第七場 ここにいるよ
幕が開くと、上手奥にドアがあるだけの空間。
人のざわめきが聞こえる。時おり、笑い声や、驚いたように叫ぶ声。そしてビニールシートか模造紙を広げるような音がバサッと聞こえる。釘を打つ音、なにかを落とす音。
重い鉄のドアが開く音がして、セットのドアから私が登場。
「……っだりぃ~」
首を右に傾けて左の耳の下あたりをボリボリと掻く。
髪の毛は洗えば落ちるヘアカラーで明るい栗色に染めてある。メイクもばっちり。制服のブレザーは前ボタンは全て外し、ネクタイを結ばずに首から下げている。スカートはウエストで何度も折り返したミニ。上履きのかかとを踏み潰して履いている。
「文化祭の準備なんかやってられっかよ」
足を広げて床に直に座る。ちなみに、ちゃんとスパッツ履いているからご安心を。
ブレザーのポケットから煙草の箱を取り出してトンッと指で弾いて一本取り出す。スリムのメンソール。でももちろん火はつけずにただ咥える。もちろん本物じゃなくて、それらしく紙を巻いただけのもの。未成年は吸ってはいけません。
後ろに両手をついて空を見上げる。ピーヒョロロとトンビの声。頭上を旋回しているらしい。
煙草を歯に挟んで上下にピコピコ動かす。文化祭の準備に居場所がなくて、屋上にサボりにきたものの、暇を持て余す。
「……居てもしょうがないし、帰っちゃうかな」
ヨッと立ち上がって、伸びをする。そのままドアノブに手をかけたところで――バッサーと大きな羽ばたき。スポットライトの前をペンを通過させ、トンビが低空飛行した影のように見せる。
「うわっ!」
接触しそうになったトンビをよけてしゃがみ込む。
トンビの声は再び小さくなり、上空を飛んでいる。
「マジむかつく。ビビらせんじゃねーよ!」
空に向かって毒づく。そして客席に背を向け、改めてドアに向かうが……。
「ん?」
――間――
「んんー?」
――間――
「だぁーーーーーーっ!」
くるりと客席側に振り向き、右手を高く掲げる。視線は右手の先。二十センチほどの棒状の金属を握っている。がに股で仁王立ちし、思いっきり不細工な顔で叫ぶ姿に、客席からクスクスと忍び笑いが漏れる。
「うそでしょ? ちょっと、やめてよね~」
再びドアに駆け寄り、立ったり座ったりしながらドアを開けようとする。が、開かない。
情けない表情で、大きなため息をひとつつくと、右手の棒に目をやる。続いてドアノブ――のあった場所を見る。穴があいている。ドアノブはない。
だって、私が手に持っているから。
「トンビがビビらせるからだぁー!……ってか、それにしても簡単に取れすぎだろ! オトナたち、ちゃんと点検しとけよ!……って、誰もいねーし!」
ひとしきり悪態をついて、がっくりと舞台中央に大の字に転がる。
再び文化祭準備をしている音が聞こえる。遠くでトンビの声も。
私はほとんど動かず、たまに腕を掻いたりしてみる。寝転がったまま取れたドアノブを見つめ、その辺に放り投げる。ポイッ。
ドアが微かに軋んでそうーっと手前に開く。私は気付かない。
ドアの隙間から美香が頭だけを覗かせる。パッツン前髪に肩までのお下げ。赤い縁のメガネ。転がっている私を見つけ、体もドアのこちら側に出てくる。ブレザーのボタンは全て留め、ネクタイも大きな結び目しっかりつけている。スカートはひざ下まで長さがある。白いスクールソックスに、汚れのない上履き。
「あのー。キリノさん?」
ドアを開けたまま私に声をかける。
「あーん?」
起き上がりながら返事をした私は、ドアが開けられているのを見る。
「やった! あんた、学級委員の」
「ヒライ、だけど」
「そうそう、ヒライ。あんた、救世主だよ!」
「え?」
「マジ助かった!」
私は勢いよくドアに向かう。その勢いに怯えた美香は後ずさって……ドアが閉まってしまう。バタン。
キリノ「……なっ!」
ヒライ「へ?」
キリノ「この悪魔め」
ヒライ「え? 救世主じゃないの?」
キリノ「一度すくい上げられて、更に高いところから落とされた気分だ!」
文化祭の準備をサボっているキリノと、そのキリノを連れ戻しにきた学級委員のヒライは、ふたりして屋上に締め出されてしまう。
普段接点のないはずのふたりは言い合いをしながらも、ドアを開ける方法を模索する。ドタバタの喜劇調のシーンが続く。
やがて照明で夕暮れが近づいたことがわかる。疲れて座り込むふたり。
ヒライ「このまま夜になったらどうしよう」
キリノ「あんたがドアを閉めなきゃ、こんなことにはならなかったんだよ」
ヒライ「でもドアノブ壊したのはキリノさんでしょう?」
キリノ「……」
烏が鳴きながら飛んでいく。
キリノ「……あんたさぁ、本当にあたしを迎えにきたの?」
ヒライ「えっ?」
キリノ「本当はあんたも居場所がなかったからバックレたかったんじゃないの?」
