乱闘清掃

今しがた気付いたことだが、この城は汚い。

掃除の仕方を知らない野蛮人が住む廃屋の香りがする。

酷く香ばしい、場所によっては本気で噎せる。

掃除もせずに放置しておけばそうもなるか。



「おい、ヌラ!今から掃除するから手伝え

よ」



「お前もやるなら、イヤイヤしんどそうにこの世の終わりのような表情で手伝ってやる」



「どこまで嫌だよお前」



主人である俺に向かって『お前』とは何事か。

付き合い長いし、歳上だし、俺はもう気にしてないが。


俺もヌラも、魔法は使える。

その内容はピンからキリまで、それこそ戦争できるものから家事全般の補助に至るまで、多種多様だ。

だから、意外と掃除は楽かも知れない。



「とりあえず楽がしてぇから、『スモールホール』」



目の前に小さなブラックホールを召喚する。

リンゴ程度の大きさで、宇宙に存在しているものほどの強さは無い。

柱や壁にでも掴まれば、大丈夫だ。

ただし、玉座は簡単に吸い込まれるから、折り畳んで抱えることになる。



「カツラを飛ばされるなよ」



「そんな物の世話にはなってねぇよ」



ブラックホールは約90秒で消滅する。

大広間の掃除だから使えたが、これを個人の部屋で使おうものなら、家具から窓から吸い込まれ、破壊され尽くす。



「結構吸うねぇ。掃除機要らねぇな」



「バーカ。消費する魔力考えろよ。たかが掃除に、そう頻繁に使えるもんじゃないだろ」



効果を考えれば妥当なところではあるのだが、消費する魔力の量はかなり多い。

本当は掃除なんかに使っていていい魔法ではない。



「そりゃそうだけどな。でも、お前の魔力とかほぼ無限みたいなもんだろうが。……ついでに、これも吸わせるか」



ヌラは、手に持っていた空き缶を放り投げる。

空き缶はブラックホールに吸い込まれ、跡形もなく消え去った。


ホコリやゴミは完全に吸い込まれたようだ。

香ばしいクソッタレな香りも無くなった、上々だな。


深呼吸でもしようかと考えた時、城の門が吹き飛ばされる様を目にしてしまった。

壁まで吹き飛ばされた門は粉砕、再起不能に違いない。

不法侵入大好きクラブはこれだから困る。

これで相手を倒しても、修理費を持っているかどうかは分からない。



「俺の名はカビオ!魔物め、俺は逃げださんぞ!出てくるがいい!」



頭で太陽光発電を行える、筋骨隆々の大男が現れた。

あまり賢くは無さそうだ、こんな奴の事を脳味噌まで筋肉で出来てる奴って言うんだろうな。



「あ、ちょうどよかった。アンタ掃除手伝えよ」



「え?人間?……え、なぜだ?」



「アンタ来るとこ間違えてんじゃね?それか、依頼主が間違えたか」



いきなり人の家の門をぶち壊し、不法侵入したカビオとやらもどうかと思う。

でも、そんな事をやらかした見ず知らずの人間にいきなり掃除をやらせようとするヌラもどうかと思う。


俺もヌラも、見た目は完全に人間。

角が生えているわけでも、肌の色が違ったりするわけでもない。

だから、知名度0地点の今ならば、自分から言わなきゃ魔王だなんて分かりはしないだろう。



「まぁ、いい。勝手に入ったこともあるし、手伝うとしよう。で、俺はどこを掃除すればいいんだ?」



「俺について来い」



ヌラはそう言って、カビオを連れてどっか行った。

心なしか、ヌラは嬉しそうだった。



「門についての謝罪は無しかよ」



わざわざ追いかけて殴り飛ばすのもアホらしいので、散らかった木材を集めて運んで燃やし尽くした。

仕事を増やした罪は必ず償ってもらおう。


門が無いが、そんなに簡単に替えが手に入るわけでもない。

仕方がない、しばらくは開けっぱなしだな。


作業すること数時間で城の中で頻繁に立ち入るエリアは綺麗になった。

消費した魔力の量と消耗品の数は、数えるのが億劫になるほどの量だ。



「外はどうした?」



「ハァ?手ェ出すわけないだろ」



「知ってた」



綺麗になったのは中身だけ、外見は汚いまま変わって無い。

幽霊屋敷同然と言われれば、全く否定が出来ない。



「ほらよ、コーヒー!」



「ああ、ありがとう。ところでアンタ達は?」



そういえば自己紹介してなかった。

そんな得体の知れない相手の城を掃除してくれるとは、いかつい見た目とは裏腹に、中々いい奴かも知れん。

……いや、不法侵入と器物破損の前科があるのでそれはないな。



「俺はベルーガ=カオス=デス、魔王だ」



「俺はヌラ=ベッチャ。コイツの執事だ」



「ブフッ!!」



「ぎゃっ!」



驚きのあまり、カビオが吹き出したコーヒーは、ヌラが顔面で全て受け止めることとなった。

驚くのも分かるのだが、掃除したばかりのところを汚さないでほしい。



「貴様があの魔王の子孫か!?とてもそうは見えないが、成敗してくれる!!」



「一言多いぞ脳筋野郎」



だがこのカビオと名乗る男、前に来たバルカンマンとか言う害虫風情とは違って勇敢だ。

