。それで、副団長様がこのような孤児院に何用でしょうか?」

「いえ、そう警戒しないでください。私ども騎士団は、人間社会に留まった口なしが問題を起こしていないかの確認に回っているのです。そして此度は、この孤児院に住まっていると聞く口なしが問題などを起こしていないかの確認に来たまで」

「あの子のことですか。でしたら、今は出ておりまして……」

「そうですか。では、普段の素行などはどうなのでしょうか」

「そうですねえ~……。これは口なしを庇っているわけではありませんが、あの子は問題を起こすことなく、それどころか良く働いてくれております」

「それは喜ばしいことですね。では、コミュニケーションなどにも問題はないと? コミュニケーションが上手く取れないからと、ストレスで暴れ出す口なしもおりますので、これもなかなか重要なことなのですが……」

「コミュニケーション、ですか。それに関しては、残念ながら取れてはいませんね。この孤児院では、そのような姿は見ておりません。しかしそれも致し方ないこと。相手は言葉を話せませんので、どうすることも……」

「いえいえ、そうでもないですよ。世の中には手話と呼ばれる会話法もありますし、それに筆談などもあります」

「なるほど、筆談ですか。その手がありましたね。しかし、口なしと会話ですか……」

 ニコラスは眉を顰める。

「どうかされましたか?」

「いえ、このようなことを聖職者が口にするべきではないと理解しているのですが、どうも私は竜を好きになれないのです。と言うのも、この孤児院には竜に家族を殺された者がいますし、なにより私が、戦時中に竜が人を殺す様を見てしまったので……。竜は残虐だ。だからこそ、この世は愛のある人間が管理すべきなのです」

「ええ、私もそう思います。……ところで、ニコラス殿。ここの口なしは、孤児院内でコミュニケーションは取れていないと仰りましたが、それでは孤児院外ではどうなのでしょうか。誰かと筆談などはしておりませんでしょうか」

「孤児院の外でですか? ふ~む、どうでしょうか。あの子が外に出るのは大概が買い物のためですから、あの子の後を付けたことなどないので、外での様子は知りません。ゆえに誰かと筆談している姿など……」

「そうですか。……さて、聞くべきことは聞きましたので、私はこれで失礼します」

「この程度のことでお役に立てましたかな?」

「はい、もちろんです。むしろ私の方がお騒がせして申し訳なく思っているほどです」

「いえいえ、お騒がせなど。うちは子供が多いので、いつも騒がしいのです」

「あはは、そうですか。それは良いことですね。……では、失礼」

 デニスは踵を返すと、馬に飛び乗り、部下を伴って颯爽と駆けていく。そして充分に距離が取れたところで、苛立たしげに舌打ちした。

 孤児院に行けば、昨日に拾ったメモ用紙の書き手を知れると思ったのだが、不明のままである。おそらくその者は、一〇年前に虐殺した村の生き残り。ゆえに一刻も早く殺さねばならないのに、どうしたものか。後に残された手段は、あの孤児院の口なしを見つけ出し、直接にメモ用紙の書き手を聞き出す他ないか。

「たしか買い出しに出ていると言っていたな」

 デニスは馬をよりいっそう速く走らせた。


 デニスが去った直後、ニコラスはハッと思い出した。

「そうだった。何故、忘れていたのだ」

 昨日、あの子を訪ねてきた少年。彼は耳が聞こえないからと、筆談を用いていた。おそらくあの少年はあの子と意思疎通が取れている。

「しまった。知らないと嘘を教えてしまった。今からでも間に合うだろうか」

 ニコラスは子供たちに出掛ける旨を伝え、デニスを追って町へと向かうことにしたのだった。

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