第11話 タイトルは『話』の後で‐fantasy‐

「ニンジンを乱切りにする」と、君がいったので、僕は瞬時に異世界へ旅立つことにした。


 いつだって、そうしたなんでも無いようなきっかけが物語のはじまりを産む。


 カレーのニンジンはひとくち大の乱切り

     みじん切りのタマネギ

     サイコロ状の牛モモ肉

 メークインはスチームして、出来上がったカレーの横に置く《皮付きのまま》



 僕は、クローゼットの扉を開け、針金ハンガーに吊るしてあった『ヒーロー』のコスチューム――僕のクローゼットの中は、それ一着のみ――を身に付けて、扉をBAN!と、後ろ手に閉めた。


 とたんに顔に風が当たる。

 僕は小高い丘の上にいて、眼下の敵を眺めおろしている。

 数千の大軍は、武器を携え鎧の馬を伴い火を吐く獣を盾にしている。

 それでも僕は負けたことがない。僕は、魔界の力を得ている。

 僕は空も飛べるし、姿を消すこともできる。

 時空を捻じ曲げることもできるし、死ぬことのない躰を持っている。



「――戻ってきて! カレーができたよ」

 君の声が、クローゼットから僕を引きずりだす。


 時空の隔たりは君には関係なかったね。


 テーブルには、君の『おしゃれ』なカレーが……。


     スライスしたゆで卵

     刻んでなんだかわからなくなったドライフルーツ

     きっかり七ミリ輪切りのピクルス

     おまけに、黄色く染まったライス

     とどめに、スチームポテト!


『僕は、ゴロゴロ切ったジャガイモ、ニンジン、タマネギ、薄切り肉のカレーが食べたい。福神漬けに染まった白いご飯が食べたい。

 カレーの中でじっくり煮込んだジャガイモが食べたいよ!』


「そうやってスプーンに乗せたカレーを口に運んでるのを見てたら、あなたが人を殺すところなんかを頭に描いて、シミュレーションして、計画を立てたりしているのを、わたしはけっこう我慢していられるのよね」


「……うん」 僕はジャガイモをスプーンでつぶして、できるだけカレーの味を染み込ませようとしている。


「で、どんな話なの? また、敵の大軍にひとりで立ち向かうってやつ?」


「……うん」 ドライフルーツは脇へどかして、あとでまとめて呑み込む。


「タイトルは、なんて?」


「まだだよ」


「まだ? もしかして、また戦闘シーンだけ考えてる?」


「……うん」


「いったい、いっつもさ、なにが原因で戦うことになるわけ? 重要なのはそこでしょ。ストーリーは?」


「考えてるんだけど、なかなか戦闘シーンまで辿り着けなくて……」

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