襲来する狂戦士

ある日の昼間、ベルーガは突然の襲撃を受けた。

門は破壊され、破片が辺りに飛び散る。

その内の比較的大きな破片が、パイプ椅子に座っていたベルーガの手元に直撃、携帯ゲーム機と共に弾け飛んだ。



「……イテェじゃねぇか」



手には傷が出来たが、どれも大したことは無い。

どうせ、明日か明後日には完治しているような傷だ。



「挨拶位したらどうだ。いきなり人んちをブッ壊すような礼儀知らずでも、それくらいは出来るだろう?」



その言葉に反応したのかどうなのか、ベルーガに丸太が飛んでくる。

その場で飛び上がることで回避するが、パイプ椅子は犠牲となり、大広間の壁諸共に砕け散った。



「……人間の言葉が分からんらしいな」



壊された門の向こう側、そこには大柄の男が立っていた。

その身長は2.5mはあるだろうと推測できる。

手にする片手斧も、本来であれば片手斧ではなさそうなサイズだ。



「粗末な装備だ。お前、何者だ?」



顔の上半分を覆う角付きのヘルメット、最低限の長さの腰に巻かれたボロ布、これだけではまともな装備とは言えない。

だが、その鍛え上げられた肉体はまるで鋼、防具など不要と言う意思表示にも見えた。



「やる気あるなら、さっさと始めようぜ。俺だって、世間が思ってるほど暇じゃねえんだ!」



その声に呼応するかのように、大男は急速接近する。

そして、ベルーガに目掛けて斧を振り下ろした。

ベルーガは黙って直撃を貰ってやるほど優しくもなければ、恐怖で動けなくなる臆病者でも、単調な攻撃を避けられないほどノロマでもない。

空を斬ったその斧を、ベルーガは蹴り飛ばす。



「遅い上に捻りも無いか。所詮、頭の弱い怪力バカか」



獣のような雄叫びを上げながら、大男は腕を振り回す。

常人がまともに食らえば、首が吹き飛ぶ程度の威力はありそうだ。

しかし、当たることなど有り得ない。

受け止めたとしても、怪我をすることもないだろう。



「ヤクでもキメてんのか?人の言葉が通じないだけでなく、滅茶苦茶に暴れるだけとは……」



隙だらけの大男に、カウンターを決める事など容易い。

自分へと向かう拳の軌道をズラし、ガラ空きの顔面にストレートを突き刺す。

顔面は兜ごと陥没し、左目も破裂したようだ。



「やたら騒がしいと思ったら……。何やってんだお前は」



騒音に気付き、ヌラが様子を見に現れた。

加勢するつもりがあるわけではなさそうだ。



「ちょっと頭が悪い奴に襲われてな。……驚いた、まだ生きてやがる」



脳にも重大なダメージが入っているはずだが、それでもまだ立ち上がる。

今にも倒れそうだが、それでも生きている事実は変わらない。



「半端にしとくなよ」



「分かってるさ」



ベルーガは飛び上がり、車輪のように回転する。

そして大男の脳天に、踵落としを直撃させた。

首の辺りまで体が裂け、眼球も飛び出し、大男は完全な肉の塊となった。



「えげつねぇな。片付けはお前がしろよ?」



「じゃあ、しばらくシュリナやマルフィトスが来ないようにしてくれ」



死体を片付けようと近付いたとき、外から拍手の音が聞こえてきた。

数はたったの1人分、だがこの状況下でそんな真似が出来るのは、まともな感性の人間ではないだろう。

破壊された門の向こう側、そこには男が居た。

ブラウンのスーツに身を包み、帽子を被った中年の男だ。



「ブラボーブラボー、流石は魔王と言ったところか!」



「誰だお前は」



軽い調子のこの男を、警戒せずには居られない。

ニタニタしたその顔は、ベルーガとヌラの怒りを買うには十分な材料だ。



「私はロウツォ、武器商人と勇者を兼業している者です。どうです?さっきの製品は!」



「スポンジでも殴ってるような気分だったぜ。お前が甦れたら、もう少しマシなモノを作れ」



「これはこれは厳しい意見ですなぁ!」



ロウツォの調子は全く変わらず、まるで煽るかのような動きと口調は変わらない。

ベルーガの殺意の対象となった事に気付いている筈だが、それでもブレないところを見る限り、度胸はそれなりにあるようだ。



「ソイツは廃棄予定の試作品、要するにゴミ野郎!とても売りに出せるものではない!……だが、本命のコッチは違います!さぁ、行けェ!!」



