忘却の王子と小さな魔女

青柳朔

プロローグ



 とある王国に、うつくしい王子に恋をした、国一番の魔女がおりました。


 しかし、その王子には既に王様の決めた婚約者がいたのです。婚約者はうつくしい王子ととてもお似合いな素敵な令嬢でした。

 それでも魔女は王子への恋を諦めることができず、あらゆる手段を使って王子の心を手に入れようとしました。

 魔女がうつくしく着飾っても王子は見向きもしませんでした。魔女の作った惚れ薬は、一口も飲ませることができませんでした。

 どんなに魔女ががんばっても、王子が魔女を好きになることはありませんでした。


 やがて恋に狂った魔女は、一年のはじまりを祝う席で、王子に呪いをかけました。


 それは、おそろしく悲しい、忘却の呪い。

 誰よりも愛された王子を、孤独にする呪いでした。

 王子は一年のはじまりに、毎年毎年、それまでの一年間に築いた記憶を失います。自分のこと、そしてなによりも憎い魔女のこと以外のすべて忘れてしまう呪いでした。

 魔女は、王子の記憶に自分だけを刻むことで愛されると考えたのです。


 しかし王子はすっかり心を閉ざしてしまいました。魔女の恋が叶うことはありませんでした。

 王子を呪った罪で、魔女は城のはずれの高い高い塔の中に幽閉されました。

 国で一番の才能を持つ魔女がかけた呪いです。他の魔女にも、魔法使いにも、その呪いを解くことはできませんでした。

 魔女は決して呪いを解く方法を話しません。そして、高い塔の上でひっそりと自ら命を絶ったのです。


 国中の魔女と呼ばれる者たちは嫌われ者になりました。

 ひとり、またひとりと魔女たちは姿を消し、いつしかその国には魔女がひとりもいなくなってしまいました。

 ゆえに、王子を呪った国一番の魔女は、滅びの魔女と、最後の魔女と、呼ばれるようになりました。



 ああ、あわれな王子様。

 忘却の呪いを解くことは叶わず、王都を離れ、今は国の片隅でひっそりと暮らしています。


――『最後の魔女と、はじまりの魔女』より


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