武器は大型のハンマー、そんなもの振り回されたら、ただでさえボロボロなこの城が更にボロくなる。



「やる気だぜ、アイツ。……あーもう、タオルなんか持ってねぇよクソッタレ」



「何気無く前線から退くんじゃねぇよ。主人の後ろに隠れるとか、チキってるのかお前は」



「……バレた?」



「当たり前」



「俺を無視するな貴様ら!!」



怒られたので、相手するとしようか。

殴られたら痛いで済まないだろうから、それだけ気を付けておこう。



「ウオォォォオオ!!」



真っ直ぐに突っ込んで来た。

そう言うタイプの戦い方、見てる分には楽しい。

などと気を抜いている間に、眼前には巨大なハンマーが迫っていた。

だが、ここで黙ってクリーンヒットしていては魔王としてやっていけないだろう。

ハンマーの側面に軽く拳を当て、軌道をズラす。

それを何度か繰り返しても、この男には諦めが見えない。



「荒々しい、男らしい、そして暑苦しい戦いだ。やってて疲れないか?」



「黙れ!!」



力任せにハンマーを振り続ける。

その腕力と持久力には驚きだが、それでも俺に勝るようなものではない。



「ふん」



至って普通の正拳突きを、胴体に叩き込む。

鎧の装飾で少しだけ怪我をしたが、1日あれば傷跡すらも残らない程度なのでこれ以上気にはしない。



「グォアッ!」



「お前の力なんて、その程度なのさ」



本気じゃないだけありがたいと思え。

本気出したら、全身の骨は砂粒のように細かくなる。

それ以前に、肉体も装備も砕け散るだろう。



「ぐっ……ぐはっ……」



起き上がろうとはしていたようだが、痛みに耐えられずに結局倒れた。

中々暑苦しい筋肉ではあったが、俺の拳を防ぎ切るにはまだまだ足りないようだ。



「クソッ……。こんなところで朽ちるなど無念だ……」



だが、この男が悪人ではない事は分かる。

まだ不法侵入と器物破損の謝罪が済んではいないが、何だかんだと作業を手伝ってくれる辺り、人の良さを感じる。

条件は整った、執事として働かないかと軽く勧誘してみよう。

いい返事を貰えたら雇うし、断られたら門を直させて生き埋めにでもしてやろう。



「なぁ、カビオとやら?お前、ウチの執事にならないか?」



「ど、奴隷にするつもりか!?」



「誰もそんなこと言ってねぇだろうが」



奴隷ねぇ、別に俺はそんな関係になる奴は要らねぇな。

もっとソフトでアウトローな関係がいい。


……間違えた、アットホームだ。

アウトローでは無法者じゃないか。



「そんな酷い扱いはしないと誓おう。3度の飯は出してやるし、殺したりもしない。働きさえすればちゃんとした環境に居させてやる」



ポカンとしてやがる。

その口にホコリでも詰めてやろうかと思うくらいには口を開けている。

欠伸してるようにも見える。



「代わりに、仕事サボんな。俺の命は狙うな。城の物壊すな」



「なぜだ?なぜ俺を助ける?」


執事が欲しいだけだ。

だが、それでは味気ない。

なので、少しそれっぽく答えておこう。



「目の前で誰か死ぬのが嫌いなんだよ!」



自分で言ってて笑いそうになって苦しい。

この間訳分からん奴素手で殴り殺したばかりだろう。



「何その台詞くっさ。ビビるわー。マジビビるわー」



イラついたので顔面殴っといた。


さぁ、どう応えるか。

労働条件そのものは悪くないと思うが、選ぶかどうかはこの男次第だ。



「……魔王の下で働くのは気に入らないが、俺はお前に負けた身だ。俺でよければ働かせてくれ。よろしく頼む」



「よく決断してくれた。歓迎するぞ、カビオ」



ダメ元だったが、成功したようだ。

ヌラが要らなくなるレベルの働きに期待しよう。



「ヨッシャァァァア!!仕事楽になるぅぅぅ!!ヒッヒッフーッ!!!!レジェンド!!ヨーソロオオオッ!!」



コイツも喜んでやがる。

喜びのあまり、発言が意味不明になっている。

でも、明日から1人当たりの飯の分け前が減るな。



「あっ、ベルーガ!!」



「なんだよマジキチクソヒツジ」



「誰が羊毛だ」



「毛を刈った覚えはねぇよ。つーか話進めろよ」



突然真剣な顔をしたが、やり取りは普段と変わらない。

ヌラの事だ、どうせろくなことは言わないだろう。



「この城、野郎しかいないぞ」



「俺を含めて、3人しか居ないのか?」



「居たら1人くらい出会うだろ。……確かに男しか居ない、これは由々しき事態だ」



ヌラの指摘通り、この城には男しかいない。

このままでは、男臭さMAXで俺は死んでしまう。

こうなったら、かわいいメイドさんでも雇うしかない。

上手く雇えたら、夜通し可愛がろう。



「お前、なんでそんな真顔なんだよ」



「いや、別に何も」



正直な話、そんな度胸は俺には無い。

この城で働いてくれさえすればそれでいいです、可愛がる度胸は無いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る