ヒライ「そんなこと……。だって、学級委員がみんなをまとめないと」
キリノ「必要とされているんだ?」
ヒライ「……そうよ」
キリノ「だったら、なんで誰もあんたを探しに来ないのさ?」
ヒライ「……」
ここから次第にシリアスなシーンなっていく。不良で浮いているキリノと、優等生で浮いているヒライ。対照的なはずのふたりの共通点に気付く。
大会で求められるもののひとつは「高校生らしさ」。審査員の講評でよく出てくる言葉らしい。「もっと高校生らしいものを」とか「高校生らしさが出ていてよく伝わった」とか。本当かよ、と思う。高校生らしさってなんだよ、って思う。だって、どこの学校だって高校生が作っている劇なんだから、高校生らしいに決まっている。
審査員が言う「高校生らしさ」はリアルな高校生じゃないんだ。だったら、大人が思う高校生を演じればいい。求められる劇を作る。だって、私たちは勝つことを目指すって決めたんだから。
キリノとヒライは「高校生らしい」立場と人間関係の悩みを抱えている。そしてそれを共有していく。友情も「高校生らしい」ことのひとつだ。
ふたりが打ち解けたころ、再びドアが開く。俯いた男子生徒がとぼとぼと舞台鼻まで出てくる。当然ドアは既に閉まっている。男子生徒は靴を脱ぎ、一歩前へ出る。舞台鼻ギリギリだ。
男子生徒「……さようなら」
突然の声に全身で驚くキリノとヒライ。
キリノ「うわっ! いつの間に?」
ヒライ「ちょっ……! まさか飛び降りないよね?」
男子生徒の方もふたりがいたことに初めて気付いて、目を見開く。
キリノ「飛び降りって……! やめてよね、ここであんたが飛び降りたら、絶対あたしのせいだと思われるんだからっ!」
ヒライ「そういう問題じゃないでしょ! この人のことを心配しなさいよ」
キリノ「だって名前も知らないやつより、自分の冤罪の危機の方が重要だよ」
ヒライ「……ねえ、あなた、名前は?」
男子生徒は飛び降りようとしながらも、ふたりのやり取りに気が散っておろおろしている。しまいには声をかけられ、思わず普通に返事をする。
男子生徒「えっと、ウチダです」
ヒライ「ウチダくんね。――ほら、これで『名前も知らない人』じゃなくなったわよ」
キリノ「……」
ウチダ「あの~、もういいでしょうか?」
ヒライ「『飛び降りていいでしょうか?』ってこと? 駄目にきまっているじゃない」
キリノ「飛び降りるならあたしがいなくなってからにしてよ。――ん? っていうか、ウチダ、あんた、ドア閉めたな!」
ヒライ「あー! 本当だ! せっかくドアが開いたのに~」
ウチダは、屋上側からドアが開かないことを聞かされ、しかも脱出の機会を無駄にしたことを責められ、飛び降りどころではなくなっていく。ここでもドタバタが繰り広げられ、それからウチダを中心とするシリアスシーンへと劇にリズムをつける。
ウチダ「どうせ僕はいない人間なんです。誰にも見えないんです。だから、いっそ本当に消えちゃおうと思って」
キリノ「頼むから、今はやめろ。あたしがいない時ならどうでもいいから」
ヒライ「ウチダくん、キリノさんなんて、大人から信用されてないし、クラスでも怖がられて友達もいないけど、頑張って生きているんだよ?」
キリノ「……ずいぶんだな」
既に夜が訪れている。舞台は薄暗い。三人それぞれにスポットが当たっている。
キリノ、客席側に向かって大声で叫ぶ。
キリノ「あたしだってー、友達ほしいぞー! 悪いことは全部あたしのせいだって疑われたくないぞー! ――ああ。すっきりした。ヒライもなんか叫んでみろよ」
ヒライ「私のこと、真面目だって言うなー! 言われると、そうしなくちゃいけないって思って苦しいんだよー! ――うん、いいね。ほら、ウチダくんも」
ウチダ「僕はここにいまーす! 僕を見て下さーい! 誰か助けて下さーい!」
キリノ「ばかっ! お前……! だから、そういうの、やめろって。あたしがいじめてるみたいになっちゃうだろ」
ヒライ「あ、でも、見て。外で作業している人たちが、こっち指差して騒ぎはじめてる」
キリノ「おっ、ほんとだ。ウチダ、許す。もっと叫べ」
ウチダ「僕はここにいまーす! 助けて下さーい!」
ヒライ「私もここにいまーす! もう本当の私でいまーす!」
キリノ「あたしはここだー! ちゃんとあたしを見てくれよー!」
三人に当っていたスポット
暗闇の中で――
三人「ここにいまーす!」
ドアが軋みながら開けられる。
BGM、
開いたドアの向こうの床に置かれたベビースポットが客席に向かって光の帯を放つ。ドアに向いた三人の後ろ姿が逆光に浮かび上がる。光に向かって肩を叩き合いながら歩き出す三人。
BGM、ボリューム最大となり、盛り上がったところで――
――幕。
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