2m程の体躯の男が4人、フラりと現れた。

顔を覆うマスク以外には、何も身に付けてはいない。

全裸ではあるが、生殖器や体毛は全て無くなっているようだ。



「趣味の悪い商品だ。頭下げられたって要らねぇよ、こんな玩具は」



「まぁまぁまぁ、それは強さを確かめてから!!」



どこからともなく、4人は幅の広い長剣を取り出した。

そして構え、ベルーガとヌラを威圧する。



「どうする?手伝うか?」



「馬鹿馬鹿しい。こんな玩具くらい、俺だけでいいよ」



「さっきから自信作を玩具玩具とぉ……。やぁれやれ、劣勢なのは貴方だと分からんのか。取引先にしなくて正解ですなァ」



4人の男は、一斉に突撃する。

先程の大男よりも、ずっと手強い筈だが、ベルーガに焦りはなく、ヌラもぼんやりと眺めているだけだった。


知能が高いのか、4人の男達は連携攻撃を仕掛けてくる。

相手が常人であれば、動きを何手先まで読まれているかも分からず、数秒で細切れにされていただろう。



「所詮は玩具だな」



しかし、ここに居る者は別格。

ベルーガからすれば、連携すらも児戯同然。

事実、気付かぬ内に首がもぎ取られた者が1人居る。



「な、何!?」



「こんなお人形さん遊びで、俺を殺すつもりだったのか?笑えるな」



言葉を発する間にまた1人、また1人と首がもがれていく。

最期の首がもぎ取られるまで、30秒もかかっていないだろう。



「馬鹿な……絶妙な配合の薬物を投与したはず……」



「おい、もう終わりか?これくらいは想定内だ、とでも言ってみろよ」



ロウツォは、何も答えられない。

駒は既に出尽くした上、彼自身の戦闘能力は一般市民に毛が生えた程度のものだ。



「無いなら、お終いにしよう。お前の、命の時間を!」



「ひっ……ヒアアアアゲィッ」



背を向け、逃げ出そうとした。

だがそれを許すほど、ベルーガは優しくない。

すぐに追いつき、首を4回転させて息の根を止めた。



「薬物投与だけでどこまで頑張れるつもりだったんだろうな」



気の抜けたような声で、ヌラは呟く。

真面目に考察しているかと思えば、鼻をほじりながら死体を足蹴にしている。



「知らねぇよそんな事。数が増えちまったから、片付けるの手伝ってくれ」



「しょうがねぇな」



2人は死体を一箇所に集め、手を翳す。

そして2人同時に、全く同じ言葉を吐き出した。



『せーのっ、《フレアブレス》』



人体を一瞬で炭化、使用者の魔力によっては液状化させる火力を持つ、漆黒の火炎を放射する魔法だ。

コスト、威力、汎用性、そのどれもが非常に優れている。

しかしそれは彼らだからこそ言えることであって、一般的な魔法使いでは発動すら出来ない。



「あ~あ、いつ嗅いでも好きになれん臭いだ」



「我慢しろよ、もうすぐだ」



白骨化した死体は、森の奥に廃棄された。

礼も作法も無い相手の死体など、この程度の扱いで十分なのだ。



「あの……魔王様?」



「どうかしたか?」



「焦げ臭いと言うか何と言うか……変な臭いがしませんか?」



外で始末したはずだが、臭いが服に染み付いてしまったようだ。

発生源がベルーガだと思ってはいないようだが、不快だと感じている事はすぐに分かる。



「さっき外で焚き火をしたんだ」



「焚き火ですか?こんなお昼に?」



「気分だよ気分。急に焚き火をしたくなったんだ」



シュリナにも、勇者がどうなるかは教え込んである。

それを承知で彼女は働いているが、生々しい話を聞かせるのはあまりにも惨い。

彼女は血生臭い世界を知らないのだ。



「その時に使った木材が悪かったのかもな。消臭剤か何か、持ってきてくれないか?」



「分かりました!すぐお持ちしますね!」



いつも通り、元気な返事だ。

彼女の元気な表情と声、これを曇らせないために、ベルーガも密かに努力しているようだ。

敵には非情な手段で対応出来るのがベルーガだが、仲間に対する気遣いも忘れはしないのだ。

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